第82話 救世主と地祇の喪失
――TUESDAY 16:30
「ただいま」
買い物から帰り、氷華はゆっくりとリビングに戻った。凛華は「遅かったわね」と言いつつ、やけに慣れた手付きで包丁をくるりと回しながら出迎える。刃物片手だったので若干脅えながらも、氷華は「そこまで遅くないと思うけど?」と反論するのだが、凛華はふふっと笑いながら得意気に答えた。
「ソラちゃんに御使いを頼むとすぐに買ってきてくれるわよ。一分くらいで」
「ソラの瞬間移動と比べないでよ……」
氷華はぼやきつつ、「『開け、ゴマ』」と言ってパチンと指を鳴らすと、買ってきた物を異次元空間の中から即座に取り出す。それを見て凛華は「相変わらず便利ねえ、それ」と羨ましそうに感心していた。
氷華は時空系魔術の応用として異次元空間に物質を収納しており、こうして好きな時に出し入れをしている。その技を氷華自身は“氷華ポケット”と呼び多用している。氷華が異世界に任務へ行く時、いつも手ぶらな理由もこれの為だ。余談だが、この空間収納はほぼ無限に収納できるとかできないとか。今となっては我が物顔で多用しているが、収得するまでにはかなりの苦労があったとか。
「それにしても、ソラちゃん遅いわねえ」
「えっ、まだ帰ってきてないの?」
人参の皮を剥きながら夕飯作りを再開した凛華は、肯定するように首を縦に振った。氷華は心配そうに顎に手を添えて「何かあったのかな?」と思案する。するとスティールは既にリビングの扉に手をかけていて、黙って外へ出て行こうとしていた。その行動に氷華は「行くの?」と問いかける。
「カイリくんの事もあるし、心配だからね」
そう呟くスティールからはいつもの笑みは消えていて、若干の焦りの表情を浮かべている事から――事体の深刻さを悟った氷華とノアも同じように歩き出した。
「私も捜しに行くよ」
「僕も行ってやる」
しかし、そんな彼等を止めたのは意外にも凛華で、真剣な声色で「ちょっと待ちなさい、三人共」と呼び止める。その一言で三人が足を止めると、凛華はふわりと微笑みながら、子供を優しく諭すように言った。
「でも、お母さん――」
「あなたたち、どうせ夜通し捜すとか言い出すんでしょう? もう少しで夕飯ができるから、食べてから行きなさい」
◇
――TUESDAY 21:00
「“チ”も堕ちた……」
「あの生意気なおチビちゃん……ふんっ、いいザマねぇ!」
「これで二人目か」
「…………」
「もうすぐだ……もうすぐあのお方が復活する!」
◇
――TUESDAY 23:50
「ソラ居ないね……カイに至っては昨日から行方不明だし……一体どこ行ったんだろう」
氷華は溜息を吐きながら陸見公園のベンチに腰を下ろす。ソラシアの安否を心配した三人は、氷華とノア、スティールに分かれてそれぞれ陸見町を捜し回っていた。仲間である太一たちにも連絡を取り、太一とアキュラスもそれぞれ捜索に協力している。
真っ先にソラシアを心配したスティールの姿を思い出し、氷華は「やっぱり兄妹なんだなあ」と改めて実感していた。そのまま「兄妹、かあ」と小さな声で呟く。
捜索し易さを重視したノアは、いつものハンカチ状態ではなく人型状態で氷華と共に行動していた。氷華やノアがこの時間に徘徊していては、警察に見つかったら補導されないか不安ではあるが――どうにか見つからずにやり過ごしている。
そんなノアは、氷華の隣に腰掛けて「羨ましいんだろう」と呟いた。一方の氷華は「うーん、まあ……ちょっとは」と遠くを見つめながら答える。
「もしも私がこんな風になったら、凍夜お兄ちゃんはどうするのかなーって、ちょっとだけ考えてた」
――氷華兄ならば、恐らくどんな手を使っても氷華を見つけ出すだろうし、確実に犯人を殺すだろうな……。
