572話 「交錯する陰謀 その1『防波堤、決壊』」


 ホワイト商会の設立から終焉までの悪質なるシナリオが、ようやく幕を下ろそうとしていた。


 あくまで表側の戦いの一幕ではあるが、今まで行われてきたことは、すべてこのためにあった。


 ある意味で、一つの区切り。


 リンダが登場してから退出するまでの一連の流れが、ここで終わるのだ。


 そして、この舞台の要となる男もまた、陰謀吹き荒れるホテルに到着した。



「なんだよ、あの煙は!! もう始まっているのかよ!?」



 ソイドビッグがホテルに到着した頃、すでに周囲は酷い有様だった。


 シーバンやマークパロスが使った火の攻撃で石畳は焼け焦げ、銃撃戦によって建物の壁や木々のあちこちに弾痕が刻まれている。


 もちろん、死体もあちこちに転がっていた。


 今は夜なので目立たないが、昼間になればいかに大きな戦いであったかがわかるだろう。



「あのワカマツという男、かなり危うい精神状態であったが、それなりの戦力は投入したようだな」


「ですが、相手側も戦力を残していたようですね。まだ抗戦中のようですよ」



 その後ろにはJBとラブヘイアもいた。


 ワカマツはクロスライルと一緒に収監砦に向かったので、ここにはいない。


 上級街から第三城壁内部に行くためにはかなり時間がかかるため、こちらを見学している暇はないというわけだ。


 あくまで目的はホワイトである。ワカマツはそれを優先したにすぎない。



「まずい…まずいぞ…! これはまずい!」


「ホワイトという男は、戦罪者たちよりも強いのであろう? この程度の戦力でどうなるものでもあるまい。手柄を取られる心配はない」


「そ、それは…そうなんだが…」



(このままじゃリンダが危ない!! 強引に突破してでも中に入るしかないか…!)



 ここで一番困ったのがソイドビッグだろう。


 状況はかなり切羽詰っている。もたもたしていたらリンダが死んでしまう。


 そう思って強行突破を思案していたところ、JBが歩き出した。


 スタスタスタッ


 おもむろにホテルのロビーに向かうと、そこで武器弾薬の管理をしていた裏スレイブを―――



「邪魔だ。どけ」



 ボゴンッ



「ぐえっ!?」



 ぶん殴って、吹き飛ばす。


 ちなみに彼の腕だが、エバーマインドが安定したことで再生が済んでいる。


 思想の勝負でビッグが勝ったことが最大の要因であろう。


 ドゴンッ


 その場にいたもう一人も、ぶん殴って排除。



「JB、彼らは味方では?」


「味方? 勘違いするな。私の邪魔をする人間すべてが敵だ。私が信頼するのは、ネイジアに忠誠を誓う同胞のみよ」


「そうですか。あなたらしいですね」


「貴様こそ、この一件には関わらないのではないのか?」


「関わっておりませんよ。ただ見ているだけです」


「ふん、詭弁を。そういうところが気に入らんのだ」



 ラブヘイアも止めるつもりはないらしく、ただJBがやっていることを傍観していた。




 JBはロビーに侵入。



 すでに表の騒動を見ていた裏スレイブが、JBに突っかかってくる。



「なんだこいつは! 何しやがる!!」


「てめぇも死ねや!!」


「邪魔をするな」



 裏スレイブは彼らのことなど知らないので襲いかかるが、まったくもって無知とは恐ろしい。


 シュルルヒュンッ ボボボンッ


 生み出した黒紐が周囲を薙ぎ払うと、巻き込まれた裏スレイブの身体が、あっさりと砕け散った。


 頭や上半身が完全に消失し、裏スレイブたちは死亡。断末魔を上げる暇さえなかった。



「…誰だ? 味方?」



 ここでもっとも驚いたのは、ロビーを死守していたシーバンたちだろう。


 いきなり入ってきたと思ったら、自分たちの敵を倒してくれたのだ。味方だと思っても不思議ではない。


 が、JBから放たれる危険な雰囲気に、ビギニンズが警告を発する。



「シーバン、こいつはヤバイ…! 血の臭いが物凄い! 凶暴な魔獣以上だ!」



 JBが制裁現場から来たこともあるし、今殺した裏スレイブの血もある。


 だが、彼自体から激しい死臭がするのだ。殺した人数は千では到底足りないだろう。


 その圧力は、今まで見てきたどの魔獣よりも凶悪だった。



「新手の敵だ!! 入れさせるな!」



 シーバンは大きな声を上げると同時に、術符を展開。


 とっておきの雷貫惇らいかんとんの術符を発動。



 雷撃が―――直撃。



 バチバチバチーーーンッ



 JBはよけることなく雷貫惇を受ける。


 しかし、これで終わりではない。


 真上からクワディ・ヤオが接近しており、ナイフで首を掻っ切る。


 ズバッ!


