#03 -前哨戦①-

 運命とは、予めそうなるように全てが定められた、唯一の完成されたシナリオである。


 誰も逆らうことはできず、誰も書き換えることはできない。


 できることはただ一つ。


 ただただ機械的に、記された運命をなぞることだけである。





 見渡す限り岩と砂ばかりの夜の荒野を、一人の青年が悠然と歩く。


 青年は夜の色と同じ真黒いコートを纏っており、銀の髪が月光に照らされてきらきらと煌めいていた。


その双眸は血の様に赤く無機質で、無感動に荒野を見つめている。


「……こちらロベルタ。状況を」


 ロベルタと名乗った青年が耳に手を当て、小声で素早く話した。


耳に装着された小型の通信機が青年の声を細大漏らさず拾い上げ、伝播させる。


『応答:こちらクラリス。両担当地域全域にて敵性反応合計二十三体検出、うち大型のものが一体。信号パターンより共和国軍の奇襲部隊と推測』


 ロベルタの耳の通信機を介して、無機質な女性の声が返ってくる。


 彼女の名前はクラリス。ロベルタの従順な部下にして、帝国の開発した『人形』だ。


「了解、今から目標の殲滅に入る。担当地域の場所をモニターしてくれ」


『承諾:敵性反応をマークし、マッピングして視界投影する』


 ロベルタの視界に半透明の地図が拡張現実として投影され、視界の端へと縮小される。


地図には幾つもの赤い点が蠢いている。これが敵の反応だ。


――ここから一番近いのは……座標S-12か。思ったより近いな。


 ふっと不敵に微笑んだ後、ロベルタが地面を蹴って疾走する。


その速度はさながら風の様だった。動作は走っているというよりは、飛んでいると表現した方が正しい程に鮮やかだ。


 遠くから銃声が立て続けに轟き、鋼鉄の雨が容赦なくロベルタへと襲い掛かる。


 だがロベルタの顔から、笑みが消えることはない。


「近距離戦闘モードに移行。これより掃滅を開始する」


 無数の銃弾を跳び、身体を捻り、首を動かして躱す。


全ての弾丸はロベルタにかすることもなくその背後を通り過ぎていくばかりだ。


 いくら銃弾がロベルタに襲い掛かろうとも、ロベルタに当たることは絶対にない。


ロベルタは全ての弾丸を、見切り、最適な動作で回避していた。


 どれを取っても、全て人間業ではない。


 ロベルタがベルトからスティック状の白い柄のようなものを抜き、スイッチを押す。


次の瞬間、柄が粒子となって消え、一振りの無骨な細身の剣がロベルタの手に現れた。


 駆ける速度は増し、笑みはより一層歪んだものになる。


 そしてロベルタの前に、敵が姿を現した。敵は人の形を模した二体のロボットで、大型の対人用アサルトライフルを構えている。


 共和国製人型ロボット兵器〈カバリエーロ〉。共和国の量産機だ。


 接近したロベルタにカバリエーロがライフルを向けるが、間に合わない。


「――シッ!」


一呼吸の間にカバリエーロの胴体は二体とも横一文字に切り裂かれ、走り去ったロベルタの背後で爆発した。


 一瞬も立ち止まることなく、ロベルタが闇夜を駆ける。


 ――次は座標O-23……っ!


 ロベルタの走る速度が上がり、ものの数十秒で目標のカバリエーロ達の下へと移動。


 銃弾と剣戟を躱しながら、ロベルタが剣を振るう。


真っ直ぐ正確に打ち込まれた剃刀のように薄い刃が、さながら紙でも破るかの様にカバリエーロの厚い装甲を容易く切り裂いた。


 その場にいたカバリエーロ全てを斬った後、剣が粒子となって柄へと再構成される。


 次の瞬間、胴体や頭を切り裂かれたカバリエーロが倒れ、燃料に引火して爆発し、他の機体に誘爆し大きな爆発となった。


そこにいた五機のカバリエーロ全てが爆炎の中に呑まれ、抵抗する間もなくその機能の全てを停止する。


 やはり振り返らずに走り続けるロベルタの速度が、さらに上がる。


 それは戦闘と呼べるものではなく、ただただ作業に近い『処理』だった。その行為に――誇りや正義は、ない。


――次は座標N-04!


 ただただ機械的に、一切の無駄なく、ロベルタが目標地点へと走駆する。


 四方八方を飛び交う弾丸をものともせず、足場の悪さを全く意に介さず駆けるその様は、とても人間である様には見えなかった。


 ロベルタが現在向かっているのは座標N-04。


ここからは数百メートル離れている地点だが、先の通りロベルタにとって数百メートルという距離は殆ど無いに等しい。


 何故なら彼は――人間ではないのだから。


「目標地点――到達」


 両足に制動を掛け、左手で勢いを殺しながら、ロベルタがその疾走を停止する。ここに大型機体の反応があると、ロベルタの視界は告げていた。


 ゆっくりと辺りを見渡すが、そこに敵影は見当たらない。


確認されているマーカーは大型機体。見当たらない筈がないのだが、機械らしいものは一つも見えなかった。


(……と、なると)


