554話 「真なる相棒として  その2『導きの紐』」


「な、なんだか…すげぇ動きにくいぜ…! 大丈夫なのか、これ!?」


「それは貴様の動き方に問題があるからだ。猫背を正せ」


「正せって言われても…いつもこうだからな。正したら力が出ないぞ」


「貴様の言い分などは聞かぬ。それで慣れろ」


「いや、でもさ…もうあいつは倒れたから、こんなことしても意味がないんじゃ…」


「やつは死んではいない。いや、死ねないのだ」


「…え?」



 ぐっ ぐぐぐっ


 JBの視線を追うと、ちょうどマサゴロウが起き上がるところだった。


 耐久力が高い、という言葉だけでは説明がつかない。明らかに違う力が働いている。



「嘘…だろう? 普通、死ぬぜ」


「普通ではないのだから当然だ。思想を殺すことは難しいのだ。この世界で一番の難敵は強い武人ではなく、思想であることを知れ」



 考え方を殺す。


 これは実に難しいことだ。


 ナショナリズムや差別主義、あるいは過激な行動に移らせるカルト思想など、消えたように見えながらも思想は生き続ける。


 人間が思考する存在である以上、一人でも強烈に信じる者がいれば、思想もまた存続を許される。


 では、どうすれば思想を殺せるのか。


 その答えは、すでに彼らの手中にある。



「エバーマインドは、【思想を殺すために生まれた】ものだ。浄化すると言ったほうが正しいか。あくまで範囲は限定的だが、思想を消し去ることができる能力こそが真なる力なのだ」



 エバーマインドは、思想を力にすることができる。


 それは逆に特定の思想で場を満たし、優劣をはっきりつけることを意味してもいる。


 どちらが上かを白黒はっきりつけられるのだ。


 人類全体、その地域全体に蔓延した思想を消し去るのは極めて困難であるも、特定の人間から思想を排斥することは可能である。


 これを悪用しようとすれば、調和と協調の思想を消し去り、独裁的な思想を植え付けることも可能だろう。


 強力な精神術式のようなものだ。系統としてはスレイブ・ギアスと同じだが、出力はこちらのほうが圧倒的に上である。


 ただし、あまりに強力な能力のため、ストッパーあるいはリミッターが存在する。



 それこそが、あの女性の姿をした残滓だ。



 彼女が何者であったかなど、もはや誰も知らない。


 そもそも生身として実在などはせず、代々のエバーマインドの所有者が生み出した妄想の産物なのかもしれない。


 ともあれ彼女が認めるものこそ、この場でもっとも「相応しい思想」といえるだろう。


 最終決定権は彼女にあるのだ。



 そして選ばれたのは、ビッグだ。



「ゆえに貴様がやつを殺すのだ」


「お、俺が!? マジで言ってんのか!?」


「今さら何を怖れる。最後まで戦うのであろう?」


「そ、それは…お、おう! もちろんだぜ!!」


「ならば、さっさと行け!」



 ドンッ



「どわっ!」



 JBが、ビッグの尻を蹴り飛ばす。


 それに押されて、つんのめって向かった先にはマサゴロウ。


 ドンッ


 マサゴロウにぶつかり、視線が合う。



「あっ、ど、どうも」


「ドウモ」



 ブンッ!!


