575話 「交錯する陰謀 その4『本気の避難訓練』」


 少し話は戻る。


 まだソイドビッグがホワイト(ルアン)を倒す前だ。


 様子をうかがっていたホロロたちも移動を開始。


 非常階段は外につながってはいるものの、裏口方面に出てしまうのが問題となった。


 裏口側では、すでに仮面の男たちとマークパロスたちが戦闘を開始しており、上から従業員らの死体も確認できた。


 それを見たシャイナが震え上がる。



「ひ、ひぃいいい! 裏口にも敵がいますよ!! あっ、あれって死体じゃないですか!? 誰かが死んでるぅうう!」


「いちいち騒ぐな! 見つかるだろう!」


「サリータさんのほうが声が大きいですって! でも、あんなのがいたら逃げられないですよ!」



 すでに述べた通り、仮面の男たちはアンシュラオンが派遣した裏スレイブである。


 表側の裏スレイブより若干強めの者たちを選んだので、マークパロスたちも個の力で突破することはできなかった。



(裏口は封鎖済み。万一の場合は、そこからも脱出できるようにとの配慮ですが、あくまで最後の選択肢。それに頼ることなく、アンシュラオン様の期待に応えねばなりません)



 ホロロはアンシュラオンからすべての話を聞いているので、仮面の男たちには驚かない。


 なぜ裏側に強めの戦力を投入したかといえば、彼女たちの安全を確保するためである。


 本当に裏口に敵が出現した場合、仮面の男たちが排除する予定であった。


 また、逃げ道を失ったときは、そこに逃げ込めば守ってくれる手筈となっている。


 言ってしまえば、脱出ゲームにおいて運営側が用意した公式の逃げ道、というわけだ。



 改めて宣言するが、これは―――【避難訓練】である。



 当然サリータたちは何も知らない。教えてしまったら緊張感がなくなるし、訓練の意味がない。


 訓練とは実戦を想定しないと役に立たないのだ。死ぬ危険があってこそ価値が生まれる。


 そのために表側から侵入させた裏スレイブは、本当にホロロたちを捕まえて陵辱するように命令してある。


 本気でくるから本気で対応する。こうした積み重ねが人を強くするのだ。


 ただ、それを自分の制裁時に合わせてやってしまうのは、さすがに困ったものである。


 どうせやるなら最大限の利益を得る。それもまたアンシュラオンのモットーなのだろう。




 裏口の様子を見たホロロは、決断。




「非常階段を破棄します。サリータ、彼らが上がってこられないように破壊してください」


「わかりました!」


「ええええ! ここから逃げるんじゃないんですか!?」


「あなたもああなりたいのですか? 無理に止めはしませんよ」


「ひ、ひぃいいい」



 ブーーーンッ ガン!! ガンガンッ!


 ホロロの命令で、サリータが非常階段を破壊。


 この非常階段は裏側につながってはいるが、ここから不審者が忍び込んだら意味がないので、入り口は厳重に隠されており、その場合にそなえて切り離しが可能となっている。


 グラグラッ ガタンッ ガタンガタンッ


 固定しているシャフトを壊すと、折りたたみの傘のように階段部分が倒れていき、下りることも上ることもできなくなった。


 これも相手が強い武人ならば壁を這い上がれるので、まったく無意味なのだが、やらないよりはましだろう。



「ホテル内の階段を使います。各自、警戒を怠らないように」


「はっ! 了解しました!」


「はわわ…本当に生きて帰れるのかなぁ…」


「そろそろ覚悟を決めろ。なさけない」



 このシャイナのびびりようには、アンシュラオンもさぞや満足に違いない。


 これこそ実戦型避難訓練の醍醐味である。


 まあ、銃で撃たれれば本当に死ぬのだが、その場合は仕方ない。





 ホロロ一行はホテル内部に戻ると、周囲をうかがいながら階段を下りていく。


 しばらく下りていくと、そこにはルアンが殺した裏スレイブの死体が転がっていた。



「どうやら上手くいったようですね。彼が露払いをしてくれたようです」


「例のルアンという少年でしょうか? 私は会ったことがありませんが…これだけの強さとは…。さすが師匠が連れてきた人材ですね」



 容赦なく顔面を破壊しているさまは、魔獣と同等の無情さを感じさせる。


 素手でこれをやったのならば、現状ではサリータよりも強いだろう。


 そのことに彼女は少しばかりの嫉妬を感じているようだ。


 しかしホロロは、きっぱりと否定する。



「こんなものは刹那の力にすぎません。武人の方々は、一瞬だけでも力が出せれば本望かもしれませんが、制御できないものに意味はないのです。勘違いしてはいけませんよ。アンシュラオン様があなたに求めているのは、こういった力ではないのです。あくまで末永くサナ様をお守りする力です。そのための力は、じきに与えられるでしょう。それを待ちなさい」


