582話 「組紐の神獣 その1『魔獣を喰らう者』」


 ホロロたち一行が、秘密の地下道を通って逃げている頃。


 ホテルでは激闘が繰り広げられていた。


 今現在、ホテル内部で生き残っている人間は、たったの【二人】しかいない。


 その両者は互いを殺すべき敵と定めている。ならば、両者のどちらかが死ぬまで戦いは終わらない。



 ヒュンヒュンッ!!



 ラブヘイアに向かって数十本の黒紐が向かってくる。


 ラブヘイアは壁を走りながら距離を取って回避。


 逃げる逃げる逃げる。



 ドゴンッ! ドドドドドドッ!!



 黒紐は、たやすく壁を破壊しながら追尾。執拗に追いかける。


 ラブヘイアは、風衝・三閃で迎撃。


 黒紐を切り裂きながらさらに距離を取るが、斬ったはずの黒紐から新たな紐が生まれて追尾を再開する。


 その勢いはまったく衰えない。ラブヘイアが階段を駆け上がったり、落ちるように下に逃げても追い続けてくる。



(今までとはレベルが違う。これが彼の…いや、『救徒』の本気。簡単にはいかないものだ)



 黒紐の量、質、どれも今までの戦いとは比べ物にならない。


 真なる殺意を抱いたJBは、本気の本気で自分を殺しにきていた!!



「どうした! 逃げ回るばかりか!! 臆病者め!!」



 JB自身も巨体に似合わない速度で追いかけ、今度は赤い紐を生み出して火炎を噴き出してきた。


 ボオオオッ ドロオオッ


 ラブヘイアは間一髪のところで回避するも、火炎に触れた壁は、燃えるという段階を超えて一瞬で溶解する。


 現在の炎の威力も桁違いに上がっており、これを受ければ衛士隊が使っていた戦車であっても、あっという間に溶解するに違いない。


 やはりメイジャ〈救徒〉と呼ばれる者は、普通の武人とは明らかに違う。


 ラブヘイアも挑発には乗らず、安全に距離を取って戦うしかなかった。


 がしかし、それを許してくれる相手ではない。


 ゾワワワワワワッ!!!


 JBの身体から、百を超える紐が出現。



「ここを戦場に選んだのは、貴様の油断と慢心よ!!」



 一瞬広域爆破かと警戒したラブヘイアだが、JBにその必要はなかった。


 蠢く紐が重なり合って濁流と化し、通路をすべて塞いで襲い掛かってきた。


 ここは建物の中。逃げ場が少なく、中距離戦闘を得意とする彼には不利な戦場であった。


 ラブヘイアは咄嗟に天井を破壊して上に逃げる。


 だが、紐の勢いは凄まじく、いともたやすくラブヘイアに追いつく。



(勢いを止めねば、ただでは済まない。この状況下で最適な『スキル』は―――)



 ラブヘイアが左手を濁流に向けると、コールタール状の黒い塊が変形を始め、爬虫類に似た頭部を形成。


 その【蛇】の口が開くと、透明の液体を放射。


 ブシャーーーッ


 半分霧状に変化した液体が濁流に降り注ぐ。


 その直後、ラブヘイアが大量の紐に呑み込まれた。



 濁流の中は―――もう滅茶苦茶。



 細かい紐が身体中に絡み付いて、締め付けたり突き刺そうとしてくる。


 このままでは身動きが取れずに圧死の可能性さえありうる。



「はぁああああああ!!」



 ラブヘイアの発気。


 戦気を強く展開し、爆発させることで紐を吹き飛ばす。


 さすがに全部を駆除することはできなかったが、自由になった右腕と剣を使って剣王技、風雲刃を展開。


 ズバズバズバッ!!!


 発気の勢いを利用しながら身体を回転させ、竜巻を生み出して紐を蹴散らす。



(やつめ、あれから抜け出すとは…何かやったな?)



 黒紐の威力も数段上がっているのだ。そのパワーも強度も桁違いである。


 いくらラブヘイアの風雲刃が強くとも、風の力は素早さによる鋭さが最大の武器であるため、間合いを詰められると真価を発揮できないことが多い。


 あれだけ密着した状態では技の威力も半減しているはずだ。それにもかかわらず、自分が出した紐を細切れにすることには違和感がある。


 となれば、呑み込まれる前に放射した液体が怪しい。


 ただ、熟考している暇はない。


 ラブヘイアはそのまま天井を蹴ると、今度は下にいるJBに向かって突撃していく。


 風気を身にまとっているため、その速度は疾風そのもの。一瞬でJBの懐に入り込むと、蹴り一閃。


 バキィイイッ!


