556話 「ヤキチの死 その1」


 戦いは終局に向けて加速していた。


 次に死するのは―――



 ブオオオオオッ



 ヤキチの身体から、例の黒い戦気が湧き上がった。


 ジュウウウッ


 ちぎれかかっていた身体の中から、ねっとりとした水が染み出してきて、細胞と細胞をくっつけていく。


 すでに落ちつつあった右腕にもその現象は発生し、急速に彼の身体を回復させていく。


 これだけ見れば、単なる命気の能力に映るかもしれない。


 だが、いくら命気といっても、ここまで急速な復元を行えば、細胞に深刻な損耗を生むことになり、大きく寿命を縮めてしまうだろう。


 それゆえにこれは、命を捨てると決めた人間だけに使えるものなのだ。



「ウグウウウウッ!! ウガアアアアアアアア!!」



 ヤキチが獣のように大きな声を上げた。


 武人の彼でも耐えられないほどの激痛が、身体中に走っているのだ。



 肉体が―――強制的に作り変えられている。



 因子情報が魔人因子に乗っ取られ、強引に上書きを始める。


 オーバーロード〈血の沸騰〉と違うのは、本来ならば彼の中には無い情報までも植え付けて強化する点にある。


 『魔人』という存在は、極めて特殊なものだ。


 普通の武人のデータベースとは、まったく違う場所に格納されている『システム情報』といったほうが、より正確かもしれない。


 そこから力を受けるのだから、彼のすべてが変質するのは当然のことだ。



 ヤキチが、魔人の道具になった瞬間である。




「いい…気分だ。これが……オヤジの力かぁ!!」




 身体中から黒い煙を発したヤキチは、皮膚の色も目の色も黒に変色していた。


 感じる。因子の奥底からアンシュラオンの力が湧き上がってくるのを、ビンビン感じる。


 今まで感じたことのない全能感が、ヤキチを支配していった。



「ククク…ギャハハハハッ!! どうだっていいんだ!! ああ、そうだった!!! こいつがぁあああ! オヤジの!! ハハハハハッ! すげぇえ力だぁあ!! これと比べりゃぁ、世の中のほかのすべてが馬鹿らしいぜぇ!」



 自分の中にあった空白感が満たされていく。


 レマール王国であぶれてしまい、夢半ばで裏社会に入ったことも、戦罪者となって血を求めてさまよったことも、あらゆる空虚感が潰されていく。


 こうしてアンシュラオンの道具になったことが、何よりも誇らしく感じられる。


 魔人の尖兵になるとは、怖れるものが何もなくなる、ということを意味するのだ。



「ヒューー、こいつはまた…すごいことになってるね」



 クロスライルも、突然のヤキチの変化に驚く。


 ただ、そんな呑気な言葉とは裏腹に、彼の左指はヤキチを殺すために最適な動きを取る。


 左手の銃剣、聖剣アグニスを起動。



 ボンボンボンッ!!



 まだ刃は、胸に突き刺さっている。


 復元しようとしていたので、さらに追撃で攻撃を仕掛けたまでだ。


 今のヤキチの異様さを思えば、多くの人間が驚き戸惑ってしまうだろうに、この男はなんと冷静なのだろう。


 その身体に「死」が染み付いている。


 殺すために何をすればいいのかが、反射になるほど反復されている証拠だ。



 だが―――



 ジュボボボッ


 爆発で吹き飛ばされた部分を黒い戦気が埋め尽くし、傷を塞いでしまう。


 命気で回復もしているのだろうが、そもそも欠損した部分を完全に捨てているので、厳密にいえばこれは治療ではない。


 単なる「埋め合わせ」だ。


 とりあえず身体がバラバラにならないように、適当にくっ付けているだけにすぎない状態といえるだろう。


 それでも死なないというのが、魔人の思想の怖いところでもあるのだが。



「ウウウウッ! オオオオオオオ!!」



 バキンバキンッ


 ヤキチが動くたびに、氷に亀裂が入る。


 改めて状況を説明すると、ヤキチの身体は聖剣ヴァルナークの能力によって凍らされている。


 このヴァルナークは氷しか扱えない反面、相手の動きを封じる効果としては一級品だ。


 普通ならば身動き一つ取れないはずなのだが、ヤキチは身体能力だけで強引に押しきろうとし―――



 実際に押しきる。



 バリバリバリッ バリーーーンッ



「おいおい、これ、けっこうお高いのよ? そんなに簡単に破られるとショックだなぁ」



 この二挺の銃剣は、クロスライルがファルネシオの組織に入る際、見返りとして求めた逸品である。


 それをただでさえ身体能力に劣る剣士であるヤキチが、力づくで破るのは異常である。



「オオオオオオオ!!」



 そして、命気によってつながった右手で刀を握ると、上段から振り下ろす。


 クロスライルは即座に銃剣を抜いて、後ろに飛び退いた。



 直後―――



 ドーーーーンッ!!



 叩きつけられたポン刀が地面に突き刺さり、凄まじい剣気が迸る。


 ヤキチはもともと黒い淀んだオーラを身にまとっていたが、今の彼の剣気は、さらにさらに真っ黒。


 すべてのものを破壊し、切り裂く黒き力を宿していた。



 それが地面すら―――破壊



 バリバリバリッ


 刃が振り下ろされた場所から亀裂が入り、地面が割れていく。


 そこからは、ぶしゅぶしゅと黒い力が溢れ出ており、触れた生物をすべて滅殺していった。


 土の中にいた虫や微生物すら呑み込んで死滅させていく。


 きっとこの土地では、もう二度と雑草の一本も生えないだろう。生物が生きることが許されないのだ。




「随分と面白い隠し玉を持ってるね。こいつは驚いた。だがオレが見たところ、無事じゃ済まない感じだな。あんた…死ぬぜ? ただ死ぬだけじゃねえな。もっとヤバそうな臭いがする」



 死に方、というものはそれなりに死後に影響するものだ。


 魂に深刻なダメージを受ければショック状態に陥り、さまざまなマイナス効果を受けることになる。


 人間だって麻薬をやれば心まで憔悴し、社会復帰するのに何年、何十年もかかるだろう。あるいは生きている間に復帰は難しい可能性もある。


 この魔人の力も同じことだ。


 因子情報を強制的に書き換えるなどと、あまりに常軌を逸した行為である。


 これからすればマングラスの改造人間など可愛いものだ。


 彼らはあくまで因子を移植されているだけであって、本来あったものを書き換えているわけではない。


 ならば、ろくな死に方はしない。魔人の道具であることを受け入れた者は、等しく不幸になるのだ。



 だが―――それでいい。



「オヤジに…かかりゃ…! へへ! 全部がちっぽけさ!! おらぁが目指したものすべてが馬鹿らしくならぁ。ハハハハッ!! おらぁは、全部をぶっ壊す!! 壊して壊して壊してやらぁな!! きっと最高に楽しいぜ!!」



 戦罪者たちは単にアンシュラオンに選ばれただけであり、それぞれの事情は大きく異なっていた。


 マサゴロウは、苦労した母のために認められたいという願望があった。


 それゆえにビッグと共感するような、ある種の人間性を宿していたのだが、ヤキチが求めるのは、ただただ【破壊】だ。


 ハンベエも似たような思想を持っていたが、彼は自分の愉しみのために殺人を行っていただけなので、ヤキチとは多少違う。


 ヤキチは自分を認めなかったもの、自分が手に入れられなかったもの、そのすべてを壊し尽くすつもりでいる。


 そこで得られる爽快感こそが、彼にとっての原動力であり願望なのだ。



 受験勉強に熱心な母親は、それが意味が無いものだと知ったら、どんな顔をするだろうか?


 大会社で出世して社会的に成功したと思っていたところ、その翌週に会社が潰れて居場所を失ったら、どんな気分だろうか?


 大勢の人々から賞賛されて良い気分になっていたはよいが、実際はそれが人類の進化にまったく寄与していないことを知り、無意味な時間を過ごしていたと知れば、どんな心境だろうか?


 金などは所詮、神から与えられた欲望の試練だったと知った時、自堕落に生きた金持ちは青ざめるだろうか?



