第139話 世界よりも大切なもの②



「それで、氷華。どうしてノアくんを呼び出したんだい? まあ、確かにアンドロイドの戦闘力は高いけど」

「たぶんノアはプルート攻略の鍵に……な…………って、え!?」


 自然すぎる凍夜の呟きに、氷華とノアは目を点にして言葉を失う。どうして二人がそのような反応を示すのか理解できない凍夜は、表情を変えずに首だけを傾げていた。


「凍夜お兄ちゃん……ノアの事アンドロイドって……ノア、凍夜お兄ちゃんに話したの!?」

「僕は何も言っていない! 第一、氷華兄とは氷華の誕生日の時に、少ししか……会って……話して、いない……」


 だんだん声をフェードアウトさせていくノアを見て、次は凍夜と共に氷華も首を傾げている。

 当のノアはというと、凍夜と初めて会った時の惨事を思い出し――あの言葉にできない恐怖を再発させていた。


 凍夜とノアが初めて出会ったのは氷華の誕生日の時だった。凍夜は氷華とソラシアを買い出しに行かせると――太一たちに容赦なく拳銃を向けたのだ。どことなく氷華の面影を持ちながら、凍えるような目線を向ける凍夜。既に小さい頃から何回もその目を経験してきた太一同様、水無月凍夜という青年はノアたちにも確実にトラウマを植え付けていた。

 しかも、凍夜のこの一面を氷華は全く気が付いていない事も性質が悪い。


 その時の体験を思い出し、蒼い顔でガクガクと震えているノアを見ながら、凍夜は「ああ、ここは寒いかもしれないね。俺や氷華は寒さに強いから丁度いいんだけど」と能天気に笑っていた。

 凍夜の本心はわからない。本気で身を案じているのか、全て察した上で言っているのか。

 ノアは一瞬だけ凍夜の発言を否定しようと考えたのだが、「そうなのノア? 大丈夫?」と自分のパーカーを差し出す氷華を見て、その考えは心の内でそっと思い留まる。


「い、いや……大丈夫だ。それより氷華兄はどうして“そこまで”知っているんだ。僕は話した覚えがない」

「もしかして“真実”で知ったから?」

「いや、それは違うんだよ氷華」


 そして凍夜は、何事もなかったかのように平然と答えてみせた。


「俺は、氷華と太一くんがワールド・トラベラーになった時から逐一話は聞いている。氷華の周りで起こった闘いは、全てゼンやシンから定期的に報告を受けていたから」


 その言葉を聞き、ノアは凍夜と初めて会った時の違和感を理解する。

 思い返せば、凍夜が“氷華が死にかけたという事実を知っていた事”は確かに不自然だった。その時は深く考えずに「太一か氷華の両親辺りから話を聞いたのだろう」と思い、特に気にしなかったが――。


 凍夜自身はその時点から既に、太一や氷華たちの行動を全て知っていた。だから、凍夜が発言した「全て知っている」という言葉。あれは、本当に全てを知っている意味だったのだ。


「そうだったんだね、凍夜お兄ちゃん……」


 氷華はしゅんっと逆毛を曲げ、少し複雑そうな表情で呟く。その様子を見た凍夜は彼女の頭を優しく撫でて「正直言うと、氷華には危ない事をして欲しくない。だけど、氷華が決めた事ならお兄ちゃんは応援してるから」と笑っていた。


 本当は否定されるかもしれないと思っていた氷華は、凍夜の優しい表情を見て胸を撫で下ろしながら安堵する。凍夜にも認められた事で嬉しくなった氷華は「凍夜お兄ちゃん……ありがとう!」と笑い、他人の目に臆する事なく堂々と彼に抱き付いた。


 ――氷華兄が極度のシスコンなのかと思っていたが……氷華の方も重症だな。


「それで、僕だけをこの場に呼び出したのは何か理由があるんだろう。氷華はこれから何を始めるつもりなんだ?」


 ノアの問いによって当初の目的を思い出した氷華は、途端に真剣な表情に戻ってノアに向き直る。凍夜にアイコンタクトを送ると、彼は何も言わずに頷いた。


 そのまま水無月兄妹は、冷静に説明し始める。

 氷のように冷たい結末を迎える――“これから起こる筈だった真実”についてを。



 ◇



 自分の世界で共に肩を並べた仲間のレナ程ではないが、ノアも感情に乏しい方だった。だから残酷な“真実”を知らされても、ノアは特に取り乱す素振りはない。恐ろしいくらい冷静に「以前シンが術師へ向けた言葉がある。「知らない方が幸せな事もある」と。今回の一件も、もしかしたらそうだったのかもな」と呟いた。


