第3話 そんな趣味ねえよ


「ひいん! 助けてくださあいぃ!」

「ガルルルルル!」


 その声の主は確かに女性のようだった。

 幼い声が恐怖に駆られている。


 彼女を襲っているのは一匹のトカゲだった。

 一瞬大型犬かと思ったが、よく見ると巨大なトカゲだった。

 大して強くはなさそうだ。近所の人が飼ってたシベリアンハスキーの方がよっぽど怖い。

 あの犬俺にだけ吠えてくるんだよなあ……ほんとムカツク犬だった。


「あううぅ! 私は食べても美味しくないですぅ! 誰か~!」

 とはいえ彼女にはそんなトカゲでも抗うことのできない脅威だろう。


 彼女の身体はかなり小さい。

 どれだけ小さいかというと、大型犬より小さいそのトカゲより更に小さい。

 いや、大きさはそんなに重要じゃないな。彼女の最も特筆すべき特徴はだということだ。

 仮にプルンプルンなのがおっぱいだったら良かったのだが、残念なことに彼女は身体全部がプルンプルンだった。


 ていうかスライムだった。


「ガルルルル!」

「ひええええ!」

 青いスライムがプルプルと震えながらトカゲに組み伏されていた。

 トカゲはスライムを食べるつもりはないのか、拙い手つきでスライムをベシベシと叩いていた。

 遊んでいるのかと思ったが、どうやら狩りの練習をしているようだ。


 スライムには顔らしき箇所があり、(>O<)こんな感じになってた。


「アホらし……戻ろ」

 何がメインヒロインとのフラグだよ。

 ただのモンスター同士の捕食シーンじゃねえか。

 クソ、なまじ声が可愛いからまんまと騙されたわ。


 なんだ? お前なんかスライムでもメインヒロインに据えてイチャイチャしろよ(笑)ってか?

 そんな趣味ねえよクソがッ!


「あ! そこのあなた! 助けてくださああああい!!」

「……」

 気づかれた。

 知らね。

 何が悲しくてスライムなんか助けなきゃならんのだ。なんなら俺の初戦闘の実験台になってほしいくらいだわ。

 助けたところで俺に何のメリットもない。


「…………いや、そうでもないか?」

 少なくとも会話が可能な相手のようだ。

 こんな、どことも知れない森の中でそんな相手に簡単に出会える保証はない。


 遠くからは変わらず戦闘音が聞こえている。今ここは危険地帯なんだ、すぐにでも状況が確認したい。今、情報は命を左右する要素だ。


「チッ……しゃあねえなあ……」

 心底嫌だが背に腹は代えられん。

 ゆっくりとトカゲに歩み寄ると、トカゲも俺に気づいたようだ。

 一丁前に威嚇なんかしてきてる。


「武器がねえんだよなあ……」

 でもまあなんとかなるよな?

 あんな弱そうなスライム一匹満足に殺せないんだし、多分まだ子供なんだろう。

 シベリアンハスキーが本気で襲い掛かってくる程度だと思っておけばいい。


 ……いや、それ結構怖いな。やっぱやめよっかなぁ……。


 だが俺だって前の世界の俺じゃない!

「行くぜ! ――『パワーアップ』!」

 唯一習得している『攻撃力増加・小』の補助魔法を自分に施す。


 淡いオレンジの光が俺の身体を包む。ぶっつけ本番だが上手くいったようだ。

 攻撃力さえ上がっちまえばあんなトカゲ一匹どうとでもなる。


「どれどれ、ステータスは?」

 強化されたはずの攻撃力を確認する。


 攻撃力:10


「……ん?」

 変だな。さっき確認した値から上がってないっぽいんですが?


「あれ、失敗した? ――『パワーアップ』!」

 もう一度同じ魔法を使ってみる。


 攻撃力:10


「あのぉ……?」

 やっぱり上がってない。

 なんだ? もしかして魔法発動してない?