「は、はい。師匠の教えは絶対ですからね! わかっております!」


「それに加えて、あなたは特別だということです。その自覚も持ちなさい」


「と、特別! 甘美な言葉であります!」



 ルアンの力は、あくまで使い捨ての道具にすぎない。


 こうした場合の捨て駒、鉄砲弾くらいにしかなれないのならば、裏スレイブと大差はないだろう。


 一方でサリータは、サナのために用意した特別な人材だ。(サナ自らが選んだ人材でもある)


 そこには天地以上の開きがあることを知らねばならない。



(ルアン君…無事でいてね。こんなところで死んだら負けだよ。死ななければ…負けじゃないんだからね)



 セノアも両親が死んだことで、荒野の掟を学んでいた。


 アンシュラオンが常々語っているように、負けなければ何度でもやり直せるのだ。


 今のセノアには力がない。彼を助けることはできない。


 祈ることしかできず、先に進んだ。





 シーバンとルアンが引き付けたおかげで、残りの敵の数はそう多くはなかった。


 ただ、すべてを排除できたわけではない。



「あっ、下にだれかいるよ」


「え?」


「なんだ? 敵か?」



 十五階と十六階の階段の踊り場に差し掛かった時、ラノアがそんなことを言い出した。



「ラノア、どのあたりだ?」


「もうちょっと下かな」


「先輩、どうしますか?」


「みなさん、静かに。ゆっくり移動しましょう」



 ラノアの忠告に従い、ホロロたちは足音を殺してゆっくり進む。



 すると、十二階の階段口で敵を発見。



「本当です。敵がいますね」



 ホロロが壁に身を隠し、下を覗き見ると、銃を構えた裏スレイブがいた。


 ルアンは真っ直ぐに下に向かったので、その間に部屋を探索していた者は遭遇しないで済んだのだろう。


 この時すでにルアンは、十階の通路においてソイドビッグと交戦状態に入っていた。


 ただ、ビッグが違和感の正体を自問自答しているときでもあるので、微妙に長引いている状況だ。


 これはその時、ホロロたちはどうしていたか、という話につながるわけだ。


 一行は息を潜めて、作戦会議を開く。



「敵は何人ですか?」


「二人ですね。下の踊り場に、もう一人いるようです」


「強行突破しますか?」


「あなたはそればかりですね。ラノアたちがいることを忘れないように。突破できても後ろから追われたら危険です。足場も悪いですし、階段で転べば命の危険すらありますよ」


「あっ、申し訳ありません…。ではシャイナを囮にしますか?」


「それはいいアイデアですね」


「なんで肯定するん―――むぐう!!」


「しっ、静かに!」



 うっかり叫びそうになるシャイナの口をホロロが閉じる。


 相変わらず状況認識ができていない駄犬である。ここで叫んだら即戦闘開始になるというのに。


 しかし、裏スレイブが波動円を使えないことと、仲間の死体を見て動揺していることもあってか、こちらに気付くことはなかった。


 敵もどうしていいのかわからず、困惑しているようだ。



「ラノア、どうして敵がいるとわかったのですか?」


「んー…なんとなく」


「ラーちゃん、どういうこと?」


「んー、なんとなく」



 さすが天才肌でフリーダムのラノア。まったく意味が通じない。


 それでも敵を発見したことは事実である。



「どうやらラノアには、敵の位置がわかるようですね」


「師匠はラノアたちに術士の資質があると言っておりましたが、それでしょうか?」


「その可能性は高いですが…セノア、あなたはわかりますか?」


「…すみません。わかりません」


「なるほど。となれば、どうやらタイプが違うようですね」



 『念話』スキルを共有していることから、ついつい両者を同じタイプだと思ってしまうが、術士の才能まで同じとは限らない。


 性格だけを見てもこれだけ違うのだ。術士の性質も異なるのだろう。


 そしてラノアは、『探知系の能力』が高いらしい。


 この探知系というのは波動円と同じように、能力を遠くにまで放出する才能を示しているので、遠隔操作を覚えれば遠くで術式を発動させたりと、なかなか便利な術士になれるかもしれない。


