火炎と安寧の水曜日

第83話 戦場と歓喜の手紙


 ――WEDNESDAY 7:00



「ねぇ、次のターゲットはどうすんの?」

「また俺が行くか?」

「アタシも空いてるわよぉー」

「そうだな、次は……」

「行く?」

「あら? “情報屋”が自ら言い出すなんて珍しいじゃない」

「……すぐ終わるんでしょ」

「ああ」

「ところであんたって調べ物してたんじゃなかったの? そっちは?」

「確か、神まがいと――タイヨウだったか?」

「わからない」

「「は?」」

「だから、わからない事がわかった」

「あらゆる情報を網羅する君でもわからない事があったなんて、少しびっくりしたよ」

「うるさい」

「ふーん、奇妙な事もあるもんねぇ。あんたでもわからないなんて」

「ふん……とにかく作戦をしくじるんじゃねえぞ」

「…………」


 ――やっぱり少し気になるし……僕も個人的に動いてみようかな。



 ◇



 ――WEDNESDAY 9:00



「であるからして、この解は――」


 カツンカツンッ、と一定のリズムを刻み、生徒たちを眠気を誘う音が突然止まった。教師は流れるような動作で白いチョークを数本構え、勢いよく投げると――。


「あいでっ!」

「いたっ!」

「うっ!」

「っ!」

「…………」


 後ろの席で優雅に居眠りを決め込む彼等にクリティカルヒットした。太一、氷華、スティールは痛みのあまり声を漏らし、ディアガルドも痛みを堪えながら頭を押さえている。

 ちなみにアキュラスだけは反射的に起床し、自分を襲うチョークを人差し指と中指で挟んで止めていた。そして再び寝た。


「そこの五人、寝るな!」


 太一や氷華は「あはは……すいません」と苦笑いを浮かべ、スティールは未だに頭を擦っている。痛みからというよりも、頭にチョークの粉が付いていないか身だしなみのチェックしているようだ。ディアガルドは涙目になりながら大きな欠伸を零した。


「欠伸もするな!」

「いやあ、つい……」


 軽い態度のディアガルドに対して教師は苛立ち、「ほお、いい態度だな……ディアガルド、この解を答えてもらおうか!」と声を震わせる。するとディアガルドは即答に近い速さで「log2です。ちなみに次の問題は1/2」と答えてみせた。あまりの速さに教師は唖然としていたが、教科書と黒板を交互に見比べながら悔しそうに目元を手で押さえる。


「よ、よくできたな……正解だ……」

「それ程でも」


 そうしてディアガルドは堂々とした態度で、再び眠りの世界へ旅立った。その様子を見ても、教師は何も言わない――というか、言えない。

 居眠りが多いという事以外、生活態度は真面目。しかも成績は優秀過ぎて文句なし。太一たち”手のかかる問題児集団”の中で、唯一の”手のかからない問題児”だった。それは、ある意味で一番性質が悪い。


 教師たちから一目も二目も置かれる存在のディアガルドを見て、調子に乗ったスティールも再び眠ろうとするのだが――残念ながらディアガルド以外に対してのチョーク攻撃は止まなかった。



 ◇



 ――WEDNESDAY 12:30



「ねえ、氷華ちゃん」


 自分を呼ぶ声に氷華は「ん、何?」と尋ね返すが、声の主を見た瞬時に耳を疑った。その相手は、キラキラとした似非王子スマイル(スティールが命名)で陸見学園の女子たちを魅了する――氷華が苦手と感じている人物、夢東明亜本人だったのだから。


「何かな、夢東くん」

「さっき寝てたのって、やっぱりカイくんとソラちゃんを捜してて寝不足……とか?」

「わざわざそんな事を訊く為に声をかけたの?」

「ふふっ、相変わらず冷たいね。まるで氷みたいだ」


 そう言って明亜は氷華をからかうように笑い、何の躊躇いもなく氷華の前の席に腰を下ろす。そこは、普段ならばソラシアが座っている席だった。


「君が名前も何も教えてくれないからね。勝手に調べたんだよ――水無月氷華ちゃん」

「――で、何か面白い事でもあった?」


 氷華は口元で笑みを浮かべるものの、目は笑っていなかった。本性は明かさないと言わんばかりに、表情を崩さない。

 一方の明亜も、お得意の似非王子スマイルを崩さない。周囲に居る女子たちは、憧れのアイドルを前にするような恍惚の表情を浮かべて明亜を眺めていた。


「水無月氷華ちゃん、可愛い名前だよね。今日はお休みのソラちゃん、カイくん……それにどこかに行ってて今は不在の太一くん、アキュラスくん、スティールくん……そこで寝ているディアガルドくんと仲がいいみたいだ」


