#30 -天使の群れ①-
日はすっかり高く昇り、街道を歩く人々を等しく照らしている。
肥沃な黒土帯の広がる穀倉地帯であり豊富な自然資源にも恵まれた西部と、痩せた赤土帯に位置しながらも海を挟んだ離島やさらに遠く離れた王国との貿易で盛える南部を繋ぐこの街道は、今日も多くの人々で賑わっている。
先日大きな商船団が到着したとか、商人ギルドが市場を開いているとかで、その日はいちもよりもかなり混んでいた。
芋を洗うようにごった返すその人込みの中でも一際目立つ二人が街道を歩いていた。赤い髪が日差しに輝いており、全身から独特の鋭い気配が漂っている。
アイリとエリザベス。帝国陸軍最強の部隊『虐殺部隊』のトップ二人だ。
しかし二人は殺気を出すわけでも何かを調べる訳でもなく、他の人と同じようにただ歩いているだけである。
「……今日も日差しが眩しいな……」
乾いた空気を胸いっぱいに吸い込んで、アイリが天を見上げた。
湿度の低い帝国の空気は、いつも霧に包まれていたアイリの故郷とは全く違う物である。それに加え平時はいつも帝都の基地の中にいるアイリにとって、強い日差しは慣れない物だった。
「――今頃、あいつらは戦っている最中か……。シエルは倒せるとして、彼らは残りの二人を倒せるだろうか」
「倒せるって言ったでしょうが。……って言おうと思ったけど、本部のデータ見る限りでは圧されてるっぽいわね。一体何やってんのよあのバカ」
本部のサーバーにアクセスしながら苛立つエリザベスを見て、アイリがくすっと笑う。
部隊の副隊長以上の人間あるいは人形には、本部のサーバーおよびそのアーカイヴにアクセスする権限が与えられている。
普段は無人機による観測データのみが閲覧を許可されているが、有事の際に
その監視・追跡能力故に諸国からは強く警戒されており、中立状態にある王国や戦時中の共和国との不可侵条約の為に許可が必要という形になっている。
最も、どうして【
「あれの現在を知らないなら分からないのも無理は無い。エインヘリアルのデータにはクラスSSSの機密保護と必要知規制が掛けられているから将官クラスじゃないと見られないだろうな。
禁忌って呼ばれているのはそういうことだ。エインヘリアル自体は二十年程前に完成していたが、国を滅ぼしかねない技術の為に封印された」
「エインヘリアル……ロベルタの原罪であり呪いである、帝国の技術の終着点。
でもそれをたった一人で開発しちゃうなんて、何というか、聞けば聞く程に化け物なのね。ロベルタの飼い主って」
エリザベスの呆れた様な声に、アイリが「いや」と頭を軽く振る。
「確かに僅か一年で完成させるのは驚くべきことであり、狂気的だ。だが、あいつは元々商家の出の人間だ。
下級・中級層の人間に、人形の製造技術やそれを織りなす高等教育は普及していない。そして何より一人で
「誰か協力者がいた、ってことになるわよね」
なるほど、と感心するエリザベスにアイリが頷いて、話を続ける。
「相手は恐らく将官クラス、もしくはそれらに
資金・技術を提供する人間と
パーツを構成しているナノマシンを分解・再構築する技術があるなら、後はそこら中からジャンクパーツをかき集めるだけなんだから」
「……あんた馬鹿そうな顔してる割に意外と頭良いのねぇ。ご褒美にアタシの靴、舐めてもいいわよ?」
「あのなぁ……いい加減にしないと――」
アイリの言葉に、エリザベスが厭らしげな笑みを浮かべて「あら」と呟く。
「いい加減にしないとどうするのかしら? 昨日アタシに蹴られて飛んで行ったのは一体どこの誰だったか忘れては――」
「この先ずっと、『俺に凄く懐いている子犬』として接して貰うようにしようか。
反抗的な態度の矯正という名目であれば軍則違反である私的利用にはならないだろう。上官権限でそれくらいは通る」
くすくすと笑いながら、アイリがエリザベスの頭を撫でる。一見明るそうに聞こえるが、冗談を言っている風には見えなかった。
アイリの手を払って、エリザベスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な……っ、バッッカじゃないの!? アタシは天使よ!?
天使にそんな畜生の真似事をさせるなんてどうかしているわ! あんた、最高位のマスターとしての誇り無いわけ!?」
「俺に今更誇りがどうなんて言われても、ねぇ。嫌なら蹴ったり挑発的なことを言ったりしないことだな」
エリザベスがちっと舌打ちして、アイリの脇腹を軽く肘で突く。
どれだけ実力があろうとも、大抵の人形は人間の所有物だ。人間の役に立つ為に造られ、不要ならば壊される。例え天使であってもそれは変わらない不変の法則だ。
故に人形は本来であれば人間の命令を忠実に守り従うのが最も長く使われる合理的な手段であると知っており、命令のシステムもそれを基準に設定されている。
最もロベルタやケルヴィムの様に、その合理的な思考から外れるイレギュラーは一定数存在しているのだが。
「……で、今はゆっくりと進んでいるけれど、これで本当に間に合うの?」
「俺の読みでは今行けば間違いなくベルベットと鉢合わせる。イレーヌが公開していないからあいつの能力はまだ未知数だ、俺とお前とロベルタでも対処できるかどうかは分からん」
「随分と及び腰ね。アタシのこと過小評価していない?」
怪訝そうな顔でエリザベスが尋ねる。
「……いや、お前も【
「今の不完全なロベルタの実力を知る為にも?」
エリザベスの問いに、アイリが黙って頷く。
ふふんと得意げに胸を張るエリザベスにアイリが何か言おうとした時、アイリの眼球に取り付けられたナノレイヤーに何かが表示された。
同時に通信機から通信が入り、耳にノイズが聞こえる。
【戦況報告:分隊
「……了解だ、急ぎそちらへと向かう。プランA通りの座標に分隊
【返答:確認済みです。プランAフェイズⅤまで予定通り進行中」
「ご苦労、上出来だ」
通信機から聞こえる無機質な声に返答し、アイリが送られてきたファイルへと指を動かす。ナノレイヤーが指の動きに反応してファイルを開いた。
映し出されたのは一つの動画で、そこにはベルベットとロベルタが映し出されていた。先行させた部隊の斥候型ステルス人形分隊に撮影させたものだ。
人差し指を視界に移る動画ファイルの位置にまで動かして、動画を再生する。
「……これは……っ!」
拡張現実に映し出された動画を再生し終わったアイリが、驚愕に大きく目を見開いた。
そこに映し出されていたのは、無数の兵士で構成された軍勢。狂気ではなく力で兵站され統率され展開された部隊。
ロベルタを取り囲む、無数のベルベットの群れだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます