559話 「マタゾーの死 その2『憧れの結論、人を超えし者』」


 ラブヘイアが、一歩前に出る。


 中距離での安全な勝利ではなく、ギリギリの厳しい戦いを求めたのだ。より自分を高めるために。



「死んでいただく!!」



 ラブヘイアが回り込むようにマタゾーに急接近。


 風気をまとっているので相当速い。目で追う暇もない。


 現在はただでさえ片目が無いので、視覚で追うのは不可能だ。



(回り込むのは槍の筋道を防ぐための動きか。槍の使い手など、そうそういないことを考えれば、単純に戦い慣れているでござるな。だが、拙僧の技が突くだけではないことを教えてやるとしよう)



 槍は突くだけではない。



 マタゾーが槍を―――【振る】



 突く動きではなく、叩きつける動作だ。


 ソイドビッグ戦でも披露したが、槍を棍のように扱う技術も身につけねば、この修羅の道は歩んではいけない。



 ブォンッ!!



 回り込んでくるラブヘイアの動きに合わせ、横凪ぎに石突きが襲いかかる。


 ラブヘイアは、それを屈むようにして回避。さらに近距離にまで接近する。


 それでいながら速度は変わらない。風が下から吹きすさぶ如く、下段から剣を突き上げる。



「いい動きよ。だが、まだまだ!」



 だが、それに合わせて槍の軌道も変化。


 マタゾーが咄嗟に持ち手を変え回転させ、槍の先端でカウンターを仕掛ける。


 そのためラブヘイアは、マタゾーに当てるはずだった剣の軌道をずらして防御。


 ガギィイインッ


 槍と刀が激突。


 激突すれば、こちらのもの。



「ぬんっ!!」



 刃と刃がぶつかった瞬間、マタゾーが雷気を発動。


 バチバチバチバチッ!!


 ラブヘイアは風気を移動させることで散らそうとするが、雷撃の特性上、どうしても完全には防げなかった。


 バスバスと身体が焼け焦げる。


 ただし、焼けたのは剣を持っていた右半身の一部にとどまった。



(この剣、金属ではないでござるな。雷気を通さぬ!)



 黒い剣は、彼の左半身にまとわりついている黒い鎧と同じ素材なのか、絶縁体のように雷撃を止めてしまっていた。


 あくまで焼けたのは、風気をまとっていた肌の表面と筋肉のわずかな部分だけだ。


 今度は雷気を防いだラブヘイアの蹴り。


 マタゾーは槍を引いてガード。かろうじて防ぐ。


 しかし、即座にラブヘイアは、剣をもったまま拳を放ってきた。


 槍は長い得物なので、ここまで接近されると回避は難しい。



 ごぎゃっ バキバキッ



 マタゾーの顔面、鉄の天蓋に命中。


 戦気で覆われた拳は簡単に天蓋を破壊。中にまでダメージが浸透し、脳が揺れる。


 この光景はアーブスラット戦でも見たことがある。このままでは視界が塞がれてさらなる攻撃を許すため、即座にマタゾーは天蓋を脱ぎ捨てながら後方に回避。



 しようとするも―――ガブッ



「なっ…!」



 マタゾーの腕に【噛み付いた】のは、ラブヘイアの左腕だった。


 比喩ではない。文字通り、噛み付いたのだ。


 いつの間にか形状が獣の口元状になっており、そこで生まれた鋭い牙が腕に噛み付いて行動を阻害。


 そうして動きが止まったところに、ラブヘイアの拳が炸裂する。


 ドガッ バキィイッ! ガンゴンッ


 剣を振る間合いがないので、剣を持ったまま殴りつける。拳で殴ったり柄で殴ったりと、隙があれば殴りかかる。


 戦士因子も3あるので、拳の一撃も有効打になるとはいえ、なんて泥臭い戦い方だろう。


 今までの彼のスマートな戦術は見る影もない。


 しかし、それは強さを求める彼の『あがき』でもあった。



(見事な心構えよ。おそらくは本意ではなく、違和感もあろう。だがそれでも強さを求めるのならば、これもまた正しいこと。ならば拙僧も同じことをするまででござる)



 ラブヘイアが自分のやり方を曲げてでも、新しい可能性を見いだそうとするのならば、自分も進化していいだろう。


 コンッ ごろごろっ


 マタゾーの僧衣から、カプセルが二つばかり落ちる。



「これは…大納魔射津!」



 ラブヘイアが気付いた時には遅かった。


 マタゾーは軽くカプセルを蹴り、ラブヘイアの後方に転がすと―――爆発。



 ドーーーーンッ ドンッ!!



