555話 「マサゴロウの死、ソイドビッグ炎の叫び』」


 ビッグの拳が、綺麗に入った。


 今までは力任せに殴るだけの「雑な拳」であった。


 地下闘技場で拳闘士たちがやっていたような、力の入らない殴り方に近かった。


 それでもあれだけのパワーが出ていたのは、持っている肉体の基礎性能が高かったからである。



 しかし、ここに『じゅつ』が加わる。



 アンシュラオンが語っていたように、武術とは人間が生物を殺すために編み出した必殺拳だ。必ず殺すから、必殺なのである。


 どうすれば効率的に相手を殺せるかを、日夜研究してきた集大成を侮ってはいけない。


 ここにさらにエバーマインドの力が加わり、威力が格段に底上げされる。


 ゆえに、これは必然。


 ビッグの拳でマサゴロウを打ち砕くのは、当然の結果だ。



(なんだ今の感覚…。すっげぇ…気持ちいい)



 身体中に痺れに似た快感が走る。


 すべての力が各箇所を通って、完璧に流れた証拠である。


 彼は生まれて初めて、力を力として扱う快感を知ったのであった。



「ウウウ!! ヌウウウ!! ブタガアアアア!」



 身体から血を噴き出しながらも、マサゴロウは攻撃を仕掛けようとする。


 その命が尽きる瞬間まで、エネルギーが完全にゼロになる時まで、彼は戦い続けるのだ。


 そのための戦罪者。魔人の道具だ。



「ああ、そうだよ。それでも誰かの力を借りれば、こうして戦えるのさ!」



 ビッグは今の感覚を忘れないようにと、紐の導きに従い、拳を握る。


 腕を引き絞る。


 身体の重心をまっすぐに保つ。


 腰の捻りと体重移動で、スムーズに拳を叩きつける。



 ビーーーーーーンッ ドスンッ



 綺麗な、それは綺麗な正拳突きが決まる。


 突き抜けた衝撃が一点に集約し、内部に浸透。


 ボンッ ボボンッ



「ガウアアアアア!!」



 ブシャーーー!


 マサゴロウから黒い血が止まらない。


 止まらない。止まらない。止まらない。


 これはビッグの力だけで起こっている現象ではない。


 彼の拳を通してエバーマインドの力が、敵対する思想と激しくぶつかっているのだ。




「俺は、俺は!! お前を殺すぞ!!! 殺すって言ったら殺すからな!!」




 ドスンッ ビーーーーンッ


 ドスンッ ビーーーーンッ


 ドスンッ ビーーーーンッ



 ビッグがマサゴロウに拳を打ち続ける。


 その時、なぜだか涙が出てきた。


 ビッグとて何人も人を殺しているし、この戦いに覚悟を持って挑んでいた。


 相手が戦罪者ならば殺されても仕方ないと思う。それだけのことをやってきたのだ。


 だが、どうしても涙が止まらない。



「くそおおおお! くそおおおおおおおお!」



 殴りながら泣く。泣きながら殴る。


 なんて甘い。甘ったれの豚が!!


 と、アンシュラオンが見たら、そんな罵声を浴びせそうな光景であるも、出るものは仕方ない。(罵倒するほうがおかしい気もするが)


 だが、そうした甘さもまたエバーマインドが好む思想だった。



 なぜならば多くの人々が、彼の行動に胸を打たれているからだ。



 グラス・ギースで久しぶりに制裁が起こるのが珍しくて、ただただ野次馬根性でやってきた者たちが大半である。


 中にはまったく事情も知らず、単なる派閥の集まりだと思った者もいるくらいだ。何の準備もしていなかったし、期待もしていなかった。


 それゆえに意外な光景に感動するのだ。



 すべてが幻想的かつ、リアリティーのある空間だった。



 ソブカが生み出す不死鳥の存在感は、まさに魂の輝き。


 マサゴロウが放つ気質も、彼の魂の叫びが具現化したものである。


 その背後にいる強大な魔人の存在もまた、人々にこの戦いが負けられない大切なものであることを示していた。



 それに立ち向かうは、ソイドビッグ。




「うおおおおおおおおおお!!」




 燃える、燃える、燃える。


 彼の魂の炎が燃える。


 激しく燃え上がった炎が虎の形となり、叫ぶ!!


 ビッグが燃えている。その感情が燃えている。



 彼は今、戦士になった。



 口先だけではない、本当の戦士になったのだ!!




