第12話 もうハーレムなんていらねえ!
クラッフ村とかいう、俺にとっては何処それな村を救った祝勝会が盛大に催された。
高名(らしい)騎士達がこぞって集まり、相当な広さがあるホールは人と食事で溢れかえっていた。
俺が思っていたよりもクラッフ村での戦闘は、この国の命運を左右するほどの一大決戦だったらしく、その勝利の吉報に誰もが歓喜していた。
そんな勝利に最も貢献した勇者として、俺の周囲には常に多数の人が集まってきた。
俺は正直目の前の旨そうな飯を食いまくりたい気持ちの方が強かったが、そんな暇もないほどに四方八方から賞賛と質問の嵐に晒された。
見事な鎧を着こんだ騎士や、煌びやかなローブに身を包んだ魔法使いが、まるで順番待ちをしているかのように次々と俺に自己紹介してきた。
正直名前なんか覚えられんし、初対面の大人たちに囲まれて質問責めにされるのはきつかった。
なんとか愛想笑いを連発して場をやり過ごすが、それもいい加減限界にきていた。
俺が異世界人だっていうのは予想以上に結構な人間が知ってくれているようで、その辺の説明がいちいち不要なのは不幸中の幸いだった。
……だが一方で面倒だったのは、控室でセレスという美人メイドがくれた助言通りになったことだ。
「カケル殿。是非我が聖堂騎士団に入団を!」
「いえ、カケル様の白魔法は我々フィズレーン協会にこそ相応しいお力です」
「冒険者に興味はないかい? 白魔導士はいつだって大歓迎さ」
「あ、あはは……」
断っても断っても、次から次へと勧誘は止まる気配がない。
中には「こんな組織の言葉は信じるな」「なんだとお前たちだって」とか目の前で口論しだす始末。
まあまあ、と第三者が止めに入るも揉め事は収まらず、そんな騒ぎから逃げるために一歩引いたら今が好機とばかりに他の組織が「ね? あんな野蛮なところはやめてうちに来ない?」と誘ってくる。
「あ、あの俺まだほんとこの世界のことよく分かってなくて。だからいろいろ分かってからどの道に進むか決めようかなーなんて思ってまして……」
「その通り。素晴らしいお考えですな。今貴殿に必要なのは武力ではなく知識。であれば、我がアルバーン王立魔法学園で勉学に励むのがよろしいでしょう」
今度は学校かよ!
勘弁してくれよ。つい昨日、ようやっと高校卒業したんだぞ俺は!
「馬鹿な。カケル殿は勇者の称号を得られた御方ですぞ? 魔王軍の侵攻が目前まで迫ったこの時期にそんなお方を数年も学園に通わせる余裕などあるはずがないでしょう」
「だからこそです。カケル殿はまだ右も左も分からない迷い人も同然。そんな方をいきなり戦場に放り出すなど」
「そんな悠長なことを言っている場合では」
「――冗談じゃありませんわ!」
その一声で、周囲の喧噪が水を打ったように静かになった。
コツコツとブーツが床を踏み鳴らす音が近づいてきて、俺の前で止まった。
「栄光あるアルバーン王立魔法学園の門を、こんなどこの馬の骨とも知れない者がくぐるなど、あってはなりませんわ」
そう言ってその女性はファサ、と金の髪を手で払った。
「うおっ……!?」
その女性の容姿に思わず呻いてしまった。
な、なんだこのいかにも「んほお!」とか言いそうな女は!?
これはまさか……!
「ヴェラルージュ君、勇者殿に対して無礼ですぞ!」
「ふん。――貴方。言っておきますが、偶然、たまたま、運よく武功を上げられたからといってあまり調子に乗らないでくださいます? 貴方などいなくとも、先の戦ではこのマリーンズ・ルーン・ヴェラルージュが勝利をもたらしたに違いありませんもの」
で、出たー!
金髪縦ロール高飛車令嬢だとおおおお!?
まさかこの目で拝める日が来るとは……さすがだぜ異世界!
「まったく、魔王軍幹部を倒した者がいると聞いて来てみれば、まさか貴方のような冴えない男性だったなんて。シャロンと仲良く戦ったそうですわね。ふん、あの地味な子に相応しいナイトですこと」
な、なにいいい!?