 マサゴロウの手がビッグに襲いかかる。


 またもやデジャブであり、まったく同じ光景が再現される。



「ぬおおおおおおっ!!」



 ビッグはよけようとするも―――


 ぎゅううっ


 身体を縛っている紐が関節を締め付け、動きが硬直したところに手が直撃。



 バーーーーンッ! ごろごろごろっ



「ぐええええ!」



 張り手をくらったビッグが、無様に吹っ飛んでいく。


 幸いながらマサゴロウもダメージが残っており、相手を引きちぎるだけの余力がなかったようだ。


 そのおかげで致命傷は避けられた。運の良い男である。


 だが、これは危ない。一歩間違えれば危険な状態に陥っていただろう。



「何をしている! なさけないやつだ!」


「い、いやいやいや! 今のはそっちが悪いだろう! 俺が動こうとしたら勝手に締め付けられたんだ! これじゃ動けるものも動けないぞ!!」


「動きに無駄が多いからだ。その紐は自動的に最適な体勢を取るように設定してある。余計な動きをすれば邪魔になるのは当然だ」


「その設定のほうが邪魔だろう!?」



 と、ビッグが文句を垂れている暇もない。


 こうしている間もマサゴロウが襲いかかってくる。



「ウウウウウッ!」



 手に戦気を集め―――放つ。


 おそらく追う体力を節約するためだろう。戦気掌を放ってきた。



「っ!!」



 ビッグはそれを離れて回避しようとする。


 普通、怖いものからは離れようとする。動物としては正しい動きだ。


 だが、武人としては必ずしもそうではない。


 ぎゅうううっ


 黒紐がビッグの動きを制限。逃げ損なう。



「ええええ!!? し、死ぬぅううう!」



 ビッグは驚き、その場で硬直。


 そこにマサゴロウの戦気掌が迫る。



「そっちではない」



 シュルルッ ブスッ!


 ビッグの身体のギプスから黒紐が伸び、マサゴロウの左横二メートルの位置の地面に突き刺さる。


 そのまま紐は急速に収縮し、ビッグを引っ張った。



 びよーーーーんっ



「うぎゃああああ! 当たるううううう!」



 目の前に黒い戦気が迫っているのに、あえて敵に近づく行動を取るのは自殺行為であるも、黒紐は強烈な力でビッグを引っ張る。


 バシュンッ!!


 すぐ隣を戦気掌が通り過ぎ、髪の毛が焼け焦げた。


 最初の攻防でも髪の毛がちょっと減ってしまったので、このままでは若ハゲになってしまうかもしれない。


 などということは、もはやどうでもいい。べつにビッグがハゲようが、誰の得にもマイナスにもならない。(リンダは複雑だろうが)


 重要なことは、そこの位置に跳んだ、ということだ。



 ずざざざっ



 ビッグは戦気掌を掻い潜り、無防備なマサゴロウの隣に陣取った。



「…え? あ?」



 相手は技の打ち終わりで、身動きが取れない。


 あまりに絶好なポジションと状況に、思わずビッグは戸惑う。



「この馬鹿者がああああ! 何をしている!! 即座に攻撃を仕掛けろ!!」


「あっ! そ、そうだ!!」



 ビッグは慌てて構え、マサゴロウに殴りかかる。


 ぎゅうううっ


 が、ここでも黒紐が邪魔をして上手く身体が動かずに―――


 バスンッ


 拳が当たっても、なんとも気の抜けた乾いた音が響く。



「なんだよ、これ!!! 力が入らないじゃねえかあああああ!」



 いつもと違うフォームに違和感が半端ない。


 そのせいでまったく威力のこもらない一撃になっていた。


 当然そんな攻撃をしていれば、マサゴロウの反撃を受ける。



 ブンッ!!



 上からの張り手、と見せかけて下からの蹴り。


 マサゴロウの攻撃手段は、手だけではない。たまに足蹴りだってやる。


 ドゴンッ


 マサゴロウの蹴りが、ビッグの腹を抉る。



「うげっ…げぼおおっ」



 腹への一撃を受けたビッグは、胃液が逆流して吐き出す。


 しかし、もし当たる寸前に黒紐が彼を引いていなければ、もっと深刻なダメージを負っていたに違いない。


 ビッグは紐に引かれて距離を取らされる。



「おえええ! おえええ!」


「吐いている場合か。最大のチャンスを逃したのだぞ」


「げほげほっ、いやだからさ、これって完全に逆効果だって!」


「貴様は『武術』というものを知らぬ。やはり北側ではまともな武術を教える組織がないのだろう。…違うな。それ以前の問題として、どのみちお前に説明しても理解はできまい。いいか、紐の導きに従え。エバーマインドの導きに従え! 頭で考えるな! 馬鹿は身体で覚えろ!」