(手間のかかる男だ。未熟すぎて正すポイントが多すぎる。しかし、だからこそ可能性がある。エバーマインドが欲したのは可能性だったのだな)



 JBも紐の振動を通して、ビッグが正しく力を使ったことを知った。


 はっきり言えば、彼は無知な『赤子』である。


 何も知らないからこそ、何かを教えればぐんぐんと成長を始める。


 エバーマインドがビッグを好んだのは、そんな柔軟性があったからだろう。


 赤子は言われたことを素直に受け入れる。吸収していく。


 さすがにサナほど完全なる空白ではないが、ビッグも馬鹿だからこそ愛嬌があるし、受け入れる力に優れているといえた。


 まだまだ改善点は多いが、それはこれから学べばよいことである。



「では、そろそろ終わらせるか」



 ガリガリガリガリガリッ


 JBは痛覚がないので普通にしているが、今こうしている間もムジナシに引きずられている。


 地中を引っ掻き回すように、右に左に上に下に斜めに縦横無尽に動き回り、所かまわず押し付けてくる。


 おかげで彼が殺して食った死骸やらも身体に付着して、非常に不愉快な気分である。


 こうしてみるとムジナシは、案外頭が良いらしい。


 無理にこちらに攻撃を仕掛けず、引っ張ることだけに集中している。


 おそらくマサゴロウがビッグを殺したあとに、ゆっくりと二人でJBを始末すればいいと考えているのだろう。


 思ったよりは、頭がいい。


 そう、思ったよりは。


 しかし、所詮は野生児。野蛮人。非人間的。



「この私に、よくも不快な思いをさせてくれたな。そろそろ貴様にも罰を与えてやろう」



 シュルルルッ


 JBから黒い紐が伸びて、ムジナシを逆に捕らえようとする。


 ムジナシは手を離して地中に隠れる。ここも今まで通りだ。


 地中は彼の居場所。ホームタウン。ここでは機動性も彼のほうが圧倒的に上だ。



「くくく、貴様にとっては安心する場所なのだろうが、私にとっても安心する場所だということを教えてやる。ここならば遠慮することはないからな」



 ズルズルズルッ


 JBから赤い紐が生まれ、周囲の土の中に展開される。



 そこから―――爆炎



 ボオオオオオオオオオッ!!



 激しい炎が噴き出す。


 ただし、土の中なので火はムジナシに届かない。


 これもさきほどやったことである。これだけでは効果はない。


 しかしながら、JBの本質を侮ってはいけない。


 彼は【広域破壊型の武人】である。




 能力を―――解放




「エバーマインドよ!! やつの思想の力を私に貸し与えよ!!」



 キラキラキラッ ボボボボッ


 今現在JBは、エバーマインドを通じてビッグと繋がっている。


 繋がっているということは、向こう側からこちらにエネルギーを送ることもできるのだ。


 ビッグの熱い熱い感情がJBにも注がれる。



「これがやつの思想…感情か。ふっ、懐かしい感覚だ。私がまだ人であった頃には、こういった考えも持っていたのかもしれんな。いいだろう、私もまた受け入れ、身を任せよう」



 懐かしい、とても懐かしい熱い気持ちが注がれる。


 人が普通に持っているはずの熱い気持ち。多少甘いながらも誇らしい気持ち。


 それがあるからこそ、人間なのだ。魅力的なのだ。


 それと比べれば、ムジナシたちから発せられる波動は、あまりに稚拙。




「貴様らもこの炎で、熱くなればよいいいいいいいい!!!」




―――業炎



 JBの赤い紐が、ぶくーーと膨れ上がると、凄まじい熱量を生み出した。


 それはすでに炎と呼べる範疇を超えている。



 もはや―――核融合



 ビッグとエバーマインドによって送られてくる思想の力を、すべて本物の熱量に転換していく。


 存在と存在がぶつかり合い、激しく反発しながら増殖していく。


 その一つ一つの原子が、人の心。


 人々が自分たちを応援する心をエネルギーにして生まれている。




―――〈がんばれ〉



―――〈がんばれ、おじちゃん〉




 その中には、JBに対する応援も含まれていた。


 彼らはJBのことは何も知らない。ネイジアのことも知らない。素性も知らない。


 知らずとも、自分たちのために戦ってくれるのならば、彼もまた尊敬すべき【英雄】なのである。



「ぬうううううううううんっ!!! 燃え上がれ、私の魂!!」



 ぎゅうううううう


 極限まで圧縮された炎が、一気に爆発。




 チュドーーーーーーーーーーーンッ!!!




 地中で巨大な爆発が発生。


 巻き上げる。せり上げる。引っ張られる。


 まるで天地が逆さまになったようだ。



 上が―――下に。



 真上に穴が開き、すべての土砂や動植物が天に向かって吸い込まれていく。



「グゲゲ!?!?」



 地中ごと引っ張られては、さすがのムジナシもどうにもできない。


 いくら巣穴に隠れようと、巣穴そのものが運ばれてしまえば、抵抗などできるはずがない。



 ボオオオオーーーーーンッ



 凄まじい熱量によって溶解した土砂が、噴泉ふんせんのように地上高く噴き上がる。


 その勢いと熱量に耐え切れず、ムジナシが這い出てきた。


 突然の環境変化に、虫が慌てて逃げ出す光景に似ている。




「ソイドビッグ!!!」



 そして、JBも一緒に巻き上げられて地上に出てきた。


 多少方向には余裕があったので、自身に直撃することはなかったが、彼も爆炎に晒されて身体が焼け焦げていた。



「JB!! あんたがやったのか!? ボロボロじゃねえか!」


「そんなことは、どうでもいい!! これで終わらせるぞ!! お前の炎を見せてみろ!!!」



 シュルルッ がしっ


 JBは紐を使って、空中でムジナシを捕まえる。


 それで引き寄せてからの、蹴り!!



