583話 「組紐の神獣 その2『人の理を守る者』」


 ラブヘイアが逃げ回っていたのは、空間を切り替えるための術式を構築していたためである。


 全力の両者が戦えば、都市が内部から破壊されてしまう。これから起こる戦いの余波を考慮して防御結界を張ったのだ。


 これはプライリーラも考慮したことで、わざわざアンシュラオンと外で戦った理由と同じである。(彼女の場合は広い地形が必要だったこともある)


 ただし、その結界があまりに異常。異端。異様。


 それを如実に物語る単語がラブヘイアから出た。



「魔王…だと?」



 普段なかなか発する機会がない単語である。JBも思わず反芻して確認してしまうのは仕方がない。



「そうです。あなたもご存知でしょう?」


「無知な者ほど自分が知者だと思うものよ。貴様の物言いにはうんざりだ。【三王】のことを知らぬわけがない」



 この星には、『世界三大権威』と呼ばれる三人の【王】がいる。



 武を司る者、覇王。


 その肉体は世界最強、意思は強大にして、あらゆる人間の可能性を示す者なり。



 剣を司る者、剣王。


 人類の守護者にして、代を重ねるほど強くなり、世界の危機に立ち向かう者なり。



 ことわりを司る者、魔王。


 世界の観測者であり、法則を管理し、星の進化を見守る者なり。



 以前荒野でサリータも感嘆していたが、よほどの無知でない限り、この三王を知らぬ者はいない。


 かといって三王と関わりを持つ者は少なく、関係者というだけで相当希少な存在といえるだろう。


 覇王の弟子にしても、せいぜい数人から数十人程度であるため、アンシュラオンがいかに貴重な人材かがうかがいしれる。


 剣王は、『剣王評議会』という独自の組織が存在するので比較的メジャーだが、それでも直接関われる者は珍しい。


 その中でも魔王は、見た者すらいないといわれるほどの存在である。疑い深い者は実在すら疑問視するほどだ。


 本来ならば、ラブヘイアが嘘を言っていると訝しがるだろうが、JBはその言葉を真実と考えていた。


 なぜならば―――



「臭う。臭う。支配者の臭いだ。間違いない。その力は支配者のものだ!!」



 ラブヘイア、獣魔という存在からはマスター特有の気配が漂っている。


 通常、それを感じることはできないのだが、彼の中にある【石】が強く反応しているのだ。



「貴様の余裕の源泉がわかったぞ。支配者にへりくだって力をもらったのか! 獣臭いやつめ! 恥を知れ!!」


「なぜそうもマスターたちを嫌うのですか」


「当然だ! やつらは【人の理】に干渉する部外者だからだ! 余所者が我らの星に関与しおって!! 何様のつもりだ!」


「その言葉を聞く限り、やはりあなた方は毒されているのですね。支配者は自然の管理者。敵対するほうが異常なのです」


「偽りの神であろうに!」


「彼らは女神との契約によって存在しています。ならば姿かたちは違えど、私たちの同志のはずです」


「貴様のほうこそ、その思想を誰に植え付けられた! この星は我ら人間のもの! 人が自ら歩み、新たに生み出そうとしたもの! けっして穢させはせぬ!」


「JB・ゴーン…いや、救徒。あなたたちがその力を使って大地を支配しようとすれば、それに対して自然の反発が起こります。魔王様がわざわざご依頼なさるほどの異常な事態なのです」


「それが貴様の神か? ならば相容れることはなし!! 人は自らの力で理想郷を生み出せる! 干渉は許さん!」


「あなたの言葉は、本当にあなたのものなのですか?」


「笑止! 当然よ!」


「いいえ、違います。あなたはもう『取り込まれている』のです。それを証明いたしましょう」


「論議など不要! ここで殺―――うぐっ!!」



 ドクンッ!!!


 獣魔に攻撃を仕掛けようとした救徒の身体が、突如として跳ね上がった。



 ドクンドクンッ!!


 ドクンドクンッ!! ドクンドクンッ!!


 ドクンドクンッ!! ドクンドクンッ!! ドクンドクンッ!!