 押し出すように放った一撃が、JBの側頭部に直撃し、首がガゴンと曲がる。


 筋肉が断裂し、骨にまでダメージは伝わったようだ。


 通常の剣士は格闘技をあまり交えないが、戦士因子もある彼は肉体能力も高い。ガンプドルフ同様、こうした接近戦もできるのは強みだ。



「愚か者が。格闘で勝てると思ったか!!」



 が、JBはもともと戦士だった男である。単純な格闘で負けるはずがない。


 首が曲がったままラブヘイアの足を掴むと、床に思いきり叩き付けた。


 ドーーーンッ!


 身体が床に叩きつけられ、大きな亀裂が走る。


 これがどれだけの衝撃かといえば、この叩きつけられた力で大型トラックが吹き飛ぶくらいのものだ。


 しかも攻撃はそれで終わらない。



「ぬんっ!!」



 JBは、倒れたラブヘイアに向かって拳打を打ち込む。


 ドドドドドドゴンッ!!



「ごふっ!!」



 見た目に反して攻撃の速度に優れるJBの技は、非常によく切れる。


 ラブヘイアは防御の戦気を出すが、すべてを吸収しきれずダメージが浸透。吐血する。


 ここで幸いだったのが、床が脆かったことだ。


 あくまで一般人が暮らすホテルであるため、武人の戦いに耐えられるようにはできていない。


 身体に深刻なダメージが蓄積する前に、床のほうがもたずに崩落。それがクッションとなり致命傷には至らなかった。


 ラブヘイアが下の階に落ちる。


 そこにJBの黄色い紐が追撃。雷撃で仕留めようとする。



「死ね!!」


「くっ!」



 ラブヘイアが左手を突き出すと、今度は違う獣の頭部を生み出す。


 それと同時にJBが放った雷撃が曲がり、ラブヘイアから逸れていった。


 ラブヘイアは下の階の床に着地。左手を床に突き立てると、床の一部が左手の中に吸い込まれる。



 それを―――射出



 バババババンッ!!



「豆鉄砲など!!」



 撃ち出された弾丸のようなものをJBが黒紐で迎撃。


 これは以前にも見た技であるが、どうやら壁の材料を弾丸に変質させて撃ち出しているようだ。


 材料を補充するタイムロスと隙があるものの、残弾を気にしないで済むのは大きな利点であろう。


 しかし、その間にJBは赤紐をラブヘイアの背後に移動させており、彼が銃撃している間に爆炎を放つ。



「っ!」



 虚をつかれたラブヘイアは、よけられない。


 ボオオオオオオッ!


 爆炎に包まれたラブヘイアは、身体を丸めて防御の姿勢で受け、火達磨になりながらも走って距離を取る。



(直撃だ。これは耐えられまい)



 ラブヘイアは防御に長けた武人ではない。



 そんな彼がこの爆炎をくらえば、一瞬で消し炭―――にはならなかった。



 ラブヘイアは、火達磨になりながらも走っている。


 そもそもこの爆炎は、火が付くという段階を超えて溶解させるものだ。あのような火達磨の状態にはならない。


 ならばその炎は、JBの攻撃によるものではないのだ。



(なんだあれは? 【鱗】…か?)



 不審に感じてよくよく見れば、ラブヘイアの頬には鱗のようなものが生まれていた。まるでコウリュウが龍人化した時に似ている。


 だが、身体全体が龍人になったわけではなく、あくまで人体に鱗が付与された程度の代物なので、人間のままであることが大きな違いといえる。



(さきほどの液体といい、何か秘密があるな。あの左手が怪しい)