しかもシャロンと因縁があるだと!?
まさか二人はライバル関係!?
俺には分かるぜ! このマリーンズとかいう娘は最初の内は俺達に嫌がらせしたり嫌味とか言ってくるけど、中盤の方で俺に救われて改心するんだ。
で、最後の方では力を貸してくれて「ふ、ふん。勘違いしないでくださいます? 貴方に借りを作ったままというのはワタクシのプライドが許さないだけですわ」とか言ってくるんだぜ!
くぅ~、今から楽しみだ!
「……ちょっと、聞いてますの?」
「え、ああ聞いてる聞いてる。今後ともよろしく」
「な、なんですのそれ!? ワタクシを馬鹿にしてますの!?」
本当に自分のことワタクシって言う人だった!
これはますます期待が持てるぞ!?
「カケル様」
そのとき聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺を中心に出来ていた人垣の向こうに、美人メイドのセレスさんがいた。
「あ、セレスさん。どうも」
挨拶するとセレスさんはペコリと綺麗なお辞儀を返してきた。
そして周囲の人垣を一瞥すると、ふ、と小さな笑みを浮かべた。
やれやれ、やっぱりこうなったか、って感じのニヒルな笑みだった。
「お身体の方はもうよろしいのですか?」
「え、身体?」
何のことか分からずに聞き返す。
「体調がまだ万全ではないと先程お聞きしたものですから」
「…………? ――!」
なるほど!
少し遅れたがセレスさんの意図を汲むことができた。
「あー、いやぁそうなんですよ! まだちょっと戦闘の疲れが残ってて」
「魔王軍幹部と死闘を演じられたのです。無理からぬことでしょう。どうでしょう、別室をご用意させていただいております。そちらでご休息なさっては」
「ほんとですか? いや~助かります」
多分周囲の人達にも俺のすっとぼけた演技は見抜かれてただろうけど、疲れてると言えばこれ以上無理に話に付き合わせることはできないだろう。
これでこのおしくら饅頭みたいな状況から抜け出せる。
セレスさんマジグッジョブ。さすができるメイドは違うね!
他の人達はまだ何か言いたそうにしていたが(特にマリーンズ)、俺は努めて目を合わさないようにしてそそくさとその場を後にした。
そんな訳でセレスさんに案内された別室で俺は今度こそ一人でゆったりとくつろいでいた。
別室といってもさすがはお城。一人でくつろぐには十分な広さがあり、しかも当然のように飲食物が用意されていた。
あの祝勝会の場では満足に食事もできない事態になると見越してのセレスさんの計らいだろうか。
だとしたら素晴らしすぎる。一家に一人セレスさんが欲しくなるレベル。
「はー……やーっと一息つけるわ」
俺は豪勢な王宮料理をたらふく堪能し、その後は特にすることもなくなったのでソファに座りながら考え事をしていた。
考え事というのは、この異世界転移についてだ。
あの森では訳も分からない内に戦闘に巻き込まれ、なんとか凌いだかと思えばお城に連れてこられて勇者だなんだととんとん拍子に話が進んでしまい、ろくに考える時間もなかった。
こうして一人になって初めて、俺は今更ながら本当に異世界転移してきたんだと実感が沸いてきた。
「本当にこんなことがあるんだなー」
呑気な台詞だが、これが正直な感想だった。
物語の中だけの話だと思ってたが、まさか自分の身にそれが降りかかるとは。
しかも当然のように素敵スキルまで完備とは恐れ入る。
「『多重補助』……か」
勇者だなんだと持て囃されたが、ようはこのスキルが凄いって話だ。
『任意の対象に同じ補助魔法を重ね掛けできるスキル』。
説明文だけ読むと正直地味だし、もしRPGでこのスキル手に入れてもその真価に気づくのは相当後だろうな。
だがこの世界においては有用なスキルのようだ。
それこそスライム一匹で魔王軍幹部を一撃で倒せるレベルの代物だ。
あとは自分にもこの効果を使えたら最高なんだけどなー。
「あくまで俺はサポート要員ってか」
どうしても俺を華々しい主役にはしたくないらしいなチクショー。
そのとき。コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「あ、はーい。どうぞー」
反射的に返事をした後でちょっと後悔。
もしかするとさっきの続きとばかりに勧誘がこの部屋まで押しかけてきた可能性を考慮してなかった。
もしそうだったら面倒だな。
せっかくなら美少女に来て欲しいわ。美少女ならいつでもウェルカムだぜ。
「失礼します」
ドアが開けられ、一人の女性が部屋に入ってきて……
「……」
思わず息を呑んだ。
現れたのは、さっき謁見の間で俺がガン見していたスーパー美少女。
ミルフィ王女だった。
「あ、う……お……?」
突然のことに面食らう。
まさかこんな形で再びご尊顔を拝謁できるとは思っておりませんでした。
「ホウジョウ・カケルさん。突然の訪問、お許しください。私はミルフィ・ヴァラン・アトノームと申します」
「ど、どうも……」
思わず視線を逸らす。
や、やばい……可愛すぎて直視できない!
