#02 -計画‐

「……では、最近この辺りでロボット達を多く見かけるようになった、ということですか?」


 二人の人形が情報収集の一環として、森で一人の少女に話を聞いていた。


 人形は男女一組で、男の方は輝く銀髪と血の様に赤い瞳を持っており、夜の様に黒い上質なコートを羽織っていた。女の方は黒い髪を首のあたりで切り揃えており、青年のコートに良く似た黒のジャケットを着ていた。


 青年の名はロベルタ、女の名はクラリスという。どちらも帝国軍の人形兵器だ。


 少女の歳は十四か十五あたりで、輝く様な金髪と大きな青い瞳が特徴的な、西洋人を体現した様な活発そうな人物だ。


 しかし着ているワンピースは少し汚れていて、それほど裕福な暮らしをしている様には見えない。どうやらこの近くにある農村に住んでいるようだった。


 少女がロベルタの問いに、小さく頷く。


「ええ。それまではあんまり見なかったんですが、ここのところ村の近くでも毎日の様に見かけるようになりましたね……。


 ここから東に荒野があるんですけど、そこには特によくいるって村の人達が言っていました。あ、と言っても軍じゃないんですよ?


 いつも一機か二機、多くても五機くらいで、私達に何かするわけでもなくずっとこの辺りをうろうろしているんです。……観光ですかね」


 エリーゼが冗談めかして、二人に微笑みかける。


「否定:我々やロボットの様な機械兵器は軍の管轄にあるものであり、自由行動は許可されていない。推測:共和国からの偵察機」


「近いうちに共和国から襲撃の計画があるという情報はどうやら本当だったみたいだな。今の情報をテキスト形式で記録し、本部に情報を転送アップロードしてくれ」


「了解:帝国民からの情報を本部に転送する」


 エリーゼの冗談ににこりともせず、二人が機械的に話を進める。弾まない会話に少女は少しだけむっとした。


 彼らが人形であること、現在共和国との戦争状態にあることは何となく少女も知っている。


 徴兵はないものの税は作物ではなく地代に応じた貨幣で取られているので、危険なものというよりは寧ろ『とてもお金のかかる行為』としての印象が強かった。


 だが人形と会話して、戦争というものを肌で感じたのはこれが初めてだった。


 そして彼らに自分は今、協力している。戦争に協力しているのだ。


 その事実に、少女の身体は少しだけこわばっていた。


「……お忙しいところ、ありがとうございました。ご協力感謝します」


「いえ……こちらこそ、お役に立てる情報が出せていれば良いのですが……」


「必ず役に立ちますよ、私達人形兵器は貴方達帝国民を心から信頼していますので」


 勿論ロベルタに、心などないわけだが。


 感情や自我があることと、心があることは厳密には違う。


 人形は自己を認識することや感情の理解はできても、それを更に発展させ、特定のもの以外の感情や概念を獲得することはまだできていないのだ。


 グレードの高い高性能機であればある程度の感情は備えているが、愛や憎しみの様な曖昧な感情を理解するにはまだ至っていない。


 だからこれは、ロベルタから人間に贈るちょっとした皮肉だった。


「それでは、私達はこれにて失礼します。情報提供ありがとうございました。我らが帝国に、栄光があらんことを」


「……はい。我らが帝国に、栄光があらんことを」


 ロベルタが一礼し、クラリスと共にその場を去る。


 少女は暫くの間二人の背中を見送っていたが、二人の背中が見えなくなると踵を返して村の方へと戻り始めた。


 暮れ始めの陽光に照らされ明るく輝く森の中を歩きながら、少女が呟く。


「あれが軍の人形かぁ。何ていうか、変わった人達」


 あ、人じゃないのか。と、誰が聞いている訳でもないが少女が言い直した。


 だがその姿は少女にとっては噂通りとても精巧で優美で、とても作り物には見えなかった。


 恐らく村に一体二体人形が混じっていても気付くのは難しいだろう。似せてはいけない程に……その姿は、あまりにも人間にそっくりだった。


「でも、面白そうな二人だった。……いつかあの人形達と――」


 いつか、あの人形達と仲良くなれる日が来れば良いんだけどな。


 そんな言葉を少しだけ呑みこんで、エリーゼは小走りに村への帰路を急ぐ。日が暮れれば両親に叱られるし、また遅くまでぶらぶらしていたことを知られたくなかった。


 きっといつか、あの二人には会える。そんな予感がその時少女の中には、確かにあった。


 そして今日というこの日が、少女だけでなく世界にどれだけ深い影響をもたらしたかについて、少女はこの時まだ何も知らないままだった。



 薄闇に包まれた森の中を、ロベルタとクラリスが歩く。夜になると森の中は急速に冷え込むが、温感を持たない人形である二人にとってこの程度の気温の差は大して問題ではない。