 激しい衝撃によって、二人とも吹っ飛ばされる。


 当然こんなことをすれば、もう屋敷は滅茶苦茶だ。


 これによって本格的な崩落が始まり、館が潰れていく。



 ラブヘイアは爆発に巻き込まれながらも、館から飛び出す。


 ここでいつもの癖が出てしまったことは否めないだろう。不測の事態に対して、ついつい間合いを取ってしまったのだ。


 それ自体は正しい判断だ。


 しかしながら、決死の武人を相手にしている場合は致命的。



 マタゾーは、屋敷から出ていなかった。



 爆発と崩落に巻き込まれながらも、相も変わらず槍を持っている。


 槍は命。絶対に離さないと決めている彼の気概は、あまりに凄まじかった。


 マタゾーは振り回した槍を、まったく無駄のない手首の動作で手に収めると、高速で打ち出す。


 尖端から迸った剣気が【雷矢】となって、ラブヘイアを襲った。矢槍雷である。



「くっ!」



 ラブヘイアは空中で左手を使ってガード。


 これはすでに証明している通り、素材そのものが雷無効なのか、あっさりと霧散させることに成功。

 

 だがしかし雷は防げても、【槍本体】は防げない。



 槍が―――飛ぶ



 ギュルルッ バチーーンッ ドヒュンッ!!


 放槍・雷槍人卦。


 これもアーブスラット戦で使った『槍投げ技』だ。


 威力は雷槍人卦と変わらないが、遠くに飛ばせるメリットがある。


 武器を手元から放すデメリットもあるため、相当な覚悟がないとできない技だ。


 ただ、マタゾーは闇雲に放ったわけではない。


 もっとも攻撃を当てやすい瞬間が、相手が逃げ出した時であることを知っているからだ。


 暴漢に襲われた時に、迂闊に背を見せると危険だ。背中は人間にとって、もっとも無防備な部位だからだ。


 ラブヘイアも背中とは言わないが、半身の体勢だったので回避が遅れてしまい―――



 ブスウウウウウッ!!



「ぬぐっ―――!!」



 槍が左腕を貫通して、胴体に深々と突き刺さる。


 そして内部に『人間特効』のダメージが発動。



 バチーーーーーンッ!!



 存在すべてを否定されたような激しい衝撃が襲いかかる。


 これにはさすがに耐えることができず、ラブヘイアが倒れた。


 ドサッ ごぼごぼっ




「がほっ…ごほっごほっ…ぶはっ!! ハーーハーッ!」




 腕ごと胸を貫いた一撃によって、咳とともに吐血。


 どうやら気道と食道付近を完全に潰されたようだ。呼吸も漏れて練気にも乱れが見られる。


 だが、休んでいる暇も痛がっている余裕もない。



 そこにマタゾーが歩いてきた。



 彼の姿もボロボロである。


 大納魔射津を自ら受けたし、身体自体が頑強ではないので、肉が削げ落ちて骨が見えている箇所もある。


 顔も皮膚が焼け焦げ、耳が半分吹き飛んでいるという有様である。


 だが、それ以上に見えるのが、彼の身体に刻まれた古傷の跡だ。



「さすが…ですね。経験値では……勝てませんか」



 総合的な能力では、ラブヘイアのほうが上だろう。


 だがマタゾーには、極限の鍛錬を続けてきたからこそ得られた経験がある。


 圧倒的なまでの差がなければ、この戦闘経験値は極めて重要な要素となる。


 マタゾーは、その技、その気質、どれをとっても一流の域に差しかかっている。



「貴殿は強い。されど、人を殺した数では拙僧のほうが上のようでござるな。刹那に一瞬の鈍さが見て取れる。まだ殺すのに躊躇いがあるようでは、勝負には勝てぬでござろうに」