 特定のどこかが跳ねるわけではなく、全身が脈動するように鼓動を始める。



「な、何が…うぐうううっ!! 何が起こって…! 貴様、何をした!!」


「何もしていません。ここ自体が『本性をさらけ出す法則』に満ちているにすぎません。そうした場所なのです」


「ぐううう、怪しげな…術を! これも支配者の…うううっ! 魔王め!! がはっ! 人の理に干渉…ううぐううううう!!」



 ズルルウウウッ


 JBの身体から大量の、大小色とりどりの紐が出現する。


 百、二百、三百、それはどんどん増えていき、次第に肉体そのものが幾多、幾重の紐となって空中に弾け飛んだ!!


 見た目としては、シュレッダーで裁断された書類のようなものだろうか。


 JBの身体そのものが完全に紐と化し、バラバラになった細切れの紐が空中に散乱している。


 だがこれは、彼が死んだことを意味するものではない。



 彼の本性―――『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』が真の姿を見せているのだ。




(なんと強く大きな思想だろうか。一本一本に相応の思念が宿っている)



 いまや数万にも及ぶ数になった紐は、単なる道具として存在しているのではない。


 この一本一本が―――【人の思想】によって生み出されている。




―――〈うおおおおお! 苦しい!! 苦しい!!〉


―――〈誰か助けて!! 熱い、熱い!! 水を!!〉


―――〈救済を…安らぎを!! 我らに平穏を!!〉


―――〈救世主!! 私たちの救世主を!! 人を守る者よ!〉




 かつて人間として生きていた紐は、叫ぶ。


 その中には非業の死を遂げた者が多く、誰もが苦しんでいた。


 助けて、救って、正して、解放して。


 JBが操っていた紐には、そんな願いが込められていたのだ。


 これは実際の人間が物理的に紐になったのではなく、その思念、残留した強い想いが磁気的なエネルギーとして残っているのである。


 だが、それだけでは力になりえない。人の感情がいかに強くても、この地上に大きな影響力を及ぼすためには【媒体】あるいは【媒介】が必要である。


 では、その媒介とは何か。



 それすなわち―――




―――〈ああ、かわいそうに。そんなに泣かないで〉



―――〈私があなたたちを守るから〉



―――〈人の理を作るから〉



―――〈救世主となって、人を守るから〉




 万の紐に包まれた中心部には、白く輝く【石】。


 姿かたちは、はっきりとは見えず、淡い光を放っている【意思ある光源】だ。


 それでも確実に存在している。人々の意思を束ねている。



「あれが…【賢者の石】。なんと美しく儚い。それでいて惹きつけられるような魅惑がある」



 獣魔も実物を見るのは初めてであった。


 賢者の石。


 かつて【黒賢人くろけんじん】が生み出したといわれる力の結晶体である。


 アンシュラオンがマングラスの聖域で見た、スパイラル・エメラルドとはまた違う輝きであるが、その本質は【愛】だった。


 愛はすべてを引き付ける。


 愛は磁力と同じだ。求めるものを引き入れる。


 母たる慈愛が、そこにはあった。




―――「獣魔、気を抜くんじゃないのだー! 出るぞーー!!」




「っ!」



 一瞬、その魅力に取り込まれそうになった獣魔だったが、自分の役目を思い出す。


 あれは単なる力ではない。すでに多くの嘆きを取り込んで、意思ある思想となった存在である。


 それを証明するように、紐が急速に絡まりあい、編み上げられる。



 しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるっ!!!


 しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるっ!!!


 しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるっ!!!



 編まれる、編まれる、編まれる。


 人の意思とは、一本の紐のようなものだ。紐が集まって面となり、面が集まって形と成す。


 そうして生まれたのが―――





「ワタシは…誰? そう、ワタシ、わたし、私は―――救済者!! 魔を滅し、災厄を滅し、人の理を取り戻す者なり!!」





 『ヒト』の形をした、さまざまな色合いの紐で編まれた十五メートル大の【獣】。


 顔は存在せず、代わりに七色に光って激しく明滅しており、泣いているのか怒っているのかもわからない。


 背中には光が広がって翼のようなものが生えており、その中に救済者が求める理想が顕現している。


 この獣の中で理が形成されているのだ。彼らだけが求める理想郷が。


 もはやこれは人間が扱うべきものではない。そんなことは一目見た瞬間に理解できるだろう。




―――「データ照合完了! 【組紐の神獣】なのだー!! 出力は第三支配者階級に該当するのだー!」



「あれが…本体。賢者の石の本性なのですか?」



―――「石そのものには本性なんてないのだー。単なる残りカスにすぎないのだー。それが人間の思想を吸って肥大化したにすぎないのだー! 人間が馬鹿なことをするから、こっちにしわ寄せがくるのだー!!」



「致し方がありません。我々はそこまで優れた存在ではありません」



―――「言い訳はいいのだー! さっさと殺すのだー! この空間なら思想も殺せるのだー!」



「あれを…ですか。今になって自信がなくなってきました」



―――「こっちのほうがとばっちりなのだー! 魔王のやつ! くそめんどい仕事を押し付けて!! マジでぷんぷんなのだー!!!」



「いや、それはあなたに問題が―――」


「ヒトに救済を」


「っ!!」



 肥大化した組紐の神獣が輝くと、紐同士が共振を始める。


 それによって強大な圧力が発生。


 光が閃となって獣魔を呑み込もうと迫ってきた。



「はぁああああ!!」



 獣魔は右手に剣を生み出し、一閃。


 ズバーーーーーッ!!


 放たれた思念波を破壊し、かろうじて影響を受けずに済んだ。


 だが、その余波のせいか、耳元で誰かが囁く声が聴こえる。




―――〈救済を〉


―――〈ヒトに自由を〉


―――〈あなたも仲間になって〉




―――「気をつけるのだー! 『精神感応波』なのだー! 心を制御しないと汚染されるのだー! 思想系の石が得意とする攻撃なのだー!」



 賢者の石には、その傾向性に応じていくつかのカテゴリーが存在する。


 ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉は、その名の通り「思想」に属する石で、人々の物の考え方を吸収することで生まれた存在である。


 怨念や怒りで生まれたものなどは「感情」、物理的な波動によって生まれたものは「物理」等々、多様な形態が存在する。


 グラス・ギースに眠っているスパイラル・エメラルドは、もともとは物理系に属していたが、それを「願い」によって昇華したものなので、「祈り」というカテゴリーに属している。



 「思想」と「祈り」は似ているが違う。



 後者は純粋な願望や自己犠牲の心によって成り立つが、前者の思想は物事を強制的に促す性質を持っている。


 多くの宗教の目的は、特定の考え方を是とし、自らが望む世界を生み出すことにある。


 問題は、それ以外を排斥する点だ。自らが正しいと思ったことだけが正義であり、他は必要ないという危険な思想によって成り立つ。


 宗教のレベルを見極めるにあたって、ここが重要だ。他を排除しようとするものは、総じて危険で劣った思想といえる。


 そして、そんな思想ほどたちが悪く、仲間を増やすために【洗脳】を開始する。


 この精神感応波には、他人を自分の支配下に置くといった【術式】が編み込まれていた。


 これが普通の人間だったら即座に精神崩壊を起こし、肉体ごと相手に取り込まれるだろう。


 ラブヘイアも獣魔になっていなければ、今の攻撃で紐の一つにされていたかもしれない。


 気をしっかり保ち、戦意を高める。



(今は獣魔としての力がある。やることは同じ! あの御方の期待に応えねば!! 私は少しでも近づく!!)