 ドゴーーッン



「グギャッ!」



 JBの蹴りをまともにくらったのだ。


 その大きく発達した両腕をもってしても防げるものではない。


 ミシミシと骨に亀裂が入り、砕ける。


 が、それはどうでもいい。ここでのJBの目的は、彼ら二人をまとめることである。



 ひゅーーーんっ どんっ



 飛ばされたムジナシは、マサゴロウと激突。


 それによってマサゴロウ自身が転ぶといった様子はなかったが、これでお膳立ては整った。


 ビッグの身体に巻きつけられていた黒紐が、赤に染まった。


 赤紐から激しい熱量が送られて、ビッグに力を与えていく。




「俺は、俺はぁあああああああああああ!!」




 ゴオオオオオオオオオッ!



 身体が炎で燃える。


 みんなの想いが、ビッグに。


 その想いが今度はエバーマインドに注がれ、彼女が倍増し、それが再びビッグに還元されていく。


 集められた力は、必ずどこかにたどり着く。



 すべての力が、【拳】に集まる。



 虎が、虎が、炎の虎が見えた。


 灼熱の炎を身にまとい、血の涙を流す炎の虎だ。





「これで、これでえええええ!! 終わりだああああああああああああ!!」





 ぎゅうううっ



 燃えるような熱い紐に導かれ、彼の真っ赤な拳がマサゴロウに叩きつけられた。



 ドスンッ!!



「…ああ、重いな」



 マサゴロウの顔が、一瞬だけ人間に戻った気がした。


 ビッグから伝わってくる炎に宿る「人間性」に魂が惹かれたのだ。


 愛が、想いが、熱意が伝わってきた。


 それが彼を少しの間だけ引き戻したのだろう。



「おれも…認められて……かあちゃんに……楽させてやりたかった…な」


「くそがああああ!! お前だって、そんな人生送れただろうが!! 送れたよな!! 送れたはずだぜえええええ! 畑仕事でもよ…よかったじゃねえかよおおおおおおおお!! 家族と一緒ならよぉおおお!」



 泣く、泣く、泣く。


 ボロボロと涙を流す。



「ふっ…おもしろい……男だ。思ったより……でっかくなる…かもな。だが、オヤジは…怖いぞ。気をつけろ…。守るものを……しっかりと…選べ」



 戦罪者だって普通の人間だ。


 普通の人間だからこそ、さらに普通の人間であるビッグに対して、さまざまな感情を抱くものだ。


 マサゴロウが思わず忠告してしまうほどに、今のビッグは【面白かった】。



 そして、終わりが訪れる。




「うおおおおおおおおおおおおおお!!」




 涙を流しながら、拳を振るう。


 集められた爆炎が竜の形となり、次々とマサゴロウとムジナシに噛み付いていく。


 その牙、一つ一つが灼熱の刃。



 ブスブスブスッ ボボボボンッ



 貫く、燃える、焼き砕く。


 皆の想いが集まり、彼らを焼いていく。




 突き抜けろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!




「グゲゲゲッ―――ギャアアアアアアア!!」



 ムジナシは浅ましくも、マサゴロウを盾にして防ごうとするが、爆炎は彼をあっさりと呑み込む。


 どんなに気高く死のうが、惨めに死のうが、死は平等に訪れる。




 ビッグの炎が―――二人に終焉を与える。





 ドーーーーーーーーーーーーーンッ!!!





 炎の竜が天に昇っていく。


 虎が竜となり、天に存在を示していく。



 その竜が、すでに宙に浮かんでいた不死鳥と相まみえる。



 英雄とは何だろう。


 英雄とは、誰のことだろう。


 英雄に定義など存在しない。形式などありはしない。


 人々が認めた者こそ、英雄たる資格を得るのだ。


 ソブカもまた燃え上がるビッグを見て、心に染み渡る感情に浸っていた。



(ソイドビッグ、あなたも英雄になりたいのですか? なりたかったのですか? いいえ、きっとなりたいなどと思ったこともないでしょう。あなたはただの、ちょっと目立ちたいだけのお調子者ですからね。しかし、あなたはもう立派な英雄ですよ。それが『創られた』ものであってもね)



 人々の視線がビッグに集まっている。


 応援する心が彼に力を貸している。


 今ならば、何でもできる気がする。


 それが思い違いでもいい。勘違いでもいい。


 これがアンシュラオンによって【演出されたもの】であっても、かまわないのだ。


 この瞬間、彼が英雄としての片鱗を見せれば、それでいい。




―――「ソイドビッグ、マサゴロウとムジナシを焼き殺す」




 歴史書にその一文だけが残ったとしても、それでいい。


 その中にある熱い感情を知っている者が、一人でもいればいいのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー