562話 「予定調和 その2」


「あんたは…?」



 ソイドダディーが、突然会話に割り込んだ男を見て呆然とする。


 その人物が誰かわからなかったこともあるが、明らかに異様だったからだ。


 男は、車椅子に座っていた。


 見るとズボンの足はぺらぺらで、そこには何もないことがわかる。


 足を失うことなど荒野では珍しいことではないものの、彼の顔がさらに異様さを引き立たせていた。


 顔は包帯でグルグル巻きにされており、所々から縮れた毛が飛び出ている。


 唯一見える目元と口元も黒く変色し、唇は真っ白に膨れ上がっていた。



「ああ、これですか? くくく、みっともない姿でしょう? 足はなくなって、顔も焼け焦げちまったんですよ。笑ってくださいな」



 ダディーたちが奇異の視線を向けていることに気付くと、男は自虐的に笑う。


 だが当然、笑えるような空気ではないし、男の目がそれを許さなかった。


 すでに瞼すら焼け焦げて、瞬きすることもできなくなった男の視線が、じっとこちらを見つめているのだ。笑えるはずもない。



「あんたは誰だ?」


「申し遅れました。私はモザート協会のワカマツと申します」


「モザート? マングラスの?」


「ええ、そうです。若頭を務めさせていただいております」


「名前は知っているが…」



 男の名前は、ワカマツ。


 忘れているかもしれないが、ホワイト商会が動き出した当初に出会った男である。


 狭い都市だ。ワカマツの名前くらいは知っているが、あまりの変わりようにわからなかったのだ。



「で、そのワカマツさんが何の用だ」



 立場的には組長であるイニジャーンが上なので、やや威圧的な視線をワカマツに向ける。


 マングラスと聞けば、こうして警戒するのが普通である。



「でしゃばるようですがね、こんな雑魚を殺しても、あいつを殺さないと意味がない。そうではありませんかね?」


「言われずとも、それはわかっている」


「わかっているなら、すぐにでもやつを殺しに行くべきでしょう」


「これだけの惨状だ。すぐには動けない」


「惨状?」


「見りゃわかるだろう。ラングラスの管理下で起こったことだ。やつらとの戦いで出た被害は、俺らが責任取らないといけないんだ。後始末も重要だ。見捨てるようなことがあれば、うちの信頼が失われる」


「それならば私のこの怪我の責任も、あなた方が取ってくださるんで? 私が失ったもの、この両足と顔と面子を、どうやって返してくださるんですかね?」


「…できる限りはする。そうとしか言えない」


「できる限り?」


「物事には限度ってもんがある。しょうがねえことだってあらぁ。あんたも筋者なら、それくらいわかって―――」




「ふざけんんんんじゃねぇえええええええええええええ!!!」




 イニジャーンの弁明が逆鱗に触れたのか、ワカマツが叫ぶ。


 包帯を巻いているにもかかわらず、くっきりと怒りの表情が見て取れた。


 否、それは怒りと呼ぶにも生ぬるい。



「俺が、俺が、俺が!! どれだけコケにされたのか、あんたらにわかるのか!!! あのクソ野郎に、どれだけなめられたか、あんたらにわかるのか!! あああ!? 見下しやがって、コケにしやがって!!! 殺す、殺す、殺す、殺す!!! 殺して殺して殺し尽くして!!! 皆殺しにしてやる!!! 腹かっさばいて臓器を引きずり出してよ!! 細切れにして鳥の餌にしてやる!!!!」



 ゾオオッ


 ワカマツから真っ黒な気配が滲み出る。


 魔人の気配とはまったく違う、人間が発する『私怨』の波動だ。


 人を憎み、憎み、憎み、憎しみだけが人生のすべてになった者が放つ邪悪な波動である。


 ある意味において、こちらのほうが魔人より怖いのかもしれない。


 彼はけっして自分をコケにした者を許さない。痛めつけて、踏みにじって、何度も何度も苦痛を味わわせても、おそらくは満足しないだろう。



「はーー、はーーー!! くくくく、クギャギャギャギャッ!! ひひひひひっ!! あははははははははっ!! キャーーーキャキャキャッ!! 殺してやるぅうう! 殺してぇええ、ひゃひゃひゃっ!!!」



 そのあまりの憎悪の感情に、強い武人であるはずのダディーも呑まれて何も言えない。


 もしエバーマインドが彼の気質を表現すれば、『般若』のような怖ろしい人相を生み出したに違いない。



 それからしばらく狂ったように笑ったあと、再びワカマツは、ぎょろっとした目をイニジャーンたちに向けて頭を下げる。



「これは失礼いたしました。申し訳ありません。最近、感情がどうにも制御できなくて…この通り、許してくだせぇ」


「あ、ああ…いいんだ。それより…大丈夫か?」


「へぇ? ああ、大丈夫ですよ。私のことはご心配なく。それより、あなたたちは筋を通す必要がありますよねぇ。なら、ホワイトを殺してこそ、本当のケジメなんじゃないですかね」


