565話 「ホテル迎撃戦 その1『おっぱいの勇者、参上!!』」


 ホテル・グラスハイランド〈都市で一番高い場所〉。


 アンシュラオンがグラス・ギースにやってきてから、ずっと居住エリアとして使用していた場所である。


 ホテル街の中でもっとも高い建造物であり、領主城よりも高い位置にあるので、まさに都市で一番高いといえる。



 その屋上に、ホロロがいた。



 彼女の顔には、普段見られないゴーグルがはめられている。


 第一警備商隊にいたモズから奪ったゴーグルだ。


 これは正式名称を『兆視暗眼奇ちょうしあんがんき』といい、視力の増強および暗闇での視界確保を可能とするB級の術具である。


 能力は視力の強化だけなのでB級止まりであるが、エネルギー核となるジュエルの交換補充だけで、誰でも何度でも使えるので、使い勝手としてはかなり良いといえる。


 ホロロがそれを使って見ていたものは、三キロ先にある城壁である。


 ゴーグルを使っても当人の視力を強化するだけなので、一般人であるホロロだと克明に映し出すわけではないが、そこで燃えている『火』が見えれば十分なのだ。



「火は二つ。プランBで。かしこまりました」



 時刻はもう夜中。真っ暗闇の城壁の上に、わずかに光る炎を二つ確認。


 ホロロは一度綺麗なお辞儀をしてから振り返り、反対側の西の方角に視線を向けた。


 まだかなり距離はあるが、こちら側に向かってくる集団を確認する。


 普通ならば隠れながらやってくるのだが、彼らは堂々と向かってきているので容易に発見も可能であった。


 どうやらワカマツは、すでに破滅に向かって一直線らしい。この一件を隠すつもりもないようだ。


 しかし、それはホロロたちにとっては好都合である。


 彼女は主人によく似た、相手を嘲笑するような辛辣な笑みを浮かべる。



「わが主に逆らうとは、愚か人たちです。その行動も、すべて思惑通りだというのに。正面からやってくるのならば、まずは『防波堤』のお手並み拝見といきましょうか。その具合で微調整いたしましょう」



 ホロロがホテルの入り口に目を向けると、そこには物陰に潜む男の姿が見受けられた。


 あれで隠れているつもりらしいが、ここからは丸見えである。


 といってもこれだけの術具を使い、上空からの角度から見ているので致し方のないことだろうか。



 じっと見ていると、その男に近寄る者がいた。



 その人物は、静かに男に近寄り、そっと声をかける。



「あの…お、お茶を…どうぞ」


「あ、こりゃどうも。いつもすみません」


「あっ…は、はい。が、がんばって…ください」



 メイドに扮したリンダが、茂みに潜んでいたシーバンに茶と菓子の差し入れをしたのだ。


 彼女は役割を終えると、ふらつく足取りでホテルに戻っていった。


 それを見送ったシーバンが呟く。



「かわいそうに…あんなに震えてよ。メイド長さんの話によれば、領主に薬漬けにされて遊ばれたってことらしいが…人間として許せねぇよな」



 ちょっと忘れているかもしれないので、改めてシーバンを紹介しよう。


 彼はハンター寄りの傭兵団である「ライアジンズ」のリーダーで、「おっぱいの妖精」と出会い、人生を狂わせた男の一人である。


 収監砦に入りながらも、外で暗躍していたアンシュラオンによって勧誘され、ホテルの警護の任務を命じられた者たちだ。


 彼らはおっぱいの妖精と別れたあと、密かにホテルを見張っていたのだが、さすがに何日もいれば怪しまれるし、隠れるにしても限界があるため困っていた。


 そんなときにホロロがやってきて、彼らに親しげな笑みと今までの苦労を打ち明けた。



 「領主やマングラスたちによって、私たちは搾取されてきました。その中には麻薬中毒にされた女性や、か弱い少女もいます。お話は伺っております。どうか助けてください。もう頼れる人があなた方しかいないのです」



 と、艶のある美女から泣きつかれれば、男としてはやる気が出ないわけがない。


 その際にホロロが、ちょっとおっぱいを押し付けるといった芸当も見せたので、あっさりとシーバンの籠絡ろうらくは完了となった。


 さらに定期的にリンダが差し入れを持ってくるので、彼女の醸し出す『薄幸はっこうオーラ』によって哀れみが増していく。


 今彼は、とても強い使命感に燃えているのだ。



 ガサガサ



「シーバン、怪しい連中が近づいてきているぞ」



 背後の茂みが揺れると、ライアジンズの仲間であるレッパーソンが顔を出した。


 顔には炭が塗られて真っ黒になっており、夜の間は迷彩として機能しているようだ。(昼では逆に目立つが)


 彼は見張りの段階では連絡係として働いていた。


 もともとがレンジャーのような役割をこなせるので、隠密能力も高く、フットワークが軽い彼には適任であろう。



「こんな時間にか? 人数は?」


「かなりいる。四十人くらいか?」


「多いな。何者だ?」


「ホワイト商会とやらの制裁だったか。西にいろいろな連中が集まっていたから、その中のどれかのグループかもしれないが…」


「だとしても、ここにやってくる必要はないよな。ってことは、もしかして…」


「ああ、ありえる。これに乗じて領主が証拠隠滅を図るかもしれんぞ」


「なんて卑劣なやつだ。自分の都市だからって、あまりに好き勝手やりすぎる。やつは悪だ! 許してはおけない!!」



 ちょっと話が飛躍しているので説明を入れよう。


 ホロロはホワイト商会への制圧の件を知っていたため、シーバンたちにも情報を与えていた。


 ただし、その内容はかなり歪曲及び、捏造されている。


 ホロロからの説明はこうだ。



「今回の鎮圧は、すべて【領主の自作自演】なのです。実はホワイト商会は、領主が作った『外郭団体』であり、すべては領主主導のもとに行われているのです。彼らに悪事を担当させ、奪った富と女を密かに楽しみ、なおかつ他派閥への圧力として利用したのです。そして不要となれば、近いうちに処分するでしょう。それと同時に、ここも必ず処分対象にされるはずです」




 なんと、ホワイト商会は、領主が作った組織だったのだ!!!



 ここでまさかの驚くべき新事実が発覚。


 領主が自分の醜い欲望を満たそうと、都市内部で悪事を働くために生み出した『公的な組織』であった。


 そして、ある程度他派閥を抑止し、富と女を接収したら、またしばらくはしっぽりと楽しむ。


 ただし、それと同時に証拠隠滅のために定期的にホテルを変える。その際にはすべてを綺麗にしてから、また新しいホテルへと旅立つのだと。



「女性を辱めるだけでなく、自分のホテルで働く者たちすら貶めるとは!! こんな悪事が横行していたとは、にわかには信じられなかったが…どうやら本当らしいな!」


「どうする? 攻撃するか?」


「いや…この前、間違って攻撃したばかりだし慎重に行動しよう」



 シーバンたちは当初、相当な意気込みをもってやってきていた。


 そのため、単に道を歩いていた男やら、たまたまホテルに用事があった中年男性等にいちゃもんをふっかけ、間違って撃退するといったミスもやらかしている。


 これではどちらが悪者かわからないが、正義の炎に燃えていたので仕方がない。



「やつらがホテルに入るそぶりを見せたら、何者か問いただす。その役目は俺がやるから、お前たちは準備をしていてくれ」


「わかった」


「もし話が本当ならば、戦闘になるかもしれない。しっかりと頼むぞ」


「任せておけ。俺も彼女が妊娠しているんだ。女性を道具のように使い捨てにする男など許せんし、それに加担するやつらも許しておけん! 人間としてクズすぎる!」


「おうよ。俺らは正義(※1)のために戦うんだ!」



※1:正義と金のために





 ワカマツの部隊が、ホテルにまで十数メートルといった距離にまで近づいてきた。


 その動きは、すべて偵察のクワディ・ヤオ(暗殺者タイプの仲間)によって監視されている。


 どうやらワカマツが集めた部隊の中には、そこまでの腕利きはいないらしく、彼の監視に気付く者はいなかった。


 そして、彼らがホテル前に集結しつつある時、シーバンが茂みから現れて立ちふさがる。



「お前たち、どこに行くつもりだ?」



 シーバンが一番近くにいた、口元を防護マスクで覆った男に近寄る。


 その男は釘バットならぬ『釘棍棒』を持っており、革鎧に身を包んだ傭兵風のチンピラだった。


 薬でもやっているのか、目の周りがやたら黒ずんでおり、人相の悪さに拍車をかけている。


 見れば、どいつもこいつも似たような風貌だ。


 装備はそれぞれで、さりげなく布で覆って隠しているが、衛士の銃を持っている者もいれば、斧や長剣を装備している者もいる。


 はっきり言えば『雑兵』だ。


 ワカマツも、ここにいるのは女だけという認識だったので、この程度の戦力で制圧が可能だと思っていたのだろう。


 そんな連中に近寄っていくのだから、見た目的には、公共の道路でたむろする暴走族の群れに、単身で注意に行くおっさんを彷彿させる。


 その様子はホテルのロビーから丸見えなので、中にいた従業員も何事かと視線を向けていた。



「ああ? なんだ、てめぇ」


「もしこのホテルに用があるならば、立ち入り禁止だから立ち去れ。それ以外の用事ならば、速やかに立ち去れ」


「偉そうに何言ってやがる。このホテルは団体客を受け入れてくれねぇのかよ? なぁ」


「そうだぜ。俺らはたっぷりと、ここで楽しむように言われているからなぁ。げへへへ」


「そんな武装をしてか?」


「手荷物検査が必要なのか? 俺らは上級街で武器の携帯を許可されてるんだぜ。ホテルにだって、べつに持っていってもいいだろうがよ。私物だぜ、私物。とやかく言われる筋合いはねえな」


