風光と記憶の金曜日

第95話 救世主と少女の願い


 ――FRIDAY 0:30



 突如現れた刹那と名乗る少女を見つめながら、太一は「どう思う?」と口を開いた。

 自分の素姓を一通り話し終えた刹那は疲れて眠ってしまい、すやすやと子供のように寝息を立てている。少女の長い髪を優しく撫でながら、氷華は「信じてみる価値はあると思うよ。この子から……不思議な力を感じるもの」と微笑んでいた。


「五大精霊の存在が消えかけて世界に危機が迫っている、ってのは恐らく合っているし。だけどあのシンの娘ってのは信じ難いよね」


 刹那はこの世界に生きる五大精霊の存在が消えかけている事、それによって邪悪な力が大きくなっている事をすぐさま訴えたのだ。更には父――シンの代わりに、この世界を護って欲しいと懇願してきた。


「まさかシンに隠し子が居たのはびっくりしちゃったよ。お陰で僕が言おうとしてた事、今まで忘れてた」

「あ、確かに何か言いかけてたよな。何の話だったんだ?」


 そしてスティールは何事もなかったかのように「次の作戦について」と切り出し、太一と氷華、ノアは目を丸くさせて固まった。まさか、あのスティールから、その言葉が出てくるとは思いもしなかった。


「何でそこで固まるの?」

「い、いや……まさかスティールから、言い出されるのは……ちょっと意外で」

「アキュラス並に頭使おうとしないじゃん。お前って」

「変なものでも食べたか?」

「ちょっと、それは酷くない? 特に太一くんとノアくん」


 辛辣な言葉を聞き流しながら、スティールは「パターンが多すぎて。僕も今の状況から次の作戦を思い出すのにちょっと時間がかかっちゃったけどね」とぼやくと、その言い回しから氷華は「もしかして」と気付き、顔を上げる。


「そう。昨日ディアから聞いてたんだ。次の作戦」

「って事は――ディアガルドは自分が捕まる事を想定して次の作戦も考えていたのか!?」

「色々と叩き込まれてから「まあ、僕じゃなくてスティールの方が捕まったら、今の内容は全部忘れてくれていいんですけど」って言われた時はどうしようかと思ったけど……必死に記憶した事、無駄にならなくてよかったかな。仲間が捕まってるから、よくはないんだけどね」


 自分が捕まっても尚、事前に仲間に伝えていた作戦で敵に一矢報いようとするディアガルドを考え、ノアは「ドクターは流石だな」と感心している。氷華も「敵の時は大変だったけど、味方だと心強いね」と同意していた。


「刹那ちゃんの登場でちょっと混乱しちゃったけど、今の状況でディアの作戦が有効なのは、たぶん“逆転作戦”と“逃亡作戦”かな。でも“逃亡作戦”は負けた気がするから嫌だなあ。僕的には面倒だから“明日作戦”とか“暗殺作戦”でいい気もするけど」

「待て待て待て。何か物騒な言葉が聞こえたけど――ってかディアガルドは何パターン考えてたんだ!?」


 するとスティールは平然とした態度で「僕が思い出せる範囲では十通り。忘れてたらもう少しあるかな」と述べる。ディアガルドの予測は勿論だが、それを一通り記憶していたスティールの記憶力も充分凄いと太一は内心で思った。


「他の作戦もちょっと気になるけど……一番有効らしい、その“逆転作戦”の内容って?」

「ディアが言うには――」


 いつにも増して真剣な顔付をしながら、スティールは表情を崩さずに続ける。


「僕がわざと敵に捕まってみる」




「な、何を言ってるの!?」


 スティールの言葉に反応したのは、今までベッドで寝ていた刹那だった。慌てて起き上がりながら「そんなの駄目! あなたまで捕まったら五大精霊全ての力が失われてしまう!」と叫ぶ。それについて何かを考えていた氷華は「ねえ、刹那ちゃん」と彼女の言葉を振り返るように問いかけた。


