558話 「マタゾーの死 その1『変わった男』」


 回り廻って最後にたどり着くは、この場所。


 炎に包まれたホワイト商会の事務所の中、その大広間の一室。



 そこでは二人の武人が戦いを繰り広げていた。



 マタゾーの槍が、閃光のように突き出される。


 それをラブヘイアが剣で受け流し、後方に跳躍。同時に風衝を放って牽制。



「ぬんっ!」



 ブンッ バシュウンッ


 マタゾーは風衝を槍で叩き落とす。


 ただその頃には、すでに新しい風衝が三つほど生まれており、三方向から襲いかかっていた。


 わざと一発目の速度を遅く放つことで時間を稼ぎ、余裕をもって風衝・三閃を放ったのだ。


 前と左右同時に襲いかかる風の刃が、床を大きく切り裂きながら迫ってくる。


 マタゾーは、バックステップで斜め後ろに回避。


 だが、これはあくまで誘いにすぎない。



 すでにラブヘイアは、自分の間合いに入っていた。



 槍は前に出てこそ力を発揮するもの。下がっていれば脅威は半減する。


 その引き際の隙を狙って一気に加速すると、迷いなく風威斬を放つ。


 風威斬は剣に風衝をとどめたもので、威力も風衝の二倍以上の技だ。


 さらに風の気質は速度を上げる効果があるため、非常に速い斬撃が襲いかかる。



(速い。が、対応はできる)



 マタゾーは咄嗟に石突きを床に叩きつけて跳躍。


 間合いを作り、空中から一閃。



 剣と槍が―――激突。



 ガギイイインッ ドドドンッ



 激しい力の余波が周囲を震わせ、半壊していた事務所の壁が、最後の断末魔を上げて吹っ飛んでいった。



 ラブヘイアは槍を切り払うと、再び距離を取る。


 そこにマタゾーの追撃。槍の先端から矢槍雷を放出。


 貫通力に優れた雷気がラブヘイアに正確に飛んでいく。



(風気をまとうことはマイナスにもなる。当たれば致命傷よ)



 ラブヘイアは身体に風気をまとわせ、全体的な速度を上げている。


 一気にマタゾーの間合いから大きく離れられるのも、その効果があってのことだ。


 ただ『属性反発』があるので、風は雷には弱い傾向にある。JBが彼に雷撃を仕掛けたのは、そういう意味合いもあってのことだ。


 マタゾーの技の質も高く、これは当たると思った。


 が、ラブヘイアは無造作に左手を突き出した。



 バチィンッ ブシュウウ



 彼の左手にまとわりついた黒い何か。


 コールタールのようにまったく光を反射しない黒い鎧状の塊が、雷気を完全に遮断してノーダメージ。


 それどころか左手が膨れ上がると同時に、射撃を開始。



 ドドドドドンッ



 マタゾーは回避しつつ、よけられないものは破壊。


 一発一発は非常に重く、貫通弾以上の威力をもっているが、幸いながら戦気は伴っていないので対応は可能であった。


 しかしながら、これが原因でマタゾーは劣勢に立たされていた。



(たしかに戦気をまとってはいないが、身体が弱い拙僧が受ければ無事では済むまい。しかも相手は、それだけ消耗がないということ。厄介なものよ)



