573話 「交錯する陰謀 その2『ホワイトを殺す者』」


「リンダ、どこだ! リンダ!!」



 ビッグが階段を駆け上がりつつ、各階の通路と部屋を確認しながらリンダを探す。


 彼女がホテルにいない可能性も考えられるのだが、それは普通の彼女の場合だ。


 すでにリンダは薬漬けになっており、意思の力と思考力が相当弱まっている。


 その原因となった者こそ、憎きホワイトだ。


 あの恐るべき男への恐怖心によって、彼女は逆らえない状態に陥っている。


 恐怖で縛られた者は、自己の力で逃れることはできない。


 ホワイトに「ホテルにいろ」と命じられれば、ここが火事になって焼け落ちても残り続けるだろう。


 逆らえば自分の身だけでは済まない。そうしたあくどさがあるのだ。



(全部、全部俺が悪い!! 俺が何も知らなかったからだ! 俺がガキで甘ちゃんだったから、いろんな人たちを巻き込んじまった!! 大切なリンダがこんなことになっちまった! だが、今度こそ助けてみせる!! 絶対にだ!)



 この裏社会における騒動の発端は、間違いなく自分だ。


 だからこうして名乗りを上げて責任を取ろうとしてきた。恐怖心に打ち勝って立ち向かってきた。


 そして、ついにその集大成の場、本当のみそぎの機会が与えられる。




 ホワイトと―――遭遇。




 ちょうど十階あたりだろうか。


 ビッグが通路の確認を終え、階段を上がろうとした時だ。


 上の階からホワイトが下りてきた。



「………」



 ビッグは、わが目を疑う。


 おそらく人生でもっとも驚愕した瞬間、トップ3には入る出来事だろう。


 目を見開き、口をあんぐり開けて、呆然とその人物を見つめる。


 白い仮面に白い服、赤いネクタイまで同じだ。


 ただし、白い服は返り血で真っ赤になっており、白い部分を探すほうが難しいほど赤に染まっている。


 仮面も血によって赤く汚れ、赤い小太刀を持っているので、これでは「ホワイトではなくレッドだろう!」とつっこみたくなる。



 もちろんこれは、ホワイトに扮したルアンである。



 彼は出会うすべての人間を殺していた。


 実はその中には、事情をまったく知らない一般客も交じっているのだが、当人にその自覚はなく皆殺しにしている。(一応ホテルなので客はいるが、大半が何も知らない浮かれた下級市民たちであり、グラス・ギースの裏事情に精通している人間は危ないから泊まらない)


 視界に入る存在ことごとくが敵に見えるという、極めて危ない精神状態にあるのだ。



「フーー、フーーーー!!」



 そしてもはや、会話をする状況にないほど追い詰められている。


 ビッグが呆然と立ち竦んでいても、まったくおかまいなし。


 いきなり飛びかかり、小太刀を突き刺そうとしてきた。



「どわっ!」



 ビッグは転がるように回避。


 相手の殺気が強すぎたのが幸いだったのか、逆に身体は上手く反応したようだ。


 だが、いまだ状況が認識できない。



(どうしてホワイトがここにいるんだ!? 俺が言ったことが本当になったのか!? 訳がわからねぇ!!)



 自分でついた嘘が真になるとは、人生とは皮肉なものだ。


 頭の中が真っ白になって何も考えられない。どうしていいのかわからない。


 その間にもルアンは、こちらに襲いかかってきた。



「ウウウウウッ!! シネ!!」



 低い体勢から腹に小太刀を突き上げる。


 ビッグは腕でガード。


 戦気も放出しているため、普通の銃弾くらいでは通じないが、ズブリと小太刀は突き刺さる。


 ルアンも戦気を宿しているし、小太刀の性能が高いからだ。


 さらに術具の能力が発動。ジュウウッとビッグの肉を焼く。



「あちっ!」



 ビッグが熱さに驚き、腕を払う。


 何気なく反射でやった行動だが、それがルアンの顔面にヒット。


 ドンッ!


 吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった。



「…え?」



 ビッグは、その光景にも激しい驚きを見せる。


 そこまで強く殴ったわけではないが、それによってホワイトが吹っ飛んだからだ。


 思わず手をじっと見つめてしまう。



(なんで吹っ飛んだんだ? そんなに強く当たったか?)



「ウアアアアアア!」



 たまたま当たった一撃なので、たいしたダメージではなかったようだ。


 ルアンは即座に立ち上がり、がむしゃらに攻撃を仕掛けてきた。


 今度も低い姿勢なのは同じだが、若干のフットワークを使い始めた。


 右に左に身体を揺らしながら近づくと、不意をついたように足元に滑り込み、小太刀を払う。



「うわっ!!」



 ビッグは狙われた左足を引いてかわすが、ルアンがさらに小太刀を払ったため、バランスを崩して転倒。


 しかし、それがよかった。


 そのままルアンの上に倒れんだ時に、肘が腹に激突。


 ズルッ ゴンッ!!



