「地下闘技場 団体戦」編

586話 「その者、因果応報 その1」



「さあ、本日より地下闘技場における【団体戦】が始まります!! 今年はいったいどこの派閥が優勝するのでしょうか!! 本日も賭け日和、賭け日和でございます! みなさん、ジャンジャンバリバリ賭けていってください!!」




―――ざわざわざわざわ




「おお、ちゃんと開催されたんだな。よかったぜ」


「なんで延期されたんだ?」


「ほら、あれだよ、あれ。リングがぶっ壊れただろう? 先日の試合でさ」


「ああ、あれか。あれは凄かったな。リングが壊れるなんて初めて見たぜ。まあ、試合会場自体が壊れちまったみたいだが…」


「それで何か不調が出たらしいぜ。武器のほうの試合会場も、一時的に封鎖されたしな」


「今年はあの子も出るんだろう? じゃあ、まさか…ってこともあるのか?」


「さあ、どうだろうな。一人で戦うわけじゃないしな。ただ、今回の目玉になるのは間違いないぜ」


「荒れるなら大歓迎だ。楽しくなってきたぞ」




 地下闘技場は、いつも以上に賑わっていた。


 普段よりも出店が多く並び、音楽を演奏し、大道芸を披露している者たちまでいる。


 まさに【お祭り騒ぎ】。


 いや、本当にお祭りなのである。


 今日は一年に一度、各派閥の序列を決める団体戦が行われる日なのだ。




 さて、この団体戦であるが、予定より二日ばかり延びていた。


 その理由は、サナが黒雷狼を生み出してしまった結果、無手の試合会場が滅茶苦茶になったからである。


 それに呼応して地下遺跡が警戒モードに入ったのか、地上部の機能を停止してしまっていた。


 扉の開閉も上手くいかない箇所もあり、物資の運搬にも支障が出て、さらには自分たちのエリアに戻れない者たちも続出した。


 団体戦は苛烈な戦いが発生するため、リングに張ってある結界がなければ安全に観戦ができない。観戦ができなければ賭けも行えない。


 いくら序列を決める戦いであっても、賭けが成立しなければ面白くない。


 さすがにこの状況では開催することはできず、延期となっていたのである。


 また、外部の事情を考えるならば、地上部で『ホワイト商会制裁』の動きもあった。


 地下の者たちは元筋者が大半を占めるため、最低限の情報は入ってくる。


 地上の情勢は地下にも影響を与えることからも、呑気にお祭り騒ぎとはいかないのが現状だ。


 その後、無事ホワイト商会の壊滅が確認されたことで、地下闘技場も本来の姿に戻りつつある、というわけである。


 ただし当然ながら、そのホワイト商会という存在は「表向き」のものだ。


 その首魁であった男は、いまだここにいる。





「試合は『総当たり』だったな?」



 ラングラスの控え室にいるアンシュラオンが、トットに問いかける。



「ああ、そうだよ。えと、うちらの最初の相手はマングラスかな?」


「キング・ジュンユウがいるところか。なかなか面白い男だったな。できればサナと対戦させたいが…」


「なぁ、本当にあんたは出ないのかよ」


「くどいな。オレが出ると面倒になるんだ。大人の事情というやつだ。諦めろ」


「ちぇ、せっかく勝てると思ったのによ」



 トットは、アンシュラオンが試合に出ないことを心から残念がっていた。


 人間的に問題はあれど、ここまで強大な戦力がラングラスに来たことは幸運だった。


 今年こそは勝てる、という期待を持つのも無理はないだろう。


 それにはこんなルールも影響している。



(『キング同士の戦いは禁止』…か。お互いの面子を潰さないための談合だな)



 団体戦には、この都市の派閥らしいルールが組み込まれていた。


 キング同士の戦いは禁止。


 この目的は、日々賭け試合を行っている手前、キングが負けてしまうといろいろと問題が生じるからである。


 キング同士で潰し合うと互いに戦力を維持するのが難しくなり、星取り勘定にも影響を及ぼす。


 逆に激突を封じれば、お互いに一勝は間違いなく与えられるため、弱小勢力でもキングの面子を保つことができるという「やらせ」でもあった。


 かつてはキング同士の戦いも認められていたが、普通に考えれば武器あり術符ありのほうが有利なので、結局無手のキングが不利になりやすいことも理由の一つであった。(武人の弱体化も影響している)