 その後、獣魔は決死の戦いを挑んだ。



 神獣の攻撃は精神感応波だけではない。紐を使った攻撃は健在で、獣魔を取り込もうと襲いかかってくる。


 剣で斬り、肉体で殴り、蹴り、時には強化された魔獣のスキルを使って迎撃する。


 両者が激突するたびに、空間が揺れんばかりの衝撃が起きる。




 そうして二十分あまりの激闘が続くが、最初に悲鳴を上げたのは、脳裏に響く『謎の声』だった。



―――「ぎゃーー! 空間がもたないのだー! あと五分で崩壊するのだー!」



「がんばってください!! ここで力が漏れたら都市が吹っ飛びます!!」



 JBは、神獣の力を使って広域爆破をしていたのだ。


 ならばあれの中には、直径百キロを一瞬で破壊する戦術核レベルの力が眠っていることになる。


 それと対峙して互角に戦っている獣魔も恐るべき存在であるが、賢者の石を相手に決定打を与えられないでいる。



「ここで失敗したら魔王様に折檻されますよ! あと八分はもたせてください!!」



―――「わ、わかったのだー! くそー! 本体さえ封じられてなければ!! 全部魔王が悪いのだーー! というか、八分で勝てるのかー!?」



「私とて、遊びで来ているわけではないのです。仕留めます。しかし、あれを相手にするには獣魔の力では不足です」



―――「なにー!? あたちの身体じゃ不足だって言うのかーー! せっかく分け与えてやったのに! 恩知らずなのだー!」



「致し方ありません。最後の手段ですが、あれをやります」



―――「まさか…まさかまさか!! それだけはやめるのだーーー!」



「私もあなたも、後先など考えていられる立場ではありません。あなたは贖罪のために、私は…自らの理想のために!!」



 そう言うと、獣魔は自身の胸に指を突っ込む。


 ブスッ ずるる


 そこから取り出したのは、【一本の長い髪の毛】。


 髪の毛は白く、ただただ白く、この世のものとは思えないほど美麗に輝いていた。


 この髪の毛は、どうやっても燃やすことができない。腐って朽ちることもない。存在そのものが違うのだ。



「はぁはぁはぁ!! わ、私は! 私は―――ガブッ!!」



 見つめるだけで夢見心地になるそれを、ずっと愛でていたい気持ちを抑え込み、ほんの一ミリだけかじった。


 傍目から見れば、まったく意味がわからない行動だ。


 頭がおかしくなったのかと疑いたくなる。


 が、謎の声はさらなる悲鳴を上げる。




―――「ヒイイイイイイイ!! やっちまったのだーーーー!! お前は本当にヤバイやつなのだーーー! 人間ってコエーーーーー!! そんなもん、よく取り込めるのだーー!!」




「はぁはぁはぁ…うぐっ!!! ううううううううっ!!」




 ドクン!!! ドクンッ!!


 髪の毛をかじった獣魔に変化が訪れた。


 光さえ反射しない全身真っ黒だった身体、その頭部から―――



 ゾゾゾゾゾッ ブワーーーーッ!!!



 白い髪の毛が、生えた。


 髪の毛は伸び続け、どんどん伸びて足先に達する。


 何にも侵されない絶対なる白。無限の白。純潔の白。


 だがそれは―――




「うううっ、ウガアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 劇薬!!!


 この世のすべてに染まらない、完全なる白とは、この世界でもっとも恐るべき毒薬なのだ。


 人の理を壊すほどの世界のシステムが、こんな小さなものの中に凝縮されている。


 それを飲み込んだ者は、どうなるのだろうか。


 ただ肉体に取り入れただけならば、さほど影響はないかもしれない。それは単なる物質にすぎないからだ。


 しかしながら、彼のユニークスキルを使えばどうなるだろうか。


 『毛髪能力吸収』は、魔獣だけに効果を及ぼすものではない。むしろ魔獣のスキルを奪う効果は、獣魔になったことで得た副産物にすぎない。


 このスキルの最大の力は―――



「ううううう!!! ううううううううう!! 私は、ワタシ…はあああ! なるのだ!! あの御方に……白き……英雄に!! あの人に近づくために―――ワタシはああああ!!!!」



 ブワワッ!!!


 歌舞伎の連獅子のように長く伸びた白い髪が、波打ち、震えた。


 そこから出る波動は、まさにまさにまさに。



 彼は求めた。



 彼は欲した。



 自らが憧れと【同化】することを。



 それそのものになることを。





「最強の力! 災厄の―――魔人!!!」




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