576話 「交錯する陰謀 その5『あらがう勇気』」


「ふぅ…やったか!」



 敵の一人を倒し、まずは一安心。



(どうなるものかと心配だったが、こうした戦いも経験になるものだ)



 視界が封じられた中での戦いは、サリータとしても初めてのことだ。


 ずっと護衛の仕事をしてきたので、夜の戦闘も経験はしているが、完全に見えないというのは珍しい。


 ヤキチの戦い方を含め、魔獣の中にはブレスで視界を覆うタイプもおり、こうした経験はその後の戦いに生きてくるに違いない。


 しかし、のんびりしている暇はない。



「サリータ、すぐに戻りなさい! まだいますよ!」


「は、はい! え、えと、声のするほうに…」



(あのゴーグル、欲しいな)



 などと思ったりもしたが、術具は壊れたり、場合によっては装備できないこともあるので、素の能力を鍛えることも重要である。


 サリータが声の方角を頼りに移動すると、そこではホロロが、下にいるもう一人の男に銃撃を仕掛けていた。


 パスパスッ ボンボンッ!


 今度は爆炎弾を使い、範囲に攻撃を仕掛ける。


 それによって敵にダメージを与えたが、上で奇襲が起きたことに気付いた男は応戦を開始。


 持っていた小盾で銃撃を防ぎつつ、少しずつこちらに近づいてくる。


 長い距離に波動円を展開することはできずとも、自己の周囲くらいはカバーできるらしい。


 この状態でも防御くらいはできるようだ。



「まずいですね。思ったより相手が強いようです。このまま接近されてしまえば危険が増します」


「任せてください! 私が防ぎます!」


「お願いします。この場合は逆に視界がないと不利でしょうから、煙を吹き飛ばすとしましょう。それを合図に突っ込みなさい」


「はい!」


「いきますよ!」



 サリータが盾を装備している間にホロロが術符を取り出すと、風鎌牙を発動させる。


 彼女の魔力は最低値の『F』のため、攻撃という意味では期待しづらいが、風によって煙が散り、今までよりは視界がクリアになった。


 ただし、相手も見やすくなったことを意味するため、男は階段を勢いよく上がってきた。


 手には剣を持っている。近づかれたらラノアたちが危険だ。(シャイナのことは忘れていい)



「やらせるか!」



 そこにサリータが突っ込む。


 ルアンがやったように階段から落ちるかのごとく、全力で体当たりを仕掛けた。



「んなっ!?」



 ドーーンッ! ごろごろっ


 まさか相手も、いきなり突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。


 二人はもつれるようにして階段を転げ落ちていった。


 このあたりはさすがサリータ。目の前が階段であっても気にしない無謀さは、ここでは勇気と賞賛してもいいだろうか。



「ちっ、こいつ!」



 階段で転んだくらいでは裏スレイブは死なない。


 男は今の衝撃で剣を落としてしまったため、拳で殴りかかる。


 それをサリータは、よけなかった。


 男の拳を鎧のプレート部分で受けると、盾をしっかりと握り締めて振り回す。


 ブーーンッ!! ゴンッ!



「つっ!」



 盾の角が男のこめかみにヒット。男は怯む。



「うおおおおお!」



 その隙に盾を使って、男の上半身を押さえ込む、


 男はじたばたと抵抗するが、すでにマウントポジションを取っているサリータのほうが有利だ。


 しかし、押さえているだけでは相手は倒せない。


 常人ならば圧迫して窒息死させることも可能だが、裏スレイブは普通の傭兵以上に強い。そう簡単にはいかない。


 また、二人がもつれているので、ホロロも銃で援護ができない。


 彼女の銃の腕前を考えれば、ピンポイントで狙撃は不可能だろう。見守るしかない。



(くっ!! 押さえきれない…!)



 そして、ここでサリータの弱点が露呈。


 戦気を扱えないことは、戦いにおいて極めて不利になることを意味する。


 相手もたいした使い手ではないが、ほんの少しでも使えれば力関係は逆転する。



 強引に―――ひっくり返す。



 一般的な格闘技では、マウントポジションを取られたら終わりだ。よほどの実力差がなければ、ひっくり返すことはできない。


 しかし、それを可能にしてしまうのが戦気という存在だ。



「このアマ! なめやがって!」



 形勢は一気に逆転。


 今度は上になった男が、サリータの顔面を殴りつける。


 バキッ ゴスッ ドゴッ!



「ぐっ…!!」



 サリータは必死に防御するも、どうしても完全に防ぐことができない。


 しかも一発一発が重く、殴られるたびに意識が飛びそうになる。


 もし彼女の防御が「E」かつ『物理耐性』がなければ、耐えることは無理だったに違いない。


 加えて『熱血』スキルによって、殴られるたびに体力が上昇していることも影響しているはずだ。(『体育会系』のマイナス効果は、相手の実力が高くないため、そこまで作用はしていない)


 サリータは、ひたすら防御して耐え忍ぶ。


 ここが彼女の長所であり短所でもある。現状では打開策がないのだ。



「はぁはぁ! 頑丈なやつだ! こうなりゃ武器でやっちまうしかねぇ」



 男は首を絞めようとしたりと、いろいろやってみたが、防御に関してはサリータは強固でなかなか崩せないため業を煮やす。


 相手に反撃の機会を与えることを承知で、剣を取りにポジションをずらした。


 女をいたぶれとは命じられているが、殺してはいけないとは言われていないのだ。(ワカマツより酷い命令である)



「させるか!」


「くそっ、離せ!!」



 サリータは、そうはさせじと男にしがみつく。


 武器を持たれたら終わりなので、こちらも必死だ。


 予備のナイフもあるにはあるが、それを取り出している間に敵が剣を拾ってしまうかもしれない。



(どうする? このままでは勝ち目がない。最悪は仕方ない…か)



 サリータは、自身の鎧の下に隠してある大納魔射津を意識する。


 最悪は自爆してでも相手を殺すつもりでいたのだ。



(私は師匠に誓ったのだ! サナ様のために死ぬと!! だから命など惜しくはない!!)



