567話 「ホテル迎撃戦 その3『脱出大作戦、開始』」


 マークパロスが、剣衝を放ちつつ物陰に隠れる。


 パスパスパスッ ガンガンガンッ


 次の瞬間、大量の銃弾が飛んできた。



「シーバン、これ以上は無理だぜ! 生傷が絶えないどころの騒ぎじゃなくなる!」



 一発放てば数倍になって返ってくるため、さすがのブルーハンターたちも所々に傷が見て取れた。


 特に攻撃特化のマークパロスは、防衛戦には不向きだ。


 そもそもハンターは狩る側の人間なので、対象物を守るのは苦手としている。


 シーバンも術符を乱発しすぎたため、徐々に枚数が心もとなくなってきた。


 アンシュラオンがくれた準備金を惜しまず投入したのは、見事なプロ根性(私怨含む)だが、残念ながら相手の数のほうが多い。



「やつらがここまでの戦力を出してくるとは思わなかったな」


「それこそあいつらが、生粋の悪党ってことだろう? ここの話が出たらまずいと思ってんだ」


「そういうことだな。本当は巻き込みたくはなかったが、最悪は中の女性たちを逃がすことを優先しよう。よし、次の段階に入るぞ!」


「了解! レッパーソン、殿しんがりを頼む!」


「わかった」



 レッパーソンが、木の上から大量の煙玉と『爆竹』を放り投げる。


 パチパチパチパチパチッ!!


 単なる爆竹だが、煙幕を張ってから音が鳴ると怖いものだ。


 想定通り、相手も銃撃だと思ったのか一瞬だけ攻撃の手がやんだ。



「今だ!」



 その隙にシーバンとマークパロスは、ホテルのロビーに滑り込む。


 レッパーソンは外に残りながら、残りの矢と銃弾のすべて撃ち切ると同時に、ホテルの裏側に逃げ込む。


 これは裏口から敵が来ないように警戒するためと、女性たちの退路を確保するのが狙いだ。




「追い込んだぞ! ホテルに突入だ!」



 ホテル内部に逃げ込んだシーバンを見た裏スレイブたちが、じわじわと距離を詰めていく。


 こうなればもう袋の鼠である。あとは突入して追い詰めるだけだ。


 そう思って三人がロビーの入り口を潜った直後―――



「ぬんっ!!」



 重鎧に身を包んだ大柄の男、ビギニンズが思いきりハンマーを叩きつける。


 ボゴーーン! ぐちゃ ぼぎんっ



「ぶべっ…」



 顔面にハンマー(魔獣の骨製)の一撃を受けた男は、顔が潰れただけでなく、そのまま首の骨が折れて倒れた。


 口から血を吐き出して呼吸困難に陥っているので、まもなく窒息死するだろう。



「待ち伏せか!」



 と、他の者が身構える隙もない。


 ザクッ ぶしゃっー


 次の瞬間、彼の喉笛は掻っ切られていた。



「ごぼぼっ……なに…が…」



 彼の真上には、小柄なクワディ・ヤオの姿。


 見張りを終えた彼は先にホテル内部に入り、壁に張り付いて待ち伏せていたのだ。


 『暗殺』スキルを持つ彼は、相手に気付かれていない段階では、攻撃と命中に大幅な上昇補正が入る。


 さらに続けて、もう一人の喉を切り裂く。


 ザクッ ぶしゃっー


 大柄なビギニンズに注意が向いていたこともあり、彼らは自分の死を自覚しないまま絶命した。



「二人とも、助かった!」



 術符の補充と怪我の手当てをしていたシーバンが、仲間の二人に駆け寄る。


 ライアジンズは、五人で一つの集団だ。これで全員がそろったことになる。



「苦戦しているな」


「篭城になる。ロビーで迎え撃つぞ。従業員は?」


「訓練通り、避難を開始している。裏口から逃げられればいいが…」



 ビギニンズは外で敵を押さえきれなかった際に、ロビーで敵を防ぐ役割を担っていた。


 彼はチーム内ではもっとも人柄が好いため、すでにホテルの従業員とも仲良くなっており、万一のことを考えて避難訓練を実施していた。


 ここから外の様子は丸見えなため、戦闘が始まった瞬間には彼の指示で従業員は逃げ出していた、というわけだ。


 シーバンたちが外で粘っていたのは、こうして逃げる時間を稼ぐためである。



「女性たちが逃げきるまで、持ちこたえられるか?」


「やってみるが、あれだけの人数だ。長くはもたないかもしれん。増援が来る可能性も高いしな」


「ふむ、裏口にはレッパーソンが回っているが、まだ心配だな。マーク、行けるか?」


「おう、任せろ。逃げ道くらいは切り開いてやるさ」


「頼むぞ」



 シーバンとマークパロスは、軽く拳を突き合わせる。


 そこには一緒のチームというだけではなく、おっぱいで結ばれた強い絆が見て取れた。


 彼らは今、正義と善良無垢な女性のために戦っている勇者なのだ!!!