 こんな“真実”、知らないまま死んだ方が幸せだったかもしれない。例え、何度も繰り返していたとしても、仲間たちと過ごした幸せな日常があるのならば――でもそれでは、誰も、何もかも――永遠に救われない。永久に運命に翻弄され、久遠に敗北し続け、永劫に未来を掴み取れない。

 果たしてそれは、本当の幸せと言えるのだろうか。


「だが、知らなければ僕等はずっと喪い続けていた。いつまでも本当の幸せは得られなかったんだろうな……」


 ノアの言葉に対し、凍夜は「何事も終わりってのは唐突にやってくる。それは防ぎようがないし、どうしようもない。それでも、こんなフィナーレは願い下げだ」と溜息混じりに続ける。すると暫く黙っていた氷華が、真剣な表情で「でも」と立ち上がった。


「防ぎようがある終わりなんて、そんなの終わりじゃない。それで闘わないのは、只の逃げ。“真実”の私がずっと抗い続けていたのに、今の私が終わりから逃げる訳にはいかない」


 氷華の決意を聞いたノアは「やはり、闘うんだな」と改めて問いかける。氷華は凛とした瞳で頷き、ノアと凍夜に改めて意思を確認した。


「作戦、まだぼんやりとしか決まってないけど。今回の敵に勝つ為に、私は―――」


 氷華はワールド・トラベラーとして最初に闘ったフォルスを思い浮かべながら、内心で「きっと、この闘いであの時の答えが求められる」と悟る。

 救世主を目指して闘っていたフォルスは、ある事がきっかけで絶望し――闇に堕ちてしまった。彼を救う事ができず、殺める結果になってしまった事を、氷華は今でも心に留めている。

 救世主として迷っていた頃の当時を思い返しながら、氷華は穏やかに「最近、何となくわかってきたんだ。私が救世主を目指す、本当の意味が」と告げた。


「私は――例え何かを喪ってでも、大切なものを護る」


 前を向き、ゆっくり歩を進めながら、氷華は氷の神殿に聳える玉座に腰を下ろす。ひんやりした冷気に包まれた氷華は玉座から見える風景を眺め、「ちょっと悪役になった気分」と苦笑いを浮かべていた。

 しかし凍夜は至極真面目な表情で「悪役でも正義の味方でも関係ない。氷華は氷華だよ」と言い放ち、玉座に背を預けて佇む。

 ノアも片膝を付きながら「こういう時は膝を折って誓いを立てると、黄色いのが読んでいる本で見た」と続けた。


「僕は何があってもお前の味方だ。護ってやる。約束、だからな」


 この道の先、どんな未来が待ち受けていても――二人は自分の味方で居てくれる事を実感した氷華は、嬉しそうに微笑みながら「ありがとう。でもちゃんと言わせて」と立ち上がり、凍夜とノアへ向き直る。そのまま氷華は真剣な面持ちを浮かべ、静かに頭を下げた。


「私はこれから――プルートに勝つ為、闘う。まだ作戦が決まった訳じゃないけど、今考えている限りでは、途中で仲間たちと闘う事になる筈。この闘い、私ひとりだけじゃ絶対に勝てない。救世主志望がこんな事を言うのも情けないけれど――言っちゃいけない言葉かもしれないけど――助けてください」

「「勿論だ」」


 心強い二人の味方に感謝しながら、氷華はゆっくり顔を上げる。

 自分はひとりじゃない。

 こんなに心強い仲間が居る。

 そう思えば、これからどんな未来が待ち受けていても耐えられる気がした。


 ――大丈夫、まだ作戦を練るくらいの時間はある。


 自分には、太一のような強さはない。カイリのような機転もないし、ソラシアのような優しさもない。アキュラスのように単純な考え方はできない。スティールのような判断力もない。ディアガルドのような頭脳もない。


 それでも、例え皆と闘う事になったとしても、今回だけは退く訳にはいかない。


「いつも側に居てくれたノアと、世界一の凍夜お兄ちゃんが隣に居る。だから私は、絶対に負けない」

「ああ。僕は誰で相手でも問題ない」

「同感だね。太一くんでも神サマって奴でも、俺が一緒なら氷華は勝てるよ」




 こうして、この世界の片隅で、ワールド・トラベラーは新たな氷雪の精霊と出会った。

 凍夜が氷雪の精霊となった事で、運命の歯車は動いた。その影響で世界はどう変わるのか。


 月へ祈るように手を組み、氷華は仲間たちに希望を信じながら口を開いた。


「待ってて、世界」


 それだけ呟くと、氷華は再び微笑む。

 その笑顔の裏で、氷のように冷たい覚悟に震えながら。


 ――私は、終わりから逃げない。最期まで闘ってみせる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る