第41話 水無月氷華のデート①


「ご、めんなさいっ! 寝坊、しちゃて……!」

「氷華さん」


 氷華は肩で息をしながら、十分程待たせてしまった昴に謝罪する。一方の昴は特に気にしていない様子で、「大丈夫ですよ」と微笑んでいた。氷華の呼吸が落ち着いたタイミングを見計らい、昴は「行きましょうか」と言って歩き出し、氷華も昴をまじまじと観察するように横を歩く。


 ――確かに、よく見たら男の人かも……凄く美人だけど。


「……とは言ったものの。さて、どこへ行きましょう?」

「えっと、昴さんはどこに行きたい?」

「そうですね……氷華さんが行きたい場所でいいですよ。今日、僕は案内してもらう側ですから」


 昴から期待の眼差しを向けられ、事前に何も考えていなかった氷華は首を傾げて「うーん」と頭を抱えている。何か明確な目的もなく、ぶらぶら歩くというのは、あまり経験がなかった。氷華は「こういう時って、どこに行けばいいんだろう?」と頭を悩ませる。


「確かお店の繁栄の為、だよね……じゃあアイス屋さん巡り? それか、人が集まるショッピングモールとか……うーん、どうしよう」

「今回は氷華さんに一任します」

「あ! じゃあ――」


 そして氷華は「やっぱりこれだね!」と言いながら、樹木の近くに落ちていた長めの木の棒を地面に突き立てた。いまいち氷華の行動が理解できない昴は「何を?」と首を傾げると、氷華は立てていた木の棒からすっと手を離す。木の棒はぐらりと揺れ、後方へと倒れ込んでいた。


「よし、南の方角……あ、じゃあ隣街のショッピングモールに行きましょう!」

「あ、はい。わかりました」


 ――随分と愉快な決め方をする人だな……。


 昴は苦笑いを浮かべ、意気揚々と歩く氷華に付いて行った。



 ◇



 氷華と昴は近隣で一番の大きさを誇るショッピングモールへやってきた。数々の専門店が並び、映画館やゲームセンター等の娯楽施設も備わっている。飲食店街からは食欲を誘われるような匂いが流れていた。店舗の大きさと人混みに圧巻されながら、昴は「大盛況ですね」と呟くと、氷華は「ここの中のアイス屋さんも美味しいんだよ。オススメは、お茶屋さんに売ってるちょっと高いソフトクリーム。コーンじゃなくてラングドシャなんだ」と楽しそうに笑っている。


「さ、行こう。昴さん」


 そう言いながら意気揚々と歩き出す氷華に続き、昴は「それにしても、今日の氷華さんは私服なので少し新鮮です」と呟いた。今の氷華は、腕捲りをしている事だけが残念なものの、品の良さそうなワンピース姿だ。このチェック柄は、確か高級ブランドの――と考えている横で、氷華は「アイス屋に寄るのはいつも学校帰りだったからなぁ」と普段の制服姿を思い浮かべている。


「ここまで服装に気を遣っているのは驚きました。勝手に、私服はセンスがなさそう、とか思っていたので」

「失礼だなぁ。って言っても、もらい物ばっかりだから私のセンスって訳じゃないし……完全に否定できないのがちょっと悔しい」


 氷華はくるりと回り、今日着用しているシャツワンピースをひらりと舞わせた。そして氷華は「あっ」と何かを思い出したように口を開く。


「後は……ジャンパーにスカートかな」

「意外とラフな格好ですね」

「相棒とお揃いなんだけどね、部活名みたいなのが入ったジャンパー。それにタンクトップとスカート、ローファーの組み合わせが動き易くて」


 昴が意外そうな顔をしている横で、氷華は「そういえばこの前ね」と腕を組みながら語り始めた。


「その服で側転しちゃって。自分的には中に短パン履いてるから気にしてなかったんだけど、そうしたら敵――じゃなくて、ライバルに怒られちゃった」

「氷華さんってガサツなんですね」

「女子に対して結構ズバッと言うよね、昴さん……」


 一瞬だけ敵と言いかけてしまったが――即座にライバルと訂正しておいたなら怪しまれないだろうと判断してはにかむ氷華を見て、昴もつられて微笑んでいた。ライバルという言葉から、氷華は何かスポーツ系の部活に励んでいるのかと考え、昴は「部活、ですか?」と疑問を問いかける。