「その言い分は痛いほどわかるが…これだけの被害を出しちまった以上、ラングラスにも余裕はねぇ。もちろんホワイトの野郎は始末するが、もう少し時間をだな…」


「それ、私に任せてくれないですかねぇ」


「…さっきもそんなことを言っていたな。どういうことだ?」


「簡単なことです。私がホワイトを殺します。その許可をもらいたいんですよ。その代わり、やつの死体は私に預けてください」


「死体を何に…いや、聞くだけ野暮か。だが、殺すっていっても…そのナリでか?」


「もちろん兵隊を使って殺しますよ。私はねぇ、やられたらやり返さないと気が済まないんでねぇ。ヒヒヒヒッ、ずっとこの日を待っていたんですよ。勝手にやってもよかったんですが、私も筋者ですからね。一応はお声がけしとかないといけないと思ったんですよ。ね? それが筋ってもんでしょう?」


「このことを組長…ジャグの旦那は知っているのか?」


「マングラスとは言いましたが、私はもうどうでもいいんですよ。そんなことはね。オジキが何と言おうと、俺はあいつの人生を滅茶苦茶にしてやりたいんです。あいつが後悔して泣き叫ぶ姿を見たいんですよ。そのためなら…もう全部が壊れてもいい」


「………」


「安心してください。もしホワイトを殺しても、ラングラスの手柄にしますから。費用も準備も全部こちらがやります。失敗しても私が独断でやったことですから、そっちには何の責任もありませんよ。どうです? 悪い話じゃないでしょう?」


「少し相談してもいいか?」


「ええ、もちろん」




 イニジャーンが、ダディーを連れて少し離れる。



「ソイド、どう思う?」


「あれはまずい。完全に破滅を求める人間の目だぜ。若い頃の俺に…いや、それ以上にヤバい。何か言ってどうなるものでもないぜ」


「ってこたぁ、どうやってもあいつは暴走するってことか」


「だろうな。本当は関わりたくはねぇが、マングラスってのが面倒だ。組織内で騒がれたら話がでかくなる。ホワイトのやつは全派閥の人間から恨まれているからな。ああいうやつは山ほどいるさ。これからあんなやつらがどんどん出てくるぞ」


「それをうちらは防げない…か。全部の責任なんて取れやしねぇ。いったいいくらになるんだ。ラングラスが潰れちまう」



 ゲロ吉もそうだが、アンシュラオンに家族を殺された者たちも数多くいる。


 ここでホワイト商会を潰したところで、彼らの私怨が消えることはない。


 過去の戦争で起きた悲劇をいつまでも引きずるように、あるいは誇張して強化してしまうように、怨念は粘着質でしつこいのが相場だ。そんなものを納得させる方法などは存在しない。


 唯一の方法が自分で納得することだが、ワカマツにそんなことを言っても無意味であろう。



 少し話し合ったあと、結論。



 再びワカマツのところに戻る。



「俺らは関知しない。あんたの存在も見なかった。だが、もしホワイトの首が手に入ったら、それはそれで受け取るしかねぇ。それがラングラスの責任だ」



 ワカマツなど、いなかった。どこにもいなかった。


 彼が何をしようと彼の勝手だ。マングラスに無断で動こうとラングラスが知ったことではない。それはすべてワカマツが責任を負うものである。


 ただもし、うっかりホワイトの首が手に入るのならば、その手柄はラングラスがもらう。


 まったくもってワカマツには得にはならないことだが、そもそも私怨というのはそういうものだ。



「くひゃひゃひゃっ、ありがとうございます。ふへへ、これで筋は通したぁ。あとは…ひひひ。ひゃはははははっ!! あいつの大事なものを滅茶苦茶にしてやる番だなぁ。あひゃひゃひゃっ!」



