580話 「訓練の終わりと総評」



「いやーー!! 痛みに耐えて、よくがんばった!! 感動した!!」



 待ち受けていたアンシュラオンは、興奮した面持ちで出迎える。


 まるで某総理大臣が、優勝した力士に投げかけた言葉を彷彿とさせるが、その言葉に偽りはないようだ。


 白い肌は少しばかり赤みがかっており、心底興奮している様子が見て取れる。


 それからホロロに近寄り、腰をポンポンと軽く叩きながら労った。



「ホロロさん、よくやってくれたね。見事な手並みだったよ!」


「予定より少々遅くなってしまいました。申し訳ありません」


「いやいや、十分だって。みんなが無事生還できたんだ。こんなに素晴らしいことはないよ!」


「そうおっしゃっていただければ嬉しい限りです。多少不測の事態はありましたが…」


「ああ、そのことはしょうがない。何事も滞りなくとはいかないものだからね。それを考慮しても十二分に合格だ。よくやってくれた!」


「ありがとうございます」



 褒められたホロロは、ここでようやく本当に安堵した表情を浮かべた。


 いくら冷静沈着であるとはいえ、このような緊迫した状況下で動くのは初めてのことだ。


 保険がかけられていたものの部下の安全を守らねばならないし、相当な緊張感があったに違いない。


 それでも無事こなせたのは、心の底から主人を信頼していたからだ。


 アンシュラオンにとっては、そのことが一番嬉しいのである。



「………」


「………」


「………」



 と、ホロロはさも当然にアンシュラオンと対話しているが、他の面々はそうはいかない。


 その光景に誰もがポカーンと口を開けて呆けていた。(ラノアは首を傾げるだけだった)



「おっと、こんな場所で立ち話もなんだな。まずは中でゆっくりしてくれ」



 その視線に気づいたアンシュラオンが、翻って手を背後に向ける。


 そこには【岩門】のようなものがあった。


 大きさはトンネルと同じ高さと幅で、完全に計算されて造られている印象を受ける。


 アンシュラオンが軽く手を押し当てると、ガゴゴゴと重厚な音を立てて門が開く。


 その先には磨かれたようにツルツルした床や壁が広がっていた。壁自体が光っているため、この距離からでも中が見通せる。



「…ととと、ぐい」


「あっ、サナ様…!!」


「…ぐいぐい」


「あ、はい! 今参ります!」



 呆けていたサリータにサナが駆け寄り、服の袖を引っ張って門の中に導く。



「さあ、入りましょう」


「は、はい…」



 それによって我に返ったセノアたちも、ホロロに促されて門の中に入る。


 まだ何が起きているのか理解していないらしく、人形のような無表情のままついてきた。





 一行は、門の中を進む。



 状況を理解していなくとも、その足取りは軽い。


 先頭を歩くアンシュラオンがいるだけで、どうしてこんなに心に余裕が生まれるのだろうか。


 絶対強者に守られている安心感が、彼女たちを包んでいた。



「サナ様…うう……よかった……またこうしてお会いできるとは…感激です!」



 サナに出会うのも久々である。無事再会できた喜びからか、サリータから涙がこぼれる。


 顔の一部は腫れており、身体中にも生々しい傷跡が残っている。彼女にとってはいかに激戦だったかを物語っていた。



「サリータ、がんばったな」


「はい……」


「…ぽんぽん」


「サナも褒めているぞ」


「はい…はい……」



 もう安心やら安堵やらで「はい」しか言えないサリータを見て、アンシュラオンも心に染み入るものがあった。



(いい緊張感だったようだな。本気で戦ったからこそ涙が出る。命がけの実戦でしか味わえないことだ)



 サリータは何も知らされていないので、本気の実戦だと思っているし、実際に殺される可能性があった正真正銘の実戦だったのだ。


 これはアンシュラオンや強くなったサナがいては味わえないものだ。


 ただ守られるだけではなく、自分で考え、自分で決断することが大切だ。


 さらに自分より年下の子供を守る責任を与えることで、彼女は多くのものを学んだに違いない。



(彼女の忠実さは信頼に値する。心から感謝するよ。戦闘力を与えることはそう難しくないが、素の忠誠心を生み出すことはできない。実に貴重な人材だ)



