第43話 北村太一の尾行①
茂みに隠れる怪しい人影が三つ。彼等の視線の先には、一組のとある男女が居た。
「ちょ、ソラお前押すな!」
「しっ……カイうるさいよ!」
「お前等二人共うるさいから!」
サングラスにロングコート姿の怪しすぎる三人は、どうやら目線の先に居る男女を観察しているらしい。それぞれカイとソラと呼ばれる青年と少女は、“精霊”と呼ばれる存在だ。二人は文字通り人間ではない存在であり、カイは水を司る精霊魔法と攻撃反射(カウンター)、ソラは地を司る精霊魔法と瞬間移動(テレポート)を使用する事ができる。そんな風に“一般的”な人間から見ては奇跡のような力を駆使し、ゼンという神だった青年の下で世界を救う為に翻弄していた。
そして二人と行動を共にしている青年、北村太一。太一は列記とした人間なのだが、彼もゼンと出会い、特殊能力である魔役(マエキ)を使用する事ができるようになった。持ち前の剣術とそれを組み合わせ、太一もまた世界を救い、救世主となる為に奮闘している。
そんな正義のヒーローとも言える立場の三人は、今日はヒーローらしからぬ行為――“尾行”をしていた。三人がそんな事をしている理由は、ここから数時間前に遡る。
◇
「どうした、太一。そんな面して」
「いや、何でもないよ」
太一は朝食を食べ終え、慣れた手付きで食器洗いに勤しんでいた。カイはどこか、いつもと違う雰囲気の太一を不審に思いながら緑茶を啜っていると――そんな二人の前に、何の前触れもなくソラが瞬間移動で現れる。
「太一、カイ!」
「うわっち! あっつ! って、どうした、ソラ!」
「尾行! 尾行に行こう!」
「「は?」」
その言葉を聞いた太一は食器を洗う手を一旦止め、カイは飲んでいた緑茶を慌ててテーブルの上に置いた。ソラの言葉の意味が理解できず、二人はその場で呆然としている。暫く考えたカイは「ドラマの見すぎ?」と可能性を絞り出した。
「違うよ、氷姉の尾行!」
「!?」
カイはゼンやソラが好きなテレビの話かと勘違いしたのだが、ソラ本人がそれを強く否定する。そしてソラの言葉に、太一は目を見開いて驚いていた。今まで除外しようとしていた悩みの種が、ソラの一言によって現実へ引き戻される。
「何でソラがその事を――」
「氷姉から聞いたもん! 氷姉、今日デートなんだって!」
「で、デートじゃねえよ!」
「……何で太一が否定するんだ?」
いつもの冷静さがどこか欠けている太一を見て、カイは「もしかして、これが原因か」と自己解決。太一の慌てたような否定から、氷華のデート話はソラの空想という訳ではなく真実らしいと察する。カイは太一の慌てた態度や挙動不審っぷりを見て、一連の行動を少しだけ面白く感じていた。
――――ピコンッ
その瞬間、太一の携帯電話が鳴り響いた。短い通知音だったので、着信ではなくメッセージだろう。太一は携帯電話を起動し、明るくなった画面を見て、表情が固まった。氷像のように固まる太一を不審がりつつも、カイの隣ではソラが「だから、尾行しよ!」と急かすように腕を引っ張っている。
「デートは動かぬ証拠を掴むチャンスって、テレビでも言ってたもん!」
「やっぱりドラマの影響じゃねーか……」
カイは呆れながら首を横に振っていたのだが、ソラは既に怪しいサングラスと、身の丈に対して長すぎるロングコートを身に付け、帽子を深く被っている。いかにも変装していますオーラ全開の服装に変身していた。素直に「お前、それ何だよ?」と問いかけると、ソラは「尾行って言ったら、ゼンがくれたんだよ!」と得意気に語っていた。しかも既製品という訳ではなく、ゼンの手作りらしい。
「はあ? あいつ何してんだ!?」
「新しいワルトラジャンパー作るついでに、いろんな服も作ってたみたい! って言ってたよ」
「暇人かっ!?」
