564話 「ビッグのでまかせ」


 陰湿なワカマツがホテルに狙いを定めるのは、至極当然であると思われる。


 ただ他方では、そうなると困る人間もいる。



「はぁはぁはぁ!!」



 ホテル街への道を懸命に走っている男がいた。


 今回の立役者であるソイドビッグその人だ。


 なぜ彼が必死にホテル街に向かっているかといえば、答えは簡単だ。



(リンダを…! 早くあいつを助け出さないと!!)



 婚約者をアンシュラオンに人質に取られているため、ソイドビッグは嫌々ながら従うしかなかったのだ。(麻薬やちょっとした金程度で、実はたいした要求はされていないが)


 今回の反抗作戦にしても、彼は非常に心を痛めていたものである。


 自分がこうして動き出せば、人質のリンダがどうなるかわからない。もしかしたら、もう何かしらされているかもしれない。


 そんな不安と葛藤の中で「それでもホワイトを倒さねば」という決意を固め、最悪はリンダを犠牲にすることも覚悟していた。


 だがやはり人間は、そこまで割り切れるものではない。


 ビッグのような甘い男ならば、なおさらのことだろう。



(ホワイトは今、収監砦にいる! 今が最大のチャンスなんだ! このどさくさにリンダを取り戻す!)



 たしかにここが最大のチャンスである。むしろ今しかない。


 人々に囲まれてしまい、なおかつ父親から賛辞を送られていたので、かなり出立に手間取ってしまったものの、なんとか抜け出すことに成功した。


 この作戦は独りでやらねばならない。


 誰にも知られず、ひっそりとすべてを終わらせるのが一番最良の方法である。




 そう思っていたのだが―――まさかの出会いが発生。




「おう、兄さんじゃねえか。何してんだ?」


「げぇええええ!? クロスライル!!」



 そこでばったり、クロスライルたちと遭遇する。


 人生においてなかなか「げぇえええ!」と言うことはないが、それだけ驚いたということだろう。


 さすが役者である。言うことが違う。



「おや、これはこれは。ラングラスの御曹司じゃないですか」



 しかも最悪なことにワカマツとも遭遇。


 彼のことはダディーから「ヤバイやつがいるから、関わるな」とは少し聞いていたが、ここで出会うとは運がありすぎる。



「あ、ああ…ど、どうも。それじゃ俺は急いでいるんで…」


「なんだよ、兄さん。一緒に戦った仲じゃねえか。美味しいところを譲ったんだからよ、もうちょっと絡んでくれてもいいんじゃないの?」


「い、いや、その…忙しくて…」


「忙しいって、今日はもうやることなんてないだろう? あれだけがんばったんだからよ、ゆっくり休めばいいじゃねえか」


「あー、そ、それとは違う用件があって…」


「用件って…この先に何かあるのか?」


「この先はホテル街しかありませんよ」


「ぎゃーーーー! 余計なこと言うなよ!!!」



 なまじ都市に詳しいラブヘイアがいたので、あっさりと目的地をばらされる。


 といっても、こんなにわかりやすい男だ。ちょっとつつけば簡単にボロを出す可能性も高かった。どうせすぐにバレていたはずである。



「ホテル? なんだよ、兄さん。まだハッスルしちゃう気? 元気だねぇ。若いってのはいいよな」


「そ、その…まあ、ど、どうも」


「ですが、ホテル街には行かないほうがいいでしょう。どうやらこれから騒動が起こりそうですからね」


「騒動?」


「くきゃきゃきゃ、あなたも見学しますかい? ホワイトの女どもが、ぐちゃぐちゃになるところをね」


「なっ…何を言ってんだ?」


「ホワイトと関係があった御曹司なら、知っているんじゃないですか? やつがホテルに女を囲っているってね」


「っ!! どうしてそれを…!」


「そりゃ普通はわかるでしょう。裏の人間なら誰でも知っていますよ。ただ、あそこは領主の管轄なんでね。迂闊に手を出さなかったにすぎません。あんな顔をしていますが、怒らせると見境がない怖い男なんでね。ひゃひゃひゃっ」