 ワカマツは、奇怪な笑い声を発しながら闇に消えていった。


 それを見たイニジャーンたちは、深いため息をつくしかなかった。


 こんなことは早く終わってほしい。そんな気持ちだったのかもしれない。


 せっかくの勝利で浮かれていた気分を、ワカマツは簡単にぶち壊していったのだから。






 視点は変わる。



 彼らが地上でホワイト商会を潰して、混乱と混沌のさなかにあった頃。


 ビュウビュウと風が吹き荒れる城壁の上で、じっとそれを観察している者がいた。


 白いふわふわの髪の毛が風に揺れ、赤い瞳が遥か遠くで燃え尽きる館を見通す。



 その目は、わらっていた。



 地面で這いつくばり、群れて遊んでいる者たちをあざけり笑っていた。


 そして、隣にいる黒く長い髪を揺らした美少女を撫でる。



「どうだ? ちゃんと見たかい?」


「…こくり」


「楽しかったか?」


「…こくり」


「それはよかった。お前のために用意した劇だからね。好きなだけ見るといい」



 黒き少女のエメラルドの瞳が、じっと炎を見つめている。


 サナの胸の上に手を触れてみると、とくんとくんと鼓動が速くなっていた。



 興奮しているのだ。



 言葉には出さないがサナは興奮していた。


 まだ喜びの感情も知らないので表現できないが、しっかりと見ている。


 ふにふにと、ついでにちょっとばかり膨らんだ彼女の胸を触って楽しみながら、アンシュラオンも満足そうに頷く。



 この夜には、さまざまな【役者】が迫真の演技を見せてくれた。


 決死の覚悟で向かっていった者たちがいた。


 ソイドビッグやクロスライルのような武人、それに対抗するホワイト商会の戦罪者たち。


 彼らは殺し合い、滅ぼし合った。その目的や程度はどうであれ、本気で殺し合ったことには変わりはない。


 その周りで「場外乱闘」に巻き込まれた者たちも一興だった。


 驚き、嘆き、恐怖、後悔。これもまた素晴らしい魂の叫びだった。


 一方では鳳旗を掲げたソブカという存在もいた。


 彼が放つ気高い光に人々が引き寄せられる光景も、舞台の見せ場としては極めて面白いものであった。


 これは十分、金を出してでも見る価値のある『娯楽』といえるだろう。



「サナ、これが人間だ。人間の面白さだ。人間には感情があるから面白い。いろいろな思想があるから面白い。その印象が、波動が、お前の肥やしとなる。良いものも悪いものも、それを含めての人間という存在なんだよ。それが魂の深みになって味わいとなる」



 白き魔人が、黒き少女を愛でる。


 感情が乏しく、自我の発露がまったくなかった彼女は、他人の感情や思想を吸収して成長していく。


 大根役者が演じる棒読みの演技では、誰も感動などしない。


 本気で生きて、本気で叫び、本気で何かを求めた者たちの【真なる声】でなければ、彼女には通じないのだ。


 そのいろどりを与えてくれた『彼』には、感謝しかない。



「しかしまあ、マサゴロウ程度に苦戦するとは、うっかり死んじゃうかと思ってヒヤヒヤしたぞ。せっかくオレが時間を削って鍛えてやったんだ。ここで死んだら投資が台無しになるところだった。最悪は父親がいるが…息子ほど馬鹿ではないだろうしな。というか、あんな馬鹿はまず存在しないからな。死ななくてよかったよ」



 人々に囲まれてソイドビッグは、愛想笑いを浮かべている。


 褒められることに慣れていないので、どういう表情をしてよいのかわからないのだろう。


 ただ内心では、まだ焦りを感じているようだ。リンダのことを心配しているのだ。



 そして、これはすべて予定通り。



 完全なる予定調和だ。




「パチパチパチ。まずはおめでとうと言おう、ホワイト商会を倒した英雄君。その次は悪の元凶、ホワイトを打ち倒して君の役割は終わりだ。それでようやく、この仮面ともおさらばできる」




 アンシュラオンが、床に置いた白い仮面をぐりぐりと踏む。


 誰が好き好んで、こんな仮面を被るのだろうか。この劇が終われば、さっさと捨てて自由気ままな人生を送りたいものである。


 そう、アンシュラオンが以前述べていた通り、ビッグは英雄になるのだ。



 ホワイトを殺した、若きラングラスの英雄。



 この場は、彼のお披露目の場でもある。これだけの観衆に目撃されれば、多くの無知なる人々にとっては十分真実になるだろう。


 フェイクニュースにさえ騙されるのが愚民というものであり、なおかつ実際に戦罪者を倒す光景を見せれば、疑う者もそうはいない。


 仮に疑っても、そもそも武人の戦いを認識できる一般人などいない。


 ただ「なんとなく凄い」としか理解していないので、それ以上のことはわからないだろう。


 結局、真実は当事者しか知らないのだ。そして部外者は、知らなくてもいいことである。


 あとは都市伝説が好きな陰謀論者によって、ほどよく酒のツマミにでもしてくれればよい。



「保険で蒔いた種も綺麗に芽吹いてくれたようだし、問題はなさそうだな。さあ、サナ。みんなを迎えに行こうか。ちょうどいい死体も手に入ったし、そろそろあっちも終わりにしよう。ホテルに缶詰も飽きただろうしな」


「…こくり」



 去り際にもう一度、崩れた事務所に目を向ける。



「お前たちは十分役立ってくれた。そのすべてがサナのためになった。オレたちのために死んでくれた人間には、しっかりと礼を言わないとな。ありがとうよ。お前たちはそこそこ使えた道具だったよ。たいして役に立たない善良ぶった人間より、よほど有益だったさ。誇りを抱きながら死ぬといい。このオレが認めてやろう」



 そう言い残し、すっと二人は闇の中に消えていった。



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