 そして、ラングラスには無手のキングがいる。


 彼の場合は無手でも十分戦えるのだが、とりあえずキングがいるだけで一勝は間違いないだろう。


 では、そのキングを擁していながら、なぜトットが不安を感じているのか。


 その理由は一目瞭然であった。



「レイオン、本当にやれるのか?」


「…俺のことは気にするな。試合には絶対に出なければならない」


「それはわかっているが、お前のコンディションの問題だ」


「やれるに決まっている!!」


「…そうか。それならば何も言わないが……」


「はぁはぁ…俺は…戦わないといけないんだ。ミャンメイを取り戻さないと…。あいつだけは…あいつだけは……なんとしても……」



 レイオンは血走った目で壁を睨みつけては、浮かぶ幻影に対してぶつぶつと何かを呟いている。


 かなり危ない精神状態であるのは明白かつ、体調面に関してもよろしくはない。



(心臓は復活している。怪我も治った。だが、【毒素】が抜けていない。あの龍人の血を受けたことが原因だな)



 レイオンが死にそうになった際、グマシカの命令でコウリュウの血が分け与えられた。


 たしかに龍人には強い再生能力があるのだが、種族のカテゴリーとしては多少離れた場所にいる者たちである。人間と猿は違う、といえばわかりやすいだろうか。


 遺伝子配合が可能な種族間ではあるものの、まったく違うものが身体に入るのは危険性を伴う。


 特にコウリュウの血は「炎」である。


 そのせいかレイオンはあれ以来、高熱にうなされるようになっていた。今も身体には強い倦怠感があり、ふらふらの状態だ。


 アンシュラオンも治療したが完治には至らなかった。



(因子そのものが汚染されてしまったんだ。すでに吸収同化してしまったものはオレでも治せない。改造人間のグマシカたちにとっては普通のことでも、一般の武人からすれば毒素と同じだからな。価値観が違うんだろう)



 ようやく心臓が治ったと思えばこの状況。まったくもって不運な男である。


 彼を突き動かすのはセイリュウたちへの怒りと、ミャンメイ奪還の意気込みだけだ。今はそれだけで動いているのが実情であった。



(逆にキング同士の戦いが禁止されているのは助かった。実力伯仲の相手にこのコンディションでは、勝てるものも勝てない。それにミャンメイについては、オレにも責任がある。彼女だけは必ず助け出す)



 ミャンメイは気に入っているし、何よりも希少な能力を持った人材だ。


 といっても今現在は居場所がわからず、助けたくても助けられないのが口惜しい。



(ここでグマシカの良心に期待せねばならないとは、なんとも因果なものだな。やつが額面通りの男だと信じるしかない。仮に処女を失っていても我慢するしかないな。本当に口惜しいが…仕方ない。仕方ない…のか? くそっ! 最近は、いろいろと不都合が生じるな。詰め込みすぎたか?)



 ホワイト商会壊滅が上手く進んだことは朗報であるのだが、その過程でいくつかのつまずきがあったのは事実だ。


 そのもっとも顕著たるものは、彼の右腕に残っている。



―――火傷の痕



 服で隠れて見えないが、アンシュラオンには火傷が残っていた。


 そう、これは先日、【姉】と遭遇した時に付けられたものだ。


 あれは夢でも幻でもなく、現実に起こったことなのである。


 ではなぜ、アンシュラオンがこうも落ち着いているのかといえば、それにも理由がある。



 あれは―――【ドッキリ】



 だったのだ。



(冷静に考えれば、ラブヘイアのやつを支配下に置いていたんだ。オレの情報なんてすぐに漏れる。それを知っていながら、あんな仕掛けをしたんだ!!)



 そもそもラブヘイアと接触した段階で、自分がグラス・ギースにいることは知っていたはずだ。


 そのうえで撒き餌を施し、アンシュラオンにあえて食いつかせた。


 なぜそんなことをするかといえば、自分の【優位性】を示すためにほかならない。



「アーシュ、私はいつもあなたを見ているわ。あなたは常に私の掌の上にいるのよ」



 というプレッシャーをかけるためである。


 実際に会うよりも、こうした演出をすることで、さらに強い支配力を行使するやり方もある。


 たとえばストーカーが、メールで「今家の前にいるよ」「今、近くから見ているよ」とか言ってくるようなものだ。


 実際に会うよりも強い恐怖心を煽ることができる、実にいやらしいやり口だ。


 しかし、解せないこともある。



(オレの知っている姉ちゃんの性格からすれば、すぐに会いに来ないわけがない。居場所を知ったならば、すべての障害を力で排除してでも捕まえに来るはずだ。…どうして来ないんだ?)



