第54話 荒廃した世界の中心で①


 氷華とノアは“対アンドロイド用戦闘ロボット”の大軍にぐるりと四方を囲まれていた。上空には敵の小型戦闘機が忙しなく飛び回っている。


「自分たちは高みの見物って訳か……なんだかイラッとするね」

「ああ。殺意を覚える」


 そんな相槌に対して、氷華は不安そうにノアを見ながら「ノアは目が赤くなって暴走したりしないの?」と呟いた。レナが暴走しないのは、感情が失われている事に起因しているのだろう。しかしノアは、しっかり感情がある筈だ。それなのに、リナやミラのようにはならず、いつも通り冷静沈着だった。


「僕はもう大丈夫だからな」


 ――慣れすぎてしまって、逆にそこまでの激しい憎しみを抱かなくなった。


 意味深な言葉に氷華は首を傾げていたが、ノアの「油断するな、くるぞ!」という声を聞いて黙って頷く。それに反応するようにロボットたちが一斉に動き出し、強制的に戦闘開始となってしまった。


「貴様が死ねば、目障りな人間崩れ共もボロが出るだろう」

「黙れ! あなたたちの行動の方がよっぽど人間崩れだ!」


 戦闘機から降り注ぐ声に向かって氷華が罵声を叫ぶと、氷華という人間の存在に気が付いた科学者の一人はニヤリと口で弧を描く。驚いたように目を見開かせたが、計画が順調だと言わんばかりの満足そうな笑みを浮かべていた。


「これは、本当に人間が居た……“あの方”の言葉は本当だったらしい」


“あの方”という言葉を聞いて、氷華は眉を顰める。脳内で「科学者が敬意を払う?」という疑問も共に生まれていたが、ロボットの大軍は氷華に考える暇など与えてくれなかった。自分を狙っていたロボットが勢いよく吹き飛び、横からはノアの「ぼさっとするな!」という怒声が響く。


「っ……『トゥルビヨン・ドゥ・ネージュ』!」


 ――――ビュオォオ!


 氷雪系魔術が作り出す吹雪に飲まれ、何体かのロボットはその場で氷像のように凍り付いていた。監視カメラから未知の力のような魔術を見ながら、高みの見物をしている科学者はより一層不気味な笑みを浮かべる。


 ――やはり、あの方の言葉は正しい!



 ◇



 かれこれ数十分間ずっと闘い続けた氷華とノアは「はぁ、はぁっ……」と息を切らしながら背中を合わせていた。

 大軍だったロボットたちも、二人の視界に入る限りでは残り数体となっている。ロボットの残骸が転がる戦場の中心で、ノアは「大丈夫か?」と氷華の身を案じると、氷華も「私は、大丈夫っ……ノアは?」と苦しそうに応えた。強がっているものの、既に立っているのが精一杯だろう。


「舐めるな。僕はアンドロイドだからな。お前よりは戦闘力も体力も高いと自覚している」

「そっか……けど……『ボン・クラージュ』!」


 氷華が回復魔術を唱えると同時に、ノアの身体は今までの疲れが嘘のように軽くなっていた。それと比例して氷華の魔力はじりじりと減っていき、辛そうな表情を隠しきれないでいる。身を呈してでも献身するような行動を見て、ノアは「お前――」と言いかけるが、それは氷華自身が遮った。


「念には念を、ね?」


 一方の科学者側は今も尚、ロボットたちが駆逐されていく様子を上空から見下している。しかし、氷華の体力の衰えを察知し、科学者は“ある作戦”を決行に移す事を決めた。マイクの電源をオンに変え、声帯認証でロボットたちに命令を発動させる。


「あの人間を狙え!」

「なっ……!?」


 その命令だけに応えるように、ロボットたちの銃口は一斉に氷華へと向けられた。今まではノアもある程度惹きつけてくれたからいいものの、ここまでの一斉射撃は――逃れられる気がしない。魔力の消耗も激しい今、空間転移魔術で立て直す事も難しい。氷華の動きがその場で止まってしまった。


