560話 「マタゾーの死 その3『獣魔』」


 ラブヘイアの右半身が、完全に左半身の黒鎧に「喰われた」。


 黒鎧は自ら形状を変化させ、自身に最適な状態へとカスタマイズを始める。



 その結果生まれたのが―――【獣魔じゅうま



 獣の顔、おそらくは肉食獣を模した頭部と、凹凸があまりないスタイリッシュな形状のスーツ鎧になる。


 やはりたとえるならば、某バイクに乗って悪の組織と戦う怪人ヒーローだろう。それが見た目上は、一番適切な表現に思える。


 ただし、身体全体が真っ黒に染まり、光さえも吸収する性質を持っていることが異様に感じられた。


 まるでサナが、黒雷狼に覆われた時の光景を思い出す。


 マタゾーたちのような「ちょっとばかし力をもらった使い捨ての道具」とは違い、魔人の力を真の意味で受けた者は、こうした変化が見られるのかもしれない。


 バサァッ


 後頭部から黒に染まった長い髪の毛が放出され、風に舞う。


 それで完成。準備が整う。




「これはお返しいたします」



 ラブヘイアが、マタゾーに槍を返す。


 その意味をすぐに彼は悟る。



「なるほど、実験台というわけでござるな?」


「ええ、ご不満ですか?」


「いいや、そこまでの覚悟をもった貴殿ならば、言う資格はある。人の道を外れた『人外』としての生を歩む貴殿の苦しみなど、到底推し量れぬものよ」


「では、お願いします」


「しかし…だ!! だからといって、拙僧の歩んだ道が無意味であったとは言わせぬ!!! わが身、この身、すべてをかけて貫くのみ!!!」



 ゴオオオオオッ!!!


 槍を持ったマタゾーが、爆発集気。


 身体中から生体磁気を搾り出し、槍に集めていく。


 バチッバチッ!! バチンバチンバチンッ!!!


 戦気は激しい雷気となり、周囲を昼間のように照らす。


 その輝く光を受けても、ラブヘイアの黒い身体はまったく光を反射しない。



 雷気が、集約。



 槍の先端にマタゾーの全戦気が集まる。



「拙僧もずっと知りたかった!! わが槍が、あれから進化したのかどうか!! あの時、オヤジ殿にまったく通じなかった一撃が、どこまで変わったのかを知りたかった!! 感謝するでござるぞ!!!」



 マタゾーが、雷槍人卦を放つ。


 五十年以上にわたる鍛錬の末、彼はこの力を身につけた。


 腕が折れても指がもげても、腹が切り開かれても戦い続けた、本当に本当に壮絶な日々だった。


 いまさら多くを語る必要はないだろう。彼の武闘者人生については十二分に述べてきた。


 才能で大きな差のあったアーブスラットに対しても、彼は意地を見せたのだ。


 その人生は誇り高く、賞賛されるべきものである。



 槍が―――迫る!



