561話 「予定調和 その1」


「負傷者を早く運び出せ! このままじゃ死ぬぞ!」


「くそっ! 血が止まらない!! まだまだこんなやつらがたくさんいるぞ!! いったい何人死んだんだよ…!」


「いいから手を動かせ!! 一人でも助けろ!」


「そんなこと言われても医者じゃないんだ! わかるかよ! 人の生き死になんてよ!」



 戦罪者によって戦闘エリアが拡大したことで、一般人にも数多くの犠牲者が出た。


 腕がちぎれたくらいは、まだいいほうだ。頭部がなかったり、ボロ雑巾のように身体が吹っ飛び、判別がつかない死体が山ほどある。


 まさに地獄。応急手当をしている衛士たちも、顔色は真っ青だ。


 こんなことになるとは誰も思っていなかったので、用意が整っていなかったこともあり、突然テロが起きた市街地のごとく騒然としていた。


 もしこの場が衛士たちだけならば、そのまま犠牲者も多く出ていただろう。



「皆様、ご苦労様です。ここは我々が引き継ぎます」



 一人の白衣の男が、衛士たちに近寄ってきた。



「あんたは…? その格好…医者か?」


「はい。医師連合代表のスラウキンと申します」


「あ、これはこれは、医師連合の代表理事でしたか! 申し訳ありません! 顔を存じ上げなくて…」


「いいえ、気にしないでください。それより治療は我々に任せて、負傷者の整理をお願いいたします。危険な人から処置を行います。もちろん派閥や地位には関係なく、すべての方々を平等に診ますので、そこを徹底してください」


「わ、わかりました」


「判断ができない怪我の場合は、白衣を着た者に遠慮なくお尋ねください。我々の使命は人を助けることですから、共に困難に立ち向かいましょう」


「はい! よろしくお願いいたします! 助かります!」



 医師連合はラングラス派閥に属しているが、基本的には独立した組織であるため、衛士たちも邪推なく提案を受け入れる。


 命令されることに慣れている彼らは、手際よく負傷者を分けていった。


 今回は見た目である程度判断できるので、多少の判断ミスはあっても、医療知識のない衛士でも十分対応できているようだ。


 それを満足そうに眺めたあと、スラウキンは後ろを振り返る。



「さあ、みなさん。日々の研究の成果…ではなく、日々の努力を生かす場所ができましたよ。思う存分、人を救うために腕を振るってください」



 スラウキンの後ろからは、ぞろぞろと白衣を着た医者がやってきた。


 半分はスラウキンの派閥の中堅の医者であるが、まだ実践経験が少ない若い者たちもいた。


 若い医者たちは惨状に驚き戸惑いながらも、目を輝かせている。


 最近はホワイト医師によって患者を診る機会も減り、彼らは肩身の狭い思いをしてきた。ヤブと罵られたことも、しばしばある。


 だが、もうホワイト商会は存在しない。


 ならば、本来の医者の出番である。それをわかっているから衛士たちも医師連合に期待の眼差しを向けているのだ。


 期待を受ければ誰だってやる気を出す。希望に溢れる若い医者ならば、なおさらであろう。



「そうそう、私が用意した『消毒液』もしっかりと使うように」


「理事長、これは何ですか? 普通の生理食塩水とは粘度が違う気がするのですが…」


「いいところに気付きましたね。私が新たに開発した特別な薬です。成分は秘密ですが、使い方は生理食塩水と同じでかまいません。まずはそれで傷口を洗ってから治療にあたるようにお願いします。時間がありません。手早くやってしまいましょう。患者の皆さんがあなたたちを待ちわびていますよ」


「はい、わかりました!」



 若い医者たちは、スラウキンから渡された謎のボトルに疑問を抱きつつ、この惨状に意識を集中させる。


 一秒が生死を分ける世界である。小さなことにこだわっている暇はない。


 ちなみにこの水は、アンシュラオンの命気から生み出したものである。


 一定の割合で生み出した命気水晶を純度の高い水に漬けておくと、『侵食現象』が起こり、ほんの少しながらも命気の性質を宿した水に変化していく。


 目を見張るような効果はない。急速に怪我が治るということもない。


 が、雑菌を完全に殺し、細胞の再生を手助けする効果はすでに確認できているので、現場で使えるかの実験として投入したのである。


 効果は覿面。


 これによって数多くの人々が、一命を取り留めることに成功する。


 やはり怖いのが感染症だ。ちょっとした傷でも破傷風になって、死亡する例は多く見受けられる。


 それを完全に防げるだけでも、この『軽命気水』は価値があるといえた。


 これはその後、『ポーション(超回復薬)』と呼ばれるものの原液となり、北側の発展に大きく役立つことになるが、それはもう少し後のお話である。


 ここで重要なことは、スラウキンはこの事態を知っていた、ということだ。



(これからは我々医者が本来の役割を果たす時代になる。ホワイトさんのおかげで医療技術も大幅に向上し、新しい医療薬もできる。この都市は変わっていくでしょう。そのためにここで実績を作らねばなりません。せっかく用意してくださった場ですから有効活用しなくては)