 現在二人は、少女が話していた荒野へと向かっている。


 元々軍の司令本部から「大規模な奇襲先戦が行われるという情報が入ったから対処する様に」との指令を受けて、ロベルタはクラリスを連れてこの地にやってきたのだ。


 しかしそれ以外の情報は全くなく、本部からも特に調査方法の指定も受けていない為こうして誰かの話を聞いてそこへと向かうといった地道で前時代的な方法を取らなければならなくなっているというわけだ。


 しかしこの地味な作業が何とも人間らしくて、ロベルタはとても気に入っていた。


 人間の所作や歴史を読み解けば読み解く程、興味深いことばかりを開拓できる。特にロベルタが興味をもっているのは、愛と憎悪だった。


 自分の主である人類は今現在に至るまで、同じ種族を傷つけては愛し、裏切っては同盟を結び、滅ぼしては作り直すという不可解なプロセスを繰り返して進化している。


 そしてその様子は、自分達機械とそっくりだ。人形とロボットもまた、人間の指示の下でとはいえ同じ機械同士で殺し合っている。


 それがロベルタにとっては、とても興味深いことだった。


「…………なあ、クラリス」


 長い間の沈黙が少しだけ気まずくなったロベルタが、クラリスの方を見て口を開く。


「野暮だとは思うが、作戦内容は把握しているか?」


 ロベルタの問いに、クラリスの瞳が僅かに光る。


「回答:本作戦は共和国の転移装置の調査、及び共和国製ロボット兵器の撃滅。


 七日前から現在まで、帝国民から共和国ロボット兵器確認の通報が多数あり、調査の結果何かしらの移動手段を用いている可能性が極めて高いものと本部は判断。


 状況はオレンジ。レッドになる可能性高し。調査任務の為武装は限られている」


 参ったな、とロベルタが舌打ちする。どう考えても危険な任務だ。


 一年前の『あの時』以来、どうもこういう任務ばかりが回ってくる。本部がこちらを厄介と思っているのが丸わかりだ。


「こういう任務に行き当たるとどうも昔を思い出すよ……ったく」


「昔?」


 心なしか怪訝そうに見える顔でクラリスがロベルタに問う。しかしロベルタはその問いには答えなかった。見えない壁が、二人を阻んでいる。


「何でも無いよ。……さて、あの子が言っていた荒野まではどのくらいだ?」


「回答:現在地より東に五キロメートル先。予測:徒歩での移動の場合一時間程度で到着」


「いつ来るか分からないから何とも判断できないな。付近に空間移動装置の反応は?」


「否定:感知可能範囲に共和国製空間転移装置の反応は感知できず。引き続き空間転移装置の検索を行う」


「ああ、頼むぞ。あと……」


 ロベルタはその後に何かを言おうとしていたが、少し逡巡した後口を閉ざした。


「……いや、何でもない。引き続き転送装置が無いかチェックしてくれ」


「……了解」


 再び二人の間に沈黙が訪れ、森の中を音一つない静謐が覆い尽くす。


 クラリスが会話を長引かせようなどと考える筈もなく、ロベルタもまたそんなクラリスと長い間会話するコミュニケーション能力もなく、二人の会話は容易く途切れた。


 夜の森はまるで世界から音そのものが消え失せてしまったかのように静かで、不気味だ。


 しかしロベルタは、夜が嫌いではなかった。


 任務で外に出ている時は、大抵いつも夜だ。夜になれば任務に出られる。任務に行けば……少なくとも『施設』にいる間よりは多少マシな時間を過ごすことができる。


 そういう意味では、ロベルタにとっての夜という時間は何よりも特別なものだった。夜の間だけはロベルタは……自分らしくいられる。


 だがクラリスは、別に夜が好きという訳でも嫌いという訳でもなかった。


 クラリスには好き嫌いを判別する機能は備わっていない。上官機の命令をこなす為にあるクラリスにとって、そのような機能は邪魔でしかない。


 だから昼も夜も、クラリスにとっては全く同じものだった。


 二人の会話が続かないのには、そういった機能の差が少なからず影響している。