 火怨山での姉の所業を思えば、この状況は明らかにおかしかった。


 彼女の邪魔をする者は撃滅級魔獣であれ、ゼブラエスであれ、あまつさえ覇王でさえ排除するはずだ。


 そんな姉が、こんな回りくどいやり方をするとは思えなかった。



(しかもラブヘイアのやつに力を与えるとは…どういうつもりだ? 尋問しても口を割らない…というか割れないしな。オレの術士の力じゃ、やつにかかっている術式は解読不能だ。レベルが違いすぎる)



 あの炎の幻影が生まれてメッセージを伝えた直後、炎が膨張し、一瞬で周囲を完全に焼き尽くした。


 もしアンシュラオン以外の人物が見た場合、証拠一つ残さず消し去るためである。


 そのせいで残っていたホテルの残骸はもちろん、森に隠れていた裏スレイブまでもすべて呑まれて地上から消し飛んだ。


 アンシュラオンも本気で防御したが、完全には防げずに重度の火傷を負った始末だ。普通の人間に耐えられるわけがない。


 おそらくJBがいても、賢者の石ごと消滅させたに違いない威力である。


 逆にいえば、ラブヘイアが失敗した際の後始末のための処置ともいえるだろう。


 下僕をまったく信用しておらず自爆装置までつける。さすが自分の姉だ。やることがまったく同じである。



 そしてその炎は、ラブヘイアをも一瞬で蘇らせた。



 まったく何事もなかったかのように、ぽつんと彼は【復元】されたのだ。


 獣魔の状態は解けていたものの、傷一つない元通りの状態だった。


 それは命気でさえ不可能な完全修復であり、紛れもなく【最高術式】であった。



(あれは肉体の修復じゃなかった。そんな次元じゃない。何かこう…上手く言えないが【時間を巻き戻した】ような印象を受けた。そんなことができるのか? いや、姉ちゃんならできるのかもしれない)



 その後、復元されたラブヘイアを尋問したのだが、当然彼は何も語れない。


 より上位の魔人に支配された下僕は、下位の魔人にさえ抵抗する力を持っているのだ。


 これこそラブヘイアが、アンシュラオンに戦意を向けられた理由の一つだ。


 これらの事実は、姉の実力が自分を遥かに上回っていることを示していた。



(思えば、姉ちゃんの技のすべてを知っているわけじゃないんだ。オレ程度にすべて見せる必要性もなかったしな)



 姉は竜界出身の野良神機でさえ、素手で殴り倒した存在だ。


 『災厄障壁』なる魔人の力を使えば、あの強大な神機でさえ技が必要ないのだ。


 まったくもって怖ろしい。改めて彼女と自分の実力差を感じる。


 それをわかりやすく述べれば、自分とサリータくらいの差があるはずだ。あまりに強さの次元が違う。


 だが、そんなことは最初からわかっていることなので驚きはない。


 問題は、彼女の謎の行動である。



(なぜラブヘイアを選んだ? オレと関わりがあったからか? ならば、どうしてここに来ない? あんなやつよりオレに会いに来るのが道理じゃないか。姉ちゃんにとって、オレより大切なものがあるのかよ!! いや、あるわけがない!! オレと姉ちゃんの結びつき以上に強いものなんて、この世に存在しない!)



 ここで少し矛盾した感情が垣間見える。


 姉は怖い、姉を避けたいと思う一方、姉に愛されたい感情もあるのだ。


 常に姉のことを考えるということは、それだけ関わりが深いことを示してもいる。


 彼女の愛の深さ(痛さ)を知るからこそ、すぐに駆けつけないことに強く激しい違和感を覚えている。同時に寂しくもある。


 なかなか人間の感情は複雑だ。愛憎入り混じるとは、このことだろうか。


 さらに去り際に残したラブヘイアの一言も気になる。




「あの御方は、今すぐにあなたにお会いするつもりはないとのことです。私には思いもしない深遠なるお考えがあるのでしょう。ですが、必ず…いつか必ず、御二方が出会う日がやってくるはずです。今の私にはそれしかわかりません。では、私は与えられた使命がありますので、これにて去ります。あなたの恩義に報いられるよう、さらに強くなってみせます」




