571話 「ルアン投入 その3『仕組まれた終焉のシナリオ』」


 ここでルアンは、この戦いにおける真なる元凶に気付く。



 裏スレイブを操っているのは―――アンシュラオン。



 唯一スレイブという点が大ヒントであるが、この構図に気付く人間は、ほとんどいないだろう。


 アンシュラオンは、ホワイト商会を設立した時から、この『終わりのシナリオ』を考えていた。


 彼の目的は金であり、目立つことではない。むしろ目立たないで金だけを得て、好き勝手暮らすことを重要視している。


 ではなぜ、このようなあからさまに目立つ戦いをしていたかといえば、それもソブカとの対談ですべてが語られている。


 都市を力で支配すれば金は手に入るかもしれないが、愚者の管理をするなんて面倒である。自由に遊ぶ金だけが欲しいのだ。


 そう思ったきっかけは、なんとも皮肉なことに、ホテルにリンダたち密偵が入り込んだことによって生まれた。


 「おいおい、人が自由に暮らしているのに、勝手に干渉してくるんじゃねえよ」という気持ちである。


 されど、どうしても目立つ以上、これからもこうした者たちは付きまとうだろう。それを排除するのは簡単だが面倒臭い。


 それならばいっそのこと、自身と結託したソブカに権力を持たせて都市を支配させ、金だけを提供させればよくね? という結論に至る。


 ただ、ラングラスがあまりに弱小だったので、周囲の派閥の戦力を削る必要が生じた。そのために生まれたのがホワイト商会だ。


 大暴れしたホワイト商会は、戦力を潰しつつ他派閥の財産を奪い、ソブカはそれを吸収して力を蓄える。


 そして、最後にはラングラスの手によってホワイト商会は倒され、彼らに大義名分と都市で躍進するきっかけを与える。


 それはもう終わった。見事にやってくれた。


 まだ詰めが残っているが、ひとまずホワイト商会は潰れ、投資は実った。



 あとは【自身の痕跡を消す】だけだ。



 金が入っても付きまとわれたら不快なだけだ。


 よって、このホテルを放棄し、すべてを闇に葬るつもりでいた。


 ホテルの従業員のように、『ホワイト』と関わった人間(気に入った者以外)にはすべて死んでもらう必要がある。


 その役割を持った駒には、ワカマツが名乗り出た。


 アンシュラオンが各派閥で恨みを買ったのは、そういう人材を探すためだ。


 ただし、仮に自分に対して反抗する者が現れなかった場合にそなえ、自ら駒を用意していた。


 それが裏スレイブと裏口に出現した仮面の男たちだ。


 執拗に顔を潰して回っていたのは、ホロロたちがここで死んだように見せかけるためにほかならない。(人数合わせのための死体もすでに確保している)


 表から侵入した裏スレイブは、ワカマツが指示したものと同じような内容の命令をされているので、彼らは何も知らない道具なのである。そのほうがリアリティが出るからだ。



 また、裏スレイブがいるならシーバンたちを雇う理由がないと思うかもしれないが、ここにも事情がある。


 裏スレイブはモヒカンが代理契約によって用意した者たちであるが、これだけの戦力を平時に上級街に送り込むのは不可能である。


 さすがの衛士も馬鹿ではないし、他派閥の目もある。すぐにバレるはずだ。



 だがしかし、【制裁】の時ならば別。



 この時だけは、上級外がごった返して混乱に包まれる。現に戦罪者が暴れたことで、いまだ事務所周りは騒然としている。


 今ならば、怪しい集団がたむろしていても誰も気にかけない。


 そもそも偽の書類によって、登録上はマングラスが雇ったことになっているので、普通に調べただけでは誰が雇ったのかわからないようになっている。(守秘義務を使っている)


 シーバンたちは、それまでの繋ぎで雇ったものだ。


 もし彼らが死ねばそれでいいし、生き残れば信用できる駒として、これからまた何かで使えばいい。そう思ったにすぎない。


 証拠隠滅に使った裏スレイブも、あとですべて処分するつもりだ。もとより使い捨ての駒であるし、生かしておけば心配の種が残るだろう。


 そしてすべての処分が終わったあと、自身は何事もなかったかのように悠々と生きていけばいい。


 まったりハーレムを楽しんでもいいし、サナの育成に勤しんでもいいだろう。




 なんという―――悪!!




 これほど悪質なマッチポンプは存在しない。(自分で火を付けて、自分で消すこと。自作自演)


 さらにそれをサリータたちの『避難訓練』に利用するなどと、もはや常人の考えではない。


 人を人だと思っていない、映画でしか見ない生粋の犯罪者の思考である。


 その企みに、ルアンは気付いてしまった。


 すべてではないが、ホテルに向けられる悪意に気付いてしまった。




「許さない…!! 許さない!!! あいつだけは…許しちゃいけないいいいいい!!」




 ボオオオオオッ!!