 ずい



 彼の人生を乗せた輝く槍に対してラブヘイアは、無造作に左手を伸ばす。



 ブスウウウウッ



 刺さった。


 マタゾーの一撃は、獣魔となったラブヘイアの身体に突き刺すことを可能とした。


 仮にアンシュラオンであったとしても、あのままくらっていれば身体に損傷を受けていた可能性があるので、さすがの威力といえる。



 が―――それだけだ。



 ブシュンッ



 雷槍人卦は先端が彼に刺さっただけで、その役割のすべてを終えた。


 獣魔という存在のカテゴリーがどこに入るのかはまだ不明だが、とりあえずステータス上は『人間』の要素も持っていると言っておこう。


 それゆえに『人間特効』が発動したのだが、ラブヘイアは何の反応も見せない。


 これはつまるところ―――



「…ふふふ……ははははははっ!! やはり…やはりこうなったでござるか! 夢さえも…見られぬとは……現実はいつも残酷でござるな」



 人間特効が発動して【この程度】、だということ。


 ラブヘイアのHPが、マタゾーが与えたダメージより遥かに上にあった、ということにすぎない。


 すでに限界まで能力を上げているマタゾーが、いくらがんばったところで何も変わらないのだ。


 意思の強さや経験の蓄積によって魂は永遠に成長を続けるが、それを表現するための肉体に限界があれば、必然的に出力にも限界が訪れる。


 これが精一杯。


 マタゾーがどんなに努力しても、これ以上は到達できない。


 仕方ない。それが人間である。



「申し訳ありません」


「なぜ謝る!! 貴殿の道は正しい!! 真の修羅の道を歩むのならば、その覚悟があってしかるべきよ! ただ、多くの者たちにはその手段が無いにすぎぬ」


「もしチャンスがあれば、あなたは求めましたか?」


「仮定の話はいたさぬ。わが人生、何一つ言い残すことはない」


「わかりました。ではそろそろ―――喰らいます」



 がしっ


 ラブヘイアが槍を掴むと―――



 バキィイイイインッ



 へし折る。


 マタゾーの人生、彼の命といえた槍を、いとも簡単に無造作に折る。


 ただの槍ではないのだ。そこには彼のすべてが注ぎ込まれている。


 もし人生をかけて得たものが、一瞬で破壊されたらどう思うだろう?


 親に愛されて幼少時代を過ごし、友に恵まれて学生時代を過ごし、運に恵まれて仕事に成功し、異性に恵まれて結婚して幸せな家庭を作り、定年に至る。


 きっとあなたは「ああ、今までがんばってきたな」と思うだろう。



 だが、それが無駄であったと知ったら?



 ある日突然、もっと強大な力に一瞬で蹂躙されたらどう思うだろう?


 難民たちが体験するように、財産を奪われ家族を奪われ、娘を略奪されて辱められ、自身が拷問死させられたら?


 これはいったい何なのだ?


 どうなっているのだ?


 神はどこにいるのだ?


 そう思うに違いない。


 今までの人生を簡単に否定できるだけの力。努力を踏みにじる力。




 これは、それと同じ類の―――暴力!!!




 ラブヘイアが拳を引き絞り、放つ。


 マタゾーは諦めることなく防御の姿勢。長年鍛錬で培ってきた感覚が自動的にガードさせるのだ。



 が、当然―――破壊



 めきょっ ボンッ


 マタゾーの左腕が粉々に消し飛んだ。


 力が強すぎて、一点に集まりすぎて、一瞬で爆発霧散したのだ。


 その余波は背後にまで及び、空間に激しい軋轢を引き起こし、バチンバチンと大気が弾ける。



 そこから蹴り。


 ドゴッ ボンッ


 蹴られた腹が、こちらも同様に弾け飛んだ。


 もうすべてが違う。すべてが規格外。存在が違うのだから当然だ。



「ごふっ…フフフ!! これが…これが人外の力!! まさに魔性の力でござるな!! 貴殿はどこにいかれる! これをもってどこに…!!」


「この先に何があるのか私にもわかりません。しかし、求めてしまった。あの憧れが私を変えてしまったのです」


「ウウウッ!! 拙僧もこれまで!!! 最期まで…拙僧は武人として―――あらがう!!」



 ズズズッ


 マタゾーの身体も黒い力に染まっていく。


 マサゴロウやヤキチ同様、彼も魔人の道具として命尽きるまで戦い続ける使命を背負っていた。


 槍がなくても必死に掴みかかり、少しでも相手にダメージを与えようとする。


 殴る、噛み付く、叩きつける。


 常人が焦ってがむしゃらにやるのではなく、殺人を研究してきた武人であるため、その質も精度も高いままだ。


 敵がもし普通の武人だったならば、こんな攻撃でも脅威でしかなかっただろう。



 しかし、相手は―――獣魔。



 それらの攻撃で、彼が傷を負うことはなかった。


 ラブヘイアは左の掌をマタゾーに向けると能力を解放。


 マタゾーの身体が一気に収縮したと思ったら、直後に宙に飛ばされ、静止。


 空中で動きが止まり、完全に浮いて無防備になった。



(動け…ぬ!! 身動きが取れぬ! 何かの力が働いている!! あの左手の能力か!)