「導きって言われても―――」



 ビッグはまた忘れていた。




 この戦いは―――『二対二のタッグマッチ』であることを。




 しかも通常のタッグマッチとは違い、四人が入り乱れて戦う場外乱闘形式である。


 こちらが二人ならば、相手も二人。



 どごんっ がしっ ズブブブッ



 もう一人の敵であるムジナシに足を掴まれ、JBの下半身が地中に沈む。



「げっ、またあいつか!! 待ってろ! 今助ける!!」


「貴様のような馬鹿に地中の敵は対処できまい! おとなしくその大男の相手をしていろ!! いいか、私が必ずモグラを地上に叩き出す!! そこで一気に決着をつけるぞ!! それまでに『型』を覚えろ!」


「だ、だが…俺にできるのかよ!?」


「何を怖れる、ソイドビッグ!! これだけの人々がお前を見ているのに、貴様に怖れるものなどあるまい!! 私ができるアドバイスは、ただ一つ!!」





―――「受け入れろ!!」





 ズブンッ!



 その言葉を残して、JBは地中に引きずり込まれる。


 どうやらムジナシは、ビッグよりもJBのほうが難敵だと判断したようだ。


 人間性は乏しくても戦闘に関しては野生で磨いてきた男だ。本当に強い相手がわかるのだ。





 こうしてビッグは―――マサゴロウと独りで対峙。




 改めて対峙すると相手との実力差を感じてならない。


 しかし、泣き言を言っている暇はない。不安をぐっと押し込み、ビッグは前を向く。



(俺は独りじゃねえ。独りじゃねえんだ)



 なぜ、こんな事態になっているかなど、もはやどうだっていい。


 派閥の利権が複雑に絡むグラス・ギースにおいて、みんなが仲良くなんてできるはずがない。


 今までも、ついこないだでさえも、誰もが対立していた。


 しかし今、ホワイト商会という大きな外敵の存在によって、人々の想いが一つになろうとしている。


 その意味において、ビッグは感謝すらしていたのだ。



「フーーー、フーーーー!」



(よく見ろ。あいつはもうボロボロじゃねえか。身体中が真っ黒になって、壊れても死ぬに死ねない状態だ。それはあいつの…ホワイトに汚染されているからだ。ならよ、俺が楽にしてやるよ。あいつの力を断ち切ってやる!!)



 殺すことが慈悲。ようやくビッグはそのことに気付く。


 だが、このままでは勝てない。


 マサゴロウを倒すためには、今までと違う力が必要だ。


 その力は、すでに与えられている。



 JBは言った、受け入れろ、と。



(あー、もうよくわからねえ。俺は馬鹿だからよ。ごちゃごちゃしたことは苦手なんだよ。でも、さっきのは…良かったな。すごく視界がクリアだった)



 さきほどの動きを思い出す。


 攻撃の瞬間、あえて前に出ることでピンチをチャンスに変えた。


 あれは鍛錬を積んだ武人の動きだ。


 相手の動きを読む経験、研ぎ澄まされた感覚、日々の修練によって培った頼れる肉体があるからこそ可能な芸当だ。


 この身体を拘束する紐は、その【戦いの記憶】を宿しているのだ。



(固い…な。ぎゅうぎゅうだ。こんな紐でどうにかなるとは思えないが…これはあいつの…JBの力なんだ。あいつが俺に力を貸してくれるなら、信じないとな。ああ、信じよう。信じて失うものなんてねえんだよ。あの時、俺がリンダを信じたように…リンダが俺を信じてくれたように)



 彼女と会った時を思い出す。


 ひどい人間不信に陥っていた彼女の心を開くために、ビッグは顔と身体に似合わず、お花畑の散策に誘ったり、デパートでの買い物に付き合ったり等々、まったく似合わないことをやっていたものだ。


