577話 「交錯する陰謀 その6『絶体絶命の女たち』」


「敵です! 攻撃を!」



 自分たち以外は全員敵のホロロたちにとっては、この状況で迷うことなど何一つなかった。


 いつでも放てるように準備していた銃を発射。


 ボンボンッ


 真っ直ぐに飛んでいった爆炎弾が直撃し、JBが炎に包まれる。


 JBはまったくよけるそぶりがなかった。その必要がないからだ。


 当然、何事もなく無傷。



「これは…!」



 その光景にホロロの動きが止まる。


 等級が低いとはいえ裏スレイブたちにも効いていた銃弾である。それがまったく通じないことには驚きを隠せない。


 彼女が優れた状況判断力を持つ女性であっても、やはり戦いにおいては素人である。


 本物の武人を見極める目を持っていなかったため、対応が遅れてしまう。


 他方、彼女と比べて知能は低いが、この場でもっとも戦闘経験があるサリータはすでに動いていた。



「どけええええええ!!」



 ホロロを庇うように前に出ると、突っ込んでいって風斧をJBの頭に打ちつける!


 ブーーンッ! ガンッ


 だが、これも相手の身体に当たった瞬間に止まってしまった。


 戦闘状態ではないのでJBが放出している戦気は微量であるが、それでもダメージを与えることはできなかった。


 むしろ風斧がJBの戦気に浸食され、少しずつ磨耗していくほどだ。もしこれが普通の武器だったならば、叩きつけた瞬間に砕けていたかもしれない。


 JBにはシーバンたちでさえダメージを与えることができなかったことを思えば、これらは至極当然の結果であるといえる。


 そして、こちらの先制攻撃が不発に終われば、敵の反撃を許すことになる。


 シュルルッ ガシッ



「うっ!!」


「ぐあっ!」



 素早く展開された黒紐がホロロとサリータを捕まえ、宙に吊るし上げた。


 その速度はサリータにも見えないほど速かったため、自己の状態を確認するのに数秒かかったほどである。



「くっ! 放せ!!」



 ゴンッ ゴスッ!



「………」



 サリータの振り上げた足がJBの顔面に当たっても、まったくびくともしない。この程度の攻撃では不快感すら感じないようだ。


 その後も二人はじたばたと暴れるものの、人間に捕まった虫のごとく逃れることはできなかった。


 JBは、そんな女性二人をじっと観察する。表面ではなく、その中にある違和感を。



「この感覚…お前たちがホワイトの女だな? わかるぞ。下の連中と同じ臭いがする。…いや、やつらよりも遙かに上質で濃密かつ危険な気配だ。よほど大事にされていると見えるな」



 ホロロたちにはアンシュラオンから与えられた命気が宿されており、それはシーバンたちに付属していた監視用の命気とは格も質も違うものだった。


 戦罪者が宿していた微量の残りカスとも違う、とてもとても上質な命気だ。


 もしJBがホロロたちを絞め殺そうとすれば、命気は確実にこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。だからこそJBも迂闊に動けなかった。


 ここでJBは初めて、ホワイトという存在の危険性を強く認識する。


 彼の中にあるもう一つの意思が激しく反応しているのだ。好意的というよりは【恐怖】や【畏怖】に近い。



(このヒリつく感覚は何だ? エバーマインドすら畏れさせるとは…ネイジアに近い力を持っているのか? C級程度の戦罪者にあそこまで苦戦したのも、その人物の力によるものだ。いったい何者なのだ?)



「サリータさん!! わ、私が…じゅ、銃で…! で、できるんだ。や、やらなきゃ!」



 JBが濃密な魔人の気配に戸惑っている間に覚悟を決めたセノアが、銃を構えて近づいてきた。


 一人殺せば二人殺しても同じ。一度殺しに手を染めた人間は、指が軽くなるのが道理である。


 多少の躊躇いを見せつつも銃口をJBに向ける。


 だが、その行動を即座にサリータが制止。



「やめろ、セノア!! こいつは絶対に勝てない相手だ! お前たちだけで今すぐ逃げろ!!」


「で、でも、逃げるなんて…!! ホロロさんも捕まっているのに!」


「セノア、逃げなさい!! 一人でも多く助かることが重要ですよ! あなたが無事ならば、ご主人様もお許しになられます!」


「ほ、ホロロさんまで…!! わ、私にそんな価値なんて…」


「あなたの考えなど訊いてはいません! 主人の命令にのみ従うのです!」


「お前がラノアを守れ!! 逃げろ!」


「っ…!」



(そ、そうだ。私は守らないと…! ラノアもご主人様の命令も…! それが生きる覚悟なんだ!)



 ラノアという言葉にセノアが正気に戻り、正常な判断力を取り戻す。


 サリータでも敵わない相手に自分が敵うわけがない。ならば逃げるのが得策だろう。


 さらにいえば、ここで重要なのはセノアの意思や考え方ではない。主人であるアンシュラオンの命令だ。


 メイドあるいは従者の本質とは、主人への服従である。だからこそ生命と財産の保証が与えられる。


 その主人の代理であるホロロの指示ならば、セノアはいかなる命令にも従わねばならない。それが絶対序列制度の根幹といえる。



「早く行け!」


「は、はい! ラノア、行くよ!! 足を止めちゃ駄目だからね!」


「う、うん」



 サリータの怒声で意思をはっきりさせたセノアは、妹の手を引っ張って横を走り去ろうとする。


 が、目の前の男がそんな真似を許すわけがない。



「勝手に話を進めることは不快でしかないな。逃げられるはずもなかろう」


「あっ!」



 JBの黒紐がセノアたちの周囲に展開され、一瞬で逃げ道を封じられる。


 紐は細かく分かれて幾重にもなり、まるで蜘蛛の巣のように行く手を遮る。



「いやぁぁあ!」



 パンッ


 驚いたセノアが咄嗟に発砲。込められた貫通弾が黒紐に当たるが、もちろん何の意味も成さない。


 弾丸は黒紐に弾かれて一瞬で爆散する。


 シュルルッ ガシッ


 それからセノアとラノアも黒紐が余裕をもって捕縛。ついでにコソコソと後ろからついていったシャイナも捕縛とあいなった。



「うっ!! は、放して…!」


「ひ、ひぃいい! もう駄目だーーー! おしまいだーー! うぇーん、先生の馬鹿ぁあーーーー!」


「こら、シャイナ! お前が身を犠牲にしてセノアたちを逃がせ!!」


「無理ですよーーー!! こんなの、どうしようもないですって!」


「この役立たずが!!」



 シャイナの弁護をするわけではないが、これは相手が悪すぎた。現状では万に一つも勝ち目はない。




 こうしてホロロ一行は、JBに捕縛されてしまった。


 JBと出会った段階で結果は目に見えていた。こればかりは致し方がないだろう。



「ふん、惰弱という言葉すら使う必要もない。ただの女子供に私がかまうこと自体が不快だ。…さて、どうするか。お前たちに興味があるわけではないが…ワカマツという男の言うように餌として利用するか、それとも殺すか」


「ひぃいい! やっぱり殺されるーーー! 何でもするから助けてくださいーー! な、舐めます! 触手を舐めますからぁ!!」


「やれやれ、人間の本性というものは、いざというときに垣間見れるといわれますが…あなたはやはり最低ですね」



 すでに生殺与奪の権利はJBにあるので、シャイナが錯乱状態に陥るのもわかるが、ホロロの冷たい視線が向けられる。


 まあ、この駄犬に限っていえば、普段から低俗な本性が丸出しではあるのでいまさらなわけだが、紐を舐めて助かろうという発想がすごい。


 人類史において紐を舐めて助けてもらった例がいくつあったのか、ぜひ知りたいものである。



(シャイナを責めてばかりもいられません。この事態は非常にまずいです。これでは失敗とみなされるかもしれません…。ああ、アンシュラオン様の期待に応えられないとは…なんて恥ずかしい。メイド長失格です)



 一方のホロロは、こんな状態に陥っても命を惜しむことはなかった。


 自分の命はすでにアンシュラオンのもの。ならば彼の思惑によって失われることがあっても、それは必要な犠牲なのである。


 むしろ犠牲になることを望むような、敬虔な信徒が持つ一種の自己放棄の神聖さが見て取れた。


 これはアンシュラオンそのものが宗教に近い影響力を持っていることを意味する。



(少しでも動きがあれば自爆するしかない。それで逃げるチャンスが生まれるのならば…)



