578話 「交錯する陰謀 その7『獣魔の真意』」


 ブスッ


 ラブヘイアの黒い剣が、JBの身体を貫いた。


 剣は背中から入り、心臓を抉って胸から剣先が突き出ている。


 トリックでもマジックでもない。正真正銘、突き刺したのだ。


 その証拠にJBの身体から、赤い血液が剣先を伝って滴り落ちる。



「おや、あなたの血も赤かったのですね」



 それを見たラブヘイアが、素直に驚いたという表情を浮かべていた。


 触手めいた謎の紐を生み出し、身体が吹っ飛んでも再生するような生体兵器である。常人とは血の色が違うと思っても不思議ではないだろうか。


 だが、武人が技を使うには血液の情報が必要なため、JBでも血は赤いのである。


 と、今はそんなことはどうでもいいだろう。


 今目の前では、誰もが予想だにしないことが起きているのだ。



(何を…しているのですか?)



 ホロロも目を丸くして驚いていた。


 二人の間柄が好ましくないものだとは初見でもわかっていたが、まさかこれ程の直接的な暴力を振るうとは夢にも思っていなかった。


 それはサリータやシャイナも同じで、泣き叫ぶのも忘れて呆けて事態を見つめていた。


 そして、これが真に相手を殺すために行われていることを改めて証明する。


 ラブヘイアが突き刺した剣から風気を展開させると、身体の中からJBを破砕。



 ズバズバズバッ ブシャーー



 ボトボトボトッ


 体内から切り刻まれたJBは、上半身を細切れにされて吹き飛んだ。



「きゃっ!」



 背中が破壊されたため紐も根本から千切れ飛び、捕まっていたセノアたちが床に落ちる。



「さあ、今のうちです。早くお逃げなさい」



 ラブヘイアが紐の束縛を切り裂き、まだ呆けていたセノアを引っ張り起こす。



「え…? あれ…?」



 セノアの顔には、今しがた飛び散ったJBの赤い肉片がこびり付いていた。


 普通の女性ならば即座に絶叫しそうなものだが、幸いながらセノアは現状をまだ理解していないようだ。


 ラブヘイアは自身の身体で壁を作り、JBの破壊された身体を見せないようにした。ここでパニックに陥られても困るからだ。


 半ば強引にセノアの肩を押し、この場から遠ざかるように促す。



「すぐにホテルから脱出しなさい。死にたくないのならば、けっして戻ってきてはいけません」


「あ…は、はい。あの…どうして?」


「すべて私自身のために行ったことです。助けたわけではありませんよ」


「………」


「セノア、ラノアを連れてこっちに! 早くなさい!」


「っ! は、はい!」



 このあたりはさすがホロロである。解放された瞬間に即座に思考を切り替え、下の階に移動する準備を整えていた。



「セノア、今は何も考えるな! 逃げることだけを考えろ! 後ろは私が守る!」



 サリータはセノアたちを守ろうと、ラブヘイアの動きに注意を払いながら盾を構えている。


 どうあっても勝てない状態なのに、必死になって守ってくれる彼女には感謝の念しか浮かばない。


 セノアはラノアの手を握りしめながら、慌てて頭だけを下げる。



「あ、あの、ありがとうございました!!」


「………」



 その言葉にはラブヘイアは応えず、首だけを軽く振るにとどめる。



「ひ、ひぃ、置いていかないでくださいー!」



 シャイナも必死に後を追いかけ、階段下に消えていった。





 ホロロたちが降りたのを確認し、ラブヘイアは軽く安堵の表情を見せる。



(少しは借りを返せた…などとは言えない。彼は私の人生のすべてを変えてくれたのだ。その恩を簡単に返すことはできないし、するべきでもないだろう。まだ何も終わっていないのだ)



 その間もラブヘイアは、自身の剣から注意を逸らすことはなかった。目には強い警戒の色合いがまだ残っている。



 なぜならばーーー




 シュルルウウウウウウッ!!




 切り刻まれたJBの身体、その大きな破壊痕から細かい紐が大量に生まれると、一瞬にして元の肉体を【編み上げる】。


 紐はラブヘイアも取り込もうとしたため、飛び退いて距離を取った。



「…ふぅ」



 外套は飛び散ってしまったものの、JBの肉体は完全に再生していた。


 マキとの戦いでも起きたエバーマインドが与える驚異の回復能力だ。


 傀儡士が得たスパイラル・エメラルド〈生命の螺旋〉も恐るべき再生能力を持っているが、原理はだいぶ異なっている。



「よくもやってくれたな」



 素顔が露わになったJBが、細く鋭い目つきでラブヘイアを睨む。


 ただし、そこに怒りはあっても『戸惑い』はない。



「また服が破れてしまった。こう何度も裸にされるのは不快だ」


「普通ならば致命傷ですが…この程度では死にませんか。あなたを殺すには【思想を殺す】しかないのですね」



 エバーマインドが司るのは『思想』。想いがある限り何度でも蘇る。


 ラブヘイアもJBがこれくらいで死なないことを知っている。だからこそ警戒を怠らなかった。


 しかし、警戒を怠っていなかったのは彼だけではない。



「今の一撃、本気で殺すつもりでやったな?」


「その通りです。あなたにはここで死んでいただきます」


「もはや悪びれもしないか」


「あなたも私がこうすることを予期していたのでしょう? だからこそエバーマインドの力をすでに内部で展開していた。そうでなければ、これほどの短時間で再生はできないはずです」


「ふん、貴様を信用するほど甘くはないからな。この状況下ならば尻尾を出すと思っていたぞ」


「…なるほど。では、クロスライルと分かれたのは、【わざと】ですか」


「そうだ。やつがいない状況を貴様が見逃すはずはないからな。ずっと私が一人になる機会をうかがっていたはずだ。二人相手では分が悪いと考えたのだろうが、なんとも浅ましいことだ」



 JBがあえて背をラブヘイアに見せていたのは、『誘った』からである。


 そもそもJBがクロスライルと分かれることを選択したのも、こうしてラブヘイアの本心を確かめるためでもあった。


 クロスライルは護衛なので、普通ならば離れることはない。別行動をするにしても、こうして何十キロも離れることは実に稀といえる。



「そこまでお見通しとは、少しばかり侮っていたようですね」


「侮る? 笑止。貴様に侮られるほど落ちぶれてはいない。貴様が案内を買って出た段階から怪しいと思っていたのだ。おおかた私をこの都市に誘き出すのが狙いであったのだろうよ。辺境の都市、それも貴様のホームタウンならば地の利があるからな。【暗殺】もしやすい」


「さすがと言っておきましょう。それでこそ組織の武人です」


「我らに敵は多い。命を狙われることなどざらにある。それに対処できぬのならば死ぬだけのことよ。弱いことが罪なのだ」



 JBは人一倍警戒感が強く、けっして他人を信用しない。


 ラブヘイアに関しても最初から怪しいと考えていたし、今までの言動からも不快感を隠そうともしていないことがわかるだろう。


 では、そんな彼がなぜここまで手間をかけたのか。


 もしラブヘイアが怪しいと思っていたのならば、どうして今まで放置していたのか。


 その最大の理由は『組織内のルール』にある。



「メイジャ〈救徒きゅうと〉同士の殺し合いは御法度。貴様も知っているな?」


「ええ、知っております。どちらが生き残ってもファルネシオから制裁が下されるそうですね。力を奪われるとか」


「私の力はネイジアから頂戴したものだ。その力を私闘で使うことは許されない。それも当然のことよ」


「そうですか。やはりファルネシオは【石】を管理する力を有しているのですね。急速に勢力を拡大させている理由がわかります」


「随分と他人事に物を言う」


「でしょうね。私はメイジャではありませんから」


「言ったな。言い切ったな? そう、そうだ!! その言葉が聞きたかったのだ!! 貴様がメイジャでないのならば何の遠慮もいらぬ!!」



 メイジャ同士の争いは御法度。


 救済者の組織は人数が多いというわけではない。理念の共有のために少数精鋭で構成しているため、広大な東大陸を統治するにしては、あまりにも少ないといえる。


 そんな状況で同士討ちで貴重な戦力を減らすことは、まさに愚の骨頂である。内乱は絶対に避けねばならないという鉄の掟であった。


 また、多くの者がネイジアから力を与えられたこともあり、彼らは皆家族という間柄にある。


 だからこそJBは致し方なくラブヘイアを放置していたのだが、当人が大前提を否定した今、両者の決裂は決定的なものとなるだろう。



「貴様はネイジアに対し、虚偽の宣誓をしたことになる。その罪はあまりに重いぞ!」


「誤解があるようですので改めて申し上げますが、私はファルネシオに忠誠や忠義を誓ったことは一度もありません。単なる食客として参列しているにすぎませんし、彼もそれを認めているはずです」


「言うに事欠いて客人気取りとは…自惚れたものだ。貴様程度にどうして偉大なるネイジアが媚びねばならぬ!! それこそ冒涜よ!!」


「たしかに。私にそのような資格はないでしょう。しかしながら、私が【崇める神】に興味を抱いたのかもしれません」


「神だと?」


「私が忠誠を誓うのは、ただただその神のみ。この世界でもっとも強く、すべてを思いのままにできる【あの御方】のみ。であれば、なぜファルネシオに忠誠を誓う必要があるのでしょうか。自己が崇める神よりも【格下】の存在に媚びる必要性は感じません」


「………」



 JBはしばし、ラブヘイアを見つめていた。


 当然ながらその目は鋭く、睨み殺してやらんばかりの勢いだったが、今彼の中で起きている激情の嵐は、そんな表現ではまったくもって言葉不足である。


 ぐぐぐっ


 拳を強く握る。


 生まれたばかりの新しい肌に指が食い込み、突き破ると血が流れる。


 ガリリリッ


 太い歯同士がこすれ合い、ひたすら何度もこすれ合い、摩擦によって磨耗し、それによって口の中から煙が生まれる。


 仕舞いには、ボキンッと歯が折れる音が聴こえた。それだけ強く力を込めた証であろう。


 ゴゴッ ゴゴゴッ


 そしてそして、彼の心情をもっとも如実に表現しているのが、体表に生まれた白みがかった戦気である。


 戦気は次第に膨張を始め、五十センチから一メートル、一メートルから二メートル、二メートルから三メートルへと肥大化し、周囲の壁や床を飲み込んで消失させていく。


 膨大な戦気によって浮き上がった身体は、あまりの怒りのために赤に変化する。




「ネイジアをたばかり、ここまで愚弄したこと、けっして許してはおけぬ!! 許さぬ許さぬ、赦さぬ赦さぬユルサヌユルサヌ、ユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌ!!!」




「神を冒涜した者には、死あるのみ!!! あるのみ!! アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!アルノミ!!」




「シネシネシネシネ!!! シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!シネシネシネシネ!!!」





「ここで貴様は、死ねぇえええええええええ!!!」





 JBが力を解放!!



 荒野で戦った時とは違う、真なる殺意が場を満たす。


 だが、それを受けてもラブヘイアはいっさい動じるどころか、むしろ笑みを浮かべていた。



「あなたでノルマ達成となる十人目。そして、これが最初の一人となるでしょう。あなたの中にある【石】を頂戴いたします。それが私に与えられた使命なのですから」



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