589話 「ジュンユウの壁 その1」


「イケダさん、さきほどの試合についての総評をお願いいたします」


「そうですね。結果は想定通りでした。試合内容としても、さほど見所もなかったと思います」


「順当ということですね。両者ともに問題はない、と」


「結果はそうですね。ただ、個別に見れば気になる点もあります」


「それはどこでしょう?」


「レイオン選手のコンディションです」


「キングの? 調子は良かったように思えましたが?」


「ええ、動き自体は悪くありませんでした。かつてのレイオン選手は常時体調が悪そうでしたが、先日の無手試合で大幅な改善がなされたようです」


「あれは衝撃的でしたね。武人の底力を知った気持ちです」


「はい。私も驚きました。しかしそうでありながら、また体調面で不安を抱えているようですね」


「あれでですか?」


「むやみに試合を引き伸ばせとは言いませんが、試合時間も平均と比べてかなり早かったですし、いきなり全開といった様相でした。あれでは以前からやっていたことと同じです。余裕がないから最初に勝負を決めるのです」


「それでも勝利できるのはキングの実力では?」


「その通りです。そこは評価しています。実力があるからこそ魅せる戦いも期待してしまうのです。ワガママだとは理解しておりますがね」


「それもファンとしては当然の心理ですね」


「オチアン選手の力量が劣っていたことと、彼自身に勝つ気持ちがあまり見られなかったことが圧勝の要因だと考えています。本日中に次の試合がありますからね。ここで無理をしては次に差し支えます」


「なるほど。あえて負けたのですね。それは逆にレイオン選手にとっても良かったのではないでしょうか? 体調が悪いのならばなおさらです」


「そうですね。ただ、次からはどうでしょうか。もしキングの調子が悪いと思えば、ハングラスが金星を狙ってくるかもしれません」


「金星! キングに勝つことですね! 金星が出ればオッズが大荒れとなります!」


「いやいや、我ながら少し言いすぎましたね。たしかにそのほうが盛り上がりますが、私の立場から言わせていただければ、キングに勝つのはやはり簡単ではないと明言しておきましょう」


「おっと、それはもしや大将戦にも関わる話でしょうか!? ややフライングですが、大将戦についてはどうでしょう? ついに期待の新人が出ますね」


「黒姫選手のポテンシャルは底が見えません。まだまだ成長するでしょう。その意味では見所です。しかしながら、キングにはキングである所以があるのです」


「キングである所以! それはいったい?」


「彼らにも背負っているものがあります。そういった精神性も力になりますし、何よりも自身の武器を極限まで磨いた者たちなのです。結局無手試合において、あれだけ期待された黒姫選手もキング・レイオンに負けてしまいました。あの試合では、判定がやや黒姫選手有利であったにもかかわらず、です。そこにはまだ超えられない差があったのです」


「なるほどなるほど。やはりキングは強いと」


「しかし、もしここで何かが起これば、ラングラスの最下位脱出も現実味を帯びてきますね。現状のマングラスの戦力では、他の二勢力に勝ち越すのは難しいでしょう。そうなれば直接対決の内容と結果によって順位が決まりますから、ポイントの動きも重要となるでしょう」


「すべてが見所ということですね! ますます楽しくなってまいりました! さて、まもなく大将戦が始まります!!」




 解説者たちが言っているように、引き分けなし、勝ち点なしの四チーム総当りとなると、同列順位が生まれてしまう可能性が多々ある。


 その際は直接対決の結果や、試合でのポイントが重要視されて順位が決定される。


 大会ルールにもあった「減点」は、当事者同士の勝敗にも影響するが、チーム全体の順位にも影響を及ぼすのである。


 その中で『金星』は、極めて大きいポイントが与えられる。


 たとえば今しがた終わったレイオン戦は、レイオンのオッズは「1.1倍」、オチアンのオッズは「38倍」となっている。


 キングが勝つのが当然の試合なので、逆に1.1倍もつけば良いほうであろう。


 だが、そこで番狂わせが起これば大儲けでもあるため、オチアンに賭ける者たちが出てくるのである。金星も同じような扱いになっているため、ポイントも大きいといえる。



 そして、次もキングが登場する大一番である。






「いよいよ注目の試合が始まります!! まず登場するのは、みなさんお待ちかねぇええええええ!! 漆黒の美少女、期待の大型新人!!! 今回のダークホースとなるか!!」





「ラングラス大将!!! くろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ひめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」







―――ワァアアアアアアアアア!!!






 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!!!