 ロベルタが柄のボタンを押して剣へと変形させ、逆手に持って高く振り上げる。


 鋭く煌めく切っ先が睨むのは地面。一見すれば何も無いただの砂地だ。


 ロベルタが勢いよく地面を突き刺すと……硬い手応えがそこにあった。剣が突き刺さり、大地が鳴動して砂の中から巨大なサソリを模した機械が現れる。


 アラクラウン。共和国の主力大型ロボットの一つだ。カバリエーロに比べるとその数こそ少ないものの高い防弾性と攻撃能力を備えており、人形兵器の被撃墜率は高い。


剣は刺さったまま、ロベルタの身体が機体の跳ね上がった衝撃で宙に浮く。


「……やはりそこだったか!」


 サソリが巨大な針の付いた尾で宙を舞うロベルタの腰を刺そうとするが、ロベルタは剣を柄へと変形させて剣を抜き、剣を刺していた脚を蹴って頭へと移動した。


狙いを外れた針がアラクラウンの足に直撃して脚の一本が砕け、アラクラウンの体勢がぐらりと傾く。


 ロベルタが剣を構えて頭に斬り付けようとするが、アラクラウンは身体を回転させてロベルタを振り落した。


地面を転がって受け身を取りながら、ロベルタが着地。着地点に放たれた尾の一撃を跳んで躱し、すれ違いざまに尾を斬り飛ばす。巨大な針付きの尾が彼方へと飛び、アラクラウンが後退する。


 再び剣を構え直して、ロベルタが疾走。瞬時にアラクラウンの両の鋏を斬り飛ばし、前足に切っ先を突き刺した。


サソリの前足が捥げ落ちて、アラクラウンの体勢が今度こそ大きくぐらついた。


 アラクラウンは機械なので、痛覚は当然感じない。ただ体勢のみを崩れさせ、前のめりに倒れるばかりだ。



 動きを完全に封じたロベルタが、悠然とアラクラウンへ近づく。それは誰の目から見ても分かる――圧倒的な勝利だ。そこに疑いの余地は無い。


 ロベルタが剣を振り上げ、アラクラウンの頭を斬り付ける。アラクラウンの頭が何の抵抗もなく一瞬で切り落とされ、ごとりと落ちた。


「次は、座標――」


 敵の位置を確認しようとしたロベルタの左手に強い衝撃が走り、遅れて聞こえた甲高い銃声と共に小指が弾け飛ぶ。


 しかし傷口から噴き出したのは血液ではなく薄い色素の液体で、覗いていたのは肉でも骨でもなく、金属の配線と集積回路と人工筋肉だった。



(狙撃……っ!)



 ロベルタの動きが一瞬止まり、その一瞬の間に横殴りの鉄の雨がロベルタに叩きつけられた。



 ロベルタの身体の至る所を弾丸が食い破り、あっという間にぼろぼろにしていく。着弾するたびにロベルタの身体は痙攣して、さながら踊るように翻弄され続けた。



「ぐっ……」



 銃撃が止んだ隙にロベルタが素早く岩陰へと身を隠し、コートからジェル状のアンプルが入った注射器を取り出して頸動脈に注射する。


暫くするとどろりとした液体が傷口の断面から染み出て、少しずつ元の形を形作り始めた。


 十数秒もする頃にはもう、傷は殆どが修復されていた。


 修復用ナノマシンアンプル。電脳から機体の形状情報と破損部位の情報を受け取り、ある程度の傷であればアンプルの中身である数兆単位の修復用ナノマシンで修復するアンプルだ。


 しかし機体に内蔵された電脳が形状情報を保有できるだけの高性能機体でなければ使用することができない為、誰でも使うことができるというわけではない。


 人形の世界においては性能こそが全てであり、修復用アンプルはその格差を現す分かり易い例の一つだ。


「よくもやってくれたな……!」


 ロベルタがコートから赤い端末を取り出し、スイッチを押す。端末が光の粒子となり、粒子は大型のセミオート狙撃銃の形となった。


 手際よく弾倉を叩き込んでチャージングハンドルを引き、安全装置を外す。


スコープ越しに、自分を狙ったロボットの姿が見えた。距離はざっと一・五キロメートル。狙撃に特化した遠距離型で、頭部全体が大きなカメラの様になっている。そしてその形状故に……狙うことは容易い。


「遠距離戦闘モードへ移行。オートマチックファイア開始」


 電脳が瞬時に風速や湿度、風向きや距離を計算して狙撃に最適な位置へと自動的に照準を合わせた後、ロベルタが引き金を引いて発砲。


ロボットの頭部が粉々に砕け散り、その活動を停止した。


 続けざまにロベルタが三発発砲。放たれた弾丸は狙い 違わず自分を狙っていたロボット全てに命中し、悉く破壊した。


 役目を終えた狙撃銃が光の粒子となり、赤い端末へと再び姿を変える。


「……こちらロベルタ。担当していた全ての敵の処理を完了。そちらは?」


『応答:担当区域全ての敵性反応消滅。この区画における全ての処理を完了してよいものであると推測』


「そうか、よくやった。……危険度が高いと聞いていた割には大したことなかったな」


 ほっとした表情でロベルタがそう答えたその時、ロベルタの電脳で甲高い 警告音が鳴った。


「……どうした?」


『報告:敵の増援と推測される新勢力の空間転移を確認――』


 クラリスの無機質な声が、あまりにも絶望的な事実を伝える。


『総数四十五機。うち大型兵器十五機。

 状況はレッド。今の私達では太刀打ちできません』

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