 領主が娘のベルロアナのためにラングラスの麻薬工場を襲ったことを思えば、怒った際には過激なこともやる危ない人物であることがわかるだろう。


 領主の地位にもこだわりを持っているので、なめられないように武力行使すら躊躇わないのである。


 が、今回の上級街での戦いを許可した通り、領主は第一城壁内部での騒動に目を瞑ったのだ。



「まさか…それも領主の差し金なのか!? ホテルを襲うってのも…」


「いやいや、さすがにそんな許可は下りませんよ。外資獲得の資金源の一つですからね」


「え? じゃあ、どうして…」


「私がそうしたいからですよ」


「ま、待ってくれよ。そんなことを勝手にしたら、あんた…ただじゃ済まないんじゃないのか?」


「ただじゃ済まない? …ふへっ、ふへへへへっ! ふひゃひゃひゃっ!!! いいいいーーーじゃないですか、そんなことは!! 私の気が済めば、それがすべて正しいことなんですよ。それが筋ってもんですからね!! ぐひゃひゃひゃひゃっ!!


「………」


「まあ、あとのことは任せてくださいよ。私がちゃんと始末しておくんでね。これで憂いはないでしょう? ソイド商会の疑いも晴れますわ。めでたしめでたしだぁ」



(ヤバイってのは、こういうことかよ。マジでヤバイな。こんなやつがホテルに行ったら、リンダまで殺されちまう!!)



 ワカマツの目は、明らかに常人のものではなかった。


 理解力は残っていても理性がない。そのたがが外れてしまったのだ。


 あの仮面の男と出会ったら、誰だってそうなる。普通はこうなるか、完全なる恐怖の前にひれ伏すものだ。


 そしておそらく、ホテルにいる人間は皆殺しになるだろう。


 女性は捕まれば、直視できないほどの惨状になるに違いない。リンダを含めて。



(どうする? リンダがいることを伝えて助けてもらうか? だが、おかしいよな。なんでいるんだって話になっちまう。だから俺も準備ができなかったんだ)



 ビッグが事務所への攻撃前にリンダを確保できなかったのは、周りの目があるからだ。


 もしここでビッグが、ホテルにリンダがいるんだ、と言ったとしよう。


 密偵として見張っていたという口実にしても、かなり長期間に渡って潜伏していたので、今まで何をしていたのかという話になる。


 現在ホワイトは収監砦にいるため、わざわざ女を見張る必要はない。


 「万一抜け出して接触する可能性があったから」等々、強引に話を押し通すこともできるのだが、いかんせんソイドファミリーはホワイト商会との繋がりを疑われている。


 収監砦に入る以前ならばまだ十分言い訳もできたが、すでに居場所が判明している今、あえて見張る必要もないと言われれば、たしかにその通りだ。


 ビッグが独りでここにやってきたことも、考えてみれば怪しい。


 もしホテルを制圧しに行く、あるいは女を拘束するためならば、最低でも数人の部下は連れて歩くに違いない。


 かといって、クロスライルが茶化したように彼女と密会するにしても、ホワイトの女がいる場所でというのは、あまりにも不謹慎だろう。


 リンダがメイドとしてホロロたちの近くにいる、というところがネックだ。良くも悪くも距離が近すぎるのである。


 そんなに近くに密偵がいながら、どうしてホワイト商会の暴挙を止められなかったのかと、ワカマツのような被害者に口実を与えることにもなる。(他の組織の密偵は処分されたのに、なぜかリンダだけ無事なことも違和感がある)


 このように自分にやましい気持ちはなくても、疑ってかかる相手からすれば十二分に疑わしい行動なのだ。


 ここで疑われると、さきほどの禊のための激闘も疑われてしまうので、非常に困った事態だ。



(ちくしょう! 何か上手い言い訳はないのか!? リンダのためだ! 無い頭をフル回転させるんだよ!!)