「推測:百四十秒前のロベルタの言動より、ロベルタにはまだ何か質問を希望する事項があると判断。提案:円滑なコミュニケーションの為の質問」


「……本当、会話の妙なところだけは拾ってくるんだなお前」



 ロベルタがため息を吐き、クラリスの方を見やる。


 もしかすると誰かが聞いているのかも知れないこの状況でその『質問』をするのは少しだけ気が引けたが、もし質問しなければクラリスは何度も聞き返してくるだろう。そう、設計されているのだから。


 目的地の砂漠は森を抜けた先にある。まだ少しの間……ロベルタはクラリスとここの森を歩かなければならない。


 その間中ずっと「提案:円滑なコミュニケーションの為の質問」を繰り返されるのかと思うと、ロベルタは心底滅入ってしまう前にその質問をせざるを得なかった。


 分かっててやってるのかそうでないのか、とロベルタが呟き、疑問を投げかける。


「クラリス、『計画』の準備はどうなっているんだ?」


「質問を認識、応答:現在特殊司令№144第一フェイズ進行率七十パーセント。指定戦術級兵器【ブリュンヒルデ】格納施設のセキュリティ突破率八十パーセント完了。第一フェイズ終了までの推定残り時間は任務時間及びメンテナンス時間を含め約二十五時間であると推測」



 そうか、とロベルタが返し、少しだけ眉間に皺を寄せる。この『メンテナンス』という響きが、ロベルタにとっては何ともいえず嫌なものであった。


 ロベルタのメンテナンスとクラリスのメンテナンスは、結果が同じものでも過程が非常に大きく異なる。その過程はロベルタにとって、大きな傷だった。


「……任務とメンテナンスが終わったらすぐに『計画』の方へと戻れ。俺はきっとだろうが……その時は用意を整えて待っていてほしい。すぐに追いつく」


「了解:第一フェイズ完了時にロベルタからの連絡が無い場合、待機する」


 あともう暫く歩けば、森を抜けて荒野へと着く。


 そこに敵がいるのかは分からないが、何となくその場にはもう敵がいるのではないかという予感がロベルタにはあった。


 そして恐らく共和国の奇襲作戦は今夜開始されるのではないか、ということも。


 荒野が見えてそこに敵の反応があれば、クラリスはプログラムされた教則に基づいてロベルタの下を離れ、担当された地域へと向かうだろう。今はいつでもクラリスを守ってやれるという自信がロベルタにはあったが、離れて戦っている間はずっとクラリスのことが心配だというのがロベルタの本心だった。


 これ以上はない程に無愛想(機械だから仕方が無いと言えば仕方が無いのだが)な性格ではあるのだが、クラリスと共にいるとロベルタは不思議と落ち着く。


 まるで、昔あった陽だまりが戻って来たかのように、安らぐのだ。


 だからロベルタは、クラリスに計画を任せられる。


 自分の全てを懸けた悲願に、クラリスを仲間入りさせることができる。故にロベルタは今現在……クラリスを守ることだけを、最優先として考えていた。



「さあ……そろそろ目的地だ。敵機体の反応は?」



「検知:共和国機体と思われる反応、現在地点より三体確認。情報は正しいものであると判断。推奨:目的地への急行」


「了解。……ああそれとだクラリス。念のために『あれ』の用意をしておいてくれ」


「承諾:指定された兵器の準備を開始する」



 その言葉を聞くや否や、ロベルタは走り出していた。


 クラリスを守るためにはどうすれば良いか? ――簡単だ。


 クラリスを傷つけようとする機体の全てを、狩り尽くせば良い。ただの一機も残さずに、可及的速やかに、その全てを打ち砕いてしまうのが一番手っ取り早い。


 クラリスを守りたいと強く願うロベルタの口は、しかしいびつに歪んでいた。




 そしてかつて類を見ない程に大規模なものとなる、共和国の奇襲作戦が開始される。


 ロベルタとクラリスが、最後の戦いが始まろうとしていた。

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