 まだまだ未熟なれど、彼からゆらゆらと揺らめく炎が噴き出る。


 強化された生体磁気と激しい闘争本能が、周囲の神の粒子を巻き上げて燃え盛っていく。


 その怒りは、目の前にいる『魔人の低級道具』に向けられる。



「お前たちはぁああああああああああ!」


「っ…!」



 ルアンが階段から跳び、男たちに向かって落ちていく。


 ドンッ!!


 男と激突。押し倒すと、顔面を殴る。


 ドゴバキッ! グチャッ!


 勢いに任せて二度三度殴ると、男の頭はスイカのように割れてしまった。


 真っ赤な血が割れた額からドバッと噴き出て、そのまま意識を失い絶命する。



「ふーーー、ふーーーーー!! なにが『おめでとう』だ!!! ふざけるな!!!」



 実はこれが、ルアンの初めての『殺人』であった。


 もしここにアンシュラオンがいたら「おめでとう、ようやく童貞の卒業だな」と言いそうであるし、実際に言うだろう。


 それが幻聴となって聴こえるほど、今のルアンは【危ない】。



「まだ生きていたのか! よくもやったな!」


「よくも、よくも…だと! お前たちの頭が悪いからだろうがああああああああ!!」



 あの男が好き勝手やれるのも、こういう愚者がいるからだ。


 あんなやつの言うことを聞く人間がいるからだ。



 そんなやつらは、全員死ねばいい。



 戦気は身体能力を何倍にも引き上げる。今の強化されたルアンの肉体ならば、相手がトリガーを引く前に―――


 ブスウウウウウッ


 持っていた小太刀を腹に突き刺す。


 アンシュラオンからもらった術具、『猩紅しょうこうの小太刀』である。


 意識ははっきりしていなくても、この武器だけはしっかりと握り締めていたのだ。



「ご…ぶっ……ちく…しょうっ」


「死ね!!!」



 ズバッ!!


 それから体重をかけて腹を切り裂き、下腹部(竿と玉含む)まで一気に切り裂く。



「がっ―――!?」



 ズルルッ ばちゃっ バタン


 男は臓物を撒き散らしながら、ショックで倒れた。


 まだ絶命はしていないが、そのまま失血死は間違いない。


 ルアン、二人目の殺人達成である。



「うううっ…うう! やめろ! おめでとうと言うな!!! なにがめでたい!!! 何が何が何が…!! 何が楽しいぃいいいいいいいいいい!!!」



 頭の中で常時、幻聴が聴こえる。


 それだけではない。目の前にアンシュラオンがいるような幻覚も見えている。


 あの男は、笑っている。自分を見て笑っている。



「違う、違う、違う!! 僕は僕は…!! この手を汚すなんて…汚して汚して…穢れて…!! はぁーーはぁーーーー!! 手が…赤い!!!」



 今になって、自分の手が赤く染まっていることに気付く。


 人を殺した証。罪を犯した証。


 荒野ではこれが当たり前。誰だって生き残るために手を赤く汚さないといけない。


 だが、ついこの前まで普通に暮らしていたルアンにとって、それはあまりに非現実的で悪徳の象徴でもあった。


 父親は言った、「真面目にやっていれば、いつか報われる」と。


 母親は言った、「いつも人のために尽くしてがんばりなさい」と。




「お父さん…お母さん……僕は…人を殺したんだ。もう戻れないんだ…あの頃には……もう」




 少年は、一滴だけ涙を流した。


 ほんの少しだけ悔恨の念が宿った。


 大切に育ててくれた両親に対して、感謝と謝罪の時間が必要だったのだ。


 だがしかし、それも本当に少しの間のことであった。



 ぞわっ ぞわわっ



 そんな哀しみを遥かに凌駕する身震いするほどの怒りが、自身の中から湧き上がってきた。


 正義を求める心が、覚醒を始めた武人の血が、燃え盛る闘争本能が、戦いを、闘争を、殺し合いを欲する。



「ふふ…ふふふ……力だ…!!! これは力だ…!! 僕は力を手に入れたんだ…!! でもまだ足りない。もっともっと力が欲しい!! そうか。そういうことか。殺せば殺すほど…強くなるんだ!!」