 見るとラブヘイアの左腕が膨れ上がって、『セイウチ』の頭部を模した形になっていた。


 レクタウニードス〈重磁大海象〉の能力、『磁界操作』。


 マタゾーに磁力を付与することで自在に動かし、なおかつ動きを封じた能力の正体であり、雷撃を捻じ曲げたのもこの力である。



 ズズズズッ にょろ



 そして、右手の一部が変質して伸びると、一本の剣が生まれた。


 今までラブヘイアが使っていた黒い剣とまったく同じものだが、この姿になると「あまりに似合いすぎる」。


 おそらくはもともと、こちらの形態で使うことを想定された武具なのだろう。



「ウウウウウッ!! ウオオオオオオッ!!!」



 獣魔が、叫ぶ。


 その咆哮は、魔人の道具となったマタゾーさえ畏怖させるものであった。


 獣魔に、魔人の威嚇はまったく通じない。


 なぜならば、彼はさらに【上位の存在】だからだ。



「貪り!! 喰らい尽くす!!! わが身を獣に変えて!!」



 黒き刀身に黒い力が溜まると、ラブヘイアが駆ける。


 ぐぐぐっ ドンッ!!!


 風気をまとっているわけでもないのに、その加速力は数倍も上だった。


 大気の壁さえも簡単に抉り、強引にぶち破り、力任せに突き進む。


 長い髪の毛が風に揺れる暇もない。ただただ力の流れに乗り、ライオンのように猛々しく逆昇るだけ。




「歩まれよ。ひたすらその道を。拙僧が憧れた山の頂まで…代わりに」






「ウオオオオオ―――オオオオオオオオオオオっ!!!」






―――斬!!!




 マタゾーの頭に食い込み、胸に食い込み、そのまま一直線に大地に到達。


 あまりの力に大地が割れ、そこから突き抜けた暴力の嵐が大気すら消滅させる。



―――【黒い竜巻】が発生



 完全に二つに断たれたマタゾーの身体が、黒き風に切り刻まれ、さらにバラバラになって霧散し、消滅。



 ジジジジッ ジジジジジジッ



 スピーカーに交じったノイズのような音が響き、力の奔流が空間すら破壊した。


 剣王技、『一刀風雲裂迅いっとうふううんれつじん


 一撃必殺の斬撃で真っ二つにしつつ、激しい竜巻の刃を発生させることで、さらに追撃するという因子レベル5の技である。


 竜巻は風雲刃と同じなので、あの技を使いながら相手を断ち切るという難しい技だ。


 しかも本来は、風気を巻き上げて竜巻を生み出すが、獣魔が生み出したのは黒い力を使った漆黒の竜巻。


 圧倒的な力の渦が消えた頃には、もう何も残らない。


 ただただ理不尽なまでの暴力によって、マタゾーは断末魔を上げる間もなく消えてしまった。


 人の生など、儚く脆いことを証明する一幕であり、獣魔の力が凄まじいことを示してもいた。






 戦いが終わる。




 ゴボゴボゴボッ ズルズル


 ラブヘイアの右半身から鎧が解除され、再び左半身にコールタール状のものが戻っていく。


 それと同時に込み上げる。



「ぐっ…げぼっ!!! ごぼっ…」



 胃液を吐き出しても、その嫌悪感が消えることはない。


 身体の奥底、因子に刻まれた「罪」が彼を痛め続けるのである。



「獣魔の力…まだ馴染まないようですね…。私の人間性が残っている限り、これは続くのでしょう…」



 獣魔の力は何度か使っているが、そのたびに自分から『人間味』がなくなっていくのがわかる。


 ソイドビッグが発している『人情』といったものとは完全に真逆のものが、自分の中にこびりついて離れない。


 使用には生命力を消費するので、ある種アーブスラットの『寿命戦闘力転化』に近いデメリットが生じるが、人間であることをやめる痛みよりはましであろう。



「人間が…人間でない領域に到達するには……あらゆるものを捨てねばならない。いつか私も獣魔そのものになるのかもしれませんね。…いや、これすらも通過段階にすぎない。私が求めるものは、もっともっと上なのですから。ふふふ…」



 ラブヘイアは、ぎゅっと胸にあったお守りを握り締める。


 アンシュラオンの髪の毛が入った大切なものだ。


 これで九人目のノルマ達成。


 あと一人はすでに決まっている。



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