「邪悪な力が大きくなっているって言ってたよね?」

「そう。新しい精霊たちの力が弱まっているのと同時に、彼の力も大きくなっていて――」

「彼?」


 太一が首を傾げると、氷華は「やっぱり、何か知ってるんだね?」と確信する。刹那は咄嗟に口を押さえるが、何かを隠しているという事実は既に明確だ。


「教えてくれないかな?」

「これは……お父さんから誰にも言っちゃ駄目だって……」

「大丈夫だって。それで怒られそうになったらシンには俺から話しとくよ」


 太一はへらへらと笑いながら説得するが、刹那にとって太一は見ず知らずの人間だ。そもそも、どうして精霊が普通の人間と共に居るのか、況してや精霊という立ち位置や能力を理解されているかもわからない。


 刹那の目には、太一と氷華は完全に普通の人間に見えていたし、ノアは何となく普通ではない人間に見えていたが――とにかく謎の存在だった。

 刹那は恐る恐るという風に「でも、あなたたちとお父さんの関係って何なの? 只の人間、だよね?」と尋ねる。太一と氷華は顔を見合わせ、互いに「うーん」と悩んだ後、やっと口を開いた。


「上司と部下、ってところか?」

「たまにシンが上司だって忘れる事あるけどね」


 ――どうしてお父さんは人間に……?


 難しい顔で困っている刹那に対し、スティールは少し呆れたように「変な人間たちだよね。彼等」と笑いかける。その言葉を聞いた刹那は「じゃあどうして――」と言いかけるが、スティールに遮られた言葉によって口を閉じる。


「僕はさ、精霊の立場とか誇りとか、そういうのは全くわからないんだ。正直なところ、君の事も。ああ、もしかして“初めまして”じゃなかったらごめんね」


 太一と氷華、ノアの三人が「何かシンの部下って説明できる事あるか?」「うーん、特にないね」「ないな」と話し合う様子を眺めながら、スティールは続けた。


「でもね、そんな僕でもわかる事がある。彼等はさ、僕たちの事を“精霊”以前に、只の“仲間”だと思っているんだ。彼等の中では、“人間”も“精霊”も、“アンドロイド”も――それに“神族”とかも関係ないよ。だから僕たちも彼等の事を全面的に信じている。もしもここに他の“精霊”たちが居ても、皆きっと同じ事を言う。君が本当に「この世界を護りたい」と願うなら、彼等は絶対にそれを叶えてくれる筈だよ」


 自称、シンの関係者。精霊からも一目置かれる存在。刹那はどうするべきかと悩んでいると、まるで手を差し伸べるように、氷華は優しく口元を綻ばせる。


「刹那ちゃん、さっき言ってたよね。この世界を護りたい、って」

「だって、お父さんが愛してる世界だもん……護りたいよ……」

「私もね、この世界が大好き。仲間とか、家族とか、友達とか――皆が大好き。だから私も、この世界を護りたい」


 ――「私はこの世界が好きだ。だから私も力の限りこの世界を護ろう。だが……」


「だけど、世界を護るのって大変だから。その為には皆の力も必要なの。勿論、刹那ちゃんの力もね」


 ――「世界を護る事は骨が折れる仕事でな。もしも私の力だけでは護る事が困難になってしまった時には……」


「だから、刹那ちゃんも私たちと協力して……一緒に世界を護ってくれないかな?」


 ――「刹那も、私と一緒に世界を護って欲しい」


 過去に父から言われた言葉と氷華の言葉を重ねながら聞いていた刹那は、大きな瞳から無意識に涙をぽろぽろと溢れさせていた。その様子に気付いた氷華は「えっ!?」と慌ふためき、背後では太一やスティール、ノアが「わー、氷華が泣かせたー」「皆が大好きって、つまり僕の事が大好きって事?」「おい調子に乗るな黄色」と騒がしくしている。氷華は珍しくおろおろしながら困惑し――何だかその様子を可笑しく感じた刹那は、涙を拭いながら声を上げて笑っていた。


 自分にとって何も知らない人間。

 でも、これから知っていけばいい。

 刹那は決心を固めた。


「私も、あなたたちと一緒にこの世界を護りたい!」




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