 ――それでいい、そしてターゲットを庇うように彼は……。


 そんな氷華を庇うようにノアは一歩前へ出ると、鬼神の如くロボットたちを破壊していく。素手にも関わらず、ノアの拳がロボットの機体を次々に貫いていった。


 ――だが、あの驚異的な力を持ってしても、全ての破壊は間に合わない。


 ビュンっと発せられた鋭いビームが氷華目掛けて放たれる。咄嗟にかわそうとするが、それは一歩間に合わず――焼けるような熱さが氷華の肩に走った。


「うッ……!」


 ――すると彼は激情し、ターゲットに駆け寄って攻撃を庇おうとする。ロボットは命令信号でしか動かない。多少はロボットの中に突っ込んでも、攻撃は一つも自分には向いていないだろうと判断するからだ。


 痛みのあまり膝を付いた氷華の元へノアは走り、ロボットたちの中心部にも関わらず突っ込む。ノアの考えた通り、ロボットは氷華だけを狙っているので、ロボットの攻撃が自分へ向く事は一切なかった。


 ――だが、彼は気付かない。後ろに佇む、アンドロイドでも人間でも……況してや科学者でもない存在に。


 その瞬間、紫電のように鋭い殺気が自分へ向けられている事に気付き、ノアは一瞬だけ思考が止まった。


「『雷電よ。我が契約の下、力を示せ。貫いちゃってください。紫電一閃』」


 ――そこで彼はやっと気が付く。真のターゲットは自分だった事に。


 ――――バシュンッ!



「ですが、気付いた時にはもう遅い」

「!?」


 突然――ノアの身体は鋭い閃光のような雷撃に貫かれ、氷華の眼前で無残に倒れ込んだ。ノアの胸を貫いた雷撃の熱を帯びながら、体内に埋め込まれていた神力石の欠片がカタリと足元に転がる。


 ロボットたちが道を開けるように命令されて移動した先には、氷華の知っている青年が口元を吊り上げていた。だが、今の氷華は倒れたノアしか見えていないので、彼の存在に未だ気付かない。


「ノア!? しっかりして、ノア!」

「……はぁ……はぁっ」

「『ドゥルール・エタンドル』!」


 欠片の力を失ったノアは、顔色を蒼くさせて呼吸を荒げていた。風穴が空いてしまったノアの身体は攻撃の名残からパリパリと雷電を帯びていて、彼の辺りは真っ赤な血の海が広がっていく。動力源になっていた神力石の欠片がなくなった事で、脳や意識が上手く働いていない様子だった。氷華は必死に陽光系魔術を唱え続けたが、彼の目は虚ろなまま動かない。


「『陽光よ。我が声に、応えよ……太陽の……慈愛で、彼の者の、傷を……癒したまえっ。ドゥルール・エタンドル……』」

「……ぐぅっ」

「駄目、もっと強い……もっと高度な魔術じゃなきゃッ!」


 刹那――出動前にゼンが言っていた“時に干渉する”という言葉が氷華の頭の中を巡る。更にフォルスから以前忠告された「壊れる時ってのは大抵、何でも一瞬で壊れる。いざって時に迷ってると、本当に取り返しがつかねえからな」という言葉まで蘇り、氷華は“冷静な判断力をなくして、冷静に考えていた”。


「時間の空間転移、三秒で死ぬ……でもこの欠片を使えばもしかしたら、生死に触れなければ、まだ生きている人の致命傷を回避するなら……私がノアをッ!」

「もう助かりません。動力源である石がなくては、彼の命は時間の問題です」


 そんな氷華の元へ現れた人物は、ノアたちの仲間だった筈の医者・アガルだった。予想もできなかった人物の登場に、氷華の思考は一瞬だけ硬直する。その瞬間、氷華は「何故」と自分の思考回路が理解できないように声を漏らした。


 ――どうして……私は彼の存在を“忘れていた”? どうして“予想できなかった”?