「ホワイトか。会うのが楽しみだねぇ」


「そこまで入れ込むものか?」


「まあね。それこそ個人的興味ってやつさ」



 そんな時、クロスライルとJBの会話が聴こえてきた。



「あんたら…ホワイトに会いに行くのか?」


「会うっていっても逢引きじゃねえよ? 熱烈な歓迎は期待しているがね」


「どういうことだ?」


「相変わらず馬鹿だな、貴様は。我々がやることなど一つしかなかろう」


「もしかして…ホワイトを殺しに行くのか?」


「ここまで来たんだ。ぜひとも会わないともったいないだろう?」


「収監砦に行くってことか?」


「そうみたいだな。そこにいるらしいし」


「じゃあ、ホテルはどうするんだ?」


「ワカマツの兄さんの兵隊がやるってよ。たかだか女だ。そこらのチンピラや傭兵で十分だろうさ。つーか、何? 何か気になるのかい?」


「べつにそういうわけじゃないが…」


「べつにってこたぁないだろう。言いたいことがあるなら、スッキリ吐き出しちまうのがいいぜ。若いんだ。気にせず言いなよ」



 ビッグの挙動不審さは、誰が見てもすぐにわかるものだ。


 クロスライルが遊び半分で詰め寄る。かなりピンチである。



(ホワイトが死ねば、女を捕まえる理由もないのか? なら先にホワイトを倒しに行く? いや、どのみち間に合わない。兵隊が突入したらリンダも危ない。逃げてくれればいいが、どんな状況かわからない以上、博打は打てねぇ)



 リンダは戦闘能力がほぼ皆無なため、銃撃戦にでも巻き込まれたら死亡する可能性は極めて高い。


 普通の制圧作戦でもそうなのに、狂ったワカマツならばなおさら信用はできない。


 ホテルにいるやつは全員共犯と思っているだろう。事実、従業員もホワイトの噂を知っていながら買収されて何もしていないのだ。


 その中の一人が身内だと打ち明けるのもリスクがあるし、言い訳が通用する相手かどうかも怪しい。


 この状況下でリンダを比較的安全に確保するにはどうすればいいのか。


 打開策を探そうと、ビッグが必死に目を右に左に向けると、JBとラブヘイアが見えた。



「あんたたちは、ホテルに行かないのか?」


「なぜ行く必要がある」


「私はこの件に関わるつもりはありません」



 ここでちょっと思いつく。



(JBは助けてくれたし、ラブヘイアもそこまで悪いやつじゃない。こいつらをなんとか引き込めないか? 乱戦にならなければ、あとでどうとでもなるしな)



 ビッグの中では、JBはそこそこ「いいやつ」判定されているらしい。


 マサゴロウとの戦いで共闘したことも影響を与えているのだろう。単純な男だ。


 ラブヘイアは昔から知っているが、特に問題を起こすような人間ではない。いわゆる「普通のやつ」といった評価だ。


 このままワカマツに任せるより、彼らを巻き込んだほうが、まだリンダを助ける機会は増えるだろう。


 一番怖いのが、混乱の中で見失って死んでしまうことだ。投入される人数が減るのならば目的も達しやすくなる。



 あとは、その口実である。



(いきなり一緒にホテルに来てくれ、じゃ問題だよな)



 それは問題だ。


 特にラブヘイアはちょっとイケメンなので、何か別の意味に捉えられそうで大問題になる。


 ここでまさかの「アーー!」はご勘弁願いたい。



(何かこいつらが興味を抱くような…あるいは都合のいい口実はないかな。要するにリンダさえ取り戻してしまえば、あとはなんとでもなるんだ。でたらめでもいい。マサゴロウのやつも言っていたじゃないか。大切なものを選べってよ)



 自分にとって何が大切なのか。


 それは間違いなく家族であり、妻となる婚約者のリンダだろう。


 構成員のように失ってからでは遅い。そこで嘆くだけならば、少なくとも自分にとっては、最初からこの戦いは意味がなかったことになる。



(ここはホワイトを見習おう。目的を達成できればいいんだ。そのためなら―――)




