568話 「ホテル迎撃戦 その4『絶たれた退路』」


 ホテルの入り口は、シーバンたちが防衛している。


 となれば、逃げ道は裏口しかない。


 その裏口には、避難してきた従業員たちがいた。


 一般従業員の女性が五人、料理人を含めた男性が八人といったところだ。


 ホテルの規模を考えるとやや少ない人数ではあるが、団体客が来るときは潜入したリンダのように臨時に人を雇うので、これくらいの人数でも十分やっていけるのだろう。(一般的な日本のホテルの従業員数は、約14人程度らしい)


 彼らは今、突然の襲撃を受けて、とても不安な気持ちで過ごしていた。



「ね、ねぇ、私たちどうなるの?」


「助かるんだよな? だ、だってさ、何も悪いことしてないしな」


「そもそもどうして襲われるんだ? 強盗か?」


「ここは領主様が管理しているホテルだぞ! いったい誰が襲うんだ!」


「そ、そうだ、衛士だ! 衛士隊は何をしているんだ! なぜ助けに来ない!!」



(かわいそうにな。何も知らないとは哀れなことだ)



 彼らの面倒を見ているレッパーソンは、哀れみの視線を向ける。


 まさかその領主が敵だとは夢にも思わないだろう。



(自分を信じている者たちすら、こうも簡単に切り捨てる!! 心底軽蔑するぞ! 人間のクズめ!!)



 冤罪もいいところである。だんだん領主がかわいそうになってきた。


 が、領主がクズいのも事実なので、なんとも擁護しきれないところが複雑だ。



「ここから逃げれば安全なんですよね?」


「そうだ。俺たちがいるから安心してくれ」


「は、早く、早く安全な場所に行きたい…。もう行ってもいいんじゃ…」


「駄目だ。もう少し引き付けてからじゃないと気付かれる」


「そんな…敵が裏側に回ってきたらどうするんですか!? 殺されちゃいますよ!」


「落ち着いてくれ。いいか、俺たちはブルーハンターだ。都市でもっとも能力のある傭兵団の一つだ。君たちより経験が豊富だし、戦いのこともよく知っている。だから信じてくれ」


「わ、わかりました…ライアジンズさんの名前は聞いたことありますし…」



 アンシュラオンから見れば「誰だこいつら?」といった程度だが、チームとはいえラブヘイアと同等の評価を受けていた彼らは、そこそこ有名だ。


 狩った魔獣の肉を安く卸すこともあるので、料理人たちとも交流があったりする。



「無事か、レッパーソン」


「マークか。ああ、今のところはな。あっちはどうだ?」


「いい感じで引き付けているぜ。あともう少しだ」



 ここでマークパロスが合流。


 戦闘能力が高い彼がやってきたことで、レッパーソンも安堵する。



(このホテルの裏側は、比較的深い森になっている。従業員の専用通路を通らないと来られないから、一般客はここの存在すら知らないだろう。逃げるには好都合だ)



 グラスハイランドは、景観にかなり気を遣っている。


 リゾートを意識した造りになっているため、客には見栄えの良いところを提供し、逆に従業員等の裏方はできるだけ目立たないように配慮されている。


 今回はそれが奏功し、逃げ道としては最適な場所となっていた。


 シーバンたちも、従業員の避難のために派手に戦っているので、まだ相手はこちらにまで気が回っていない。



―――はずだった



 ガサガサッ


 レッパーソンの研ぎ澄まされた耳が、人が草木を掻き分ける音を探知する。


 まだ五十メートル以上は離れているものの、明らかに人間の足の動きである。



「まさか…! なぜ!?」


「どうした?」


「人間が近づいてきている…十人…十五人……二十人以上だ!!!」


「馬鹿な! 敵なのか!?」


「味方なら殺気を出す必要はないだろう。間違いなく敵だ。それもこの足音から察するに、かなりの重装備だぞ」


「嘘だろう! 数が多すぎるぜ! おかしいじゃないか! 何でもお見通しかよ!」



 さすがのマークパロスも動揺。


 入り口側の裏スレイブ部隊でも数の差を痛感したのに、ここにきて増援とは最悪だ。



(…たしかにマークの言う通りだ。この裏口を見つけるだけでも大変なのに、さらにここまで見事にこちらの手を読むとは…。そして、人数も多すぎる。すでに八十人規模の部隊を派遣しながら、追加でこれだけの人材を投入できるのか? マングラスとは、これほど恐ろしいのか…。都市を敵にするってのは、こういうことなんだな)