 白衣を靡かせ、大きめのバンダナで表情を隠すアガルは、初めて氷華に微笑みかける。その表情は、何故か氷華の知り合いによく似ている気がした。


「アガル、さん……どうして?」

「お久しぶりです、氷華さん」

「どう、して……仲間のあなたが、ノアに、こんな……酷い事……」

「酷い事? あなただってその石を求め、似た事をしたじゃないですか」

「ッ!?」

「何かを救うというのは、同時に何かを切り捨てる事と同義ですよ」


 その一言で、氷華の頭の中は真っ白に染まる。アガルからの指摘で、フォルスの闘いが脳裏に過ぎった。いつの間にか、アガルに対する違和感も頭から消えてしまっている。

 フォルスを殺す結果になってしまった真実が、救えなかった真実が氷華の中で重くのしかかる。氷華は酷く怯えたように「わ、たし……は」と声を震わせていた。


「さあ、大人しくその石を渡してください。でないと……僕はあなたを切り捨てなければならない」


 ――と言っても、僕等のマスターは切り捨てる一方で何かを救うつもりなんてないのでしょうが。


 アガルの正体は、科学者側に通じ、参謀的な立場で助言する“あの方”と呼ばれる人物だった。しかし当の氷華はアガルには目もくれず、涙を流しながら血塗れのノアをぎゅっと抱き寄せる。ノアの身体にあった神力石の欠片を握り、風穴が空いてしまった場所に必死にそれを近付けるが――神力石の欠片はノアの身体に反応する事はない。


「……だい、じょうぶだ……僕はっ」

「ノア!」

「僕は、死なないっ……お前を、まだ……護り、きれて……いないから、なっ……」


 ノアが氷華の手を強く握ると、ノアの身体と神力石の欠片が徐々に光り始めた。それと同時に氷華の身体も光り出し、その光景を見たアガルは“ある可能性”に気が付き、声を荒げる。


「ッ! ……彼等を引き離せ! あの二人が一緒に居ては危険だ!」


 ――――ピカァアッ!


 ロボットたちが氷華とノアに向かって物凄いスピードで近付くが、目が眩むような光が彼等を包み込み――。


「消えた……?」


 氷華とノアは、この場から忽然と姿を消してしまった。



 ◇



 氷華がゆっくり目を開けると、一面真っ白な空間が広がっていた。目の前には怪我一つないノアが立っていて、氷華は安堵したようにノアの手を取る。


「ノア! よかった、傷が治っ――」

「…………」

「……ノア?」


 だが、目の前のノアは話しかけても返答がなく――不審に思いながら首を傾げていると、暫くしてノアはやっと重い口を開いた。


「お前に出会えてよかった。僕だって初めは復讐しか見えていなかった。だけど、お前に会えて……お前は僕を護ると言ってくれた。本当に嬉しかったんだ。そんな言葉、一度も言われた事がなかったから」

「……ノア」

「そんな存在を、僕は初めて護りたいと思った。お前は僕をアンドロイドとしてではなく、同じ人間のように接してくれた……だから……」

「ノアは……私たちと同じ……人間、だよ……」


 氷華は泣きながら訴えるが、ノアの身体はぼんやりと輝き始める。その光を見て、氷華は直感的に悟った。これが最期だと――嫌でも察してしまう。


 ――ノアが……消える?


「僕はお前と共に居る。これからもずっと、だ」

「そんな、最期の言葉……みたいな事、言わないでよぉ……ッ!」

「……氷華、ありがとう」

「ノアッ……やだ、やだよ……ノア……ノアァアアァ!」 


 そして、ノアは光が四散するように消えてしまった。同時に氷華の足下は氷が割れたように崩れ、夜の湖のような一面の暗闇へ、深く落ちていく。落ちる途中、ぼやけた視界の中で――快晴の青空が見えた気がした。しかし今の氷華は、それが何を意味しているのか考える余裕は残されていない。


「氷華って……やっと、名前呼んでくれたのに……これでっ、お別れなんてっ……やだよぉ……ノア……ノア……」




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