52.〈砂痒〉星系外縁部―8『防空識別圏―4』

「ちょっと!――ジェーンったら!」

 稲村船務長へ向けての呼びかけにはじまる村雨艦長の口撃は凄まじかった。

 なにしろをまったくしないのである。

 小ッさなのくせして、その肺活量は一体ナニ? と唖然とするしかないレベルで言葉ブレスを吐き出しまくるのだ。

 しかも、口の回り具合がまた尋常ではない。

 正真正銘、

 超・早口で、単語どころか音と音とが繋がって聞こえる、ほとんどの連射音なのである。

 文字通り、言葉の破砕射撃で居並ぶ部下をめった打ちに打ち据えまくり続けているのであった。

 そんな調子で意味ある指示と、わきまえぬごとどもが、玉石ぎょくせ混淆きこんこうぜにされ、まくしたてられるのだから、聞く側は正直たまったものではない。

 立て板に水というか、の直下に立たされているようなものだった。

 口調の伝法なことは言うに及ばず、宇宙軍の文法にもとるその内容を聞き取るだけで精一杯で、到底ツッコミをいれるまでには至れない。

 とてもではないが、そこまでの余裕などもちようがなかった。

 一聴にて、「はい、わかりました」と頷くどころか、声をひろって言葉の意味を解釈するのが限界で、なく押し寄せてくる言葉の津波、指示らしきものの濁流に、溺れないようするのがやっとな有り様なのだった。

 その実相を当初あたまからリピートすれば、それはこういうことになる。


「ちょっとジェーン!――ジェーンったら!」

 両手をブンブン振りまわし、村雨艦長はわめいた。

「おいおいおいコラ。このフネで一番エラいアタクシさまが呼んでるんだぞぉ。――聞こえてンだろ? 部下パシリのくせして無視してンじゃねーわよ、おい、!」

 繰り返し呼びかけてみても、いっかな応答をかえさない部下にイラついたのか、フルネームだろう名前を語気を強めて口にする。

……ちなみに稲村船務長の本名は、稲村泉。村雨艦長がしつこく繰り返している、いかにも混淆名mixed nameな稲村ジェーンなどではけして無い。

 そうではなくて、『ジェーン』というのは、航宙船関連情報の調査・出版をなりわいとする、とある星間国家が本拠の企業の社名、また、そこが刊行している情報誌の誌名なのだった。

 軍用のそれを中心として、〈ホロカ=ウェル〉銀河系内を航行している(或いは、していた)古今東西、国籍数多あまた、大小様々、用途多様な、およそありとあらゆる航宙船を網羅したの誌名なのである。

 一民間企業の刊行物ではあるが、こと、そのジャンルにおいては最も権威あるものと見なされていて、〈ホロカ=ウェル〉銀河系内にある諸国、また、宇宙軍が、ほとんど公式資料として採用している程のものなのだ。

 決して安くはない……どころか、官公庁や企業が予算を計上するのでなければ、目が飛び出るほどに高価なその年鑑を稲村船務長は、自分の俸給の大部を割いて購入しつづけていた。

 だから、渾名あだなが稲村ジェーン。

 要するに、稲村船務長は、きわめて重度の――が高じて宇宙軍の軍人、それも志願して士官にまでなってしまった筋金入りのマニアだったのである。

 とまれ、

「〈砂痒〉星系の機雷堰って、〈LEGIS〉のヴァージョンはいくつなの? 確か最新版のⅣβ版がリリースされたって小耳にはさんじゃいるけど、もうそれにアップデートをされてンの? それとも、まぁだ? どーなの? どーなの? 毎年毎年、何が楽しいンだか、薄給はたいて借金しょって、飯やら服やらガマンしてまで宙軍年鑑購入しているスキモノだから、当然、チェックしてンでしょ~? ほらほら答えて。とっととうんちく述べちゃって。時は金なり、もちかてなり。はナマモノ、鮮度が命。命短したすきに長し。ちょうど時間となりましたぁ。さぁさぁ答えて。さぁさぁさぁ……!」