 JBが違和感を覚えたのが、ラブヘイアが多様な技を使うことである。


 それが剣王技ならば「剣術」なので問題はないが、どれも左手を介した特殊な技ばかりを使っているのだ。





 そうしてしばしの間、両者の攻防は続いた。




 戦いの様相は主に、JBが攻撃してラブヘイアが防ぐ、といった形である。


 どうしてこうなっているのかといえば、地形がJBに有利ということも大きな要因だろう。


 ラブヘイアが距離を取るにも、いちいち壁を破壊しなくてはいけないため、わずかな隙が生まれる。これがなかなか痛いのだ。


 その間にJBは紐を自在に展開し、上下左右から襲いかかってくるので、たまったものではない。


 接近してもJBは頑強で耐久力が高いため、簡単に倒すことはできない。ラブヘイアの苦戦も当然だ。



 ただ、現状が生まれている最大の理由は、これが【実力通り】だからである。



 本気を出したJBの力は、彼自身が豪語していた通りのものだった。


 身体能力ではマキを凌駕し、紐という特殊武装を持ち、なおかつ再生することができる生体兵器である。


 その実力は、この都市にいる武人を数段凌駕する。せいぜい守護者を伴った本気のプライリーラくらいでしか対抗できないだろう。


 風龍馬に乗ったプライリーラの実力は、セイリュウとコウリュウに匹敵する。となれば、JBの実力がいかに高いかがわかるというものだ。



(強い。私の実力では到底及ばない。ついこの前まで半人前だったのだから仕方ないことだ)



 一方のラブヘイアは、アンシュラオンと出会った頃はブルーハンターだった男だ。


 それなりに腕は立つが、同ランクのシーバンたちが秒殺されたことを思えば、ブルーハンターなどJBの敵ではない。


 むしろこの短期間で、ここまで成長したことが驚異なのである。


 ではなぜ、こうもJBと渡り合えているかといえば―――



「なるほどな。貴様の能力の見当がついたぞ。その力、【魔獣のもの】だな。どうやったのかは知らぬが、その左手を介して魔獣の技を扱えるらしい」



 ラブヘイアを追い詰めたJBは、ついにその能力を看破する。


 直接戦った者だからこそ感じる違和感。不審な挙動を見ていれば推測は可能である。


 そして彼の予想は、おおむね正解であった。



「たった二回の戦闘で見破るとは…さすがですね。そうです。私の力は【魔獣の能力をコピー】するものです」



 ラブヘイアのユニークスキル、『毛髪能力吸収』。


 魔獣の体毛を左手が喰らうことにより、相手のスキルをコピーすることができるレアな能力である。


 レクタウニードスの『磁界操作』もそうであるし、素材を吸って固め、弾丸のように吐き出す技も魔獣が持っていたものだ。


 あの蛇の頭部が吐き出した液体は強力な『腐食液』で、それによって弱らせた紐だったからこそ、あの状況でも簡単に打ち破ることができた。


 爆炎を防いだ鱗も『発火鱗』というスキルで、コウリュウの『炎龍鱗』のダメージカットを省いた下位互換に相当するものである。


 下位互換とはいえ、火属性の攻撃を半減させる効果はありがたい。こうしてJBの爆炎すら防ぐことができる優れものだ。



「長年ハンターとして魔獣と接していたからでしょうか。私にこのような才能があったとは驚きです」



 そう、ラブヘイアのユニークスキルは、アンシュラオンと別れてから得たものだ。


 ユニークスキルは、その当人の性質や傾向性に大きく左右される特徴を持っている。


 髪の毛に異常なまでの興味を示す彼にとって、こうした異色のスキルを得ることは不思議ではない。


 今でこそクールな印象があるが、もともとは変態であることを忘れてはいけない。


 が、簡単に得たわけではない。現にホロロたちが死を伴う実戦の中で成長したように、彼も地獄のような修練の末に手に入れたのだ。


 この力があるからこそ、ラブヘイアはJBと戦えるのである。



「自分から白状するとは余裕だな」


「どのみち結果が変わることはありませんからね」


「ふん、つくづく気に入らない男だ。他人から奪った力で強くなったつもりでいるとはな」


「あなたには言われたくはありませんね。お互い様でしょう?」


「ネイジアの気高い思想と、貴様の小賢しい下賎な欲求を一緒にするな。貴様は小汚いコソ泥と同じだ。さきほどの物言いから察するに、私の力も狙っているようだな。だが、私をそこらの魔獣と同じに考えるとは不快よ!」


「あなたがまだ、ご自分の本当の力を知らないだけのことです」


「ほざけ! いい気になっているようだが、貴様の欠点はすでに見切った!」



 JBが赤と黄色の紐を同時に展開。


 ボオオオッ バチバチバチッ!!