「実はこれは秘密だけどよ、ホテルにはホワイトがいるかもしれねぇんだ」




 なかなか突飛な発言をしたものである。


 当然、あまりにぶっ飛んだ話のため、誰もが一瞬だけ動きを止める。


 そして、クロスライルが一回タバコを吹かしたあと、首を傾げた。



「ホワイトってやつは収監砦にいるんじゃねえのか? 地下って聞いたぜ」


「そうなんだが、ホテルにはうちの密偵が張り付いていてな。その子からの情報で、ホワイトに似たやつが中にいるって話なんだ」


「話が食い違ってんな。どうなってんだ? なあ、ワカマツさんよ」


「ホワイトが地下にいるって話は間違いねぇよ。だが、あの男のことだ。何を仕込んでいるかわからねぇ。あのあの、あの男ならよおぉぉおお! グガガガッ!」


「うーん、なんとも言えねぇな…」



 ワカマツが半ば狂っていることもあってか、クロスライルの彼に対する信頼度もやや低いようだ。


 この点は大いにビッグの追い風になっていた。


 だが、これだけではまだ弱いので、どうしようかと思っていたところ―――



「普通に考えれば、ホワイト殿が二人いるわけはありません。時系列の勘違いによる誤報の可能性もありますが、もし事実ならば、どちらかが偽者ということでしょうね」



 ラブヘイアが、至極まともな意見を述べる。



「そりゃマフィアのボスは狙われるからな。影武者くらいいてもいいよな。ずっと思っていたんだけどよ、『エルネシア』も影武者なの?」


「貴様…不敬にも程がある!」


「いやだって、そっくりだしさ。男と女って違いはあるが、見た目はほとんど同じだろう? どっちかが影武者かなぁ…と」


「ネイジアは、二人で一つ! 真なる人間よ!」


「あー、はいはい。そっちはどうでもいいけどさ。話は逸れたが、どうするよ。もし収監砦に行ったら、入れ違いで逃げちまうかもしれねぇぞ?」



 ここでクロスライルが「話が逸れた」と言っているが、ビッグにとっても逸れたのは同じことであった。



(やった! リンダのことは、それとなく話を流せたぜ!!)



 さりげなく密偵が~という発言をしたが、ホワイトという存在が大きすぎて、誰もそこには興味を抱いていない。


 これでビッグがリンダを救出しても違和感はないだろう。事前に特徴を教えて攻撃対象から外すことも可能だ。



 あとは、どう対処するかであるが―――



「ならば、二手に分かれるのがいいでしょうね」



 ここでまたラブヘイアが提案を出す。



「二手? どう分けるんだ?」


「クロスライル、あなたは今回の報酬を独占したいと思っていますね?」


「突然だな。だが、そうだよ。事実だ。で、それが?」


「賭けをしませんか? あなたがどちらかを選び、そこに本物のホワイト殿がいれば、あなたの勝ちです。そのまま倒してお金を独占すればいい」


「へぇ…いいね。ならよ、反対側にJBが行かないと釣り合わないよな」


「そうなりますね。どうです、JB?」


「話を勝手に進めるな。なぜ私がそのような賭けに乗らねばならん」


「いやいやいや、これはいい話だ! JB、お前が引き当てたら全額を組織に入れてやるよ。それなら文句はないだろう?」


「前提が間違っている。そもそもすべてはネイジアのものだ」


「もし外れたら、てめぇは手を汚さないんだからよ。そこは譲れよ。な?」


「…ふん、俗的な話だ。だが、ここで言い争っている間に時期を逃すのも困る。いいだろう。公式の依頼ではないしな」


「よっしゃ! 決まりだ! あとから文句を言うなよ?」


「ではクロスライル、あなたはどちらを選びますか?」


「そうだな…」



 クロスライルは、すぅうっと一度深呼吸をしてから、自信たっぷりに述べる。



「地下を選ぶぜ」


「なぜですか?」


「勘だよ。そっちのほうが楽しくなりそうな気配がする。そんだけさ。んじゃ、お前はホテルな」


「待て。なぜ私に選択権がない?」


「じゃあ、代わるか?」


「貴様の選んだ場所など願い下げだ」


「どっちだよ! まあいいや。そういうことでいいか? ワカマツさんよ」


「俺は自分の情報を信じるだけだぜ。だが、あんた一人でやれるのか?」


「カカカッ、そこは信じてくれよ。いやー、楽しみだな」



(助かった…どうにかなったな。ラブヘイアには感謝しかねぇぜ)



 ここでナイスフォローをしてくれたのが、ラブヘイアであった。


 仮に全員でホテルに行った場合、ビッグは困っていただろう。


 なにせ最初から嘘なのだから、それで肝心のホワイトを逃していたら、ワカマツの恨みは相当なものだったに違いない。


 または話を聞いてもらえず、そのままホテルをワカマツの部隊だけに任せていたら、リンダを助けるのは難しくなっていた。


 強引に助けた場合にも、ワカマツの部隊を蹴散らす必要が出てしまえば、そこで他派閥と再度揉めることになったのだから、それこそ何の意味もない。


 だからビッグはラブヘイアに対して、密かに感謝の念を送っていたのだ。



 だが、ビッグは気づいていなかった。



 ここに二つの「彼の知らない事情」が存在したことを。




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