 ――ここまでは今の私を観察したらすぐにわかる情報。


「パソコン部所属だけど、気が向いた時にしか行ってないみたい。まあ、活動回数もそれ程多くない、半帰宅部のような部活だからね。楽そうだし、僕も入部しちゃおうかな?」


 ――後は誰かに訊いた情報……さしずめ女の子たちかな。


「部活に行かないで放課後は何をしているのかって言うと、友達と遊びに行ってたり、ひとりで遊びに行ってたり――基本的に遊んでるみたいだね。それ以外は、ちょっと謎だなあ」

「よく調べたね」


 ――任務に行ってる事とか簡単にばれたら大変だからね。


 氷華はトントンと教科書を机にしまうと、ふぅっと頬杖を突く。そのまま「そこまで調べたならもういいでしょ?」とあしらうように呟くが――。


「そして……“ワールド・トラベラー”」

「!?」


 明亜のその一言で、氷華は表情を氷のように固めて勢いよく立ち上がった。急に立ち上がった事でガタリと音を立てて椅子が倒れ――教室に響き渡る物音に、クラスメイトたちは驚いて彼女を見つめている。


「どこで知ったの、それ」

「噂だよ」

「……ちょっときて」


 そうして氷華は明亜の腕を掴み、無理矢理椅子から立ち上がらせる。クラスメイトたちのざわついた声から逃げるように、彼の腕を引きながら乱暴に教室の外へと飛び出した。



 ◇



 陸見学園の売店は毎日が戦場である。

 周囲は全て敵だ。少しでも油断した者から(目的の食料が確保できず、空腹による)死を招く。如何に敵陣(売店)に攻め込み、敵兵(他の生徒)を蹴落とすか。敵将(主に運動部の体格のいい生徒)を討ち取れば、後は勝利(目的の食料)を持ち帰り、関所(会計)を済ませて自陣へ帰還するだけだ。

 故に、陸見学園の売店は戦場である。


 今日も目的の食料を求め、太一はアキュラスと共に戦場へと身を投じたのだが――結果は惨敗に終わってしまった。途中まではよかった。よりにもよって今日の敵将は、自分と同じカレーパンを狙うラグビー部の主将だったのが敗因だ。余っていた鮭おにぎりを手にしながら、太一は「今日はパンの気分だったのにな」とぼやく。


「救世主がざまあねえ」

「うるせー……」


 アキュラスの方はちゃっかり人気商品の苺牛乳を入手済みで、それを自慢気に啜りながら太一を嘲笑う。太一はふてくされた表情を浮かべ、八つ当たりをするように教室のドアを強めに開いた。


「おかえりなさい二人共」

「おう……あれ? 氷華居ないの?」


 太一が自分の隣の空席を見つめると、ディアガルドは「先程出て行ったらしいですよ。僕も寝ていたので詳しい事情は知らないですが」と目を擦っている。ちなみに既に教室に姿がないスティールは、休み時間の間も妹の身を案じて捜索に励んでいた。

 スティールは風光を司る精霊。その力と己の魔力を最大限に利用し、並みの人間では認識できない程のスピードで街中を捜し回っている。


「氷華さん、どうやら噂の似非王子サマと共に出て行ったとか」

「似非王子サマ? ああ、あの転校生の事か。確か……アクマだっけ?」

「アクアですよ。どちらにしても日本人らしくない名前ですけど」

「たぶん、そういうのが最近流行りのキラキラネームだ」


 太一はつまらなそうに「氷華に俺の激戦を聞いてもらおうと思ったのに」と不貞腐れながら、鮭おにぎりを齧る。不味い訳ではないのだが、敗北の味がした。そして先程から大人しいアキュラスを見て同意を求めようとするのだが――。


「な、アキュラス――って、どうした?」

「…………」


 太一が不審に思うのも無理はない。アキュラスは目を点にしながらその場で固まっていたのだ。太一より彼と付き合いの長いディアガルドさえも「ど、どうかしたんですか」と珍しく動揺している。


「きたッ!」


 アキュラスは一枚の紙を力任せに握り、とても生き生きとした表情で笑っていた。まるで太一と手合わせしている時のような――寧ろ太一と初めて出会った時の――見知らぬ強敵を前にした時のような雰囲気だ。そのまま興奮冷めやらぬ様子で「遂にきたぜ! 俺の時代がーッ!」と校舎全体に響き渡るのではないかと錯覚する程の音量で喜びを叫ぶ。


「は? お前まさかラブレターとか――」

「流石にそんな訳は――」


 太一の予想に、内容を覗き見たディアガルドは呆れながら首を横に振る。


「久々にびっくりして損した気分です。アキュラスは所詮こういう男ですよ……単細胞な戦闘狂」

「えっ、一体何が書いてあ……ああー……そうだな……こいつは闘う事が趣味みたいな奴だからなあ」


 太一やディアガルドが自分を馬鹿にしている事なんて気にも留めず、高揚感に包まれながら、アキュラスは狂気染みた笑い声で歓喜していた。


「こういう展開を! ずーっと待ってたぜ!!」


 アキュラスは喜びに震えながら、バンッと勢いよく机に手紙を叩きつける。彼に届いていた手紙は――所謂“果たし状”というものだった。


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