「ホテル襲撃」編

563話 「私怨の矛先」


 ホワイト商会は、ラングラス主導による制裁により壊滅。


 ただし、その際に出た多大な被害によって、事務所周辺の混乱が収まるまでには時間がかかっていた。



「とりあえず、うちらの仕事も終わりかね?」



 クロスライルが、現場から離れた空き地でタバコを吹かしていた。JBとラブヘイアもいる。


 彼らの役割は、戦罪者の排除である。


 その仕事が完了してやることもなくなったし、何よりも殺し屋がいるとあまり具合がよろしくない。


 ラングラス側としても、できれば本家筋であるソイドビッグが活躍したことを強調したいのだ。金で雇った殺し屋がいては印象も悪いだろう。


 ラブヘイアが言っていたように、これは『面子の問題』でもあるわけだ。



「そのようだな。あの程度の敵にてこずるとは、やはりこの都市の武人の質は高くないようだ」


「と言いながら、苦戦してたじゃねーかよ。わたわたしやがって」


「あれは足手まといがいたからだ。私のせいではない」


「へいへい、そういうことにしておくよ。で、お前のアレの調子は戻ったのか?」


「…今のところは落ち着いている」


「『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』ですか。ファルネシオは、いったいどれだけの石を手に入れているのでしょうか」


「新参者の貴様が知る必要はない」


「私も組織の一員ですよ」


「貴様は信用できぬ。獅子身中の虫である可能性は否定できない」


「カカカ、どうでもいーさ。オレらは『仲良しこよし』じゃねえからな。組織内でも隙あらば、と思っている輩も多いだろうさ」


「なさけない。それこそ信仰心の欠如だ。ネイジアに対しての裏切りよ」


「そういうのをユダって言うのさ」


「ユダ?」


「救世主ってのは、いつの時代も裏切られ、殺されるのが相場だ。それもまた時代の流れというものだろうさ」


「不吉なことを。貴様のふざけた口調にもうんざりだ。口を閉じろ」


「へいへい、不信心で悪かったですよ。で、どうする? これからよ」


「依頼内容は、『ホワイト商会の殲滅』でしたね。形式的には達成されたことにはなりますが…」


「まだ肝心の大将が残っているよな? 後払いだったっけ?」


「首魁の首は別途、成功報酬になっていたはずです。どのみち我々にお金の話は関係がないものですがね」


「カァ、やる気が出ねぇな。少しくらいもらえてもいいじゃねえか」


「クルマに使うのですか?」


「それな。オレのローラちゃんを再生するのに相当な金が必要だ。あの年代物のフレームを仕入れるだけで数千万はかかるぜ。それから専門の工場で組み立てて改造して、さらに塗装もしたら億はいっちまう」