 ここにサナはいないが、ホロロたちのために死ぬのならば同じことだろう。


 彼女の取り得は、真っ直ぐで愚直であること。


 それしかないのならば、とことん覚悟を決めて突っ走るしかないのだ。



 男の手が、剣の柄に触れる。



 サリータの手が、大納魔射津に向かう。



 どちらかが死ぬか、一緒に死ぬか。



 カチャッ



 その緊迫した瞬間、男の耳に何かが押し当てられた。



「あ…?」



 パンッ!! ボシュッ



 放たれた【銃弾】は、男の耳の穴から脳内に入り、止まる。


 男は、まだ死なない。


 だから、もう一発。



 パンッ!! ボシュッ



「うごっ!? ごごっ…!」



 再び同じ位置に銃弾を撃ち込むと、男の目がぐるんと真上に向く。


 ふらふら ふらふら


 さすがの裏スレイブも、至近距離から銃弾を耳の穴にぶち込まれれば、こうなるのも仕方がない。


 どうやら誰かが援護に来てくれたようだ。


 敵は一人だが、こちらは複数。その利点が生きた形だ。



(誰だ? 先輩…か!?)



 シャイナはありえないので、撃った者がホロロだと思って首を上げると、そこには―――




「はぁはぁ!!」




 セノアが、銃を持って立っていた。


 恐怖からか、手も足もがくがくと震えている。歯もガチガチ鳴っている。


 サリータたちがもつれて格闘している間に近寄り、男に銃弾を叩き込んだのは、ホロロではなくセノアだった。



「セノア…!! まさかお前が!」


「こ、こんなところで…! 私は死なない!! ルアン君が戦っているのに、私だけ死ねない!!」



 今度は術符を取り出すと、男の頭に水刃砲を叩き込む。


 ブシャッ!


 今の彼女の魔力は「F」だが、それでも男の頭を切り裂くくらいはできる。


 それによって男は絶命。ばたんと倒れて動かなくなった。


 皮肉にもルアンが初めて人を殺した日に、セノアも初めての殺人を体験したのであった。


 ガタンッ


 セノアはショックで銃を床に落とす。



(うう…はぁはぁ…人を…殺しちゃった…! 私…殺しちゃったよ…)



 今になって自覚が芽生える。


 人を殺したことに激しい嫌悪感を抱く。



(でも、戦わないと…いけないんだ。守らないと…いけないんだ。ラノアだって…いるんだから! お姉ちゃんの私ががんばらないと…また離れ離れになっちゃう! 私は絶対に離さない!!)



 込み上げる吐き気を必死に抑え込み、キッと前を向く。


 そこには生きる活力に満ちていた。


 人間というものは、怠惰な安全な環境下では堕落するものだ。平和すぎると、やれ年金がどうやら、やれ相続がどうやらで揉めるのはそのためだ。


 今、この一瞬、いつ死ぬかもわからない時だけが、人に本物の生を与えるのである。



「早く…いきましょう! ここで止まってはいられません!」


「あ、ああ! 助かったぞ、セノア!」


「サリータさんも、顔がそんなに傷ついて…」



 殴られたことで、サリータの顔には内出血の傷痕が見られ、唇も切れて血が流れている。


 もしかしたら歯も折れているかもしれない。だが、それでも彼女は笑う。



「気にするな。これが私の役目だ。私が死んでも自分が生き延びることを考えてくれ。そうでないと私が師匠に怒られてしまうよ」


「序列が…あるからですか?」


「そうだ。師匠が決めたことは絶対だ。私より上のお前を生かすためなら、喜んで死ぬつもりだ」


「死んでは…駄目です。死んだら…終わりです」


「そうならないようにしたいな。できればもっと価値のある死に方をしたいからな」


「…はい」


「そういえば、ルアン君がなんたらと言っていたな。そんなに気になるのか?」


「え!? そ、そんなことはないです! ただ年齢が近いから…心配で」


「そうか。やはり年代というのはあるかな。師匠もそのあたりのことを考えているのかもしれない…って、こら、シャイナ! セノアがこんなにがんばっているのに、どうしてお前は腰を抜かしているんだ!」


「ひぃいい…だ、だってぇーー! 怖いよぉおお!」


「少しはセノアを見習え!! 行くぞ!」


「ま、待ってぇ…!」



 セノアの勇気ある行動によって、サリータは救われた。


 ホロロの指揮能力も高いし、サリータの盾としての役割にも期待が持てる内容だった。


 セノアやラノアも、少しずつ資質を開花させていっている。危険が彼女たちを強くするのである。


 シャイナは…特に変わっていないので、そのままの評価でいいだろう。




 こうして彼女たちは、ホテルのロビーに向かっていくのだが、ここで最悪の事態が発生。




「なんだ、この女たちは?」




 まさかの―――JBとの遭遇。



 ロビーでシーバンたちを蹴散らした彼は、ビッグの後を追って階段を上がってきていた。


 彼にしてはやや遅い行動だが、ビッグが手柄を欲しそうにしていたので、あえてゆっくりやってきたのだ。


 そのあたりにエバーマインドに選ばれた者同士の繋がりを感じさせる。


 が、この男はべつに善人というわけではない。むしろ最悪の相手だ。


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