 最初は違和感しかなかった。


 それはそうだ。誰だって慣れないことをすれば変な感じがするし、もう二度とやりたくないと思うものである。


 しかし、次第にそうしたことも『受け入れた』結果、ビッグの中にあった劣等感は少しずつ減っていき、刺々しさもなくなり、今の馬鹿が誕生した。


 こう見えて、昔はもっと荒れていたのだ。


 プライリーラには理不尽に殴られ、ソブカには才能で圧倒的に劣っているのだから、そうなるのも当然だろう。


 それを癒してくれたのが、リンダという存在である。


 今ではお揃いのセーターを着るまでに丸くなってしまった。



 だが、それでいい。



 正しいことならば、受け入れることも重要だ。


 ビッグは、ふっと身体から力を抜いた。



 マサゴロウが再び戦気掌の構えに入る。



 実際問題として、彼の攻撃パターンは三種類しかない。


 接近しての虎破と引きちぎり、そして離れた間合いで放つ戦気掌である。


 マサゴロウの耐久性と戦気量がかなり高いので、攻撃の質が良く見えるが、動作が鈍いため、よく観察すれば行動を読むことができる。


 力を抜いたビッグには、相手がよく見えた。


 マサゴロウが手を引いて構える動作。集まっていく戦気。


 掌を繰り出すために足を出す動き。どれもがはっきり見える。



 ビッグが、駆ける。



 「よし、今だ!」と、自分でタイミングを計っていたわけではない。


 ただ単に、身体が勝手に動いただけである。


 彼の中に眠る武人の血が、戦士の因子が自然と反応したのだ。



 怖れず前に―――出る。



 戦気掌が放たれた。


 そこに怖いという感情はなかった。当たらないことがわかったからだ。


 ぐぐぐっ


 紐が締め付けてきた。そちらに力を向けろ、とJBが言っている。


 ならばとそのままの方向に力を向けると、足が思っていたより伸びた。


 ぎゅんっ



 一歩、加速。



 この一歩が、武人にとっては極めて重要なものだった。


 生と死の狭間で常に戦い続ける武人には、一瞬の判断にすべてをかける思いきりが必要とされる。


 普段の鍛錬は肉体を鍛えるだけではなく、恐怖に立ち向かう心を鍛えるのが目的でもあるのだ。



 バシュンッ



 戦気掌はビッグを少しだけ掠めながらも、外れる。


 否、ビッグがよけたのだ。


 そうしてたどり着いた場所は―――



「ああ、よく見えるなぁ」



 さきほどとまったく同じ光景が見えた。


 相手は攻撃の打ち終わりで動けない。絶好のチャンスだ。



「ありがとう、JB」



 素直に感謝の言葉が出てきた。


 この動き、この戦い方は自分のものではないことを噛み締めて、礼を述べる。




―――〈紐の導きに従いなさい〉




 エバーマインドが、微笑む。


 母に包まれているかのような幸福感と安心感があった。


 今ならば、出来る。


 その確信を持って、ビッグがマサゴロウに拳を放った。



 ドスン



 それはさきほど叩き付けた拳と、見た目の上では同じものだ。



 しかしながら―――



 ぎゅうううっ



 紐に導かれていた。


 肘の角度、足を運ぶ場所、頭の位置。


 そのすべてがビッグの体格に合わせた理想的なフォームに修正される。


 アンシュラオンがサナに『本物の拳』を教えた時と同じく、すべての力が拳に集中する形になる。



 叩く。


 押す。


 回す。


 捻る。


 抉る。



 そうして一連の動作が完成した時。




 ただの拳は―――『武術』となる。




 ビーーーーーーーーーーーーーンッ




「っ―――!!!」




 マサゴロウの頭に、ゴム紐が振動したような音が響いた。


 動かない。


 マサゴロウは、動かない。


 効かないのか? 今度も効いていないのか!?


 いいや、違う。




 動け―――ない!!!!




 一度発生した力は、常に動き続け、流転を続け、どこかにたどり着く。


 今までは分散していた力が一つになり、大きなうねりと化す。



 ボンッ!!



 マサゴロウが、弾けた。




「―――ごぼっ! がぼおおっ」




 ゴボゴボゴボゴボッ!! ボシャーーーー!



 噴水のように全身から黒い血を吐き出す。



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