コンビは、艦位反転のち減速噴射の準備を急ぐ。減速にともなう予定針路の変更はナシ。噴射強度は、次回予定分の実行を前倒しするものとして手配。――準備できたらすぐよ。全乗員向け艦内告知はもちろんのこと、近距離系通信と、それからつかって近傍空間作業者向けの回頭予告の発報もちゃんとやってね。理由はわざわざ言わなくたって、賢いあんたたちにはわかるよね?――ナニ? わかんない? へぇ~~ほぉ~~ふぅ~~~ん。ンな程度なのに、裏宇宙航法利用に革命をおこす使用法を考案したとか自慢するんだ、そーなんだ。んじゃ、その件についてもレポート追加ね。しめきりは、ちぃとは待ってあげるから、今やってる軍令部技術院宛て、『星間空間における超光速移動についての新機軸考察および技術手引き書・草案』にくわえて提出すること。モタモタしてると宿題の山がどんどん増えるよ。いっひっひ……」

飛行長マーちゃん、艦尾電磁射出機リニアカタパルトを起動準備して。急ぎも急ぎ、大急ぎでね。ただし、使用は架台のみ。射出軌条、また撃発回路への充通電はナシ。三基をアクセスポイント設定モードにて遠心分離放出する。――放出方向は本艦進行方向。時期は本艦回頭開始後、放出最適解に即して随時。はぶちゃん、おばちゃんとタイミング合わせてしっかりやってねン♪ と、急なはなしでそのうえ急ぎでやってほしいから、アンタってよりかは、アンタの部下むすめたちには、ちと申し訳ないとは思うけどもサ。ま、取り扱う相手は機械。――がいつもやってるあのクソデブどもを送り出すよっか、気も楽だしょ? なにせ文句は言わない。臭くもない。手に脂だってつかないし、なにより放り出したらそれきりで、お出迎えする必要もないんだからサ♡ だから、とにかく納期は必達ね?」

砲雷長さっちゃん非在場ナルフィールド発生装置ジェネレーターの今の状態は? うんうん。ちゃんと暖機アイドリングを維持してンのね。よしよし、さすがやればできる子、たいへんよろしい。そのまま即時展張待機状態を続けとくのよ。すぐに使うことになるからね。――え? ホントですかって? なにそれアンタ。あのね、これからウチらは索敵機雷からのGauntletをくぐり抜けてくことになるのよ、わかってる? アタクシ様の見立てによると、まぢで攻撃しかけてくるヤツがいるだろうから、気を抜いてたら一撃でOUT。――一巻の終わりとなっちまうから夜露死苦ね? 本艦の安危、アタシらの生命、ひいては我らが祖国の命運さえもが、あんたの肩にかかってンだから、ゆめゆめヘマしでかさないよ~にして? にしてもさ、あぁ~~ん、機雷堰ふたつか三つ分の機雷からなる砲列にオマケが付くって、一体どンくらいの迫力なのかねぇ。ホント長生きはするもんだ。なんかこう、オラ、わくわくすンぞ♡」

主計長イクミンは、艦内環境監視装置で全乗員の心身健常度ストレスチェックをただちに実行すぐやって。――今のはなしに聞き耳はたててた? 理解済み? だったらオッケー。それでヨシ。ナルフィールドを張りめぐらせることになるからね、その用心に事前に対策しときたいのよ。Are You OK? ンだからアタクシ様が総員戦闘配置を下知したってのに、まぁだグースカやってる不届き者がいたらば問答無用で叩き起こして喝いれて……と、もといもとい、ついつい本音が、アッハッハ……。あ~あ~、そうじゃあなくってネ? まぁ、イクミンがねたましいようなら、キッツい目覚ましかましてもいいけどアタクシ様は止めないけどね、いずれにしてもそうじゃあなくって、現在時点での心身健常値を全員分あたって把握して?――それがイクミンへの指示、ヤることね。でもって、もし、基準値を割り込んでる娘がいたら、可能な範囲で戦闘配置からハネといて。あ~、指揮系統? 自分にそんな権限ありませんって? いやいやあったま固いな~。あんた医者でしょ? 未病もやまい――ゴネるヤツには、半病人はおとなしく居眠りでもしてろと言っときなさい」