 ぼさぼさの頭を掻き毟りながら、スラウキンは決意を新たにする。


 ここでの医者の献身的な治療と、新しい治療薬によって助かった人々は、医師連合に対して強い信頼感を抱くだろう。


 失われていた医者の地位も復権の流れに傾くだろうし、いち早くこの場に駆けつけて治療の陣頭指揮を執った自分も、組織内での権力を磐石のものとすることができる。


 ここにいる若い医者たちが、今後の彼の支持基盤にもなっていく、というわけだ。それを見越しての人材投入であった。




 また、これらの事態において、ソブカも素早く動いていた。



「罪深きホワイト商会は、ラングラスによって倒された!! 我々は、すべての人々を受け入れる! 弱き人々は我らを頼れ!! 我々には君たちを助ける準備がある!!」



 鳳旗を掲げた彼の下にも、多くの人々が集まっていた。


 戦罪者は死んだが、その恐怖はいまだ彼らを縛っており、動きたくても動けないのだ。



「うぇーん、うぇーん、こわいよぉおお」



 子供が泣く。


 そもそもこんな場に子供を連れてくる親の神経が理解できないが、お祭り気分でやってきたのだから仕方ない。


 そんな子供に対して、ファレアスティが対応するが―――



「あなたは男でしょう! なさけない! 泣きやみなさい!」


「だって、うぇええええ」



 かえって泣かせる始末である。


 その様子に苦笑しながら、ソブカが近寄る。



「ファレアスティ、笑顔ですよ。笑顔」


「うっ…失礼いたしました。ですが、子供の相手は苦手でして…」


「私が子供の頃は、あなたがよく面倒を見てくれた気もしましたがね」


「それは…ソブカ様だからです」


「個人的には嬉しい言葉ですが、ここは我慢してすべての人々に笑顔で接してください。こういうときに女性は、とても役立ちますからね」



 ソブカが視線を移すと、所々で女性が不安を抱いた人々の話を聞いて安堵させていた。


 若い女性ではなく、やや年老いた女性もいる。『母性』を感じさせるくらいのほうが安心するからだ。


 彼女たちは、ソブカが用意していた者たちである。


 あらかじめこうなることを知っていたからこそ、事前に準備ができる。



「ラングラスの旗の下で起きたことです。派閥に限らず、物資は惜しむことなく提供してください。特に親を失った子供たちへの配慮は忘れないようにお願いしますよ」


「はい。すでに準備は整っております。南で仕入れたものもありますし、ご指示通り、ハングラス側とも交渉を行っております」


「ハングラスとの交渉はとても重要です。マングラスが動いている今、ハングラスはぜひともこちら側に引き込みたいですからねぇ。互いに商人ですから、近いうちにゼイシルさんとも腹を割って話すつもりでいます。賠償金に関しても、できる限り譲歩してください」


「ハングラスにそこまでの価値があるのでしょうか?」


「甘く見てはいけませんよ。ゼイシルさんも五英雄の末裔です。秘宝の中には強力な術具もあります。なにせこのグラス・ギースを守っている結界は、彼らが所有していたジュエルによって構築されていますからね。今ではそれを知る者も少ないでしょうが、潜在能力は極めて高いものです。それに私はゼイシルさんが好きですから」


「あの神経質な男を…ですか?」


「かわいそうに。随分と低評価ですね。そのあたりは、おいおいわかるでしょう。しかし…派手にやりましたね、あの人も」


「これであの男は満足なのでしょうか? 理解はできませんが…」


「それでよいのです。理解できるようになったら、もう人間ではないのですからね。すべては順調、【契約通り】ということです」


「…わかりました。ソイドビッグに関しては、どういたしましょう?」


「どうすることもありません。あのままでよいでしょう。それもホワイトさんが望んだ通りです」


「【英雄】として祭り上げるのですか? あの凡庸な彼が納得するとは思いません」


「かもしれませんねぇ。しかし、納得するしないにかかわらず、時代は動いていくものです。腹を決めねばならないように環境を操作すれば、彼も不死鳥の旗を担ぐでしょう」


「ソブカ様の代わりに…ですね」


「不満そうですね」


「誰が見てもソブカ様のほうが優れております。それはこの場において、すでにはっきりと証明されております」


「能力の優劣だけで物事が決まるわけではないですよ。いいではありませんか。彼という存在がいるおかげで、私は自由に動けるのですから。ただ、少しばかり騒いでしまったので、マングラス側から目を付けられるかもしれませんね。そのためにもソイドビッグは必要な人材です。それより準備を急いでください。【その瞬間】は、もうすぐです」