 そう言い残し、ラブヘイアは消えていった。


 どこに行くのかもわからないが、少なくとも都市からは姿を消したことはわかった。


 彼が食べたのはアンシュラオンの髪の毛ではなく、姉の毛だったのだ。


 何よりも長さが違う。質も微妙に違う。


 その一方で、アンシュラオンの髪の毛はお守りとして持ち歩き、憧れの象徴としているようだ。(髪の毛が修復されたことも、さきほどの考察の理由になっている)



 だが、【敵】だ。



 アンシュラオンへの敬愛の念がいくら強かろうが、姉の支配下にいる以上は敵なのだ。


 彼をあえて逃したのは、姉への恐怖が蘇ってきたからである。


 手を出せば、またあの炎が襲いかかってくるのではないかと怯えたのだ。



(オレが怯える…だと? …いつだってそうだった。姉ちゃんに勝てたことなんて一度もないんだ。姉ちゃんが本気になれば、オレなんて何もできない。どうすれば、どうすればいいんだ…オレはここにいていいのか? 今すぐに逃げるべきなんじゃないのか? あいつの言葉を信用していいのか?)



 姉の恐怖を思い出し、震える。


 姉の言葉を信用したわけではない。本当ならば逃げたほうが得策だろう。


 だが、どこに? いったいどこに行けばいい?


 あの姉が見逃してくれるのだろうか?


 どこに行っても同じではないだろうか?


 こうしてついついネガティブなことを考えてしまい、身動きが取れなかったのが実情なのだ。



「…じー」



 そんな自分を見つめる瞳があった。


 迷いがまったくない純粋で清らかな視線だ。



「…サナ」



 彼女は、何一つ疑うことなく自分に向いている。


 そこには恐怖などは何もない。逆に信頼があるのかもわからない。


 しかし、すべてを委ねる完全なる受容がそこにあった。


 心無き者がいれば、彼女をいくらでも傷つけることができる。そんな闇さえ呑み込んでしまう無垢な存在だ。



(なんて綺麗な目をしているんだ。サナ…オレのサナ。そうだ。サナはオレがいなければ何もできない。オレが心折れてどうする。姉ちゃんが付きまとうのは、いつものことだ。それから逃れることはできない。でも、オレは自分で選んだものは絶対に見捨てない。絶対に守ってみせる!)



「サナはオレが守る。そう約束したもんな」


「…こくり」


「ありがとう、サナ。お前はオレの希望だ。弱気になったお兄ちゃんを許してくれ」


「…むぎゅ」



 サナをぎゅっと抱きしめる。


 この温もりを守るためならば何でもする。そう誓ったではないか。



「ああ、サナ…オレのサナ……」


「あのさ、盛り上がっているところ悪いんだけど…」


「ゲイのくせに感動の場面に口を挟むな!!」


「ゲイはやめろよぉおおおおおおおお!」


「なんだ、うるさいやつだな。まだ何かあるのか?」


「いや、そのさ…【三人目】はどうするのかなって…」


「三人目?」


「うん。大会は三人制だからさ…三人いないと駄目なんだよな」


「今まではどうしていた?」


「グリモフスキーが部下の連中を回して、一応体裁を保っていたんだ」


「ふむ、あの男か」



 グリモフスキーもミャンメイと同じく、聖域に取り残されてしまった。


 なぜ彼が残されたのかは不明だが、今までの状況を整理すれば、そう考えるしかない。


 そして、まとめ役を失った奥の連中に動揺が走り、彼らもまた身動きが取れない状態になっているという。


 彼にリーダーとしてそれなりに能力と人望があった証拠であろうか。



「今までグリモフスキーが回していた男も、たいしたことはなかったんだろう?」


「レイオンを嫌っているからね。弱いやつを回していたよ。そもそも、うちには強いやつは少ないからしょうがないんだよ。グリモフスキー自身が出ても、そう結果は変わらなかったはずなんだ」


「だろうな。練習と本番は違うからな」



 さすがにどの派閥も団体戦には強い武人を派遣してくる。


 グリモフスキーが多少強かろうが、アンシュラオンが用意した戦罪者ほどではない。


 であれば、誰が出ても同じである。どうせ負けるのならば誰でもいいのだ。


 その意味において、アンシュラオンには秘策があった。



「安心しろ。三人目はちゃんと用意してある。とっておきの実力者だ」


「そんな強いやつ、いたっけ?」


「ああ、任せておけ。オレのとっておきだ。ついにやつの出番が来たぞ。くくく…」


「心配だなぁ…」








 こうして団体戦が始まるのだが、ラングラスの先鋒には―――







「ラングラス先鋒―――」







「カスオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」







 カスオ(シャイナの父)が、リング上にいた。





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