557話 「ヤキチの死 その2『無頼の異邦人』」


 クロスライルは、ヤキチの攻撃をかわし続ける。


 大振りは普通にかわし、鋭い小刻みの攻撃も銃剣でいなして回避。



「ふんふーん、欲望の都で~~~愛を探しましょう~~」



 それどころか歌い出す始末だ。



「てめぇ!! 調子に乗りやがってぇえええ!」


「んん? せっかく楽しんでいるんだからよ、邪魔するなよ。いいねぇ、オンバーン姐さんの歌は、やっぱり心に染みるぜ」


「死んでから好きなだけ歌わせてやらぁ!!」



 ブンッ


 ヤキチの刃が迫る。



「ほいっと」



 クロスライルは高速射撃で対応。


 がきんっ ガキンガキンッ


 放たれた三発の銃弾は見事、刃に当たってポン刀を押し返す。


 高速で放たれる剣撃に対して銃弾を『真芯』に当てなければ、こんな芸当はできない。



 それができる、ということは―――



「そろそろ限界かい? ヤキチの兄さんよ」



 クロスライルは見切っていた。


 ヤキチの攻撃のすべて、剣の軌道、威力、スピード、癖、そうしたものを見通しているのだ。


 だから余所見をする余裕まである。



「あー、なんだぁ? JBの野郎は苦戦してんのか。ははは、あの兄さんの世話は大変だってか。普段オレに迷惑をかけてる罰ってやつだぜ。せいぜい苦労しな」



 ビッグに足を引っ張られ、上手く力を使いこなせない相棒の様子もうかがっている。



「てめぇ…!! 遊びが過ぎるぜえええええ!」


「だってこれ、遊びだろう? えーと、そういえば吸いかけのシケモクがあったな。どこだったか…ああ、あったあった」


「タバコはしまえやあああ!」


「おっと、最近は世知辛い世の中になったもんだ。資源は大切にしましょうね。タバコも最後まで吸いきろうぜ」


「ほざけ!!」



 ヤキチが黒い剣気で覆ったポン刀を振るう。


 強化されたヤキチの力は、すでにプライリーラに匹敵するとは述べた通りだ。


 だがそれを―――



 ガキイインッ!! ぐぐぐっ



 ヴァルナークで受け止める。


 多少筋肉が盛り上がって、腕がぷるぷると震えているが、それだけにすぎない。


 ヤキチの一撃を片手で受け止めたことは、けっして見間違いではない。



「なっ…!」


「驚く暇はないぜ?」



 クロスライルの必殺パターンが炸裂。


 右でいなしてから左の突き。聖剣アグニスが襲いかかる。


 当然その前にヴァルナークの能力が発動し、ヤキチを凍らせる。



「こんなもんでよおおお!」



 バリバリンッ


 氷は壊される。


 聖剣ヴァルナークはメンテナンスが不要というメリットがある反面、桁違いの威力を誇っているわけではない。


 それを知っていながらこれを選んだのは、単にクロスライルが面倒なことを嫌っただけであり、それなりに使えればいいと考えていたからだ。


 氷を打ち破るのにも多少の時間がかかる。その一瞬で十分なのだ。


 ブスッ


 アグニスが突き刺さり―――爆破。



 ボンッ



 ヤキチの上半身の半分が吹っ飛ぶ。


 彼の身体も強化されているが、それ以上にアグニスの威力が高かったことを示している。


 だが、それでも死なない。死ねない。


 攻撃をくらいながらも強引にポン刀を振る。


 クロスライルは、すでに動けない状態なのだが、ここでも曲芸を見せる。


 バリバリバリバリッ


 ヴァルナークで空気中の水分を凍らせて氷を生み出し、それを使って押し出すように体勢を移動させる。


 ブンッ ガシャン


 ヤキチの一撃は氷を破壊するにとどまり、クロスライルには届かない。



 その間に、アグニスで連撃。



 ボボンッ ボボンッ ボボンッ


 一瞬で三回ヤキチに剣を突き刺し、爆破させる。



「ちいいっ!!」



 ヤキチの身体は命気によって回復が行われるが、それでもこれは厳しい。


 視界が完全に塞がれ、クロスライルが見えなくなる。


 ブンブンブンッ!