 ともあれ、それはアンシュラオンがそのうち開発に乗り出すだろうから、実際に扱えるようになるのはまだ先のことだ。


 今は敵の位置がわかることが重要であり、おかげで先手を取ることができる状況にあった。



(こうした遭遇戦では、先に敵を見つけたほうが圧倒的に有利と聞いています。そして、こちらには『目』もある。ならばやることは一つですね)



 ホロロはアンシュラオンから、最低限の戦術を聞いている。


 そこから考えて、各個撃破が最適だと判断。



「安全のために、一人ひとり確実に排除していきましょう。サリータ、合図をしたら、ありったけの煙玉を投げ入れてください。私が敵を狙い撃ちますから、その後にあなたがとどめを刺しなさい」


「わかりました。ですが、それでは私も見えなくなりますが…」


「だいたいの位置がわかっていれば、なんとかなります。私が指示を出しますから、あなたは盾を持って突っ込んでいきなさい」


「わかりました!」


「シャイナ、あなたも援護しなさい。どうせこの距離では当たらないでしょうけど、無いよりはましです」


「ひ、ひぃい、また撃つのぉおお!?」


「いきますよ。3、2、1…」


「え、ええ!? まだ心の準備が…!」


「ゼロ!」



 その合図と同時に、サリータが階段下に煙玉を投げ込む。


 シュシュボーーッ モクモクモクッ


 煙があたりを完全に黒く染め上げた。


 ハンベエが残したものなので効果はかなり高く、一瞬にして目の前が見えなくなった。



「今です。撃ちなさい!」


「あー、もうよくわからないけど、わかりました! 撃ちますよ!!」



 わからないのにわかったとは、まるでトンチだが、シャイナが適当に射撃を開始。


 パスパス ドスドスッ


 悪い意味で適当に撃っているので、本当に敵に当たらず、壁に弾痕が残るだけとなった。



「な、なんだ!? 何が起こった!?」



 しかし、これは想定済み。それによって裏スレイブの男は警戒態勢に入り、身を屈めて硬直することになる。


 これが通常の場合ならば正しい判断なのかもしれないが、術具のゴーグルをはめているホロロには丸見えだった。



 十分に狙いをつけて―――発射



 弾丸は男の肩に直撃。


 頭を外してしまったが、ホロロはべつにスナイパーでも主戦力でもないので、当てただけでも十分な健闘といえるだろう。


 そして、これは第一警備商隊から奪った銃なので、弾丸も普通とは違う。


 バチンッ!



「ぐぎゃっ!」



 当たった瞬間に電撃が男を襲い、感電させる。


 術式弾の一つ、雷撃弾だ。


 この裏スレイブの実力は高くないため、戦罪者のように戦気で防ぐことはできなかったらしい。



「サリータ! 敵は動いていません! 今です!」


「はい! うおおおおおお!」



 サリータが階段を駆け下りながら、突っ込む。


 ほとんど視界が塞がれているが、もともと彼女は大盾を持って突っ込むスタイルなので、前が見えなくても関係ない。


 男のだいたいの位置がわかっていれば十分。



―――激突



 全体重をかけた一撃が男にヒット。


 その衝撃で通路側に吹っ飛ばされ、頭を床に打ち付けて昏倒する。



「その先、三メートル前方!」


「はい!!」



 階段を下りてきたホロロの指示で、敵の位置を特定。


 盾を投げ捨て、今度は斧を持つと、感覚だけで指定の場所に振り下ろす。



 ブーーーンッ グシャッ



 振り下ろした斧は、男の腹に命中。



「ここか!」



 確信を得たサリータが、思いきり斧を振り下ろす。



 グシャッ グシャッ グシャッ グシャッ



 何度か攻撃を続けると相手の気配が消えたのがわかった。


 どうやら死んだようだ。


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