「ぐばっ…」



 激しい衝撃に、ルアンが悶絶。


 体格差が相当あるため、重さが加わってダメージを受けてしまった。


 プロレスのように衝撃を緩和しているわけではないので、これはかなりきついはずだ。


 しかしまあ、なんともコントのような現象だ。ド○フ大爆笑かと錯覚する。




 ビッグは慌てて離れたが、さすがの彼も大きな違和感を抱く。



(おかしい。どうなってんだ? ホワイトがこんなに弱いわけがない。だってよ、あいつは滅茶苦茶強くて、マジでびびるほどの圧力があるんだ。それがどうしたよ。あのプレッシャーがまったくないぜ)



 ルアンは、薬の力によって強くなった。


 されど、つい先日まで何一つ取り柄のない『凡才』だったのだ。


 それが多少強化されたとはいえ、ソイド商会の若頭に敵う道理はない。むしろ敵ってしまったら問題だろう。


 いくらビッグさんでも、そこまで落ちぶれてはいない。



「ううっ、はーーはーー!!」



 むくりとルアンが起き上がり、またがむしゃらに攻撃を仕掛けてくる。


 ただ、怖いのは小太刀くらいで、たまにくる拳の一撃も、頑強な肉体を持っているビッグには致命傷にはならない。


 ルアンの拳を防いでからの、お返しの右の一発。


 ボゴンッ!



「ごぼっ…」



 まともに入ったボディーブローに、再度悶絶。


 なんとか耐えたようだが、足はふらふらで呼吸も荒い。



(どうなってんだ…? どうやら夢じゃないぜ)



 おかしい。これは変だ。


 ルアンと戦いながら、ビッグの中で激しい葛藤と自問自答が繰り広げられる。


 それらの過程カッコワライは割愛するが、ここに一つ、導き出された【答え】が存在した。




「嘘だろう!? もしかしてよ…!! こいつはまさか、ひょっとして…! 本当にそうなのかよ!?」




 ついに気付いてしまった。


 彼は【とてつもない真実】を知ってしまったのだ。


 では、その真実とは何だろう。


 ここで普通ならば、「こいつは偽者だ!」「影武者か!?」と思うはずだ。


 ラブヘイアが述べたように、それが一番現実的な解答だと思われる。


 だがしかし、ビッグさんを侮ってはいけない。




 彼が思い至った結論とは―――







「ホワイトが弱いんじゃない。俺が―――強くなったんだ!!!」







 は?



 失礼。


 あまりの驚きから、ついうっかり一番言われてムカつくランキング一位(平成初期)の単語を発してしまった。(以前にも使ったネタであるが)


 ちょっと意味が理解できないので、もう少し彼の話を聞いてみよう。


 焦ってはいけない。対話とは、まず最初に相手の意見を聞くことから始まるのだ。


 一度その原則に立ち返ってみるのが、優れた大人の対応というものであろう。



 ではビッグさん、どうぞ。




(信じられないが、どうやら俺は…強くなりすぎちまったらしい。そうだよな。いろいろと苦労したし、みんなにも支えられた。人として成長して当然だぜ)



 強い魔獣とも戦った。


 マサゴロウたち戦罪者とも戦った。


 JBに指導され、必殺技まで覚えた。


 人生においてもっとも激しく濃厚な時間は、若者を急激に成長させる。



 そうなのだ。



 自分はいつしか、ホワイトよりも強くなってしまったのだ!!!!



 だから、以前のような圧力も感じない。


 前ならばちびってしまったくらい強い、あの恐るべき力を感じない。



(ほら、見てみろよ。あいつがあんなに小さく見える。俺のほうが強いからだ!! 俺が上位にいるからだ!!)



 そう考えれば、すべてにおいて辻褄が合う。


 何度考えてもそうとしか考えられない。これ以外の答えはありえない。


 真実なのだから、それ以上考えても答えには到達しない。


 難しく考えることはない。これが真実だ!!



(だが、慢心はしない! 俺の力は、みんなからもらったもんだ!! 俺独りじゃ何もできないんだ!! ありがとう、みんな! 俺に力をくれてよ!!)



 ビッグさん、成長したね。


 ずっと君を見てきたから本当に嬉しいよ。


 もう感動で感動で涙が止まらないよ。




 などと、言うと思ったのかあああああああああああああああ!!