 会場全体が、足踏みで揺れている。


 熱気が渦巻き、人々が再び熱狂の中に取り込まれる。


 照明が落とされた闇の中、その闇よりもさらに黒い少女、黒姫ことサナが出てきた。


 着ているのは今日のために用意した準装仕立ての鎧である。


 準装という言葉がたびたび出てくるが、単純に軽装備と重装備の中間に位置するものと考えればいいだろう。


 軽装備が厚手の服や皮鎧であれば、重装備はガチガチに身を固めた重装甲であり、準装備はその中間にあたる。


 たとえれば、侍や武士の甲冑がそれに該当するだろうか。防御力を維持しつつ、ある程度の機動性を重視した造りとなっているものだ。


 サナが着込んでいるのは、黒を基調としながら赤のラインが入っている陣羽織風のデザインで、中には鎖(魔獣素材)が編み込んである。


 最初に出会った頃のラブヘイアが装備していたロングコートと同種のものである。


 さらに日本刀を持っているため今までの中国拳法風ではなく、より日本らしさが出ているものといえる。(この世界では、『ダマスカス様式』あるいは『レマール様式』と呼ばれる)


 まだまだ幼く、小学校に通っていそうな十歳前後の少女がコスプレしたような姿であるが、彼女の実力を知っているがゆえに周囲は熱視線を送る。




「黒姫ぇええええええ!! 全財産かけたぞおおおおおおおお!!」


「黒姫ちゃーーーんっ! がんばれええええええ!」


「絶対に勝つって信じてる! 俺たちに希望を見せてくれえええええ!」


「ラブラブ、クロヒメ!!!」




 もう完全に地下闘技場のアイドルである。


 だいたいは独身のオッサン連中が叫んでいるので、彼らを見つめる若干数の女性たちの視線が非常に冷徹だが、いつの時代も可愛くて強い者に人気が集まるのは自然なことだ。


 渦巻く熱気に呑まれるように、サナは中央のリングに降り立つ。





「続きましてマングラスの大将にして、キングになってから無敗の王者!! キぃいいいいいいいいング・ジュンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンユウ!!!!!!」





―――ワァアアアアアアアアア!!!





 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!!!



 こちらもサナに負けじと大きな足踏みが発生。


 ただここで、多少今までと違うことが起こった。




「ジュンユウ様!! 勝ってーーー!!」


「あんな小娘に負けないでーーーー!」




 歓声の中に女性の声が交じるのだ。


 ジュンユウの支持層の大半は、実は数少ない女性たちであったりする。


 なぜかといえば、キングの試合方式が挑戦者有利になることが多いので、普段賭けているオッサン連中には人気がないのだ。(これはキング全般にいえる)


 ジュンユウ自身は、おそらく四十近い年齢かつ、見た目も痩せて頬がこけた独特な容貌をしている。世間一般では、あまり好まれない容姿だろう。


 がしかし、寡黙で実直な性格はマングラス内部にとどまらず、他派閥にまで人気となっているため隠れファンが多いという。




「ちっ! ジュンユウのやつ、うざぇな! だが、同じマングラスだ! 今回は応援してやるよ!!」


「ジュンユウ、かましたれ!!! キングの意地を見せろ!!」


「今回はオッズもいい! 絶対に勝てよ!!」




 レイオン戦しかり、キング戦はオッズが極めて不均衡になる傾向にあるが、今回は違った。


 キングのオッズは、なんと「2.2倍」。


 キング戦としては、まずありえない数字となっている。


 これはある種、キングへの冒涜ともいえるほどであり、もし血気盛んな者ならば怒り心頭で入場してくるだろう。


 が、ジュンユウは応援の声さえも聴こえていない様子で、静かに、とても静かにリングだけを見て―――



 否、サナだけを見て歩いてきた。



 そして、リングに降り立つと、光が彼に浴びせられる。


 武器の試合では服一枚という軽装であったが、今はしっかりと装備を整えて軽鎧の姿になっている。


 相変わらず剣は一本であるも、腰には予備の小刀も見られるため、彼の本気度がうかがえた。


 彼はサナを本当の敵として認識している。対等の相手として考えている。だから慢心もしない。浮かれたりもしない。




 両者が、対峙。



 最初に口を開いたのは、ジュンユウだった。



「偉大なる者に誓って、この戦いで全力を尽くす」



 剣の柄に手をかけ、祈るようなポーズで宣誓する。


 自分よりも小さな少女にそのような行いをすることは、一種のパフォーマンスに思われるかもしれないが、彼が見ているのはサナの中にある『光』である。


 【グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉】を起こした者に対する敬意。剣士としての誇りが彼にはあった。



「………」



 サナはその言葉を受けても、ただ黙って相手を見ていた。


 この大舞台でも物怖じしないのが彼女の長所である。


 彼女もすでに臨戦態勢であった。




「今回のルールは、武器のルール! 五つまでの武具の持ち込みが可能です! そしてエクストラルールとして『三つまで身体強化のジュエル』が使用可能となっております!!」