氷華のデート話を知ったソラはすぐさまゼンに相談、面白がったゼンから三人分の変装セットを預かっていたのだ。カイは「時間の無駄になるような事はやめとけって」と、ソラ説得の助け船を出してもらおうと太一を見たのだが――彼はソラ同様、早くも着替え終えていた。少し動揺気味の太一だったが、携帯電話の画面を見てから、更に太一の様子がおかしくなったようにも感じる。
「ほら、太一も行く気満々なんだから。カイも行くよ!」
「なっ、太一お前今日は俺と修業って――」
「俺、尾行も修業の一環かなって思うんだ」
「はあ!?」
意味のわからない理由を前に、カイは面倒そうに眉を顰める。
――全く……ゼンといい、こいつ等といい……。
最近は楽しんで衣服製作に取り組んでいるらしい、三人の上司。ゼンと呼ばれる青年は――この世界の神と呼ばれる存在だった。
◇
「しっ、静かに……動き始めたぞ!」
「氷姉どこに行くんだろう?」
「まさか、また――」
そして冒頭に戻り、現在。尾行のターゲットである氷華は何を考えているのかわからないが、近くで拾った木の棒を立て、すぐに手を離していた。その棒が倒れた方向は後ろ。丁度、太一たちが居る方向だ。つまり――。
「おい、こっちに向かってないか?」
「やばいっ! ソラ、瞬間移動!」
「え、あっ――うん!」
太一はソラを促し、一瞬で陸見公園に移動した。幸いにも茂みの影だったので、一般人には気付かれていない。カイは呆れ果て、太一とソラを見て口を開いた。
「ったく、まさかこっちにくるとは……ってか太一。お前氷華がどこに行ったかわかんの?」
「いや、わかんないけど……ソラ、もう一回追えるか?」
「任せて!」
太一とカイがソラに掴まると、再び景色がぐにゃりとねじ曲がる。あまり慣れない感覚に太一はぎゅっと瞳を閉じると、ソラは「あ、氷姉たち居た!」と声を上げた。その言葉で到着したと判断した太一は恐る恐る瞼を上げる。景色と方角から察するに、どうやら氷華は隣街に向かおうとしているのだろうと予測できた。という事は――。
「あの方向、たぶん……あそこだろうな」
遠目から見えるショッピングモールを見上げ、太一は呟いた。
◇
ソラは青緑色の瞳をキラキラと宝石のように輝かせ、目の前に聳え立つ巨大なショッピングモールを見上げている。カイも珍しく期待に心を躍らせている風に感じられた。その様子を見た太一は「そういえば、カイやソラたちとはきた事なかったか、ここ」と今までの出来事を振り返る。学校生活以外では、主に修行か任務。この二人と、こんな風に出掛ける事はなかった。
――今度は氷華とゼンも誘って皆で行ってみるか。まぁ、そこまで余裕あるとも限らないけど……。
そんな事を思案していると、ソラは「太一、太一! 今からここに入るの!?」とテンション高めに問いかける。
「ああ。氷華たちが入って行った後にな」
「ここ、何なんだ?」
「この近隣じゃ一番でかいショッピングモール。巨大な店屋ってところ。スーパーから衣服、飲食店に本屋にゲーセン、映画館……ここにくれば大抵の物は揃う」
「た、楽しそう!」
ソラは腕をぐるぐる振り回しながら「早く! 早く!」と子供のようにはしゃいでいた。ソラに腕を引っ張られたカイも「ちょ、騒ぐなって」と注意しているものの――カイ自身も楽しみなのか、朝よりも随分軽い足取りになっている。このショッピングモールが初めてだから、というよりも、二人にとってはショッピングモール自体が初めてだった。
無邪気な子供のように喜んでいる仲間の姿を優しく見守りながら、太一は「せっかくだし、後でゼンに見せてやるか」と思いながら携帯電話のカメラ機能を起動する。どうやら二人は太一がレンズを向けている事にも気付いていないらしい。
――――カシャッ
「太一も、早く! 早く行こうよー!」
「おう、今行く!」
携帯電話をポケットにしまい、太一自身も急いでショッピングモールへ足を踏み入れた。
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