「それは…知っていますよ。よく主人にも怒られます。私はもともと…人を殺すために剣を磨いては…いませんでしたからね」



 もう一つの差が、この点だ。


 ラブヘイアは、ずっとハンターとして生きてきた。魔獣は殺せても人は殺せないような甘い人間であった。


 だからこそ年齢のわりには、ハンターとしての腕前が急激に伸びたのだが、結局のところ【逃げ】でしかなかった。


 自分の可能性から目を逸らし、いつも安全なところから世の中を見つめ、嘆くだけの日々。


 そんな人生の何が面白いのか。なさけない。くだらない。


 欲しいものがあったら求めろ、手に入れろ、奪い取れ。殴り、斬り、力づくで剥ぎ取れ。


 まるで野獣のような目をした白き魔人は、奪い取ることに躊躇いはない。それが自然であることを知っていたからだ。


 ああなりたい、とは思わない。自分には永遠に無理だろう。


 だが、追い求める。


 憧れが、彼を後押しする。



「あなたは人間として戦うことを…選んだ。ですが、これが限界です。この程度の力が限界ならば、無駄に時間を使うだけのこと。ならば、ならば…こうするしかないでしょう?」



 ズズッ ズズズズッ



「むっ…!」



 ラブヘイアから異様な気配がし、マタゾーが思わず一歩下がった。


 それは、槍が抜ける音。


 彼の身体に刺さった槍が、少しずつ押し出されてきている音。


 ずずずずっ ゴトンッ


 槍が落ちた。身体から排出された。


 だが、それはいい。今はそんな「些細なこと」に囚われている暇はない。



「ウウウウッ!! ウウウウウウウウッ!! はぁはぁっ!! 改めてあなたと戦って…理解しましたよ! あ、ありがとう!! ありがとうございます!! 限界を教えてくださって、ありがとうございます!!」



 ラブヘイアが感謝の言葉を捧げながら、呻く。


 徐々に感情が高まっているようで、涙を流しながら両腕をバンバンと地面に打ち付ける。


 正直、危ないやつだ。


 なぜ礼を述べるのか、なぜ突然感情を露わにするのか理解できず、マタゾーはその隙に立ち入ることができなかった。


 また、こうした絶好の好機であるにもかかわらず、動けないことにはもう一つ理由がある。



 ズズズズズッ ガブッ ガブガブッ



(いったいこれは…。なぜ左腕が…この者を『喰らって』いるのでござるか?)



 ラブヘイアの黒い左腕の牙が、外側ではなく内側に生まれ、【まだ人間のままの右半身】にかぶりついていた。


 ガブガブッ モグモグッ


 左腕が身体の侵食を開始。徐々に右側も黒く染まっていく。


 ズズズズッ メキッ ガキンッ ガコンッ


 あっという間に黒に染まったあとには、超合金の玩具を変形させたような音が響き、内部で何かが行われていく。



「ウウウウッ!! ウグガアアアアアアアアアアア!! ハーーー!! ハーーーーーーー!!」



 顔も真っ黒に変色し、塊が変形して特定の形を生む。



 顔の上に―――顔が生まれた。



 それは光をまったく通さない黒で形作られた『獣の顔』。


 たとえるならば、子供番組で出てくる【怪人ヒーロー】だろうか。


 獣あるいは虫型の頭部に、スタイリッシュな鎧状の身体をした存在。


 人の心を持ちながら、身体は完全に人間を超えた『正義の悪魔』。




「ハーーーーハーーーーッ!!! ハハハハッ!! ハハハハハハハハッ!!」




 ラブヘイアが立ち上がり、笑う。


 燃える館を背景に、月明かりに照らされたそれは、もはや人ではなかった。


 気配が違う。雰囲気が違う。マタゾーが人であるがゆえに、人でないことがわかる。


 これですべて納得。



「そうか…そうかそうかそうか!! 貴殿は【その道】を選んだのでござるか!!! ハハハハハッ! 見事、見事、お見事!! 拙僧は貴殿を尊敬いたすぞ!!」



 なぜラブヘイアは、人をゴミのように見下していたのだろう。


 その答えは極めて簡単だ。



 彼がもう―――【人ではない】からだ。



 どうすれば憧れの人に追いつけるのか。


 どうすれば近くにいくことができるのか。


 人ならざる魔人に近づくにはどうすればいいのか。




 ならば、自分が同じ【魔人になればいい】のだ。




「ああ…これがあの人の見ている世界。素晴らしい。本当に素晴らしい。あの御方がくれた力は、本当に素晴らしい! さあ、終わりましょう。あの人の匂いがするあなたを殺して、私はまたあの人に近づくのですから。もう我慢など―――できませんよ!!!」




 これより圧倒的な暴力による殺害が始まる。


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