 改めて考えれば、サリータにはまだスレイブ・ギアスが施されていない。


 それにもかかわらず、ホロロ並みの忠誠を誓ってくれるのはありがたいことだ。


 心からの忠誠と自己犠牲の献身性。どの時代の支配者も臣下に求めてきたものであるが、誰もが簡単には手に入れられなかった貴重なものだ。


 それだけでも彼女がいる価値は大きいといえる。サリータも十二分に合格であろう。



 そうして歩くこと数分、通路の途中にあった部屋に到着する。



 そこにはーーー豪奢な部屋。



 まるでホテルの一室かと思わせるような、大きなリビングルームが存在した。


 ソファーにベッドはもちろん、木製のテーブルには料理も並んでいる。



「よくがんばってくれた。ひとまずここで休んでくれ。料理はオレの手作りだから、そこまで美味いかはわからないけどな。おっとそうだ。奥には風呂もあるぞ。女性は常に清潔であるべきだし、小さな怪我も処置を疎かにしてはいけないよ。雑菌が入って死に至ることもあるからね。まずは風呂に入りなさい」



 部屋の奥からは湯気が漂ってきていた。


 どうやらバスルームも設置されているようだ。



「し、師匠…ここは地下…ですよね?」


「そうだ」


「このあたりは城壁だと聞いておりますが…」


「それも正解だ」


「ではその…」


「城壁を削って造ってみたのさ」


「削った? 削れるものなのですか?」


「うん、削った。削っちゃいけないって言われてないしな」


「はぁ…なるほど」



 削っていけないとは誰も言っていないが、削っていいとも言われてはいない。


 が、もう削ってしまったのだから時効だろう。


 そう、ここには城壁があったが、アンシュラオンが削岩して勝手に通路を造ってしまっていた。


 あの岩門も、元は城壁だった岩を削って整えたものである。



「そんなにおかしくはないぞ。もともとこの城壁の一部は切り抜かれて武器庫としても使われているからな。まあ、ちょっと貫通しちゃったけど…便利だからいいよね」



 この通路であるが、見事に第一城壁を貫通して第二城壁内側にまでつながっている。


 城壁の一部は、地下遺跡の壁をそのまま使っているところもあり極めて強固であるも、地上部にある城壁自体はあとから増築したものなので、造られた年代も違えば強度も脆い。


 現にマキと戦罪者が戦った際、アンシュラオンが撃った弾丸が城壁内部にまで届いている。


 これくらいの強度ならば、さしたる音も立てずに穿つことが可能である。この男からすれば造作もないだろう。


 ただし城壁の厚さ自体が、場所によっては三キロ以上の箇所もあるので、穴をあけようと思ってもあけられないのが常識というものである。


 それを簡単に覆すアンシュラオンのほうがおかしいといえる。


 ちなみにこの穴が、のちのち大きな問題を引き起こすのだが、それはまた違うお話である。


 ともかく、ここは誰にも知られていない安全な場所であることは間違いない。



「セノアもお風呂に入って休むといい。ほら、銃はもう手放してもいいよ。ここは安全だ」


「………」


「もう終わったんだよ」



 セノアは、まだ銃を強く握り締めていた。強く、ただただ固く。


 その指をアンシュラオンが、優しくゆっくりと解いてあげるとーーー


 ガランッ


 銃が床に落ちた。


 彼女はあまりの現実感のなさからか、自分が銃を持っていることすら忘れていたようだ。


 落ちた銃をただただ見つめている。



「君もよくがんばった。妹を守るために銃を扱うことができた。そんな君をオレは誇り高く思う」


「じゅ、じゅう……」


「ああ、君がこれを撃ったんだ」


