邂逅編2 スティール成長日記①


 ※WTS1より前の時間軸



「これをどうにかしろ」


 手短に言い渡された指令に対し、ひとりの青年は眉を顰めた。もうひとりの青年は言葉を失った。そのまま彼等の主である青年は「できなければ強行策を使う」とだけ言い捨て、その場から消えてしまう。

 未だに唖然とする彼等の前に取り残されたのは――言葉を喋る事もままならない、獣のような呻き声を漏らす青年だった。


「何だこいつ……」

「…………」


 主との付き合いは浅い。しかし日頃の態度からわかる事はある。

 この世界の創造主の片割れで、世界に喧嘩を売ろうとしている者。

 非現実的で頭でも打ったのかと疑うだろうが、自分も一度、そういった奇跡の類は見てしまっている。と言うか、自分ができる側に成ってしまっている。


 主の性格は、世間的に冷酷非道だ。自分を含めた部下には一切の愛情はなく、利用価値があるかどうかだけで判断する。それで切り捨てられた魔獣や人間を何人も見てきた。


 よって、主自ら手を差し伸べる方はかなり希少である。この獣のような青年には、相当の利用価値があるのだろう。

 恐らく、自分と同等の――。


「おい、てめえなら何か知ってんじゃねえのかよ。電気メガネ」

「うるさいです、火炎の精霊」


 眼鏡をかけた、眉目秀麗な青年――ディアガルド・オラージュは刺々しい態度で言い放つ。隣で佇む緋色の髪の青年――アキュラス・フェブリルは不機嫌そうに「ああ?」と目を細めた。


「ううう、ああぁぁああ!」

「チッ、何なんだよこいつ。人間じゃねえのか?」

「……恐らく同類ですよ」


 この世界の根幹を担う存在、精霊。この世界のどこかに居る守護精霊の声を聞き、契約を成功させた人間が精霊と成る。この場では割愛するが、数奇な出会いを経てディアガルドは雷電の精霊と成った。隣に居るアキュラスは火炎の精霊である。


「つまり、こいつも精霊――」

「あー、ああぁぁ!」

「って、危ねえ!」


 自分に向かって物凄いスピードで突進する青年を避け、アキュラスは反射的に炎で攻撃する。流石に攻撃は危険と察したディアガルドが「待て――」と口を開くが、それより先に青年の方が咆哮していた。


「あぁぁあああッ!」

「なっ……」


 アキュラスの炎は、青年の耳を劈くような咆哮によって掻き消されてしまった――ように見えた。しかし実際は違うだろう。魔力を帯びたアキュラスの炎は、そう簡単に消せるものではない。況してやアキュラスのようなガサツな男が、器用に手加減をできるとも思えない。


「音に魔力を乗せて相殺……否、違う。先程のスピードも考えると、彼は……」


 自分の力が制御できず、魔力を帯びた風を纏う青年を見ながら、ディアガルドは呟いた。


「風光の精霊」




 ○月×日

 マスターが風光の精霊を拾うが育児放棄。僕と火炎の精霊に押し付けられる。



 ◇



「おはようございます、風光の精霊」


 ディアガルドはカチャリと眼鏡のフレームを持ち上げながら告げる。未だに意思疎通ができないレベルの風光の精霊に言ったところで、簡単な挨拶すら理解できる筈もない。風光の精霊はアキュラスの服をびりびり破りながら遊んでいた。


 彼等の主は、風光の精霊をどうにかできなければ強行策を使うと言っていた。つまり殺す気はないのだろう。

 この場合、殺す事の方にデメリットが生じると推測できる。使うかもしれない強行策の内容はわからないが、恐らく非人道的なものなのだろう。洗脳、もしくは人格の植え付け――辺りだろうか。


「遠くない未来、同じ精霊としてあなたと組まされるでしょう。そうなった場合、足手纏いは困るんですよ。洗脳なんて爆弾抱えられては、行動が制限される」


 もしも洗脳が解けてしまったら。もしも敵に洗脳されてしまったら。主から与えられる任務の失敗に繋がる恐れがある。

 ディアガルドの脳内には、失敗という二文字がない。失敗による死刑が怖い訳ではない。今更死は恐れていない。ディアガルドのプライドが、失敗という言葉を許さないのだ。


「せめて意思疎通くらいできないと困ります」

「うううー」


 鞘に納まる細身の剣をぶんぶんと振り回しながら、風光の青年は何かを訴えるように声を上げる。ディアガルドの頭脳を持ってしても、その内容を察する事はできないが――この奇妙な状況を推測する事はできた。


「僕の予想が正しければ、あなたの状況は契約時による代償です」


 風光の精霊の衣服はボロボロ、髪も乱雑に伸び切った状態だ。しかし纏っている衣服は布一枚という訳ではなく、きちんとした人間の衣服だ。形から察するにワイシャツのようにカチッとした服だろう。ところどころに細かい装飾も見えるので、もしかしたら高級品かもしれない。風光の精霊がずっと肌身離さないでいる細身の剣も不自然だ。

 この状態のまま育ったとは到底考えられない。そこから導き出せるのは、契約時の代償でこの状況に陥ったという真実だ。


「記憶、でしょうね」


 その言葉を聞いた瞬間、風光の精霊は反応するように身体を硬直させる。脅えるように蹲り、「うう、ううう」と呻き声を上げていた。記憶という言葉を理解できているとは思えないが、本能で何かを察したのだろう。同時にディアガルドは確信した。