謁見の間ではあんだけガン見したけど、一対一だとこの美貌は眩しすぎる!
「あの……なんか用ですか?」
我ながらほんとだよ。なんでこんなとこに王女様が?
「用というほどのことはないのですが、この国の王女としてカケル様にご挨拶をしておかなければ、と思いまして。この度はクラッフ村をお救いいただき本当にありがとうございます」
「あ、いえいえ。それほどでも」
なんだ、本当に挨拶に来ただけなのか。
……いや……ほんとか? まさかさっきの連中みたいに何かの勧誘に来たんじゃないだろうな?
やめてくれよ? こんな可愛い子に誘われたら断れる可能性ゼロだぞ。
「それでですね――もしよろしければ、私と少しお話していただけませんか?」
「もちろんオッケーですよ」
やっぱりか。ミルフィも何か別の目的で俺に近寄ってきたようだ。
これは用心してかからないとな。うっかり了承の返事なんかしたらまずいことに――あれ、知らん内に「オッケー」って言っちゃった?
いかんいかん。ミルフィのあまりの可愛さに脳より先に返事しちゃったよ。
もしミルフィが今「私の借金の連帯保証人になってくれませんか」とか言ってきても同じ返事してた自信あるぞこれ。
くっ……圧倒的可愛さの前に男は無力なのか……!
「わあ、ありがとうございますカケルさん! 私、どうしてもカケルさんとお話してみたかったんです!」
ぱあ、と嬉しそうに笑うミルフィ。
うーん可愛すぎ。
ごめんセレスさん。どんな誘いも断れって言われたけど、無理そうです。
もうゴールしてもいいよね?
だってさ、元の世界じゃろくに女の子と話せなかったんだぜ?
それが、どんなアイドルも裸足で逃げ出すような美少女が俺と話したいだなんて。こんなチャンス棒に触れるわけないでしょうが!
「俺なんかと話しても、その、楽しいか分からないですけど……ほら、俺って全然冴えないし」
だめだな、やっぱりどうしてもキョドってしまう。
プロのリア充ならここで「いいよいいよ~、俺と夜通し語り合っちゃおうぜトゥナイト☆」って言うところなんだろうが(偏見)、俺にはまだそこまでのチャラ男キャラは荷が重い。
ミルフィにつまんない男って思われてないといいけど……。
「そんなことありません! カケルさんはとても素敵な殿方だと思います!」
ぎゅっ、と俺の手を握ってくるミルフィ。
あ、さては天使だなオメー?
あとナチュラルに手を握るのはやめてね? 心臓が破裂しちゃうんで。
それにしてもおててスベスベでぷにぷにですね。
柔軟剤使った?
決ーめた。俺この子ルートにするわ。
ハーレム? イラネ。この子とお近づきになれるなら他のフラグ全部折れてもかまわん!
「あっ! ご、ごめんなさい、急に手を握ってしまうなんて、はしたない……」
慌てて手を離すミルフィは、ぽっ、と頬を赤らめて視線を逸らした。
右手を握って口元に持っていくところがまたいじらしい! そして可愛い!