「こ、ころし……ころし……」


「一人殺したね。見事だった」


「はぁはぁ……はぁ!! あ……く……わ、わたし……わたし、なんてこと…を……わたし……はぁはぁ!! あぁっ!!」



 今になって自分が人を殺した事実を思い知る。


 目を見開き、瞳孔が大きく揺れ動くさまは、いかに狼狽しているかがよくわかる。


 十二歳の少女が人を殺したのだ。これくらいは普通の反応といえるだろう。



「人を殺した罪悪感は誰にでもある。それが愛たる霊の本質だからだ。しかし、君は守るために銃を撃てた。立派だ。とても素晴らしい!」


「はぁはぁ…!!」


「いいかい、セノア。どんなに綺麗事を言っても、力がなければ誰も守れないんだ。論説だけでは物事は変わらない。実際に行動する覚悟がなければ何も成し得ない。だから君は正しいんだよ」


「はぁはぁ! わ、わたし……あああ」



 セノアは全身の力が一気に抜けたのか、そのまま床に倒れ込んだ。



「やれやれ、どうやらショックが大きくて言葉が耳に入らないようだね。それも仕方ないか。初めて人を殺したらこうなるのが普通だもんな。サナが特別なんだ。やっぱりサナはいいなぁ」



 サナが初めて人を殺した時など、まったくの無表情で淡々としていたものだ。


 さすがサナであり、そちらのほうが好みではあるが、セノアの反応も初々しくて悪くない。


 それはかつての自分の姿を彷彿させるからだ。



(オレも初めて人を殺したときは、さすがにちょっと思い悩んだこともあったな。まあ、前の人生での話だけどさ。これも慣れだね)



 アンシュラオンがこうも殺すことに抵抗がないのは、この星に転生したからだけではない。


 何かを成すため、守るためにかつての人生でも殺す必要があったからだ。


 たとえば日本にしても、今この平和な瞬間が存在するのも、かつて多くの外敵を殺して治安を守った者たちがいたからである。


 多くの人々はそうした重荷を背負わず、与えられた幸せだけを教授したいと思うものであるが、人生はそこまで甘くはない。


 自分が得ているものが、どのようにして守られてきたのかを把握し、その事実を受け入れ、協力しなくてはいけないのだ。


 その覚悟がなければ国は滅び、再び混沌とした無法地帯が生まれてしまうだろう。



(そこを乗り越え、セノアはしっかりと撃つことができた。善悪含めて行動の意味をすべて理解している。ただ感情面が追いつかないだけだ。問題はない。セノアは十分使える。合格だ)



「ホロロさん、動揺しているようだから、彼女たちを風呂に入れてあげてくれるかな。それで少し落ち着くはずだよ」


「はい、かしこまりました」


「さぁ、風呂だ。風呂。まずはゆっくりしてくれ。傷にも効くから好きなだけ入りなさい」





 セノアとラノアは、ホロロに連れられて浴場に向かう。サリータもサナに引っ張られて向かった。


 まだ困惑しているようだが、身体が落ち着けば心も落ち着くものである。


 それを考慮して自分はあえて一緒に入らず、その場にとどまっていたのだがーーー



「どうした、シャイナ? お前は入らないのか?」


「………」


「一番臭いんだから入ったほうがいいぞ」


「むぅう! 先生、私に何か言うことはないんですか!?」


「言うこと?」


「そうですよ! 一番大事な時にいなかったじゃないですか!」


「全部見てはいたぞ。厳密には目で見ていたわけじゃないが、一部始終を把握しているつもりだ」


「いなかったら同じなんですよ! いったいどれだけ怖かったか…!! 本当に死にそうになっていたんですからね! ううう、本当に…死んじゃうかと思って…ううう……うわぁーーーん! 先生の馬鹿ぁああ!」