「未練がましい。あんなもの、さっさと諦めろ」


「あぁん!? てめぇが壊したんだろうが! オンバーン姐さんのCJまでふっ飛ばしやがって!」


「恨みがましい男だ。それこそ新たに買って売り上げに貢献すればいい」


「カァー、聞いた? この言葉だよ。こいつは自分のことしか考えてねぇからな」


「あなた方は仲が良さそうですね」


「そういうわけじゃねえけどな。…で、『あちらさん』はどうするよ?」


「さて、そろそろ痺れを切らす頃ではないでしょうか。武人ではなさそうですしね」


「面倒だし、こっちから呼ぶか。ずっと見られていると落ち着かないしよ。おーい、そろそろ出てこいよ。それとも銃弾をぶち込まれたいかい?」



 クロスライルが、空き地の壁で見えない場所、道路側に面した真っ暗な闇に呼びかける。



 きゅろ きゅろきゅろ



 すると、ゴムが擦れる音とともに、その男が姿を見せた。


 車椅子に乗り、顔を包帯でグルグル巻きにした男だ。



「さすがだね。お見通しってわけか」



 瞼が焼け焦げて瞬きもできなくなった、乾燥したぎょろっとした瞳が、クロスライルを見据える。


 これだけでも普通の一般人なら恐怖を抱くのだろうが、彼はまったく動じずに車椅子の男、ワカマツと対する。



「そりゃあんた、そんな音がするものに乗っていりゃ、誰だって気付くさ。つーか、本気で隠れるつもりもなかったんだろう?」


「ああ、あんたたちと揉めるつもりはない。むしろ逆だからな」


「逆…ね。仲良くしたいってか? お金かかるぜぇ、オレらと仲良くするにはさ」


「あんたらは金で動くのか? 金で満足できるか? それならぜひ仲良くしたいね」


「ふぅん、本当に雇いたいって雰囲気だな。金はあるの?」


「ああ、そこは問題ない。俺のようにあいつにコケにされたやつらが『寄付金』を集めてくれたからなぁ。今言っていた億くらいは軽く出せるし、そのクルマなら数十台はやすやすと買えるぜ」


「そりゃ気前がいいね。で、あんたの要求は?」


「単刀直入に言うぜ。ホワイトを殺すために俺に雇われないか?」


「ホワイト…か。面白いこと言うね。だが、うちらはすでに…何だっけ? らんらん…ラングラ…ス? ってのに雇われているの知ってる?」


「もちろんだ。だから筋は通した。そちらは問題ない」


「用意がいいね。あんたと組むメリットは?」


「ここでのやり取りは表には出ない。あんたらはこの金をポケットマネーとして手に入れることができる。組織に入れる必要はない。入れてもいいが、そこはあんたらが決めればいい話だ」


「そいつは魅力的だ」


「ふん、金に何の価値がある。くだらん」


「いやいや、金は重要だろうが。そのためにファルネシオのやつも金を集めているんだからよ。何をするにも金はかかるぜ」



 仮に東大陸の一部の地域だけで暮らすのならば、金はいらないのかもしれない。


 だが、大きく発展しようと思えば、外部から物資と人材を仕入れるしかないので、どうしても金がかかる。


 物資の確保の観点からいっても、所詮一部の地域だけでは限界があるからだ。


 ファルネシオが建国を考えているのならば金は必要だ。さらにこの世界では大陸通貨という共通の価値基準が存在するので、まさに「金は天下の回りもの」なのである。



「でもよ、あんたがわざわざ雇わなくても、放っておきゃそのうち殺しに行くぜ。金の無駄じゃないのか?」


「ラングラスは弱小勢力だ。動きが鈍い。今回の制裁だって、周りにつつかれてようやく決断したようなもんだ。あいつらに任せていたら、ホワイトが逃げちまう。それだけは絶対に許せねぇ」


「随分と恨みがあるようだね」


「恨み? 恨みだって? ヒヒヒヒッ!! フヒャヒャヒャッ!! 恨みなんてもんじゃ言い表せないぜ!!! はぁあぁああ! ハアアアアア!! ひひゃひゃひゃひゃっ!!! あーーー、あーーーー! 水を…水うううう!」



 ぶしゅぶしゅっ


 取り出したスプレーで目と口に水分を補充する


 瞬きが出来ないため、こうして定期的に湿らせねばならないのだ。それだけでも地獄であろう。



「今でも渇きが…俺を襲う。ああぁぁ、苦しい、苦しいなぁああ。だが、だがよ…これが…これこそが俺を…ぐひゃひゃひゃっ! 俺を生かしてくれるんだよ!! あいつを殺すためだけに俺は生きているんだからよぉ」


「あんたも大変だねぇ。ま、楽しそうで何よりだ」


「へ、へへへ、楽しいぜ。これからあいつの大切なものを滅茶苦茶にしてやれると思うとよぉ…ふへへへ、楽しくて漏らしちまいそうだぜぇ」


「おいおい、ここでは勘弁してくれよな。で、どうするつもりだい? 計画はあるのか?」


「今、ホワイトの野郎は地下にいる。収監砦の中だ。そこであいつを殺す。簡単には入れない場所だが、俺らの力を使えばすぐ行ける」


「なるほど。地下か。どうりでいないわけだ。暗殺でいいのかい?」


「あそこには闘技場があってな、そこであいつを殺してほしい。俺が見ている前でよぉ…ひゃひゃひゃっ、ぐちゃぐちゃにしてやってくれよ。ああ、できれば完全には殺さず、少しは生かしておいてくれよ。楽しみが減るからな」