 クロスライルの銃弾は、戦気を使って威力が何十倍にもなるが、それだけ当人の生体磁気を消耗してしまう。


 戦士の彼だからこそ何百発撃っても問題はないが、体力がない武人ならば無駄弾を撃つだけで息切れするはずだ。


 だが、ラブヘイアのものは何かの力で射出しているようで、当人の戦気にまったく揺らぎがない。


 威力も通常のライフル弾を遥かに凌ぐうえ、弾丸は無限にあるらしい。



 ラブヘイアが左手を壁に押し付けると―――吸う。



 ジュッポン ジュッポン



 便器が詰まった際に使うスッポン(ラバーカップ)のように、壁の素材を吸い上げる。


 そして、射出。



 ドドドドドンッ


 ドドドドドンッ



 元が石やら木材の強化物質とはいえ、超高速で撃ち出されると凶悪な攻撃となる。


 武人だからといって銃弾をまともに受けても平気なわけではない。そんなことができるのは、マサゴロウのような生粋の戦士タイプだけだ。


 致し方なくマタゾーは防御の態勢となり、必死に回避に専念する。



 ボンボンボンッ


 グラグラ ゴトッ ゴトンッ



 その射撃によって周囲の壁やら柱が破壊されていく。


 煙の匂いがする。すでに火は一階部分にまで延焼し、この部屋にまで及びつつある。



 事務所は崩落間近。



 いつだって最後は燃える。


 どんなに権威を誇っていようが、燃え尽きて死んでしまう。


 ホワイト商会の滅亡も、まもなく訪れるのだろう。


 その最期にこの男と相まみえることは、マタゾーにとっては幸せなのかもしれない。




 両者が、再び見合う。




「素晴らしい腕前。技の冴え。その若さでここまで到達するとは、見事でござるな。元来の才覚に加え、相当な修羅場を潜ってきたと見える」


「たかだか戦場いくさばを少々。あなたには遠く及びません」


「謙遜することはない。結果がすべてでござる。貴殿は強い。そこに一切の偽りなし。この目では、だんだん追えなくなりそうでござるな」


「そのわりには嬉しそうですね」


「当然よ! 武人にとって、戦って死することは幸せなり。わが身、この身、骨肉の一片たりとも残すつもりはない!」



 ドンッ!! ボシュン


 マタゾーが石突きを床に叩きつけると、床が一瞬で燃え尽きて炭と化す。


 燃えている。彼の戦気が燃えている。


 ここが最期の場所であると受け入れている。


 肉体的には万全とは言いがたいが、だからこそ守るものはなく、相手を滅するために全力を尽くせるのだ。


 ただ、マタゾーとラブヘイアとの意気込みには、多少ながらの温度差があった。



「我々はいったい、どこにたどり着くのでしょう? この戦いも、あの方々にとってみれば遊びでしかありません。人の身で戯れたところで、それにいったい何の意味があるのでしょう? あなたは強い。しかし、超常の存在から見れば、その努力さえ意味無きものではないのでしょうか」


「…その目、拙僧を見てはおらぬな。【無】に侵されたか」



 ひどく冷たい目をしている。人をゴミのように見ている。


 マタゾーは、ラブヘイアの目に宿った色を知っていた。



 【人間の限界】を悟った者の目だ。



 自分では永劫に届かない極致を知ってしまった者だけが見せる、虚無に等しい感情である。


 たとえば人智を超えた魔獣と遭遇した時、人は絶望する。


 こんな存在に勝てるわけがない。自分がやってきた鍛錬は無価値だった、と。


 絶対に勝てないと思った瞬間、その人間は終わるのだ。無に心を縛られ、すべてのことが無味乾燥に思えるからだ。


 ソイドダディーなどが良い事例だろう。彼は四大悪獣を見て自分の限界を悟った。


 自分ではもう届かないとわかったからこそ、グラス・ギースと派閥のために都市内部での活動に勤しむようになった。


 彼にとっては、それでよかったのだ。無駄に死ぬ必要はないし、人の身で得られる幸せがある。



「拙僧もかつては無を感じることもあった。されど武人である以上、努力と鍛錬を怠るわけにはいかぬ」


「届かぬと知っていてもですか?」


「左様。武を志すならば、誰もが通る道よ」


「そうですか。あなたは立派な方なのですね。血に酔うことがなければ、まっとうな剣士になれたかもしれません」


「それこそ無駄な議論よ。貴殿とて、それを知りながらも戦うしかないのであろう?」


「…そうですね。その通りです。しかし、私は無に侵されたのではありません。私が見たものは―――【美】です」



 ラブヘイアの目に、また違う色が宿った。



―――憧れ



 の感情である。


 人は誰しも憧れる。自分より大きなものに憧れ、美しいものに憧れ、優れたものに憧れる。


 人として当然の感情だ。すべての子供たちには、ぜひとも憧れを抱いてほしい。


 ただ唯一の不幸は、それが【究極の美】だったことだ。



「私は見てしまったのです。この世界で一番美しいものをね。それが人間の世界でのことならばよかった。ですが、あれはもう、あらゆるものを超えていたのです。そうです。まさに人智を超えていた」