 『暗殺』のスキルによって上昇した彼の攻撃は、まさに一撃必殺。


 フードの上から、JBの首を的確に狙い斬る。



「やった! 決まったぞ!」



 シーバンが大声を上げて派手な術式を使ったのは、クワディ・ヤオの援護のためだ。


 こうして注意を引き付けてからの不意打ちは、彼らが得意とする戦術だった。


 犬や猫を捕まえるときも、反対方向に物を投げて注意を引き付けてからやると、かなり容易に捕獲が可能なのと同じだ。



 だがしかし、彼らは何も知らなかった。



 ゴキンゴキンッ


 JBは軽く首を回しただけで、何事もなく立っていた。


 出血もまったく見られない。



「くだらん児戯だ。まったくもって無価値だな」


「嘘だろう!? 無傷だと!!」



 シーバンの魔力は『E』なので、グランハムが使う場合より相当威力が落ちるのは仕方がないことだ。


 されど雷貫惇自体が強力かつ防御無視なので、強力な武人に対しても有効な攻撃手段と成り得るはずだ。


 それをくらっても無傷。


 彼は雷撃を操れるので技術的にも簡単に対応できるが、これは単純に肉体能力で耐えたにすぎない。



「貴様ら程度では、ネイジアの尖兵にさえなれぬ。死ね」



 シュルルッ ガシッ


 黒紐が伸びてクワディ・ヤオを捕まえると、絞め付ける。


 ギシギシギシッ バキンッ



「うううっ! がはっ!!」



 強く絞まった紐によって肋骨がへし折れる。


 それでも紐はさらに絞まっていき、ボギンボギンと他の骨も砕いても止まらず―――



 ギュウウウッ グチャッ ぼとっ



 胴体を二つの引きちぎった。



「がっ…ァッァッ……がくっ」



 床に倒れたクワディ・ヤオは、意識を失って動かなくなった。


 ライアジンズのメンバーは、シーバン以外はレッドハンター級とはいえ、彼も長年ハンターとして活躍してきたベテランの一人だ。


 それをまさに秒殺とは、さすがの強さである。



「クワディ!!! このおおおお!」



 ドンッ!