 レッパーソンは、この事態に違和感を感じていた。


 この段階では、相手がワカマツであることはわからない。ただ領主と結託したマングラスが襲ってきているのだと思っている。


 マングラスは人材を操るので、本気を出せばこれくらいは造作もないのだろう。そう納得するしかない状況だ。


 だが、おかしい。


 相手の手際が良すぎるのだ。


 あのようなチンピラ部隊を先に送った人物が、ここまで用意周到に物事を運ぶだろうか。



(表の部隊は囮だったのか? 雑魚を当てることで油断させて…か。もしそうだとすれば、かなり頭のキレるやつのようだな。このままではまずい…)



「はー、はー、どうしたんですか? だ、大丈夫なんですよね? ねぇ!? 大丈夫って言いましたよね!?」


「落ち着いてくれ。大丈夫だ。君たちは必ず逃がすから」


「でもなにか予想外みたいなこと言ってたし…はぁはぁ! あああ! やっぱり私たち、ここで死ぬのよ!! いやあ! いやああああ!」




「嫌ああああああああああああああああああああああ!!」




 あまりの緊張感からパニックに陥った女性が、裏口から外に向かって走り出した。


 後ろも振り返らず、全速力で音を立てて走っていく。



「っ! 待て!!」


「お、おい! 俺たちも行くぞ! こんなところで死にたくない!!」


「俺も行く!! まだ子供が小さいんだ! 死にたくない!!」


「わ、私も!! まだ結婚もしていないのに!!」


「やめろ!!! 死ぬぞ!!」



 最初に飛び出た女性に続いて、次々と従業員が飛び出していく。


 ここを逃したら助かるチャンスがないと思ってしまうのだろう。極限まで追い詰められているので、これは責められない。


 レッパーソンが止めようとするも、時すでに遅し。



 パスパスッ ドスッ



「あっ…、わ……わたし……おかあさん……ごめ…ん…」



 ばたんっ


 最初に飛び出した女性が、二十メートルほど走ったところで、銃で撃たれて倒れる。



 パスパスッ ドスッ


 パスパスッ ドスッ



「ぐあっ!!」


「ぎゃああああ!!」


「あああーーー!」


「あめりああああ!」



 飛び出していった他の者たちも、撃たれて倒れていく。


 こういうときはプロの言葉を信じるべきだ。それを信じられなかった者たちの末路なので、自分の責任として受け入れるしかない。



 ただ、ここで奇妙なことが起きた。



 彼らは一般人だ。仮に当たった箇所が急所でなくとも、放っておけば死ぬだろう。


 それにもかかわらず―――



 ブンッ ぐちゃっ



 茂みから『仮面の男』たちが出てくると、倒れた者の頭部を鈍器で破壊して回る。


 ブンッ ぐちゃっ


 ブンッ ぐちゃっ


 ブンッ ぐちゃっ


 頭部を破壊され、脳漿のうしょうが飛び散り、顔面まで見分けがつかないほど完全に潰される。


 トドメを刺した、と見ることもできるが、わざわざそこまでする必要性は感じられない。


 それ以前にワカマツは「女はできるだけ殺さず、なぶれ」と命じてあるので、それとも反する行動だ。


 ただ、レッパーソンはワカマツの意思を正確には知らないので、ただただ怒りが湧くだけであった。



「それが人間のやることかああああ! 魔獣にも劣る畜生が!!」



 レッパーソンが補充したクロスボウで、仮面の男たちに攻撃を仕掛ける。


 表側にいた男たちならば、簡単に頭部を貫けた一撃だが―――


 ヒュンッ ばきっ


 仮面の男は、飛んできた矢を叩き落とす。



「くっ! 表の連中とはレベルが違う!」


「レッパーソン、熱くなるな! 俺が切り込むから、お前は援護に徹してくれ!」


「わ、わかった! すまん! つい彼女のことを思い出してな…許せなくて」


「わかってるさ。あんなやつらの好きにさせてたまるかよ!」


「気をつけろ、強いぞ!」


「だが、押し切るしかねぇ!! これは負けられない戦いなんだからよ!」



 マークパロスが、仮面の男たちと交戦に入る。


 因子レベル2の彼であっても、彼らの相手をするのは苦しかった。


 数の差もあるし、仮面の男たちの技量が高かったからだ。表の連中とは明らかに異なる強さであった。



 結果だけを述べれば、裏口からの脱出は不可能だった。



 二人は善戦したものの、パニックに陥った従業員が足手まといになり、本来のコンビネーションを発揮できなかったのだ。


 ライアジンズ自体、五人で動くことを想定して陣形を組んでいるが、その要であるシーバンがいない状態では、これだけの相手と数には勝てなかった。


 マークパロスは身体中に傷を受け、左腕に深い裂傷を負って後退。


 レッパーソンも銃撃を頭部に受けて、木から落下。そこで敵との接近戦を強いられ、打撲と骨折によってホテル内に逃げるしかなかった。