 白く、白く、白い力。


 四大悪獣すら簡単に屠り、人間の壁を超えた存在。


 ただただ美しく、強く、けっして揺らがない。人が霊峰を見て抱く感動と同じだ。


 あまりの美に涙を流す。これこそ自分が求めたものだと。



 それからラブヘイアは、すべてがつまらなくなった。



 アンシュラオンと出会い、マキにフルボッコにされてから、ずっと彼は荒野をさまよっていた。


 自分自身の可能性を引き出そうと精一杯戦ってみたが、見たものがあまりに凄すぎて絶望しか湧かなかった。


 女性が愛でる花も、宝石も、髪の毛さえも、彼にとっては無価値なものになっていたのだ。


 ハンターとして人々を守ることには興味はあれど、以前ほどの執着を感じなくなった。


 もう終わりだ。もう戦えない。


 そう思った時。




―――歯車は廻る




 彼は出会ったのだ。


 完全なる【美】に。



「【あの御方】は、私にチャンスをくださった。そう、可能性をくださったのです。私が見たものは無ではなく【有】。無限の力を蓄えた、あらゆるものの根幹なのだと証明してくださった!!」



 ボオオオオオッ!!! ボボボボッ!


 ラブヘイアの戦気が猛々しく燃える。新しい石炭を入れたように燃え盛る。


 帰りの道中、アンシュラオンに酷評された「しょっぱい戦気」が、今は輝きをもって燃えている。


 戦気は人の感情や本質を示すもの。心に宿す力を体現するもの。


 希望が燃えている。誇り高さが燃えている。



 ここで彼は決断。




「前に出る!! その勇気を、私はいただいた!!」




 ラブヘイアが、一歩前に踏み出す。


 ここでいう一歩という距離は、野球でいえば盗塁を狙う際の積極的リードのようなものだ。


 この一歩によって盗塁の成否が決まる、とても大切なものである。


 だがしかし、一方では危険な行動だ。


 盗塁の可能性があるということは、それだけ牽制死になる可能性もあることを意味した。


 それを見て、マタゾーが笑う。



「そのままやっていれば勝てるものを…あえてか。面白い。受けて立つでござるよ!」



 正直、総合的な実力はラブヘイアが上であった。


 元来の才能自体ラブヘイアが上であるし、どうやったかはともかく、現状の彼は潜在能力を限界まで開花させている。


 その力は第七階級の達験級を超えて、第六階級の名崙めいろん級にまで到達しているだろう。


 それだけでも十分強いが、戦い方が非常に洗練されていた。


 最初にアンシュラオンが実力テストをした時にもわかったことだが、彼は中遠距離戦闘に長けていた。


 今マタゾー相手にやっていた通り、風衝と風威斬のヒットアンドアウェーだけでやりくりできた。


 人間の膂力を超えた魔獣と戦うのだから、普通は超接近戦などは挑まないものだ。


 地球の人間が狩りをするように、銃火器で遠くから倒すのがもっとも効率的だろう。


 若いながらも数多くの魔獣と戦った彼は、自然と遠距離での戦いを好むようになっていた。安全面から考えても正しい選択である。


 ネビュエル・ゴースに入ってからも戦い方は変わっていない。


 JBに酷評されたことからも、遠くからちまちま攻撃して戦果を挙げていった。


 逆に言えば、それで十分な戦果を挙げられるだけで、彼の実力が高いことを証明している。



 だが、アンシュラオンが常々指摘しているが、そんな戦い方を続けているだけでは因子は上昇しない。



 武人の因子とは、絶体絶命のピンチ、衝撃的な体験、絶え間のない鍛練、死闘、極限の力の放出によって引き出されるものだ。


 一歩間違えれば死ぬような、その苛烈な戦いによって血は目覚める。


 サナが良い例だろう。十歳の少女に殺し合いをさせるなど常軌を逸している。されど、そうでなければ強くはなれないのだ。



(ならば、私も死地に足を踏み入れましょう。それがアンシュラオン殿とあの御方に対する礼節。私が今、ここにいる意味!!)



 アンシュラオンは、勇気をくれた。


 あの御方は、力をくれた。


 その二つを今、示す時である。


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