 それと同じだ。


 魔人の力は、すべての概念と思想を破壊する。


 人間が生み出した『くだらない価値観』を破壊する。


 某漫画よろしく世紀末のモヒカンたちが跋扈ばっこする世界を想像すれば、少しはどんな状態かわかるだろう。


 ヤキチがマサゴロウのように『人間性』を激しく失わないのは、彼が最初からそちら側に属しているからだ。


 その意味において、より魔人の道具らしい道具といえるだろう。


 ヤキチは自ら力を受け入れているのだ。そこに快感さえ感じている。



「ふーん、で、どうするのよ? その力でさ」


「決まってらぁ…てめぇもぶった斬ってやらぁあああああ! 切り刻んで、バラバラにしてよおおおおおお!! ひゃーーはっ!!」



 ヤキチが、真正面から突っ込む。



「はは、オレも死にたかないからねぇ。えーと、死にたくないならどうすりゃいいんだっけ? …ああ、そうか。あんたを殺せばいいんだよな。なんだ、簡単だな」



 クロスライルが見事なところは、魔人の気配を感じていても何一つ変わらないことだ。


 ビッグは震えた。JBも危険なものと認知した。


 だが、彼は変わらない。


 ヤキチの激しい破壊衝動を受けても、当たり前のように受け入れている。


 すでに述べた通り、彼の周りには常に死があった。人間が死ぬのは自然なことなのだ。



 そして、殺すことも自然なこと。



 クロスライルは余裕を持って銃を構え、発射。


 すでに高速リロードを終えているので、全弾を叩き込む。



 バンバンバン バンバンバンッ!!


 バンバンバン バンバンバンッ!!



 全十二発の弾丸がヤキチに迫る。


 ヤキチは、よけない。



 ドバンッ ドバンドバンドバンッ!



 クロスライルの銃弾の威力は、相変わらず凄まじい。


 頭や胸、下腹部、足に当たると、その部位を吹っ飛ばす。


 黒い戦気だろうが物ともしないのは、さすが生粋の殲滅者だ。


 だが、ヤキチはよける必要性を感じなかったから、よけなかったにすぎない。



 じゅうううっ ブチブチブチッ!



 肉体がちぎれても、それ以上の速度で急速にくっついていく。


 『異常進化』した肉体は、すでにただの剣士のものではなくなっているのだ。


 ヤキチが足に力を入れ、解き放つ。



 ぎゅうううっ バンッ



 従来の彼のダッシュ力もたいしたものだったが、今はかつての面影はまったくない。


 今の彼の速度は、さきほどの三倍を超えるものに進化していた。


 単純な推進力だけ見れば、ジュエルを起動したサナにも匹敵する。



「死ねヤァアアアアアア!!!」



 スパンッ!


 一気に接近したヤキチが、ポン刀を一閃。


 こちらも修復された腕による本気の一撃なので、キレは最初の数倍。


 大気を綺麗に切り裂く音が響く。



「おっと」



 クロスライルは首を引いて、ギリギリで回避。


 そこに返す刀が迫ると、今度は咄嗟に右の銃剣で受ける。


 ガキイイイインッ


 ヤキチの一撃など、片手で受けきれるものだった。


 それが―――



 ぶわっ



 浮く。


 身体自体が作り変えられつつあるので、身体能力が劇的に向上しているのだ。


 現状での彼はおそらく、マキを超えてプライリーラに近い肉体性能を誇っていると考えてもいいだろう。


 そのうえ攻撃力の高い剣士なのだ。



 これが意味するところは―――ほぼガンプドルフ。



 高い身体能力をもった、攻撃力の高い剣士の完成だ。


 ただし、ガンプドルフには理性と打算性があったが、ヤキチにはない。



「おら!!」



 ドゴッ!!


 浮いたガンプドルフに前蹴りがヒット。


 クロスライルはすねのプロテクターでガードするも、破壊。


 バキバキと防具が壊れ、ダメージが内部に届きそうになる。



「どっこいせ!」



 が、クロスライルはその前に、もう片方の足を使ってヤキチを蹴り、後方に回転しながら着地。


 なんとも曲芸じみた動きを平然とこなし、衝撃を受け流す。


 ヤキチとの最初の攻防を見ても、彼の動きは非常に機敏かつ自由だ。空中での運動性も高いのも特徴であった。



 ただ、ここで呑気に様子をうかがうヤキチではない。


 即座に追撃を開始。


 その爆発的な脚力で一気に接近し、鋭い斬撃を放つ。



 スパンスパンッ!!


 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!


 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!

 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!



 彼がポン刀を振るたびに、大気が切り裂かれる音が響く。


 素の状態でもフルアーマーを叩き斬っていたのだから、今の刀が当たればクロスライルであってもただでは済まないだろう。



 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!


 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!


 スパンスパンッ!! スパンスパンッ!!



 しかし、響けど響けど、鳴るのは大気を切る音ばかりだ。


 クロスライルも今までと違い、バックステップを踏みながら後退を余儀なくされているとはいえ、その攻撃をすべてかわしていた。



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