「入り口を死守する!! 彼女たちが裏口から逃げるまで耐えろ!」


「おう!!」



 こうしてシーバンたちは、ロビーにおいて防衛戦を開始。


 入り口が狭いため、入ってこられる人数にも限界があり、そこに大柄な重鎧を着込んだビギニンズが待ち構えれば、そう簡単に切り崩すことはできない。


 もし強引に入ってきても、一人や二人くらいならば、クワディ・ヤオがあっさりと暗殺する。


 彼は屋内戦闘に長けた武人なので、こういうときにもっとも頼りになる男だ。(ハンターの狩場は主に野外なので、普段は肩身が狭い思いをしている)


 余談だが、彼は何回か女性従業員の下着を盗もうとして、レッパーソンに注意されているので、完全な善人というわけではない。というか日本なら普通に犯罪者である。



 ともあれ、彼らの奮戦によってホテルは守られていた。



 ただし、長くはもたない。






「ひーーー、ひーーー! どうなっているんですか!? 何が起こったの!?」



 最上階の一室では、シャイナが喚いていた。


 ここは二十五階で距離がかなりあるため、そこまで外の音が聴こえるわけではないが、たまたまマークパロスに斬られた男の銃弾が、窓にぶち当たってヒビが入ったのだ。


 それによって外の異変に気付いたわけだ。


 これが平常時ならば何とも思わないのだろうが、いかんせん工場の一件から死に物狂いで逃げてきたので、かなり情緒不安定になっているらしい。



「シャイナ、何を騒いでいる! うるさいぞ!!!」



 その声を聞きつけて、サリータが入ってくる。


 こうして改めて考えると懐かしい顔ぶれであるが、これまたさして日数が経っていないので、彼女たちも普通にホテルで暮らしていたにすぎない。



「だってぇえ! 何か危ないことになっているんじゃないんですか!? 外でドンパチやってますよ!」


「それは当然だ。ここが襲われているのだからな」


「え? 襲われる? なんでですか?」


「理由など知らん。おおかた師匠を妬んだ連中の仕業だろう。あの人は偉大だからな。敵も多いだろう」


「それはまあ…敵が多いのは知っていますが、どうしてここが襲われるって知っているんですか?」


「ホロロ先輩が教えてくれたからな。この姿を見ればわかるだろう?」



 サリータは、すでに戦闘準備が整っていた。


 事前にホロロから準備をするように言われていたので、普段の皮鎧の上から、各所をプレートアーマーの部品で補強した強化アーマーで覆っていた。


 持っているのは、刃の部分に細かい意匠が施された、やや大型の斧。


 これは第一警備商隊のメッターボルンが持っていた術式斧である。


 ホテル内部で斧を持つこと自体が異常なので、すでに緊急事態なのである。



「あの…初耳なんですけど」


「お前には言っていないからな」


「ええええええええ!? どうして!?」


「そうやって騒ぐからだ」


「普通、騒ぐでしょう!!」


「ええい、うるさい! すべては師匠の御心のままなのだ!! おとなしく従え!」


「完全に洗脳されてるじゃないですか! そ、そうだ! せ、先生はどうしたんですか!? あの人がいれば、どんな危ない人が来ても問題ないですよね!? ね? 安全なんですよね?」


「師匠はいないぞ」


「…へ? どこにいるんですか?」


「知らん。師匠は日々、お忙しいのだ。仕方ないことだ」


「ええええええ!? じゃあ、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!? このままじゃ危ないんじゃないですか!?」