「難波ちゃん、羽立情務長はだっちゃんには、テストをします。正解できなかったら、キッツい×を喰らわします。とは言え心配いらない無問題。簡単お手軽気休め程度の軽ぅ~~い実力テストみたいなもんだから♡ 我が国宇宙軍きっての英才俊英のあんたらだったら出来て当然、出来なきゃオカシイ。だから出来なきゃキッツい×ゲーム、ってね♪ 二人もペナルティがあった方が張り合いあるだしょ? ウンウンそうよねそうだよね。アタクシ様も、これ終わったら久方ぶりに甘味喰い放題だって思うとヤル気モリモリ元気ミナギルって感じだもん♡……って、アレレ? アタクシ様にはご褒美アメちゃんなのに、あんたら二人のほうはお目玉ムチなのか。んん~~、それって何か不公平かなぁ。どうなんだろう……。なぁんて、ンな事ぁど~でもいいけどねぃ。――てなワケだから、はだっちゃん、敵味方識別の認証手順はもう完了した? あ、まだ終わってない。あ、そぉ。トロいな。え? 向こうさんからの応答信号待ちなの? ふ~ん、了解。じゃ、手順が完了したらば、その旨、はぶちゃんに教えたげるんだよ。そしたら状況開始だからね、ハイ、手を動かして。――と、もちろんは難波ちゃんだってば、お待ちかね♡ ハブったりなんかしやしないから、そんな寂しそ~な顔はしないのよ。あんたは本艦No.2だから、下の連中の取りまとめをキチンとこなしなさいね? いくら頼りがいがあるからって一から十までアタクシ様を当てにはしないの。たまには上司を敬って、ゆっくり休ませたげようとか心配りをするのが今よ、今なの。世間様でも、『親孝行したい時には親はナシ』って言われてるでしょ? ここを先途と頑張りなさい。――と、ここまで言えばわかったろうけど、難波ちゃん、はだっちゃんの二人は、これからしばらく観戦武官ね。課業のかたわら、アタクシ様のカッコイイところを見てなさい。事後に講評を聞くから、それがあんた達へのテストよ、しっかりね」云々かんぬん、etc.

……。

…………。

……狩屋飛行長も後藤主計長も、心の底から後悔した。

 自分の名前を呼ばれた科長がビクッと身体を痙攣させるのを見て、その度に公開懺悔ざんげか、いっそ土下座でびたくなった。

(クスリが効きすぎた。ってか、ナニこれ? ほとんど剤なみのはっちゃけ振りじゃない)

 予想していた以上の村雨艦長の頑張り(?)に、その仕掛け人として、二人ながらに頭を抱えることになったのだった。

「うぅ……」

 誰かが呻く。

 昂奮しきったきいろい声が、キンキン響いて鼓膜――脳に突き刺さり、修辞的表現でなく、聞く者皆に頭痛を生じせしめて参らせている。

 誰もが、(助けて……)、(もう勘弁して……)と思っている。

 艦橋内部は、いつ終わるとも知れず村雨艦長が垂れ流しまくる言葉の羅列でパンパンに満たされ、全員、その膨大な量と勢いに圧倒されて、今にも溺死しそうな顔になっていた。

 頼りの難波副長は……、表現はともかく、内容が(一応)真っ当なので、口こそへの字に結びはしたものの、村雨艦長にキレることなく眉根をみほぐしながら黙認している。

 コマンドスタッフたちは皆、誰もが担任している科の長として、上官の指示を実行するのに注力し、ただただ今を耐え忍ぶしかなかった。

 そうして、

 艦橋内でただひとり上機嫌でいる村雨艦長は、手をパンパンと打ち鳴らすと、

「ハイハイみんな、それじゃあお仕事がんばろ~~!」

 これ以上ないニコニコ顔で声高らかに宣言し、部下たちへの指示を(やっと)終えたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る