「あ、全然! 気にしてないっていうか、むしろラッキーっていうか……あはは」
「も、もう。カケルさんったら」
テンパりまくりの俺の挙動に嫌な顔一つせずに、うふふ、と笑ってくれるミルフィ。
あー可愛いわー。くどいようだけど本当に可愛い。
美人は三日で飽きるとか言う奴いるけどあれ嘘だわ絶対。
だって「可愛いなー」って思ってから一回外の景色見るじゃん? その後もう一回ミルフィ見るじゃん? そしたらまた可愛いんだもん。
二度見したら二度可愛い。この可愛さに三日で飽きるって? 飽きれるもんなら飽きてみやがれ。
「それで、あの……私カケルさんにどうしてもお聞きしたいことがありまして……」
なに? 俺の預金口座のパスワード?
今なら何でも教えちゃうよ。どうせ口座にはエロゲ用に溜めといた一万円くらいしかないし。
「実は私……」
焦らしてくるミルフィに、俺は思わずごくりと生唾を飲み込む。
もしここで「カケルさんには今お付き合いしてる方はいらっしゃいますか」とか言ってきてくれたら一気にミルフィルートに突入できるんだけどなー。
が、現実はそこまで都合よくはいかなかった。
「実は私、異世界にとても興味があるんです! ですので……カケルさんの世界のことを教えてくださいませんか!?」
「……あら、あれは……」
王城のとある通路に続く廊下で、シャロン・ブルーは奇妙な光景を目にした。
一匹のスライムと一人のメイドが口論していたのだ。
「どうしてカケルさんに会わせてくれないんですかぁ!」
どうやら怒り心頭の様子のスライムは、カケルの相棒、ヤマモトだ。
ボールのようにポンポンとバウンドして不満を表現していた。
「現在カケル様は奥の別室でお休みになられております。大変申し訳ございませんがお引き取りくださいませ」
そんなヤマモトの抗議に淀みなく答えるのは、ミルフィ王女の専属使用人を務めるセレスだった。
何人も通さぬとばかりに毅然と通路に佇む彼女は、さながら番人のようだった。
「どうかしましたか?」
生来の生真面目さを持つシャロンは反射的に仲裁に入ってしまった。
そこで二人はシャロンに気づき、同時に挨拶を返した。
「聞いてくださいよぉ! この奥にカケルさんがいるはずなのに、この人が通してくれないんです~!」
「この奥にカケルさんが?」
「はい。いらっしゃいます。森での戦闘でお疲れのご様子でしたので、別室をご用意させていただきました。現在はそちらでご休息を取られております」
「そうでしたか……」
何を隠そう、シャロンもカケルを探していたのだ。
今日の出来事について、カケルと腰を落ち着けて話す機会がなかったため、一度じっくりと話し合いたいと思っていたのだ。
だがそういう事情があるのであれば仕方がない。
魔王軍幹部、アーグヴァランとの戦闘は短時間ではあったものの、一歩間違えれば死に直結していた。
精神的な疲労な計り知れないだろう。
ただでさえカケルはまだこの世界に来て初日だという。休息が恋しいのは当然だ。
だがヤマモトは納得できないのか、まだぷりぷりと怒っていた。
「私はカケルさんのパートナーなんです! 片時も離れないんです!」
「申し訳ございませんが、何者も通すなという厳命を受けておりますので。ヤマモト様をお通しすることはできません」
「そんなぁ!」
「まあまあヤマモトさん。また日を改めましょう。明日にはまたカケルさんとも会えますから」
「むぅ~……」
ヤマモトの身体を両手で持ち上げて抱えるシャロン。
ヤマモトがカケルの頭の上に乗るのを気に入っている様子だったのを思い出したシャロンは、自分の頭の上を提供しようとしたが、ヤマモトは乗ろうとはしなかった。
「シャロン様も、カケル様にご用がおありでしたか?」
「はい。カケルさんには森で助けていただきましたし、そのお礼を。早い方がいいのでしょうが、急ぎの用ではありませんので」
「そうでしたか」
「カケルさんは本当に一人なんですかぁ?」
ヤマモトの問いに首をかしげるセレス。
「どういう意味でしょうか?」
「もしかするとカケルさん、また他の女の人とイチャイチャしてるんじゃ!?」
「あはは。そんなまさか。ねえ?」
聞き返すシャロンに、セレスはうっすらと微笑を浮かべるだけだった。
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