第23話 帰還
太一と氷華が恐る恐る目を開けると、視界一面が橙色に輝いていた。ゆっくり上体を起こし、どこか懐かしい景色を見渡しながら、二人は安堵の笑みを零す。気付けば自分たちのスタート地点、学校の屋上に戻っていた。
「帰ってきた。私たちの世界に」
「ああ、無事に戻ってこれたな」
びゅうっと強い風が髪を掻き上げる中、太一と氷華は大きく息を吸い込む。
「「ゼーンっ、出てこーい!」」
次の瞬間、彼等の呼びかけに応えるようにゼンは突如姿を現した。立て続けにカイとソラも現れるが――その両手は、場に似合わない箸と椀が握られている。
「任務ご苦労だな!」
「無事だったか、二人共!」
「おかえりっ、氷姉、太一!」
「……どうして箸とお椀?」
「水無月家で、北村家と共にちょっとすき焼きを」
すき焼き。太一と氷華の頭の中では、“すき焼き”という単語だけがぐるぐると巡った。そのまま二人はある行動を取る為、膝を曲げたり腕を伸ばしたりしながら軽く準備体操を始める。
「氷華、ここから飛び降りたら死ぬかな?」
「私、落下速度を抑える魔術できるよ」
「なら、よし」
「行こうか」
太一と氷華は屋上のフェンスを魔役や魔術で破壊し、戸惑う素振りも怖がる素振りも全く見せず――容赦なく飛び降りてしまった。
――――シュッ!
「ゼン、フェンス直しといて!」
「なっ、何してる二人共!?」
「「待ってろ、すき焼きぃぃいい!」」
取り残された三人が慌てて地上を見つめると、氷華の「『プリズ・プランタニエール』」という声と共に二人の周囲が眩い輝きを放つ。次の瞬間、太一と氷華は何事もなかったように綺麗に着地し、夕日に向かって全力で走っていた。見事な全力疾走。行動力というか、すき焼きへの執念というか――とにかく凄まじいものだった。その姿を見て、ゼンは優しく微笑む。
「実戦を積んで、また強くなったか。ワールド・トラベラー」
先行した二人の元に追い付くと、目の前には水無月家と北村家が隣同士に並んでいた。どうやら太一と氷華は、すき焼きという原動力だけで驚異的なスピード帰宅をしたらしい。ぜえぜえと息を切らす二人を見て、カイは「大丈夫か?」と半分呆れながら尋ねる。
「すき焼き、夕飯……」
「……あっ」
すると氷華は何か思い出したようにゼンの眼前まで進み――そのまま掌にあるものを乗せた。その存在によって、ゼンとカイ、ソラの三人は「えっ」と大きく目を見開かせる。
「はい、お望みの欠片。これだよね?」
「氷華……太一っ……!」
感極まったゼンは嗚咽に近い声を漏らすが、肝心の太一と氷華は一切見向きもせず、既に水無月家の玄関に上がり込んでいた。彼等はくるりと振り返って、未だに呆然としている三人に対して問いかける。
「何してるの? 入らないの?」
「俺たち早くすき焼き食べたいんだよ」
ゼンはニッと口元で弧を描き、「ふふっ、これでこそ彼等だな」と笑っていた。
――ありがとう、北村太一、水無月氷華……。
「初任務お疲れ様! ワールド・トラベラー!」
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