 仲間の惨状に対してビギニンズが駆けつけ、JBに身体ごとぶち当たるが、まったく揺らがない。


 東門でも体格の良い衛士を軽々引きずったし、ビギニンズが彼らより優れているとはいえ、所詮は低ランクの武人にすぎない。


 JBは何の影響を受けることもなく、拳を放った。


 ビギニンズは大盾を構えて防御するも―――破砕。


 ボゴーーーッン! バキバキッ


 拳は盾を破壊し、そのまま重鎧に到達。


 それさえも破壊し、胸に突き刺さった。



「ぐうっ…うううっ!! 化け物…か!!」


「なかなか頑丈だな。ネイジアの思想に従えば使役してやるが、逆らえば殺す」


「くそくらえ…だ!」


「ならば死ね」



 JBが拳に戦気を練ると、爆発。


 ボンッ どさっ


 胸部を粉々に破壊されたビギニンズが倒れた。




「ビギニンズ! クワディ!!! ちくしょう!! 俺の仲間をよくもやりやがったな!!」


「寂しいのならば、お前も死ね」



 JBが赤い紐を出すと、爆炎攻撃。



「っ!!! 死ぬ!」



 ここはさすがにブルーハンター。


 即座に死期を感じ取ると、身体は反射的に術符を取り出す。


 火消紋の術符が展開され、シーバンを覆う。


 そこに爆炎が到達。バリケードを溶解させながらシーバンを燃やす。


 一瞬で鎧が溶解を始めたが、身体に到達する前にゴロゴロとシーバンは転がりながら脱出。かろうじて死は免れた。


 もし火消紋によって火耐性が付与されねば、間違いなく死んでいただろう。



「くそっ…! レベルが違いすぎる!」


「子鼠くらいには動けるらしいな。お前たちにかまっている暇はない。さっさと―――」


「それじゃ、あとはよろしくな!!! 恩に着るぜ、JB!」



 さっさとソイドビッグが横を通り過ぎていき、ロビーの奥に消えていく。


 どうやらこのタイミングを計っていたらしい。ここの対応をJBたちに押し付けて、自分が先に行くつもりのようだ。


 ただ、エレベーターが使えないことに気付いて、一度途中まで戻り、慌てて階段を上っていった。


 そのあたりが彼らしいというべきか、なかなか締まらないものである。



 その様子を呆れながら見送るJBたち。



「なんなのだ、あの男は。そんなに手柄が欲しいのか?」


「それが面子でしょうが…どうやら違う目的がありそうですね」


「違う目的?」


「これから宿敵を倒しに行く様子ではなさそうです。どちらかといえば、待ち合わせに遅れそうな様子と言いましょうか」


「くだらん。どうでもいいことよ。どのみちやつでは勝てないだろうに、相変わらず分をわきまえぬやつだ」



 JBもビッグの後を追おうとするが―――



「行かせるかよ!」



 ヒューーーンッ ボンッ


 シーバンから火痰煩の術式が飛んでくる。



「つまらん」



 それをJBは、煩わしそうに拳で破壊。


 三倍以上の戦気をもってすれば術式は相殺できるが、JBの戦気が強すぎて激しい爆発が起きた。


 軽い拳の一撃が、シーバンの術式の三倍以上のパワーなのだ。


 その段階で勝ち目がまったく見えないが、彼はまだ立ち向かおうとしていた。



「鼠が…素直に逃げていればいいものを。死に急ぐか」



 シュルルッ


 そうしてJBが黒紐でシーバンを追撃しようとした時だ。


 がしっ


 自身の足に何かの感触。



「やら…せん」


「意外だな。致命傷のはずだが…」



 JBの足をビギニンズが掴んでいた。


 彼は胸を破壊されて倒れ、ほぼ虫の息だったが―――


 じゅううっ


 胸が少しずつ再生しているのが見えた。



「ほぉ…ここに敵の首魁がいるという話は、まんざら嘘でもないらしいな」



 回復を見たJBが、笑う。


 それはアンシュラオンが、ライアジンズのメンバーに付与した命気の力。


 クワディ・ヤオのほうは怪我が酷いのか、立ち上がってくる様子はないが、あの状態でもまだ息があるようだ。


 これにはラブヘイアも目を見張る。



(今になれば、これがどれだけ凄まじいことかが理解できる。ファルネシオたちすら超える力を普通に持っているとは…あの人はあまりに偉大だ)



 成長した今ならば、この遠隔操作された命気のすごさが理解できた。


 何気なくやっていることでも超一流。常人を超えた達人すら凌駕する『超人』の領域に達している。



 しかし、いくら命気で補強されても、素の能力に違いがありすぎる。



 ボゴンッ ボギンッ


 JBがビギニンズの顔面を蹴り上げ、首をへし折る。


 ブンッ ボゴンッ


 続いて修殺を放って、柱ごと隠れたシーバンを吹き飛ばす。


 ぐらぐらぐらっ


 支柱の一つが壊れたことで、ホテルが少しだけ揺れた。


 このホテルも終焉が近づいてきている証拠であった。



 そして最後に火を付ける。



 ボオオオオオッ



 火痰煩と同じように粘着質の可燃液を放出することで、木だろうが石だろうが鉄だろうが、すべてを燃やし尽くす炎をとなるのである。


 シーバンたちは、倒れたまま炎に包まれた。


 アンシュラオンが彼らに与えた命気は、他の人間よりも少ないものだったようだ。


 特に変異現象も起こらず、黒い力を身にまとうこともなかった。



「メイジャ〈救徒〉に逆らいし愚か者が。罰の炎の中で朽ちるがいい」



 JBはシーバンたちを一蹴し、ホテル内部に侵入するのであった。



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