「今回みたいな悪趣味な観戦ってやつか。あんたらも好きだね」



 ちなみに地下闘技場で予定されていた団体戦であるが、サナが黒雷狼を生み出して無手の会場を破壊したことで、日にちが一日繰り下がっていた。


 それによってアンシュラオンは、事務所壊滅の見学ができたのである。


 仮に試合があっても、武人を確保できればサナの強化はいつでもできるし、見学を優先した可能性も高いだろう。


 サナに人の感情を教え、魅力的に育てることがアンシュラオンの最大の目的だからだ。



「だが、やっこさんが出てこなかったらどうする?」


「ヒヒヒ、どうせ逃げられやしねぇよ。それにやつは、自分の女を大事にするからなぁ。収監されたのもそれが理由だ。なら、そいつらを人質に取っちまえばいいのさ。この先にあるホテルに、やつが囲っている女どもがいる。これからそいつらを襲う予定だ」


「ほんと、いい趣味してるな」


「ありがとうよ。これだけが楽しみでなぁ。生きる希望なのさ。あいつの大切にしているもんを汚して、ぐちゃぐちゃにして、俺と同じような姿にしてやれると思うと…ひゃひゃひゃひゃっ!!! ヒーーーキャキャキャッ! ガクガクガクッ! 楽しみだ!!」


「悪いが、あんたの個人的復讐には興味がない。オレが興味を抱いているのは、そのホワイトってやつだけだ。そいつに早く会わせてくれるなら、組んでやってもいいぜ」


「クロスライル、どういうつもりだ?」


「あんな連中を飼うやつなんだ。面白そうだろう?」


「同意はしかねる。が、強い武人ならば興味はある。ネイジアの思想を体現するためには、より多くの力が必要だからな」


「面倒臭ぇやつだな。やるならやるって言えよ。で、ラブヘイアの兄さんはどうする?」


「私は遠慮しておきましょう」


「興味がないのかい?」


「…いえ、そういうわけではありません。ただ私は、この都市ではあなた方より目立つ存在です。案内はしましたから、すでに役割は果たしたと考えています。素直におとなしくしておきますよ」


「腰抜けが。戦うのが怖いのであろう?」


「どう捉えてくださっても結構です」


「ふん…」


「仲間内での話は終わったかい? 契約成立ってことでいいか?」


「ああ、いいぜ。どうせ暇だしな」


「前金で十五億払う。残りはその後だ」


「サンキュー、これでローラちゃんを再生できるぜ」


「半分は組織に入れろ」



 浮かれているクロスライルにJBが釘を刺す。


 こういうところは真面目な男だ。



「冗談だろう? そんなこと言うなら、お前は来なくていいぜ」


「すべてはネイジアのためにある。恩義を忘れるな」


「恩義ねぇ、そんなに恩なんてないがね」


「何か言ったか?」


「いいや、気が向いたら考えるさ」



 こうしてクロスライルたちは、ワカマツと手を組む。


 ワカマツも彼らの実力を見てから決めたので、両者ともに悪い話ではなかったようだ。


 今から自分で凄腕の武人を集めるよりは、よほど現実的な選択であろう。



(クヒャヒャヒャッ! ホワイト! てめぇの女どもをミンチにして、目の前に晒してやるよ。それでもまだ生きていたら、死にたくなるような地獄を味わわせてやるさ。泣き叫ぶ女をてめぇに見せ付けるのが楽しみだなぁ)



 人を憎む気持ちとは怖いものだ。


 それは当人だけではなく、より当人が苦しむための要素を取り入れようとする。


 荒野では、弱い者を狙うことが勝負の鉄則。肉食獣が草食獣の子供を狙うように、相手の弱みに付け入るのが常識であった。


 ワカマツの怨念が、ホテルに迫る。



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