「あー……学校ではパソコン部で、比較的自由な部活なんだけどね。さっきのは学外の部活みたいな活動の、交流試合で……そう、ライバルは他校生なんだけどね」

「氷華さんは学外でも色々な事を経験しているんですね。感心します」


 氷華は憎きアキュラスの事を思い出して「あんの片目男……」と呟きながら眉を顰め、ふと思い出したように昴を見つめる。自然と自分の事ばかり訊かれていたので答えたが、昴の事はアイス屋の美人店員という事以外はよくわからない。


「昴さんは? 普段はどんな事をしてるの?」

「僕はフリーターで、あの店でアルバイトをさせてもらっているくらいですよ。まぁ、趣味の一環でサークル活動のような事も行っているのですが」

「そうなんだ! じゃあ私たちと似ているんだね!」

「ええ。僕たちは、似ているのかもしれませんね」


 昴は優しく微笑みながら、楽しそうに氷華を見つめていた。



 ◇



「うりゃぁあああ!」


 ――――バシンッ!


 ――――パンパカパーン


「氷華さん、凄いです。ここまで逞しい女子は初めて見ました」

「それ程でも~」

「……本当に女子ですよね?」

「貶された?」

「冗談です」


 氷華と昴はゲームセンターへと場所を移していた。クレーンゲームで昴の意外な才能が発覚した後、氷華はパンチングマシーンに向かって思い切り拳を振るう。華やかなファンファーレが鳴り響き、周りに居た客からの目線も一気に集めていた。周りの客は、氷華のような女子がやった所業とは思えず――ぽかんと口を開けたまま、ハイスコアを出して喜んでいる女子という異様な光景を眺めている。氷華は少し鼻を高くしながら「私の相棒はもっと凄いよ」と得意気に主張していた。その言葉に昴は首を傾げる。


「そうだ。昴さんもやってみたら?」

「え、僕は――」

「ほらほら」


 そう言いながら、氷華は勝手に百円玉を入れていた。機械音と共にサンドバックが上がり、ピコピコと愉快な音が鳴り始め――ディスプレイには先程の氷華の記録がハイスコアとして表示されている。


「初めてで、いまいち勝手がわかりませんが……」

「ポイントはね、ムカつく人を思い浮かべながら殴る事かな」


 昴は流れるような動作で眼鏡を外し、氷華にそれを預けた。真剣な眼差しで「預かっていてください」と頼まれてしまい、氷華は少しだけ緊張した面持ちを浮かべる。そのまま昴は静かに腰を落とし、気合いを入れるように身構えると――。


 ――――バシィイッ!


 ――――パンパカパーン!


 氷華の記憶を簡単に塗り替える程のハイスコアを叩き出していた。氷華は信じられないものを見るように、大きな瞳を丸くさせて驚いている。昴はふうっと一息吐き、「こんな感じでしょうか?」と笑いかけた。


「す、凄いよ昴さん!」

「ありがとうございます」


 興奮冷めやらぬ様子で氷華は目を輝かせ、預かっていた眼鏡を返す。そのまま喜々としながら「昴さんって、全然力とかなさそうだなって思ってたんだけど――」と口を開いた。


「氷華さんも男子に対して結構ズバッと言いますね」

「まさかここまで凄いと思わなかった! 私の相棒と同じくらいか、もしかしたらそれ以上かも!」

「氷華さんの相棒?」

「そう、よくこういうゲームで遊んでて――あっ、次はカートゲームで爆走しよう! 行くよ、昴さん!」

「ちょっ、待ってください氷華さん!」





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