「精霊の代償という事で、特別な魔力が働いてしまっている場合、記憶の復活は難しいかもしれません。でもあなたは元人間で、今まで生きていた過去が存在する。精神は死んでいても肉体は死んでいない」


 些細な事がきっかけで、連鎖的に記憶を取り戻していくかもしれない。例え取り戻さなくとも、常人より覚えは早いだろう。身体が覚えている事だってあるかもしれない。

 先程、風光の精霊が記憶という言葉に反応した事も大きい。対人関係の記憶はどうなるかわからないが、恐らく言語の理解と一般常識の会得は、そこまで時間はかからない筈だ。


「感覚で覚えている事もあるでしょうし、常人より時間は使わない筈だ。それにこの力がどこまで使えるのかも試したいところでしたし……ショック療法もありですね」


 ピリピリと雷を纏わせながらディアガルドが微笑むと、風光の精霊はアキュラスの服の残骸を投げて遊んでいた。細かくなった布を花びらのようにひらひら舞わせながら、風光の精霊は楽しそうに笑っている。


「って、おいてめえ! それ俺の服じゃねえか!? 電気メガネも見てねえで止めさせろよ!」

「幼児に遊具は必要でしょうし」

「遊具って、てめえ……ってか引っ張るんじゃねえ糸目野郎!」

「あー」

「新しい遊具ですよ」


 風光の精霊に髪を引っ張られ、アキュラスは半ギレで「だから俺は遊具じゃ……こら、離せ糞ガキ!」と叫んでいた。その様子を眺めながら、アキュラスで遊ぶ風光の精霊の隙を突いて細身の剣を奪い取る。注意深く観察していると、柄の部分に小さく文字が彫られている事を発見した。


「てめえ見てねえでこのガキどうにかし――」

「なるほど、わかりました」


 ディアガルドは風光の精霊に細身の剣を返し、穏やかに微笑む。


「彼の名前は、スティールです」


 その言葉を耳にした風光の精霊――スティールは、まるで喜ぶように「あ!」と声を発した。




 ○月△日

 風光の精霊の名前はスティールと判明。火炎の精霊はスティールにとって絶好の遊具である。



 ◇



 ディアガルドの推測の通り――スティールはみるみる内に成長していった。数日の内で喋れるようになり、スティールも自我が芽生えたのだろうか、徐々に意思疎通も可能になっていった。成長速度や記憶力に関心を抱きながら、ディアガルドは「記憶、か」と呟く。


「テア、テア」

「何ですか」

「ア」


 スティールが指さした方向を見ると、アキュラスが「あああああ!」と叫びながら本を燃やしていた。育児によるストレスが限界に達したのだろう。狂ったように本を燃やすアキュラスと見て、スティールは楽しそうにけらけら笑っている。案外スティールはいい性格をしているのかもしれない。


「ほん、おもしろいね」

「本はいいですよ。様々な知識を得られます」

「アがもやす、おもしろい」

「……そっちですか」


 溜息を零し、ディアガルドは自分が読んでいた本をパタンと閉じた。




 ○月☆日

 スティールの成長は順調。彼等と居ると、落ち着いて読書もできない。



 ◇



 雷片手に微笑むディアガルドのスパルタ指導もあり、スティールはだいぶ人間らしさを取り戻していた。人間に換算すれば、小学校低学年程度だろうか。


 完全に自我が芽生え、今では簡単な会話も可能。基本的な常識を教えれば、感覚的に理解する事もあった。言葉を教えれば、まるでスポンジのように吸収していく。ディアガルド自身も、それに対して少し面白いと感じていた。


 しかし、突然限界は訪れる。


「もうやだ! つまんなーい!」

「…………」

「本より剣の方がいい! おしえろアキュラス!」

「そこは教えてくださいだろ糞ガキ」


 投げ捨てられた本を拾い上げ、ディアガルドは「これが反抗期というものでしょうか」と悩んでいると、それを見かねたアキュラスが溜息混じりで「てめえなあ」と口を開いた。


「興味ねえものを叩き込んだところで、こいつ絶対覚えねえぞ」

「でしたら、覚えるまで――」

「こいつ、もうそれなりになってんだろ。それにちょっとスパルタすぎんじゃねえ? てめえ自身は親にどう育てられ――」


「僕は――僕は、あの人たちとは違うッ!」


 ――――バリバリィッ!


 ディアガルドの激昂によって、空気を切り裂くような雷が暴発する。手に持っていた本が黒焦げになる事も関わらず、ディアガルドは初めて感情を剥き出しにしていた。

 怒りのような、哀しみのような、寂しさのような。見開かれた菖蒲色の瞳は、様々な感情を抱えているようだとアキュラスは思った。


「……すいません、取り乱しました」


 冷静さを装いながら、ディアガルドは悔しそうに俯き背を向ける。そのまま遠くなっていく背中を見送りながら、取り残されたアキュラスとスティールは気まずそうに声を漏らした。


「なんだよ、あいつ」

「これが夫婦喧嘩ってやつ?」

「一つ教えてやる糞ガキ。俺と電気メガネを夫婦なんて気色悪い表現すんな。それと、あいつを女扱いすっと殺されるぜ」

「……二つじゃん! アキュラスってバカ?」

「んだとてめえ!」




 △月○日

 僕はあの人たちと同じ轍は踏まない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る