 それでもヤキチはポン刀を振り回し続ける。いつクロスライルが攻撃を仕掛けてくるかわからないからだ。


 だが、彼からの攻撃は来なかった。



 なぜならば―――



「ぷはぁ…」



 クロスライルは、少し離れた場所でタバコを吸っていた。


 これだからニコチン中毒は恐ろしい。どんなときでもタバコが吸いたくなるのだ。(武人の血が強すぎて中毒にはなれないため、単純に習慣であるが)



「てめぇ…!!」



 それを侮りだと捉えたヤキチは当然、激怒する。


 激しい憎悪の視線をクロスライルに向けるが、相手の表情に変化は見られなかった。


 その理由は簡単。


 もう『程度が知れてしまった』からだ。



「まあ、なんつーの? あんたじゃオレには永遠に勝てないって、そろそろわかっただろう?」


「おらぁの…おらぁの!! オヤジの力をなめんじゃねええええ!」


「それだよ、それ」



 ヤキチが突っ込んで、ポン刀を乱雑に振り回す。


 たしかに力は急激に増して、一撃の威力は桁違いに上昇した。


 だが、その一撃でさえクロスライルには対応可能であるし、何よりも―――



「他人の力じゃ、オレには勝てないよ」



 クロスライルは、ヤキチの突進と剣撃を銃剣で受け止めつつ、膝に蹴りを入れる。


 ボギャッ


 関節を狙った一撃は、ヤキチの膝を粉砕。



「だから、なんだってんだああああああ!」



 今のヤキチは痛みを完全に感じていない。


 膝が崩れ落ちても強引に攻め続ける。


 ただし、体勢が崩れれば攻撃にブレが生じることも事実である。


 クロスライルは軽々とかわしつつ、再び打撃を繰り出す。


 ぐしゃっ


 ポン刀をいなし、肘に膝を叩き込む。


 めきぃっ


 そこから身体を回転させて後頭部に肘打ち。


 そのままヤキチの身体を蹴り飛ばし、間合いを作ったと同時に射撃。


 パパパンッ ドバンッ



「ぶはっ…! ちくしょう…! 当たらねぇ!!」



 クロスライルの戦闘スタイルは、身体全体を自由に使うものである。


 銃剣という独特な武器による支援はもちろん、元が戦士なので肉体を使った打撃技も同時に繰り出せる。


 すべてが流れるように放たれるので、ヤキチに攻撃する間合いを与えない。


 見事な体術だ。見事な戦闘技術だ。


 だが、いまさらそんなことで褒める必要性はない。彼が強いことは、すでにわかりきっていることだからだ。


 ここで重要なのが―――




(なんだこいつ…! オヤジの力が…通じねえ!!)




 ここでもっとも重要視すべきことは、ヤキチが『魔人の道具』になっていることである。


 彼が発した黒い力は、対象者に壊滅的な打撃を与える能力を持っている。


 人間種に対して畏怖を植え付け、恐怖させることで身体の動きを鈍くさせる効果もあるわけだ。


 だからこそ見物に来ていた人々が、凍りついたように動けなかったのだ。


 しかしながら、クロスライルは平然としている。


 普通に彼本来の力が出せているからこそ、ヤキチがどんなに魔人の気配を出しても差が埋まらないのだ。



「なるほどなるほど、あんたの後ろにいるやつが力を与えているんだな。カカカ、いい匂いだ。あぁ…惚れ惚れする匂いだよ。あんたの飼い主は、とびっきりの上玉だな。それは間違いない。だけどよ、それが何?」