若干の恐怖を覚えながらノアは思案していると、その瞬間、氷華の携帯電話が軽快なメロディを奏でた。氷華はこんな時間に誰だろうと思いながらディスプレイを確認し、咄嗟に「あっ!」と声を上げる。
「嫌な奴か?」
「嫌じゃないよ、その逆。凍夜お兄ちゃん」
しかし通話ボタンを押す様子もなく、氷華は携帯電話をポケットに戻してしまった。暫くしてメロディは鳴り止んでしまい、その行動を横目にノアは「出ないのか?」と不審な表情で問いかける。
「本当は凄く出たいんだけど、今出たらきっと長くなっちゃうから。今日だけはもう寝ちゃった事にしておく」
――このタイミング、以心伝心かなあ。
ぼんやりと月明かりを見上げながら、氷華は「そういえば」と唐突に口を開いた。
「この場所にくると、なんだかお腹痛くなるね。古傷が痛むって感じ?」
「笑い事で言うな……僕や太一は本気で心配したんだからな」
「ははっ、ごめん。ありがとねノア」
この場所はワールド・トラベラー・水無月氷華が、先の闘いで神の半身――当時は敵対していたアクに腹を貫かれたという因縁がある場所だ。それによって瀕死状態に陥った氷華は、アキュラス、スティール、ディアガルドの努力もあって一命を取り留めたものの――未だに痛々しく残る腹部の傷跡が事件の深刻さを物語っている。
その際、瀕死状態のままでアクに拉致された氷華を仲間たちが一晩中捜し回っていた。まるで消えてしまったカイリやソラシアを必死で捜し回る、今の氷華たちのように。
「あの時は一晩中捜し回っていた。お前の事を」
「そっか……それじゃあ今と立場が逆みたい」
氷華は「よっ」と言いながら立ち上がると「だったら私も全力で捜さなきゃね。皆が私にしてくれたみたいに!」と凛とした表情で口を開いた。
刹那――夜の公園に人の足音が響き渡る。氷華とノアは警戒して瞬間的に視線を移すが、暗闇の中ではなかなか顔を確認する事ができない。二人はカイリやソラシアかもしれないとささやかに期待するのだが、その期待は残念ながら無駄に終わってしまった。
「あっれー、君は――」
「あっ、夢東くん」
深夜の陸見公園に現れた人物は、先日氷華たちのクラスに転校してきてすっかり時の人状態になっている――夢東明亜。期待外れの結果に、氷華とノアは「はあ……」と勝手に落胆し、状況が飲み込めない様子の明亜は「えっ、僕何かした!?」と二人の行動を理解できずに戸惑う。
「それにしても、こんな遅くに何しているの? それにそっちは――弟さん?」
「ちょっと散歩に。彼は弟じゃないけど、弟みたいな家族」
「ふうん……確かに、君と彼ではちょっと雰囲気が違うかも」
「……ねえ、夢東くん。ソラを見なかった? ほら、私たちとよく一緒に居る女の子。後、カイって今日は休んでた彼も」
「ソラちゃんにカイくん? うーん、僕は見てないなあ。それよりいい加減、僕の事はあっくんって呼んでよ」
「そっか残念。ありがとう」
「あと、君の名前も教えて欲しいんだけど?」
「またの機会に」
前々から明亜と話す事に対してどこか不安感を抱いていた氷華は、必要最低限だけを話してその場を離れる為に歩き出した。ノアもそれに続くようにすたすたと歩を進める。
「じゃあ私たちはこれで。もう夜中なんだから気を付けてね……夢東くん」
「折角だからもっと話したかったのに……手厳しいなあ」
そのまま氷華とノアを笑顔で見送り、明亜はニヤリと口元を吊り上げながら呟いた。
――WEDNESDAY 0:00
「本当、もっといろんな事を話したかったんだけどなあ……氷姉と」
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