 基本ルール自体は、初戦のカスオとほぼ同じだ。


 それとは別に互いの協議の結果、特殊ジュエルの持ち込みを三つまでよしとした点に違いがある。


 これはジュンユウからの申し出がきっかけであるが、アンシュラオン側も提案しようと思っていたことである。



(サナの魔石がルール上、やや微妙だったしな。はっきりさせておこうと思ったが、まさか相手から言ってくるとは意外だったよ)



 キングであるジュンユウは、場合によってはサナのジュエルを禁止させるように圧力をかけることもできた。


 無手の試合会場では封印術式を素通りしたものの、明らかな強化である。金と命がかかっているのだから嫌がるのが普通だ。


 それをジュンユウは素直に受け入れるどころか、サナが力を発揮しやすいようにと配慮したのだ。


 こうしておけば何の気兼ねもなくジュエルを使うことができるため、サナにとっては朗報といえた。



(だが逆にいえば、魔石込みで勝てる自信があるということだ。さて、どうなるかな。オレの予想では―――)





 両者が離れる。





 そして大将戦の―――






「試合開始だぁああああああああああああああ!!」






―――カーーーーーーンッ!!






 両者が合図と同時に得物を抜く。



 サナは日本刀を。


 ジュンユウは刺突剣、レイピアを。



 そして、駆ける。



 互いが間合いに入った瞬間に戦いは始まるのだろう。


 剣士同士の戦いは攻撃力が高いため、初手を制した者が圧倒的に有利になる。


 この勝負は、どちらが先に攻撃を当てるかも極めて重要な要素となっていた。



 では、初手の勝負でどちらが勝ったかといえば―――




「―――っ!!」




 ガギィイインッ!!



 サナが日本刀を振ろうとした瞬間、凄まじい速度の一撃が飛んできた。


 狙われたのは、日本刀の【柄】。


 この武器は斬る能力が長けている反面、振るという動作が必要になる。


 そのもっとも重要な力を込める瞬間、刀を振り上げた瞬間に、柄に向かって【突き】が放たれたのだ。


 サナは振り下ろせない。刀が飛ばされないようにするのが精一杯。


 そこにジュンユウが戻す刀で、横一閃。



 ズバッ



 サナの手首を切り裂く。


 幸いながら篭手があったので切断はされなかったが、ばっさりと防具が切られている。


 サナは仕切り直そうと、背後に跳躍。


 だが、ジュンユウはそこを逃さない。


 すかさず前に出て、突きを放った。


 サナは防御。刀の腹で突きを受け流そうとする。


 刃は流れに逆らわない。


 流されたまま加速し、今度はサナの足を切り裂く。



 ズバッ!



 脛を覆っていた具足が切り裂かれた。


 動きやすさを優先するために薄く造られた防具とはいえ、普通の刃物ならば完全に止めるだけの防御力がある。


 それをたいして力も入れていない状態で切り裂かれるとなると、まともにくらったら非常に危険である。


 ここでサナは、恐れることなく前に出た。


 多少の被弾は覚悟の上。傷ついても強烈な一撃を入れればいい。近づけば格闘も選択肢にある。


 だが―――



 ズガガガッ!!



「―――っ!?!?」



 閃光のような突きが襲いかかってきた。


 サナが前に出た瞬間には、ジュンユウもバックステップを踏んで間合いを広げていたのだ。


 そして冷静にサナの肩と膝を狙って攻撃を仕掛け、動きを完全に止めてしまった。


 刃は戦気によって強化された鎧によって止められたが、もしさらに前に出ていたら突き抜けていた可能性もある。



 シュンシュンッ



 ジュンユウは剣を戻すと、フェンシングのように刃先をくるくると回転させて構える。


 サナも一度下がって観察。



「…じー」


「………」


「…じー」


「………」



 しかし、サナは動けなかった。


 ジュンユウに隙がないかと観察するも、弱点が見い出せないのか攻撃に移行できない。


 なぜならば見ているのは相手も同じだからだ。


 サナが動けば、ジュンユウは一番弱いところを狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。


 それがわかっていて、あえて突っ込む馬鹿はいない。





 こうして、先手を取ったのはジュンユウであった。


 これはアンシュラオンの予想通りである。



(さすがだな。攻撃に対して迷いがない。そして正確だ。自分の長所を完全に把握している)



 ジュンユウは、おそらく防御型の剣士だと思われる。


 防御型といっても、ただ守るのではなく、自ら攻撃しながら相手を封じ込める剣術を得意とする。



(こうした戦い方は、屋外よりも狭い室内で効果を発揮する。それが結界のあるリングの上でならば、さらに有用だろう。やはり【二割】といったところかな)



 この二割とは、『現状でサナが勝つ確率』である。


 ユーノには五分五分と言ったが、あれは挑発で言ったこと。本心からではない。


 リングの上。制限時間。ポイント制。


 こうした条件は、すべてジュンユウに味方していた。



 サナの前に、本気のキングの壁が立ち塞がる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー