第126話 未来を変える力③



 一方、仲間内からも一目置かれる程の戦闘力を誇るアキュラスは、仲間たちから遠く離れた場所で――火柱に囲まれていた。自分の周りをぐるりと取り囲む火柱を睨み付け、アキュラスはチッと舌打ちをする。

 目の前で轟々と音を立てる火柱。右で少し小さめに燃える火柱。左の火柱は青い炎を宿し、後ろの火柱はアキュラスの隙を窺うようにゆらゆらと蠢いている。


 どこから自分に襲ってくるかわからない。突破口は見つからない。

 しょうがないと思いながらアキュラスは右の前髪をぐいっと上げ、いつもは隠している赤紅の右目を輝かせた。


 ――あれかッ!


 すかさずアキュラスは左側に位置する青い火柱を思い切り蹴り上げる。その瞬間、火柱から《正解だ》と声が響いた。一方のアキュラスは、珍しく疲れているようで膝を付きながら肩で息をしている。


《その予知(キャスト)の力――使うにはかなりの体力が必要らしいな》


「できれば、使いたくねえが……今はそんな事言ってる場合じゃ、ねえだろ! てめえ、殺す気で向かってくるし……ッ」


《殺す気でこいって言ったのお前だろ》


「うるせえ!」


 叫びながらアキュラスは炎を纏った拳を突き出すが、火柱はぐにゃりと形状を変えて彼の攻撃を簡単にかわしてしまう。そのまま火柱はみるみる内に人型へと形状を変え、サングラスをかけた柄の悪そうな男へと変貌していた。男はそのままニヤリと口元を吊り上げてアキュラスを見下していると、アキュラスは苦渋の表情で「てめえ、そんなムカつく面だったのかよ……火炎」と口を開いた。


「あん時は火の中に隠れてやがった癖に、のこのこ出てきやがって」


《復讐一筋みたいに尖ってたあの時に比べて、別人みたいに丸くなってるからな。近くで拝んでおこうかと》


「んじゃ至近距離で拝ませてやるぜッ!」


 すぐさま攻撃に転じたアキュラスだったが、火炎は頭部を的確に狙ってくる右足を難なく受け止める。そのまま淡々とした口調で《何度も言うけどな、お前の攻撃は単調なんだよ》とアキュラスに告げた。


《もっと考えて闘えって。そうすりゃお前は格段に強くなれる》


「あ? 闘いなんて無心でやるのが一番だろうが。考えてる暇があるなら攻撃するだろ、普通」


《お前はそうでも敵は違うだろーが……》


 火炎はアキュラスの単純すぎる考え方に呆れ、大仰な溜息を吐きながら首を横に降る。そのままアキュラスの弱点でもある部分を、容赦なく指摘し始めた。


《第一お前、攻撃一直進で防御しようとしないだろ。その闘い方だとすぐに体力が尽きて死ぬぞ》


「俺は体力が尽きる程ヤワじゃねえ」


《そういう問題じゃねーよバカ》


「んだと!?」


 怒りの表情を浮かべるアキュラスを横目に、火炎は《ったく、ここはかなり不本意だがチャラ男のところを引き合いに出すしかねーな》と至極不愉快そうな表情を浮かべる。カイリとアキュラスのように、火炎自身も水天とは何かしらの因縁があるようだ。


《少しは水天の精霊を見習え。あいつは攻撃を受けないように防御しながら闘っている》


「カイリは攻撃反射があるからだろ。俺はそんな器用な真似できねえんだよ。それに攻撃しなきゃ何も始まらねえだろ」


《いや、ずっと防御体勢って訳じゃなくて臨機応変に――》


「リンキオーヘン? 奥義か何かか?」


 何度説得しようと試みても全く話が通じる気配のないアキュラスに痺れを切らした火炎は《あー、お前に考えさせようとした俺が間違いだったわ……。ブランクだな。この手の奴には違う道を用意する方がいいんだった……》と半分自暴自棄になりながら――アキュラスに言葉で教える事は無理だと確信する。だったら、別の方法で教えるしかない。


《もういい。今から俺は防御体勢を取るから。火炎の防御術の凄さ、お前に叩き込んでやるよ》


「てめえの防御なんて、俺の攻撃で打ち破ってやる」


《更に、俺に一撃でも攻撃を通す事ができたら“臨機応変”っていう最強の奥義を教えてやる》


「言ったな! てめえ絶対後悔すんなよ!」


《ああ、もうお前の好きなように攻撃してこい!》


 ――火炎の精霊魔法が一番得意なのは防御術って言っても、こいつ聞きやしないだろうからな……。


 次の瞬間――辺境の地にある錆びれた祠が、激しい炎に包まれた。



 ◇



 全ての記憶を喪う代償によって、スティールは風光の守護精霊と契約した場所を覚えていない。記憶がないスティールは、シンからの情報と風光の守護精霊の気配を追いながら、陸見町とは遠く離れた異国を歩き、険しい山々が並ぶ山岳地帯へと赴いていた。

 巨大な岩石が立ち並ぶ広場のような場所へ辿り着き、スティールは「僕が契約した場所は……ここ、なのか?」と呟く。すると、その声に反応するように《その通りだよー》と間延びした返答が響いた。


 ハイトーン気味の声色、恐らく少年だろうか。しかし、何故か心の奥底で懐かしさを感じる。スティールはこの声の主が風光の守護精霊なのだと声だけで確信した。


《あー、そっか。君は覚えてないんだ。契約の時に全部の記憶を代償にしちゃったからね》


「君が風光の守護精霊?」


《ご名答っ!》


 スティールの真横をびゅんっと一陣の風が吹き抜ける。その風は次第に旋風となり、徐々に小柄な人型へと変化していった。活発そうな雰囲気をしている帽子を被った少年の姿を見ながら、スティールは「なんだかイメージと違う」と率直な感想を述べる。


「風光だし、もっと僕みたいなイケメンが出てくるかと思ってたなぁ。それか綺麗なお姉さん」


《酷いなー。これでも昔は最年少の精霊として頑張ってきたんだよ?》


「最年少の精霊?」


《そっか。君の場合はそこからかー。仲間から聞いてるかと思ったんだけどね。もしかして精霊自体の事は詳しく知らない?》


 スティールは風光の精霊となった瞬間からそれ以前の――思い出はおろか、一般常識も含めた全ての記憶を失った。よって、“精霊になる”という本当の意味を、今でも詳しくは知らなかったのだ。彼自身も特にそこを気にした事はなく、他の精霊仲間たちに問いかけた事もなかったと気付く。


「そういえば今まで気にしてなかったな……精霊と守護精霊の関係」


《じゃあまたこの場所に戻ってこれた事を祝して、優しくて寛大なおいらが教えてあげよう! ありがたく聞きたまえ! えっと、精霊ってのは自然を司る守護精霊と契約した唯一の存在。ここまでは大丈夫?》


「ああ、大丈夫だよ」


《で、おいらみたいな守護精霊ってのは元精霊。精霊の肉体が死んだら魂が守護精霊に変換されるって仕組みだよ》


「つまり、僕も死んだら守護精霊になるんだね」


《守護精霊ってのは、契約した場所でしかこんな風に実体になれない。普段は精霊の中に魂だけ居座ってる感じかなー。で、次の守護精霊が生まれたらおいらはお役御免って訳。やっと解放されて自由になれるんだ。たぶんそこら辺の人間に転生するのかな。その辺はおいらも知らなーい。でも初代だから特別枠かもしれないし、今度ショウちゃんに訊いてみよっと》


「つまり、僕が死んだら僕は守護精霊になって、同時に君は消滅してしまうのか――って、君って今まで僕の中に居座ってたの!?」


《そうだよ。精霊は死んでからも魂は束縛され続けるからね》


 さらっと流されそうになった驚きの真実に戸惑い、スティールは困惑していた。あまりにも衝撃的すぎて、少し気になった“初代”とか“ショウちゃん”の言葉は既に頭から飛んでいる。


《あれからの君の人生もずーっと見学させてもらってたよ。色々と大変だったみたいだね。それはもう、色々と》


「プライベートの侵害だよ……はあ」


《力を手にするって事は、それ相応の代償が必要って訳。力以外にも、何でもそうだよ。強くなりたきゃ、時間とか体力とかを使って修行するでしょ? ハンバーグが食べたかったら、家畜を犠牲に肉を得るじゃん? 欲しい靴があったら、お金を払って買うかな。お金を払いたくなかったら、素材と時間を使って作るだろうし。まあ、盗むっていう道もあるけどー》


「それは……確かに、そうだけど」


《精霊になる事も、それと一緒だよ。だから君は、“記憶”の代償を払って、“死後も暫くは束縛され続ける”精霊という存在になったんだ》


 スティールが知らなかった精霊に関する真実を聞いた後、彼は顎に手を添えながらじっと何かを考え込んでしまった。珍しく真剣な表情を浮かべているスティールを見ながら、風光は《ま、今になって精霊の仕組みを知ったってなると、ちょーっとショックかもしれないよね》と内心で考える。


 そして、暫く沈思黙考していたスティールが発した言葉は意外なものだった。


「仮に僕が死んじゃったとして、暫くはソラシアに会えないのか……来世でもソラシアの兄でいる自信あったんだけど、ちょっと時間がかかりそうだなぁ」


《君、かなり妹が好きみたいだね……》


「氷華ちゃんや刹那ちゃんも好きだよ! 陸見学園の女の子たちも。基本的に女の子は好き」


《そう言えば君ってそういう事もストレートに言っちゃうタイプだったよね……》


 酷く呆れている風光を横目に、スティールは「それで、僕がここにきたのは、強くなる為に“とある事”を聞きたかったからなんだけど」といつものようににこにこと微笑みかける。切り替えの早さに風光は少し驚いたが、寧ろスティールにとっては然程重要な真実ではないのかもしれないと察した。彼にとっての重要な部分は、今から続く問いなのだろう。


《つまり君は、その“とある事”ってのを知れば自分は強くなれると思ってるんだ?》


「他の精霊は持っていて、僕だけが持っていないものだからね」




 出発前、スティールなりに“強さ”を突き詰めようとしたのだが――どうにも理解に及ばなかったので、彼が最も信頼するアキュラスとディアガルドに助言を求めた。アキュラスは「んなもん、単純だ。どれだけ戦闘力を高められるかだろ」と即答し、ディアガルドは「何でしょうね」と曖昧な返答を述べる。


「まあ、考えようとした事は評価しますよ」

「じゃあ教えてよ、ディア。アキュラスが正解のような気がするけど、アキュラスだからちょっと怪しい」

「おいそれどういう意味――」

「僕の持論は“解なし”です」


 ディアガルドは「僕がスティールならば、とりあえず足りないものを求めますね」と笑い、そのままひらひらと手を向けながら立ち去ってしまった。残されたスティールは首を傾げ、考える。


 恐らく、ディアガルドの言葉は全てヒントだ。風光の守護精霊を探す間の長い道中、スティールは必死に考え、悩み、自分なりの結論に至った。


 強さの定義なんて人それぞれ、だから正解や不正解の問題じゃない。問題は、何の為に力を手に入れたいかだ。そうやって考えると、ディアガルドの補足も何となく繋がってくる。

 スティールが足りないもの。それは現在の自分の根源となるもの。

 どうして過去の自分は――人間である事を捨ててまで、精霊となって強さを求めたのか。

 それを知れば、自分は変われる気がする。




「全部なんて都合のいい事は言わない。だから――」


 スティールは風光をまっすぐ見つめ、真面目な表情で開口した。


「過去の僕が、どうして精霊になったのかだけ教えてくれない?」


 風光は《うーん》と唸りながら暫く熟考し、どうするべきか迷う。代償で払った記憶の内容を話してはいけないなんて決まりはなかった。風光的には普通に教えてもよかったのだが――それでは少しつまらない。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、風光は《そうだなー》と続けた。


《じゃあおいらに勝てたら、少しだけ教えてあげてもいいよ》


 そう言って風光は自分の周囲に複数の旋風を発生させる。旋風によって途端に視界が悪くなり、スティールは一瞬にして風光の姿を失ってしまった。その途端、背後から迫る殺気のようなものに、スティールは咄嗟に魔剣を構えて防御の態勢を取る。


《久々に暴れちゃうよ! 精霊一の錯乱術を誇るおいらの攻撃、君は耐えられるかな!》


「今耐えなきゃ……次の闘いも耐えられそうにないからね!」


 光と共に突風が巻き起こった。



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