 考えてみれば魔法なんて今まで使ったことがない。発動出来てなかったとしてもおかしくはないが……。

 いや、エフェクトっぽいのは出てるし発動はしてるっぽいんだが……。


「グルルルルル!」

「あ、え、ちょ、ちょちょちょっと待って」

 やばい! トカゲの方はもうやる気満々だ。

 待て待て待て。なんか思ってたのと違うんだって!


「グアアアアア!」

「わあああああ!」

 トカゲが飛び掛かってきた。

 体当たりを喰らい押し倒される。俺の身体に覆いかぶさったトカゲが大きく口を開いて俺に噛みついてきた。


「うおおっ!?」

 咄嗟にトカゲの口を押える。

 思っていたよりずっと力が強い。スライムを攻撃してたときとは違う。あれは狩りの練習って感じだったが、今回は明らかに仕留めるために攻撃してきてる。


「うぐっ……!」

 トカゲの爪が肩に食い込んで血が滲む。

 痛ってえ! これほんとにトカゲ!?

「ふざけんなテメエ! どけオラア!」


 なんとか振りほどこうとするが、組み伏せられる形になって上手く力が入らない。

「ガウウッ! グガアアッ!」

 トカゲがガツガツと俺に噛みついてくる。喉元を抑えて引き離すことでなんとか距離を開けているが、このままでは押し切られる。


「くそ……! ――あ」

 ふと横を見ると、傍に手ごろな石が転がっていた。

 掌大の大きさだが先端がいい感じに尖っている。

 これだ、と思った時には既にその石を右手に掴んでいた。


「おらあ!」

「ギャンッ!」

 掴んだ石でトカゲのこめかみを思いっきり殴りつけた。

 悲鳴をあげて怯むトカゲの腹を蹴り飛ばす。

 吹っ飛んだトカゲの頭部を全力で蹴りつける。


「うんだらああ!!」

 とどめに石をトカゲの頭部に叩きつける。

 短い呻き声を発したあとトカゲは動かなくなった。


「はあ……はあ……」

 やったか?

 恐る恐るトカゲを突いてみるが反応はない。

 そのとき、頭の中に変なイメージが流れ込んできた。



 レベルが上がった!


 名前:北条翔(ほうじょう かける)

 職業:白魔導士

 レベル:2

 攻撃力:11

 防御力:9

 すばやさ:10

 魔力:16

 習得済みスキル:

 ・攻撃力増加・小

 ・能力看破

 ・多重補助



「お、レベル上がってる!」

 ってことはこのトカゲは死んだってことか!

 よかったぁ……なんか変な確認方法だが、とにかく勝った。

 安堵からその場にへたり込む。


 ステータスもちょっとだけ上がったな。

 ……ほんとにちょっとだな。攻撃力と防御力と魔力が+1ずつかよ……しょっぺえ。

「ああ、でも新しいスキル覚えてら」


 しかも二つも。

 こりゃ幸先がいい。

 なになに?


 『能力看破』。


「……説明なしかよ」

 どんな能力なのか分かんねえじゃねえかよ。


 まあ能力名から察するに能力を看破するスキルなんだろう。

 ……そのまんまだな。

 まあいいや。これは後々検証しよう。

 さてもう一つは……?


 『多重補助』?


「……なんだこれ?」


 『攻撃力増加・小』とか『能力看破』はどういう効果かイメージしやすいが、『多重補助』と言われてもいまいちピンとこないんだけど。

 こんな状況で詳細不明のスキルがあるなんて嫌だな。

 検証したいところだが……、


「あ、ありがとうございますうう!!!」


 ぷるるん、と波打ちながらスライムがこちらへ向かってきた。

「うわーん! 死ぬかと思いましたあ! 助かりました~!」

「おう、よかったな。死ぬほど感謝しろや」


 とりあえず、こいつから情報を引き出せるだけ引き出さないとな。

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