第2話 違和感

 また目が覚める。時間は十二時半。最後に時計を確認したのは確か十時だった。寝付くまで少し時間がかかるとはいえ、こんな早く目覚めるのは初めてだ。さっきの悪夢がどれだけ楽勝だったかがわかる。

新記録達成! って喜んでいる場合じゃない。この強制起床の使用、どうにかならないの…? 時間帯によっては、二度寝できるか微妙な時もある。今日はまだいい方だ。寝付きの悪い紗夜なんて、もう一度寝るのも一苦労なんじゃない?

 トイレを済ませた後、キッチンに行き、水を一杯飲んだ。今から寝るのには十分時間がある。というか寝ない方がおかしい。起きてる気もない。

 もう一杯水を飲もうと、ペットボトルからコップに天然水を注いだ。その時だ。誰かがキッチンに入って来た。

 璃緒だった。彼女もこんな時間に目が覚めたのだ。

「その水、私にもちょうだい?」

「こんな時間に起きるなんて、珍しいね」

「瑠璃だって」

 瑠璃は、璃緒が差し出したコップにも水を注ぐ。そして二人で一緒に飲み干す。

「トイレはいいの?」

「大丈夫。寝る前に行ったし」

「いやいや、私も寝る前に済ませたけど、寝てる間にも、もよおしてこない?」

「言われてみればそうね。じゃあ私も行ってくる」

 瑠璃は先にベッドに戻った。しばらくして、璃緒も戻ってきた。

「瑠璃さ、便座の温度、いじった?」

「うん。中にしたけど…?」

「そしたらさ、高に戻してよ。便座、冷たかった」

「戻してよ、じゃないわよ。みんなあなたが高にしてるの、熱いのに我慢してるのよ?あなたこそ中に戻すべきよ」

「えぇ、だって、熱くないとお尻が満足しなくない?」

「何それ? そんなの一々気にする?」

「するよ。瑠璃は公衆トイレの便座、使わないの? あんな冷たいのの上で、用なんてたせない」

「私は、公衆トイレなんて使わないわよ? 毛虫がいるかもしれないじゃん!」

 何故だろう。今は璃緒と、普通に会話できる。

「今の季節、いるかなー?」

「いるわよ。油断してると危ない危ない」

「本当に瑠璃って、芋虫とか、駄目ね。はらぺこあおむしですら、本を窓から投げ捨てたもんね」

「よくそんなこと、覚えてるね。確か小三の頃だったっけ?」

「そうそう。あの夏、あんた、育ててたミニトマトに偶然引っ付いた芋虫にすら、殺虫剤を容赦なく噴射してたね」

「誰だって、そうするよ」

「瑠璃だけだよ。普通はゴキブリとか、ハエとかに噴きかけるものよ?」

「そんなことないよ。だってあいつ、ちゃんと死んだもん」

「それは、死ぬよ。殺虫剤だもの」

 璃緒との会話が弾む。とても、楽しくなってきた。

「それにしても、何で芋虫って、いるんだろうね? 蝶とかカブトムシとか、成虫の状態で生まれてくればいいのに」

「そんなに都合良くは、いかないでしょ?」

「でもバッタとかカマキリは、不完全変態っていうんだっけ? 生まれた時からあの形じゃない?」

「確かに。どうして幼虫からさなぎになってから、成虫になるんだろうね」

「不思議よね」

「ところでさ、瑠璃は、ヘビは大丈夫なの?」

「芋虫ほどじゃないけど、できれば見たくないわね…」

「じゃあムカデは?」

「ムカデはね…って璃緒! 変な想像させないでよ! 芋虫と比べるのすら嫌なんだから!」

「そんなに怒らないでよ。ただ言ってみただけじゃん」

「とにかく、私の前で芋虫を連想させるの、禁止よ」

 瑠璃は時計を見た。もう、一時を十分ほど過ぎている。

 もっと話していたいが、そろそろ寝なければならない。

「そろそろ寝ましょ? 明日起きられなくなるわ」

「私は別にいいよ。だって瑠璃が起こしてくれるもん」

 瑠璃は返事をしなかった。インカムを外して、寝ることにした。


 朝。いつも通り目覚ましの鳴る前に起きる。二段ベッドの上の段に上がると、璃緒はもう起きていた。

「あ、もう起きてるから、早く階段から降りてよ。私が降りられないじゃない?」

 言われた通りに階段から降りた。そして食卓へと向かい、朝食を食べた。

 いつもは遅れて支度をする璃緒だが、今日は何とペースを瑠璃に合わせている。一緒に身支度をし、一緒に家を出た。


「なんか今日、璃緒、いつもと違くない?」

「そう? 私は別に何ともないけど…あ」

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」

「なんで隠すのよ! 気になるじゃない!」

「いいから! 聞かないでよ!」

 しばらく無言で道を進む。

「瑠璃はさ、覚えてる? 去年の大晦日の時のこと?」

 璃緒が切り出した。もちろん覚えている。

「勝一と利次と、遊んだときのことだよね?」

 あの日は幸せだった。だから悪夢を見る前の晩、あの日の夢を見たのだ。

「それが、どうしたの?」

「いいや、ただ、懐かしいなって思っただけ」

 璃緒も覚えていてくれて、嬉しかった。でも今はあまり、思い出したくないな。だってあの後、芋虫の悪夢を見たんだもの!

「あの時の雪合戦、瑠璃がいなかったら勝てなかったよね」

「璃緒がいなくても、負けだったわよ」

「いえ、瑠璃がいた方が、勝ったよ。あんな綺麗に雪玉を早く作れるんだもん」

「そんなことないよ。璃緒の腕前を見なきゃ、あの作戦は思いつかなかったから。璃緒のお蔭だよ!」

 こんなに姉妹で話したのはいつ振りだろうか? 普段は口を開けば悪口だったり、嫌味だったりだから。少なくともまともな会話にはならないだろう。

「ねえ、璃緒? やっぱりあなた、何か変だよ?」

「変って? どこが?」

「だから、何て言うか…。いつもなら、言わないようなこと言ってるっていうか…」

 返事に困った。どう表現すれば上手く伝わるかわからない。

「やっぱり何か、あったんじゃない?」

「またその話? だから何もないって」

 気付けば校門をくぐり、昇降口まで来ていた。そのくらい話に夢中だったし、考えてもいた。

 階段を登る。璃緒とはクラスが違う。

「じゃあね」

 手を振りながら璃緒が言った。瑠璃は無言で振り返した。

「あんな仲良くしゃべってるの、初めて見たよ」

 忠義が後ろで見ていたらしい。

「昔は、あれくらい仲、良かったんだけど…」

「喧嘩でもしたの」

「してないよ。でも、なんでか、いつからか…。本当に気が付いたらあの仲の悪さになっていたのよ」

「そうなんだ。僕にはわかんないけど、やっぱり何かしらあったんだよ。そうでなきゃさ、皆川兄弟みたいな感じになってるはずじゃん?」

 皆川とは、一年の四組いる双子の内の一組。瑠璃と璃緒とは違って、見た目はそれほど似てないけど、仲の良さは羨ましいくらいだ。つまり私たち姉妹とは、文字通り正反対な双子。

「でも本当に、私には何故だかわからないの…」

「なら璃緒本人に聞いてみるしかないね」

「でも、あの璃緒がそういうこと聞いて、正直に言ってくれると思う?」

 二人はう~むと首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る