 サリータは身体を紐に縛られながらも、JBの様子をうかがっていた。


 彼女も荒野での経験があるので、ここで命を惜しむような真似はしない。ただ少しでも自分の生きる意味と価値を引き上げようとしている。


 彼女たちにとっては極めて危険な状況下。もう自爆しか残された手段がないのだ。



 そんな絶体絶命の時―――




「彼女たちに罪はない。無理に殺す必要はないでしょう」




 階段を上がってきたラブヘイアが、捕まったホロロたちを一瞥する。


 そう、この状況下において、この男だけが唯一どちらにも組みしていない存在であるといえた。


 となれば彼は、自分の【流儀と目的】に従って動くのみである。



「あなたの目的はホワイト殿のはずです。波動円で探ってみましたが、どうやら彼はここにはいない様子。ならば彼女たちを捕まえても意味はありません。所詮は愛玩用のスレイブです。放してあげればよいでしょう」


「ふん、貴様か。さきほどから何もせずに付いて回りおって。目障りだ。消えろ」


「どうしようとも私の自由ですよ。あなたに指図されるいわれはありません」


「口だけは達者だな。荒野の魔獣の時といい、随分と甘い考えを持っているようだ。実に不快だ」


「甘い? 私がですか?」


「そうではないのか? 貴様に魔獣やこの女たちを助ける義理はあるまい。それとも知り合いか?」


「いいえ、全員初対面です。それが現状で最善と思ったからこそ提案しているまでのことです。他意はありません」


「偽善者が。気に入らんな。……決めた。こいつらは殺す。どうせ生きていてもなぶりものにされるだけであろう。殺すことこそ慈悲となる」



 こう見えてJBは、一応は「聖職者」である。


 ネイジアという神に従う使徒であり、救済者の理想を体現するために存在する。


 死ぬ定めにある者には、痛みの無い死を。


 それもまたネイジアの思想の一つであり、彼が人を殺すのもそのためだ。


 痛みを感じない彼個人は、たまに拷問なども嗜むことはあるが、今はそんな気分ではないらしい。



 ゆえに、慈悲。



 ひと思いに殺すことこそが、彼女たちのためになることであり、善行なのである。


 思想とは怖いものだ。喉を掻っ切って殺すことが正しいと思っていれば、それを躊躇いなく実行してしまう。



「さあ、滅びよ」


「いやあああ! 助けてぇええーーー!」(シャイナの絶叫、いつもこいつである)


「JB、どうしても殺すのですか?」


「くどい男だ。貴様には関係のないことだ。傍観するだけならば黙っていろ」


「…そうですか」



 ギュギュギュギュッ!!


 JBの黒紐が、ホロロとサリータを殺そうと勢いよく締まっていく。


 ジワワワッ


 それと同時にアンシュラオンが与えた命気が反応を始める。


 衝撃を緩和し、痛みを和らげ、傷を修復しつつ外敵に対して警戒を強める。



「かはっ!!」



 二つの強い力の前では、サリータの覚悟なども簡単に押さえつけられる。


 身体をよじり、大納魔射津に結びつけられた起爆用の糸を口にくわえるまでは成功していたが、それ以上の動作は不可能だった。


 JBの前では彼女は虫のような存在。抵抗も虚しいものである。自爆すら許されない。



(なんとなさけない…ここまでか…)



 薄れゆく意識の中で、サリータが視線を動かすとーーー





―――ふと、目に捉えた





 無防備なJBの背後にいた若い男。


 おそらく彼の仲間であると思われる、枯れた草色の髪をした男。


 サリータは名前を知らないが、かなりの腕前だと思われる若い剣士が、極めて自然な動作で剣を抜いた。


 まるでそうすることが決まっていたかのように、黒い剣をJBに―――






―――突き刺す!!






 ズブッ!!



 背後から心臓に向かって、何の躊躇いもなく放たれた一撃が、JBを貫いた。



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