「なるほど、たしかに許可がなければ、門で没収されるな」



 西門にも一応役割があり、平常時は危ない人間を上級街に入れないという防衛機能を果たしている。


 明らかに不要な武器を携帯していれば、まずは没収されるのがルールだ。


 ただし、アンシュラオンが検問を受けたように、かなり恣意的に利用される制度なので、あまり信用はできない。


 そして、彼らが武器を持っているということは、それなりの権力を持った人間が背後にいることを示す。(ちなみにシーバンたちは、上級ハンター権限によって武器の携帯が許されている)



「お前らはどこの派閥だ?」


「なんでそんなことを言わないといけねぇんだよ。関係ないだろう」


「どこの連中だ? 素性が言えないのか?」


「うっせぇな。どうするよ?」


「言ってやれ、言ってやれ。もう俺らに怖いものなんてねぇんだからよ」


「へへ、そうだな。いいかぁ、チビるんじゃねえぞ。俺らはな」





「マングラスの兵隊だぜ!!」





(やはり―――か!!!)




 ピキーーーーンッ!


 してやったり、といった表情のならず者の思惑とは逆に、シーバンは確信を深めた。


 すでにおっぱいの妖精から、「領主とマングラスは組んでいる」という話を聞いているので、その発言は裏付けにもなったのだ。


 もう疑う余地はない。


 シーバンは、拳を思いきり握った。


 ぎゅうううう ギリギリッ


 手の平が真っ赤になるほど強く握り締めると、怒りがさらに湧いてきた。



「貴様らは、人として許せん!!!」


「…え?」


「領主と結託し、用済みとなった女性を襲うなどと、貴様らはクズの中のクズだ!! どうせ処分する前に好きに楽しめと言われているのだろう!!」


「あ、いや…まあ、そうではあるが…領主?」


言質げんちは取った!! もう言い逃れはできんぞ!!」


「お、俺らはマングラスの兵隊だぞ!!」


「だからなんだ!! 俺は『おっぱいの勇者』だ!!」


「おっぱい!!?」



 ザワザワザワ


 ここでならず者の集団に動揺が走る。


 まず、彼らが「マングラスの兵隊」と名乗ったのは、ちょっと調子に乗ったからだ。


 マングラスが治安維持部隊を展開させているので、自分たちもそれに乗じた、というわけだ。


 そこらのチンピラが、虎の威を借る狐の如く、マングラスの名を勝手に使ったのである。


 普通はそれを聞けば「ヤバイ、マングラスだ!」となるのだが、シーバンが反対の反応をしたので戸惑ってしまう。


 また、ワカマツから「捕まえた女はいたぶって、死ぬ寸前までなぶりものにしろ」とも命じられているので、たしかに合っている部分もあるのだが、突然領主の名前が出てきたので困惑しているわけだ。


 そのうえ、まさかの「おっぱいの勇者」発言である。



「こ、こいつ、頭がおかしいんじゃねぇのか?」


「そ、そうだよ。普通よ、いくら夜とはいってもよ、こんな場所でおっぱいなんて叫ばないぜ?」


「だよなぁ! 相当ヤバイ薬をやってるに違いねぇぜ! 見ろ、目なんて俺らより血走ってやがる!!」


「パイセン!! 薬のパイセンだ!!」


「ええい、うるさい!! 貴様らのようなクズを許してはおけない!! すぐに立ち去れ! でなければ後悔することになるぞ! 痛い目に遭う前に消えろ!!」


「ああん!? 俺らとやるってのか? マジでぶっ殺すぞ! どうせ目撃者は全員殺せって言われてるからよ!」


「領主めぇえええ!! そこまでクズかああああああああああ!」


「訳がわからねぇが…とりあえず、死ねや!!」



 マスクの男が棍棒で殴りかかってきた。


 彼らも狂ったワカマツに用意される程度の人材だ。頭が良いわけでも物分りが良いわけでもない。


 なので、こうなるのは当然である。


 ただし、シーバンには動揺も迷いもない。



「もし俺が、通りすがりの善良な市民だったらどうする。この悪党がぁあああああああああ!」



 シーバンは棍棒を軽くよけると、男の顎に掌底を打ち込む。


 ゴギャッ!



「あ…で……!?」



 ふらふら どすん


 そのたった一発で、男はノックダウン。


 目をぐるぐると回転させながら、地に伏せった。



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