 ルアンの中に、罪の意識を上回るほどの【快楽】が芽生えた。


 物理的な強さを得たことによる軽い全能感と、さらなる快楽を求める欲求と探求心が生まれたのだ。



「殺す…すべて……殺す!! 悪鬼となっても、悪魔となっても…あいつを殺すためならば……はは…ははははははは!!! これでいいんだ!! 僕は…正義だ!! 正義なら、何をしてもいいんだ!!」



 この時、ルアンは自分が思っている以上に壊れていた。


 薬によって自制という『たが』が外れたため、ただただ自己の欲求しか見えなくなっていた。


 薬が怖いのは、こういう点だ。自分ではどうしようもないから、世には中毒者が溢れているのである。


 しかし、求めたのは自分。


 強くあらねばならないと思ったのは自分。


 正義を求めた責任は、自らが負うのだ。




 ルアンは、そのまま下の階に移動しながら、接触した裏スレイブと戦闘を開始。




「なっ…仮面の男!?」



 まず誰もが、ルアンの存在に驚く。


 しかし、それはすでに戦闘態勢に入っていたルアンにとっては油断であり、無防備でしかない。


 階段からジャンプして飛びかかり、頭に小太刀を振り下ろした。


 その男は鉄製の兜を被っていたが、猩紅の小太刀の能力が発動。


 ジュウウウッ ズブッ!!


 一瞬で溶解し、頭部に突き刺さる。


 ルアンが初めて使った時とは、明らかに術式の発動速度が異なる。


 この術具は術者の生体磁気をエネルギーにして力を発揮するので、戦気を放出できるまでに至ったルアンならば、本来の性能を引き出せるというわけだ。



「うごおおおっ…」



 頭を刺されているのに、男はルアンを羽交い絞めにする。


 これが武人の怖ろしいところだ。簡単には死なない。(男は『武人もどき』のレベルだが)



「うううううっ!! 死ね、死ね、死ね!!」



 ぐぐぐうっ ズズズズッ


 羽交い絞めにされながらも腕を動かし、相手の脳を掻き回す。


 そのうえで小太刀の熱が浸透し―――蒸発。


 ボシュンッ バタンッ


 脳みそが焼け焦げた男が、ルアンごと倒れて死亡。


 おめでとう、三人目だ。



「死ねや!!」



 もう一人の男が、倒れたルアンに斧で攻撃を仕掛ける。



「こんなところで…死ねるかあああ!」



 ルアンは死体を蹴り上げて盾にする。


 ブーンッ グシャッ


 斧は死体に突き刺さり貫通するも、それによって動きを封じられた。



(足を狙って…!!)



 ここで無意識のうちに日々のトレーニングが生きる。


 自分より大きな敵を相手にする場合は、まず足元。


 横から抜け出たルアンは、相手の足元に滑り込むと、小太刀を足に突き刺す。


 ガリガリガリッ ジュウッ ブスッ!


 最初は少しだけレガースの抵抗を受けたが、こちらも猩紅の小太刀の力によって打破。


 脛を抉り、内部にまで刺さる。



「うがっ! くそっ!!!」



 死体から斧を抜いた男が、ルアンを上から攻撃しようとするが、それもまた鎧人形トレーニングで経験済みだった。


 すかさず小太刀を離して身を屈め、攻撃をよけると、死んだ男が持っていたハンマーを手に取り、腰に叩き付けた。


 ブーーーンッ バゴンッ



「ぐあっ!!」



 今のルアンの力は、大の大人すら超えるものだ。


 その腕力で叩きつけられれば、骨盤が骨折するのは当然だろう。


 そこで上半身が下りてきたところに、パンチ。


 ドガッ ぼぎんっ


 躊躇なく相手の鼻を潰し、骨を砕く。



「うああああああ!!! 死ね、死ね、死ねぇえええ!!」



 そこからは、もうがむしゃら。


 殴る殴る殴る!!!


 ドガバキッ グシャッ!!

 ドガバキッ グシャッ!!

 ドガバキッ グシャッ!!


 相手が倒れて、手から力が抜けても殴り続ける。


 気付いた時には相手の頭は潰れ、死んでいた。


 それを殴っていた自身の手も、テーピングをしている右手は無事でも、左拳の皮がめくれて出血していた。



 血を見たルアンが―――笑う。




「はは…ははは! 死んだ、死んだ、死んだ!! あははははははは!! あーーーーーははっはははははははっ!! 見たか! 正義は勝つんだ!! このまま全員殺してやる!!」




 そして、猩紅の小太刀を手に収め、階段を下りていった。



 しかし、彼は気付いているのだろうか。


 皮肉なことに、それもまたアンシュラオンの思い通りであることを。


 それはともかく、とりあえずこう言っておこうか。



 これで四人目だ。おめでとう。



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