 思えばシャイナも相当危ない目に遭っている。


 麻薬工場でも身の危険があったし、今回に至っては正真正銘の命の危機であった。


 そうした今までの感情が爆発し、怒っているのか泣いているのかわからない様子であった。



「何を怒っているんだ? 相変わらず、よくわからないやつだな。だが、そうだな…たしかにお前にはすまないと思っている」


「…え?」


「オレはずっと自分のことばかり考えて、お前のことを後回しにしてきた。お前に対してちゃんと向き合ってやることができなかった」


「え? え? 先生、どうしちゃったんですか? なんでいきなり…」


「すべてオレの責任だ。オレが全部悪い」


「せ、先生が…謝った!!? しかも頭を下げるなんて!! し、信じられない!!」



 なんと、アンシュラオンが頭を下げて謝っている。


 この唯我独尊を地で行くような自己中心的な男が、シャイナごときに謝っているのだ。普通ならば絶対にありえない。


 だが、この謝罪は本心からである。



「本当にすまなかった。お前への配慮が足りていなかった。主人として、とても反省している。許せとは言わない。これから自らの行いで正していこうと考えている。それで納得してもらえるか?」


「そ、そういうふうに思ってくれるなら…ゆ、許してあげなくもないですけど…」


「そうか…。だが、オレ自身がオレを許しきれないんだ。どうしてもっとお前のことを想ってやれなかったのか、自分で自分が恥ずかしいよ」


「ま、まあ、それなりに長い付き合いですしね。先生には私がいないと駄目でしょうし…」


「こうして離れてみて、改めて本当のことに気づいたんだ。オレはずっと…お前のことを……」



 アンシュラオンがシャイナに近寄る。


 そこには今まで見たこともない慈愛の表情を浮かべたアンシュラオンがいた。


 自分のことを心から想ってくれる異性の顔である。



「せ、先生…そんないきなり……え!? これってまさか…!! だ、駄目ですよ! まだ心の準備が!!!」


「オレの準備は整っている。安心してくれ」


「そんな…私!! ああでも、もうすでに先生と私はそういうことをしているし、全然かまわないですけど、こんな場所でなんて…!」


「今すぐにオレはお前への気持ちを行動で表現したいんだ! この溢れ出る熱い気持ちは誰にも止められない!」


「そ、そこまで私のことを…! そんなふうに言われたら…そんな…ああ!」


「シャイナ…」


「先生…」



 見つめ合う二人。



 今ならば本心を伝えられるかもしれない。



 アンシュラオンも、これを言うことには若干の躊躇いがあった。



 だが、主人としてどうしても言わねばならないことがある。




 それは―――







「お前の尻の穴が黒いのは、全部オレのせいだ!!」







「シリノーーーアナ!!!?」






「そうだ、尻の穴だ!! お前の尻の穴が黒いことを、ずっとオレは気に病んでいた。単純にお前自身のせいかと思っていたが、やはりこれは飼い主の責任だ!!」


「えええええええええええええ!? いきなりなんてこと言い出すんですか!!!? え? なに!? それが言いたかったことなんですか!?」


「うん」


「ウン!?」


「いやー、プライリーラの尻は綺麗だったから、あまりの差に愕然としてな。犬だからいいかなとは思っていても、そこは衛生面ってものがあるだろう? 小さな子もいるし、教育上も良くないかなって」


「教育上!? 私のお尻が教育に悪影響を及ぼすんですか!?」


「うん」


「ウン!?」


「さっきからいちいち片仮名にするなよ。違う意味に捉えられるだろうが」


「うううう!! 先生は最低です!! もっとほかに言うべきことはないんですか!?」


「お前の尻の穴の問題以上に重要なことはない!!」


「本気だ、この人!!」


「ほら、尻を出せ。白くしてやるから!」


「結構です!!」


「馬鹿者! 尻が黒くて恥ずかしくないのか!!」


「恥ずかしくないですよ!!」


「オレは恥ずかしいんだ!! いいから脱げ!!」


「ぎゃーーーー! やめてくださいーーーー!」


「なんだこの尻穴は! ちゃんと洗っているのか! けしからん!! オレは入らないでおこうと思っていたが、これは見過ごせん!! 風呂場に強制連行だ!!」


「ひーーー! 助けてぇえええええ!!」



 その後、サナたちが風呂に入っている横でひたすら尻を洗われ、泣き叫ぶシャイナがいたとかいないとか。


 やはりこうなってしまうのは、シャイナがシャイナだからだろう。


 そこに理由はいらないのだ。



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