「…はい。ソブカ様がラングラスを手中に収めるために、すべて滞りなく」




 ソブカの計画は、着々と進んでいる。



 一方、今回の戦いで大きく躍進したソイドビッグの周りにも、人々は集まっていた。



「やったな、兄ちゃんよ! ぐっときたぜ!」


「おじちゃん、すごかった」


「見た目はぱっとしないが、案外やるじゃねえか」



 人々から声をかけられるが、たいていは「今まで低評価だったが、実際使ってみればそこそこ使えた」という声が多い。


 どう反応していいのか迷うものの、褒め言葉であることも事実だ。


 今まで裏舞台で麻薬だけを細々と作り、同派閥および他派閥からも注目されていなかった彼が、この場において活躍したことは朗報だった。


 ソブカにとっても、彼の存在は大きい。


 もし彼がいなければ、ラングラス自体の強いイメージを植え付けることは不可能だっただろう。


 金で雇った殺し屋が活躍しても、誰もラングラスを尊敬したりはしないものだ。自ら戦場に立ち、人々を鼓舞して戦うからこそ、人は彼を認めるのである。



(勝った。勝ったんだ…!!! 勝った!!)



 ビッグは、今にも叫びたい気持ちで一杯だった。


 もし傷を負って苦しんでいる人たちがいなければ、ここでどんちゃん騒ぎをしていたに違いない。


 それだけ、この勝利の意味が大きかったのだ。


 なにせ全派閥を通じて、初めてホワイト商会を打ち破ったのがラングラスだからだ。


 さまざまな武人を倒し、あのプライリーラと守護者さえ打ち負かしたホワイト商会を倒した。


 このことは驚きともにグラス・ギース中に伝えられるだろう。



「俺はみんなに感謝を伝えてぇんだ! ありがとうよ! 応援してくれて!! みんなの力が集まれば、何だってできるんだって証明したんだ!! それだけは言わせてくれよ!!」



 このビッグの素朴な人柄も、人々に好感を与えることに成功した。


 これもアンシュラオンという巨大な悪と立ち向かったことで、人間として彼が成長した証だろう。


 自分よりも何千倍も凶悪な存在を見て、ふと我に返ったのだ。人間としての生来の本性を取り戻したといえる。



 ここに【新しい英雄】が二人も誕生した。



 人々を守ったソブカと、実際に倒したソイドビッグ。


 若い力が台頭してきたことで、グラス・ギースにおける派閥のパワーバランスは急激に変化していくことになるはずだ。




「ビッグのやつ…大きくなりやがって…」


「泣いてんのか、ソイド」


「そりゃぁよ…あんな立派な姿を見せられたらよぉ…俺は…俺はもう…いつ死んでもかまわねぇよ」



 イニジャーンの隣で、ソイドダディーは泣いていた。


 溺愛する長男の成長ぶりに感動したこともあるし、自身が一度死んでいることもあり、肩の荷が下りた気分だったのだ。



「これでもう、いつでも組織の長を任せられる」


「そうだな…。ガキが成長する速度ってのは怖いくらいだ。ビッグのやつは大丈夫だろう。だが…」



 イニジャーンが、ソブカに視線を移す。


 部下たちに指示を出しながら、人々を救おうと尽力している姿は、新進気鋭の若手を十全にアピールできていた。


 が、不安は消えない。むしろ高まっていくばかりだ。



「ソブカのやつが心配か?」


「あいつの度量はたいしたもんだ。長年組を治めている俺を前にしても、まったく動じやしねぇ。可愛げがまったくないぜ」


「仕方ない。あいつはそういうやつだ。うちの息子とは正反対だな」


「それだけならばいいが…な。あいつはまだ満足してねぇ。まだ何かやらかそうとしてやがる。それが心配なのさ」


「今はいいじゃねえか。俺らの勝利を喜ぼうぜ。あいつらは十分がんばってくれた。マジで最高だぜ!」


「………」



(親の顔になってんな、ソイドの野郎。今は息子の活躍に火照ってやがる。そろそろ…俺らも引退か。だが、ケジメはつけないとな)



 そっとイニジャーンは「決意」を固めていた。


 物事には筋道があり、ケジメというものが必要だ。


 今回のことはラングラス側の「みそぎ」であり「ケジメ」であった。


 だからこそ戦いの矢面に立ち、自らホワイト商会と戦ったのだ。



 だが、まだ【元凶】は叩いていない。



「ソイドよ、ホワイトのほうはどうする?」


「やつか…。今回の一件にも関与してこなかったが…意図がわからねぇ。てめぇの本拠地が攻撃されたってのによ。どういうつもりなのか…」


「もしかして普通に捕まってんのか? 本当に出られないってことはねえのか?」


「戦罪者たちをまとめていた実力は本物のはずだ。本気で出ようとすれば簡単に出られるはずだぜ。それで出ないってことが理解できねぇ」


「動かないのならば放っておくか? この被害を見ると、もういいんじゃねえかとも思うが…下手につついて爆発したら責任取れないぜ」


「うむ…ビッグも疲れているだろうしな。このまま連戦ってわけには…」




「それなら私に任せてくださいよぉ」




 ソイドダディーとイニジャーンの会話に割り込む者がいた。


 その男もまた、ホワイトとケジメをつけねばならない男の一人であった。



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