 唯一幸運なことは、仮面の男たちはけっしてホテル内部に侵入してこなかったことだ。


 このことから彼らの役目は、ホテルから標的を逃がさないことだと思われた。




 こうして裏口からの脱出は失敗。




 脱出にてこずっていれば、表側も劣勢に追い込まれるのは自明の理だ。


 ついに裏スレイブたちが、総攻撃をかける。



「ちいいっ! 持ちこたえられん!!」



 ビギニンズが、その力を生かして数人を押さえつけるが、それ以上に相手の圧力のほうが強い。


 武器や術符も無限ではないし、人間の体力もいつか尽きる。


 ロビーに敵が雪崩れ込み、乱戦に発展してしまう。



「まずい! 侵入される!!」



 シーバンが、ロビーの奥に消えていく裏スレイブを発見。


 あそこには屋上に行くためのエレベーターが設置されているので、一気に本丸に攻め込むことが可能となってしまう。



「やつらを追わないと!」


「シーバン! お前が抜けると、こっちがもたない!! もっと最悪なことになるぞ!」


「くそっ!!」



 ここでシーバンが敵を追いかけてしまうと戦線が完全に崩れて、自分たちの身が危うくなるだけでなく、もっと多くの敵を送り込むことになってしまう。


 情に流されれば全滅する。


 戦闘経験が豊富なブルーハンターたちは、そのことが痛いほどよくわかっていた。



「俺は守れないのか! 希望を! あの柔らかく包まれる、至高の頂を!!」



 守りたい、そのおっぱい。


 哀しみに暮れるシーバンであるが、まだ希望は捨てない。


 捨てるわけにはいかないのだ!! おっぱいの勇者として!!



「俺は、俺たちは、最後まで諦めないぞおおおおおお!! 死んでもいい! 戦い抜くぞおおおおお!」



 シーバンたちは戦い続ける。


 アンシュラオンの期待?に応えて、その身を削ってロビーを死守していた。





 一方その頃、内部に侵入した裏スレイブたちは、エレベーターで最上階に向かっていた。



 ウィイイイン ゴトン



 最上階に到着。



「抵抗したら腕くらいはへし折ってもいいが、殺すなよ」


「わかっているさ。ぐへへ」


「少してこずったが、ここからがお楽しみだぜ」



 忘れそうになるが、スレイブとは雇用契約の一つである。


 言ってしまえば傭兵たちよりも、より濃く親密な距離感であるだけで、彼らも雇われた人間であることは同じだ。


 その雇い主が楽しんでいいと言っているのだから、彼らにしてみても素晴らしい雇用者としか言いようがない。


 そんな下劣な妄想に浸っている間に、扉が開いた。




 目の前に―――斧を持った女性。




「はあああああああ!!」




 待ち構えていたサリータが、術式斧の能力を発動。



 ブオオオオッ ドーーーンッ



「ぐえっ!!」



 強風が吹き荒れ、男たちを再びエレベーターに叩き戻す。


 B級術具、突扇斧とっせんぷ


 風の術式が込められた術式武具で、突風を生み出す能力を持つ。


 この風は、マサゴロウでさえ動きを止められたほど強烈なため、まったく無警戒な彼らは、なすすべなくふっ飛ばされる。



「今だ! 撃て!!」


「え!? えっ!? う、撃つって!?」


「時間がないぞ! シャイナ、撃て!!」


「うううっ、このやろう…」


「ひいいっ!! 立たないで!!」



 パスパスパスッ ドスドスドスッ


 男たちが立ち上がろうとしたことに恐怖を覚えたのか、サリータの背後で銃を構えていたシャイナが発砲。


 いくらシャイナが素人とはいえ、さすがにこの距離で外すことのほうが難しい。


 銃弾は男たちに命中。


 ただし、相手はそれなりに腕の立つ者たちなので、この程度では死なない。


 そこに追撃。



「うおおおおお!!」



 ブンッ! ガスッ



「ぎゃっ!?」



 サリータが、男の脳天に斧を叩きつける。


 見事斧は、頭蓋骨を破壊して脳を破壊。


 魔獣と比べれば柔らかいものである。荒野での特訓が生きたのか、躊躇なく仕留めた。



「シャイナ、撃て!」


「ええええ!? また!?」


「全部撃ち尽くせ!! 死にたいのか!!!」


「ひ、ひいいいいい!」



 パスパスパスッ ドスドスドスッ


 サナが使っていた改造銃と同じなので、リボルバーのように回転させることで連続して発射が可能となっている。


 続けて三発発射。


 一発は外れたが、二発は男たちの動きを止めることに成功。



「師匠に逆らう愚か者め! 地獄で後悔しろ!」



 サリータが、持っていた大納魔射津を投げ入れ、ボタンを押してエレベーターの扉を閉める。



 チッ チッ チッ



 ボーーーーーーーーンッ!!



 エレベーターが爆発。



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