「てめえぇえええ! オヤジが怖くねぇのかあああああ!」


「会ったことないしね。怖がる理由もないだろうよ。いまさら強面のヤクザに睨まれても怖くないしな。オレはオレだ。文句があるならかかってこいよ」


「なんなんだ…てめぇは!! 普通じゃねえ!!」


「カカカッ!! 普通か。ここで議論でもするかい? 普通の定義についてよ。嫌いじゃないぜ、そういう答えが出ない話ってのはさ」


「ウウウッ!! ウオオオオオオオオ!!」



 ヤキチは、クロスライルを殺そうと思った。


 最初から殺しにいっているが、ここで彼が抱いた感情は、憎しみや愉悦といったものではない。



 クロスライルが―――怖かったのだ。



 彼は今、自分でも理解できない恐怖の中にいた。


 殺さないといけない。倒さないといけない。排除しなければならない。


 無性にそんな気持ちになって、がむしゃらに突っかかる。


 しかし、差が埋まっていない以上、結果もまた変わらない。



 クロスライルが銃撃。


 パパパンッ


 ヤキチはよけない。


 どばんっ


 腹が吹き飛んでも前に出て、ポン刀を振る。


 ガキン パリンパリン


 それを聖剣ヴァルナークで受けると、氷の力が働いてヤキチを凍らせる。


 氷を砕いた瞬間には、すでに聖剣アグニスが突き刺さる。


 ボンッ


 首の半分がちぎれ、おびただしい黒い血液がこぼれ出る。



「おらぁはあああ! 下がらねぇえええええ!!」



 どんなに攻撃されても、どんなに劣勢でも、けっして前に出ることはやめない。


 アンシュラオンに負けた時から、彼は心に決めていた。


 死する時は、けっして自ら後退はしないと。



「ひゅー、カミカゼ特攻みたいだねぇ」



 自分が死んでも相手を殺す、という特攻精神満載の素晴らしい意気込みだ。


 彼が旧日本軍にいたら、さぞや褒め称えられただろう。



「てめぇも死ねやあああああ!!」



 ドーーーンッ


 ヤキチは身体ごとクロスライルに激突。



 するも―――するり



 その体当たりも細かい体重移動で華麗にかわされる。


 気のせいか、徐々にクロスライルの動きが良くなっていた。


 軽いステップにキレが出てきたし、当たった感触もやたら筋肉質だった。


 寝起きのたるんだ筋肉と、筋トレを軽くしたあとの筋肉ではハリに差が出るように、今のクロスライルもエンジンがかかっていた。



 そう、エンジンがかかってきた。



「愛のカナリアを~~あなたに捧げましょう~~♪」



 ザザッザザッ ザザザッ


 彼がステップを踏むたびに地面が削れる。


 ザザッザザッ ザザザッ

 ザザッザザッ ザザザッ


 ステップを踏む、踏む、踏む。


 なにやら無駄に動いていると思ったら、そのステップで地面に【鳥の絵】を描いていた。



「うーん、我ながら良い絵だ。素敵な感性が滲んでるねぇ」



 正直、あまり上手いとは言えない絵だ。


 ナスカの地上絵のほうが遥かに緻密だろう。(あちらは違う意味で凄いが)



「ウウウウッ!! くそがあああああああああ!!」



 くそがくそがとうるさいが、それ以外に言える言葉がないのだ。


 ただしクロスライルは、なめくさっているわけではない。



 楽しんで―――いるのだ。



 彼は今やりたいことをやっているだけだ。楽しいと思えることをやっているだけだ。


 ヤキチとの戦いも【楽しかった】が、ひたすら熱中するほどのものではない、というだけのことである。




「そろそろ飽きたな。じゃ、死んでもらおうか」




 鋭いステップでヤキチの間合いに入り込むと、堂々と右手の銃剣を振り下ろす。


 ヤキチもポン刀を振って迎撃しようとするが―――


 ズッ



「…ず?」



 ヤキチも思わず、言葉に出してしまうほどの音がした。


 それは、ポン刀の刃が、彼の命とも呼べる剣が―――


 ズパンッ


 綺麗に二つに分かれた音だった。


 真っ黒な剣気すら物ともせず、ヴァルナークがポン刀を二つに叩き割り、ヤキチの身体を切り裂く。


 バリバリバリバリッ


 斬撃を受けた箇所が凍りつき、彼の身体の内部まで浸透していく。


 そこにアグニスの一撃。



 ザクッ



 攻撃パターンは、まったくの同じ。


 右のヴァルナークで切り払う、あるいは切り裂いてからのとどめの左。


 クロスライルがとどめの一撃を左に構えているのは、やはり右利きの武人が多いからである。


 サウスポーのボクサーのワンツーのように、普通の相手とは間合いが違うのでかわしにくいのだ。


 これはクロスライルが『両利き』であることの利点を生かしているといえる。


 とまあ、そんなことはどうでもいいだろうか。



 大切なことは―――彼が【本気】になったということだ。



 ボンッ


 アグニスが爆発。氷で固められたヤキチの身体が吹き飛ぶ。


 ここまでも同じ。


 だがさらに―――



 ボンボンボンボンッ!!


 ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!!


  ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!! ボンボンボンボンッ!!



 凄まじい量と回数の爆発が発生。


 爆発できるのが三回まで、とは誰も言っていない。


 本気で起動すれば、これくらいは軽くできるのだ。



「が―――はっ!」



 これによってヤキチの身体が、文字通り粉砕される。


 腕が吹っ飛び、胸も吹っ飛び、爆発の余波で下半身まで吹っ飛ぶ。


 ごぼごぼごぼっ


 ヤキチの身体から黒い血が流れ出る。


 魔人の道具が怖いのはここからだ。


 こんな状態でも彼らは再生を行い、破壊を続けようとする。


 彼らに戦う意思がある限り、魔人の影響力がある限り、戦うことをやめないから怖いのだ。


 しかしそれも―――




「あんたはあんた、オレはオレだ。あんた以外の力は認めないぜ」




 じゅわわっ ボシュン



 黒い血が蒸発していく。普通の熱量では絶対に蒸発しないにもかかわらず、燃え尽きていく。



「ばか……な……ありえ……ねぇ」



 ヤキチが驚くのも当然だ。


 クロスライルが、アンシュラオンの波動を消し去ったのだから。


 この場はいまだエバーマインドの影響下にもあるので、より強い思想が生き残るシステムになっている。


 それゆえにヤキチ程度の武人でさえ、これだけ強くなれるのだが、クロスライルの思想はといえば―――



 どこまでも―――無頼ぶらい



 誰にも頼らず、誰にも寄りかからず、ただ自分の力だけで荒野を生き抜く無頼者の心構え。


 ヤキチが強くなったのは、アンシュラオンの力によるものだ。


 ならば、ここでは無効。不必要。無駄。無意味。


 クロスライルの前では、まったく価値がない。



「さよなら、バイバイ。お元気で」



 ブスッ


 ヤキチの顔面にアグニスが突き刺さり―――



 ボーーーーンッ パラパラパラパラッ



 ヴァルナークで半分凍った彼の頭が、完全に砕け散って舞い落ちていく。


 それはまるで粉雪のように美しかった。


 それで思い出す。



「そういや、オンバーン姐さんの冬の歌も聴きたいもんだねぇ。って、乾燥ばかりの荒野じゃ、さすがに雪は降らねぇか。カカカッ。異常気象でも起こらねぇかなぁ。…あ、頭部は残したほうがよかったのか? まあいいか。グロいの持ち歩くの嫌だし」



 ヤキチを殺しても、抱いた感想はそれだけだ。


 彼にとってヤキチなど、所詮はその程度のものにすぎなかった。


 JBがあんなに苦戦したのに、クロスライルが圧勝したことに違和感を感じるかもしれないが、実際はこれだけの実力差があるということだ。


 JBも仮に全力で当たっていれば、同じようにマサゴロウを粉砕しただろう。


 ただクロスライルには、他の人間とは違う事情もある。




「ホワイト…か。臭う、臭うねぇ。オレと同じ匂いがするぜ。もしそうなら実際に会ってみてぇなぁ。同じ『異邦人』ならよ」




 異邦人。


 この世界の人間からすれば、彼らは異邦人と呼ばれる。


 時々現れ、世界に何かしらの強い影響を残す者たちを、畏怖をもってそう呼ぶのだ。


 同属だからこそ感じる気配がする。懐かしい、とても懐かしい感覚だ。


 ならば、会わねばなるまい。彼と、アンシュラオンという人物と。



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