「お前は師匠のことを何もわかっていないな。師匠はこの場を私に任せてくれたのだ!! この信頼…なんと嬉しいことか! 不肖サリータ、任務をまっとうしてみせます!!」


「ええええ!? 絶対違いますって! あの人、そんなこと考えてないですよ!!」



 この点に関しては、シャイナのほうがアンシュラオンのことをよくわかっている。


 あの男は、サリータにすべてを任せるほど甘くはない。


 が、彼女がやる気になってくれるのならば問題ないし、よい『実戦テスト』になるのも間違いないことである。


 すべてあの男の手の平の上、という意味ではサリータも正しいわけだ。




「そんなぁあ! ここには子供だっているんですよ! こんなことになるなんて…!」



 シャイナが、部屋の椅子に座っていたラノアに目を向ける。


 しかし彼女はシャイナと違って落ち着いており、ご機嫌な様子で外を眺めていた。


 状況を理解していない可能性もあるが、元来物怖じしない性格なのだろう。泣き叫ぶより遥かにましだし、見込みもあるというものだ。



「そうだな。子供を守らないといけないな。ほら、これを持て」


「…え? 何です、これ?」


「見てわかるだろう? 銃だ」


「いやその…わかりますけど…銃?」


「ただの銃ではないぞ。サナ様が持っているものと同じタイプで、連射が可能だ。よかったな」


「よかった…え? 何が? え??」


「これで身を守れ。いや、お前は傷ついてもいいが、ラノアたちは守ってやるんだぞ」


「わ、私も戦うんですかかぁあああああああ!?」


「当たり前だ!! 働かざるもの、食うべからず!! 師匠にも、お前には厳しくしろと言われているからな! バシバシいくぞ!!」


「ひーーー! これじゃ先生よりも酷いですよ!?」



 いつの時代も、先輩とは理不尽なものである。体育会系ならば、なおさらだ。


 だが、自分で身を守らねばいけない状況ならば、もはや躊躇っている余裕はない。



 コンコンッ ガチャッ



 軽くノックをしてホロロが部屋に入ってきた。


 中に主人がいるわけでもないのに、ノックをするあたりはさすがだ。


 それから周囲を見回し、作戦の開始を告げる。



「ではみなさん、今日限りでこのホテルを破棄いたします。準備はよろしいですか?」


「はっ! 万端であります!」


「ちょっと待ってーーーー!! 聞いてないですからーー!」


「なんですか? 馬鹿犬」


「馬鹿犬!? って、ホテルを破棄ってどういうことです!?」


「言った通りです。ホワイト様…いえ、もうその名前は終わりを告げますね。わが主たるアンシュラオン様は、このホテルを捨てることを決められました」


「ずっとここにいるんじゃないんですか!?」


「浅ましい犬ですね。誰のおかげで生き延びられたと思っているのですか。主人が決めることには絶対服従。それが従者の嗜みです」


「私は従者じゃないですよおおおおお!」



 冷静に考えれば、このホテルはアンシュラオンのものではないので、勝手に破棄すると宣言するほうが傲慢である。


 しかし、誰が何を言ったところで、ここが崩壊するのは決められていることだ。


 すべては筋書き通りに動く。



「先輩、我々はどういたしましょう? どうやら表には敵がいるようです。裏口から出るのですか?」


「いいえ、どのみち回り込まれるのは時間の問題です。子供がいれば追いつかれる可能性があります」


「では、表口を強行突破ですか? 私が盾を持って突っ込めば、逃げ道くらいは…」


「サリータ、あなたの能力では無理です」


「うっ!」


「べつにあなたを過小評価しているわけではありません。あなたの役割は、我々の護衛です。それ以上は求めておりませんし、あなたも犠牲になってはいけません。これはアンシュラオン様からのご命令です」


「し、師匠! 私の身まで案じてくださるとは…。やはりその…一度繋がったから……ぽっ」


「勘違いしてはいけません。あの御方は、私たちを平等に愛してくださいます。しかし、それだけで十分なのです。あの偉大なる神が、我々の真上におられるのですからね」


「わ、私も! 私もつ、つながって…」


「あなたの場合は単なる遊びですから、勘違いしないように」


「遊び!?」


「それよりラノア、セノアに連絡をしてください。プランB…『アレ』を出します」


「あーい」


「アレ? アレって…何ですか?」


「フフフ、いい具合に仕上がっているようです。頃合でしょうね」



 ホロロが、にやりと笑う。


 この戦いは、ホワイト商会が出来た頃から計画されていたものだ。


 設立後にいくつかの要素を加えたのち、アンシュラオンは終わらせるための【崩壊シナリオ】を事前に作っていた。これもたびたび述べてきたことだろう。


 崩壊シナリオは一つではなく、多様な状況に対応できるように複数存在した。


 プランAは、ソイドビッグが死んだ場合の流れとなっているので、こちらはすでに破棄である。


 ビッグが死ぬのをAプランにもってくるあたり、最初からビッグにはあまり期待していなかったことがうかがい知れる。



 では、プランBとは何か。






〈ねーねー、Bだって〉



「うん…うん。わかったわ。プランBね」



 ラノアから念話によって連絡を受けた姉のセノアが、一つ下の階にいた。


 この部屋、二十四階に何があったのか、いや、『誰』がいたのかを覚えているだろうか。



「あ、あの…呼んでるよ」


「ふーーー、ふーーーー!!」


「あ、あの…」


「うるせえええええ! ぶっ殺すぞおおおおお!! ふざけるな!! 殺す、殺す殺す!!!」


「ひぅっ!」



 そこには、身体全体から激しい闘争本能をたぎらせている【ルアン・改】がいた。


 ようやく彼の出番である。



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