 ずっと聞いていたが、やっぱり何を言っているのか理解できなかった。


 なぜそう思ったのか、小一時間ほど問い質したい気分だが、一時間程度で馬鹿が直るわけがない。


 いろいろとつっこみたいところはあるものの、当人がそう思ってしまったのだから仕方ない。


 一度彼の中で事実となったのならば、そのまま突っ走るしかないのだ!



「そうとわかりゃ、遠慮はいらないぜ!!」



 ビッグがルアンに近づき、ぶん殴る。


 バキッ ドゴッ


 肩を殴って動きを止めてからの胸部への一撃。



「ぐっ…ぶはっ…!!」



 ルアンは吐血するも、反撃。


 ガスッと蹴りがビッグの膝に入るも、そこはやはりまだ子供。大きなダメージにはならない。



 ここで確信。



 自分の強さが圧倒的だと気付き、思わずにやけ顔になる。


 もう怖いものはない。555!!(ゴーゴーゴー!)



「今まで随分と偉そうにしてくれたな!! 借りを返すぜ!!」



 ビッグがルアンの腹を蹴り上げ、悶絶したところにぶちかまし。


 ドゴンッ バギギイイッ


 飛ばされたルアンは、部屋の入り口に激突して、扉を破壊しながら中に転がる。


 それをゆっくりと追い詰めるビッグ。



「ホワイト、年貢の納め時だな! 正義は必ず勝つってことを教えてやるぜ!」


「うう…セイ…ギ……」


「そうだ。正義だ!! 俺がお前に引導を渡してやるぜえええええ!!」



 ふらふらと立ち上がってきたルアンに、ビッグが迫る。



「おらおらおらおらおらっ!!!」



 正拳、裏拳、肘鉄、膝蹴り、ヤクザキック!!


 ドガッ バキッ ゴスッ ミシッ ボゴンッ!!!


 ビッグの怒涛のラッシュが炸裂。


 そのたびにルアンは宙に浮いたり、吹っ飛んだり、壁にぶち当たって破壊したり、隣の部屋に突っ込んだりしていく。



「感じる! 感じるぜ! みんなの力が俺の中にある!!!」



 これは自分だけの力じゃない。


 ホワイト商会にやられた者たちすべての怒りだ!!


 俺を応援してくれる人々の祈りと願いだ!!



 と当人は言っているが、さすがにこれは勘違いと指摘しておこう。


 現在はエバーマインドの力が流出しているわけではないので、単にソイドビッグの実力だ。


 ただしヤクザの若頭が、そこらの街角にいる少年に勝ち誇っているようなものなので、そう考えると違う意味で泣けてくる。


 どうやらソイドビッグは、ルアンのことを本気でホワイトと思い込んでいるようだ。


 あれだけ印象深い相手にもかかわらず、簡単に間違えるとはすごい才能である。


 といっても、それを見越してビッグを生かしておいたのだから、これはすべて予定通りだ。



 そう、すべては予定通り。




 ホワイトとなったルアンが死んで、終わりだ。




 ホワイト商会が潰えた今、『ホワイト』という存在は、もう用済みである。


 存在する価値はなく、する意味もない。その役割が終わったからだ。


 彼という強敵がいなければ、全派閥が共闘することはありえなかったはずだし、ラングラスが目立つこともなかった。


 ビッグを主役にすることは骨が折れたが、彼が生きていたおかげでこのシナリオも無事終わる。



 人質となった婚約者を助けにやってきたソイドビッグによって、悪しき元凶ホワイトは倒される。



 魔王(ク○パ的な)にさらわれたお姫様を、勇者(配管工的な)が助け出す感動のストーリー。


 もう定番すぎて、これがないと満足できないマンネリジャンキーの人もいるだろう。


 ただ、そこにリアリティが存在するからこそ、何度見ても楽しい劇場になるのだ。




「これは俺たちの怒り!! みんなの想いの力だぁああああああああああ!!」




 ボオオオオオッ!


 ビッグの拳に炎気が宿る。


 最後はやはり必殺技で決めねばなるまい。それでこそヒーローだ!!


 炎気が集まり、力となった。




「受け取れ、ホワイトぉおおおおおおおおおおお!!」




 ビッグの炎竜拳が―――炸裂!!!



 ガブガブガブ ボンボンボンボンッ!!



 荒れ狂う炎の龍がルアンの身体を噛み砕き、燃やす。



 しかも、ちょうどルアンが窓を背にしていたため―――



 ビシビシビシッ バリーーーンッ



 衝撃が突き抜け、燃え上がったルアンが窓から空中へと舞った。


 暗い夜空に人型の炎が映える。


 悪人が滅びる瞬間とは、実に美しいものだ。


 この劇場の最大の見せ場(茶番)なので、しっかりと目に焼き付けてほしい。




 ひゅーーーーーんっ ドサッ




 落下。


 ホテルの隣にあった茂みの中に突っ込んでいった。



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