 雷と炎が同時に迫ってくる。


 ラブヘイアは雷を回避するも、炎はよけられなかった。再び爆炎に包まれるが発火鱗を使って防御。


 だがこれは、JBにとっては想定の範囲内である。


 一気に間合いを詰めるとラブヘイアの顔面に拳を叩き込む。


 ゴンッ ミシィイイイッ



「ぐふっ!!」



 一瞬、視界が真っ暗になるほどの衝撃。ラブヘイアは後退しながらダメージの回復を図る。


 ここで頼りになるのは左手なのだが、そうはさせじとJBは間断なく攻め込む。


 自身が炎や雷撃に巻き込まれても気にせず、三種類の攻撃を同時に繰り出していく。


 ラブヘイアが炎を防ごうとすれば、雷で。


 雷を防ごうとすれば、炎で。


 両者から逃げようとすれば、黒紐と打撃で。


 この連携にラブヘイアはまったく対応できず、ますます劣勢に陥る。



「貴様の弱点! それは能力を同時には扱えないことよ!! 所詮借り物だな!!」



 JBは戦いの中で、ラブヘイアの左手の能力の欠点に気付いていた。


 彼が力を使うときは、必ず左手が変形して魔獣を模した頭部を生み出す必要があるらしい。


 人間の身でありながら魔獣のスキルを使えるのは、極めて大きなメリットであろう。


 しかしながら違う種類のスキルを使うためには、頭部を切り替えねばならないという最大のデメリットがある。


 また、左手を使っている間は剣撃も満足に繰り出せない。これでは多様な場面に対応できるかもしれないが、結局のところ【器用貧乏】になってしまう。


 これはアンシュラオンも気付いたポイントなので、ラブヘイアの弱点といってもいいだろう。長所が短所にもなる良い事例である。



(この短期間で見抜かれるとは…熟練の武人とは怖ろしい。対人戦闘は難しいものだ)



 ラブヘイアは対魔獣戦の経験は豊富でも、対人戦闘の経験はそこまで豊かではない。


 人間の最大の武器は知能だ。戦いながら考える能力こそがもっとも偉大で、もっとも厄介なのだ。


 左手の能力もいまだ不完全である。このままではJBには勝てない。


 しかし、彼もただ逃げ回っていたわけではない。




 すでに準備は―――整った!!




「JB、あなたの本当の姿を見せてあげましょう」


「戯言を―――」


「代行者、獣魔の名において命ずる! 解!!」



 ラブヘイアの漆黒の左手が振動した瞬間―――世界が変わった。


 今まであったホテルの景色が消し飛び、空間が一気に拡大し、先が見通せないほどの巨大な場所に放り込まれる。


 あるのは、ただ地面だけ。


 上は無窮の空、左右には延々と広がる地平線という、某漫画の精神と時の部屋を彷彿させる場所が生まれた。


 これにはさすがのJBも驚愕。



「何をした!! ここはどこだ!?」


「あなたを安全に確実に殺すための場所を用意したにすぎません。広域破壊でもされては困りますからね。何よりも他に気付かれては困ります」


「馬鹿な。人間にこのような真似が…っ! いや、この気配……この力はまさか!!」


「どうやら気付いたようですね。ですが、もう遅い」



 ズズッ ズズズズズッ


 左半身のコールタール状の黒い鎧が、ラブヘイアの全身を覆っていく。


 これは単に覆うだけのものではない。身体を侵食し、細胞一つ一つを作り変える狂気の力だ。


 そして、全身が真っ黒なスーツ型の鎧と、獣の顔をした異形の戦士が生まれる。


 マタゾーを殺した時にも使った獣魔の本性である。


 普通の人間には何が起こったのか理解できないが、JBは一瞬で理解した。




「貴様…その力は人間のものではないな。支配者の―――【マスター】の力か!!」




 ラブヘイアが使った術は『空間系』のもので、通常の術体系からは外れたものである。


 世間一般では、押入れ君のような空間格納術も存在するが、人間が扱える空間術式などその程度のものだ。


 せいぜい結界を生み出して外敵からの侵入を防ぐのが関の山で、このように空間そのものを入れ替えることなどできるわけがない。


 唯一それができるとすれば、歴史に名を遺すほどの超絶級の術士か、あるいは支配者〈マスター〉と呼ばれる『神』に近しい存在だけである。


 自然を司る彼らは、人間とは異なる進化の道を歩む者たちである。その力を借りれば、このような芸当もできるに違いない。


 が、それ自体が異常。


 人間が支配者と関わることなど、歴史の中でもそう多いことではない。


 がしかし、さらにさらに異常なことがあった。




「【魔王様】のご依頼により、あなた方を討伐いたします。お覚悟あれ!」





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