553話 「真なる相棒として  その1」


「ぐぬうううう!! がはっ!」


「シネ…!!」



 ぎりぎりぎりっ!


 マサゴロウの手がビッグの首を絞めつける。


 両手を使って引き離そうとするが、今回は相手も全身全霊で挑んできている。


 どうやっても―――外れない!!



(やべぇ!! 調子の乗りすぎたか!? そうだった。人間ってのは…怖いんだ!)



 この場にエバーマインドが生み出した『領域』があるということは、相手側にも作用することを意味する。


 領域とは、一時的に新たに構築した法則を、一定範囲内に展開するものだ。


 これが展開されている間は、通常の法則よりも領域内の法則が優先されることになる。(生み出す法則の内容によって構築する際の条件が変化。より高度なものになればなるほど難しくなる)



 ビッグへの応援が力になるのならば、マサゴロウの想いも力になってしかるべきだ。



 彼の目に宿っているのは、世界への抵抗心である。


 好きで戦罪者になったわけではない。一般的な思想の枠組みに入ることを許されなかったにすぎない。


 他人と違うからと蔑まれ、真っ当な職にありつけなかったにすぎない。


 誰もが強さに憧れるが、強すぎる者たちの居場所は少ない。大半が軍隊や傭兵といった荒事に従事するしかなくなる。


 栄えた都市で暮らすのならば職も選べるが、それ以外の場所では裏社会に属するしかないのだ。



(そう思うと…こいつもかわいそうなやつだよな。誰だって認められたいと思うもんだ。俺だって、ずっとそうだった…。もっとみんなに好かれる仕事がしたいって思ったことも、一度や二度じゃない)



 こうして精神フィールドが発生しているからこそ、相手の感情も伝わってくる。


 母の手を握り潰してしまった武人の資質を持った子供。


 その力を生かせる場所がマフィアの抗争にしかなかったことは、同じ裏社会に生きるビッグにはよくわかる。


 自分とて結局は、グラス・ギースの表舞台には立てない男だ。


 ひっそりと麻薬を作って暮らすことがお似合いの出来損ないだ。



 ぐぐぐぐっ ミシィイイ



 ビッグの喉が悲鳴を上げる。


 マサゴロウは強い。心に宿した想いが強かった。


 それが魔人の思想と一緒になって肥大化している。



(ああ、こいつも助けてやれねぇかなぁ。なんとかしてよ…。こんなでかい身体なら、畑仕事くらいは紹介してやれるのになぁ)



 人情深さとは、ある意味で弱さでもある。


 周囲の力を受けて強くなるからこそ、周囲の環境に左右されてしまう。


 これがビッグの弱点でもあった。


 ノリに乗って調子が良ければ爆発力を出すが、それ以外ではてんで駄目、というパターンだ。



 圧される。圧される。圧される。



 お返しとばかりに、マサゴロウの気迫が勝っていく。


 まさに命がけ。決死の勝負だ。



「くそっ! 力が…出ねぇ…!!!」



 このままでは圧し負ける。



 そう思った時―――





「この馬鹿者があああああああああああああ!!」





 ブーーンッ バキンッ!



 飛び込んできたJBの蹴りが、マサゴロウの肘に炸裂。


 綺麗に決まった一撃だが、頑強な腕のマサゴロウには通じないため、さらに追撃。


 ブスブスブスッ!


 黄色い紐が絡みつき、内部に侵入し―――雷撃。



 バチーーーーーンッ!!



「グウウッ!!」



 マサゴロウの視界が、真っ白に染まるほどの雷撃が発生。


 がくがく ずるん


 それによってビッグの首を絞めていた手が離れる。


 外部から流しても通じなければ、内部から強引に流せば威力も増大する。


 これも不意をついたことで可能になった芸当である。


 そして何より、力が沸いてくることが要因。




「私は認める!! 認めることにしたぞおおおおおおおおおお!!」




 ゴオオオオオオオッ!!


 JBの戦気が白く燃えている。


 理想と理念を持ったままに、彼の目は現実を直視していた。



 すべての大本であるソイドビッグを―――見る。




「げほげほっ!! た、助かった…?」


「この馬鹿者が! 相手に情けをかけるとは何事か!」


「な、なんだよ…! なんでそんなことがわかるんだ!?」


「ふん、エバーマインドの宿主は私だ。お前の考えていることなど、とっくにお見通しなのだ。改めて言うぞ、戦罪者に哀れみなど必要ない!!」


「で、でもよ、人生ってやつは自分の思い通りになることなんて、そうそうないし…こいつらだって…」


「だからお前は、馬鹿なのだああああああああああああ!!」


「うおおおっ!?」



 ビリビリビリッ


 JBの怒声が響き渡る。


 その声は、今までとまったく違っていた。


 理想を求めて求めて求めて、高みばかりを追い続けたあまり、自分の世界に閉じこもってしまった者の声ではない。


 妙に人間味のある声だった。心に響く声だった。


 より人間らしい声であった。



「よいか! 人生でままならぬことなど、当たり前にある! 誰にでもある! 私とて凡人であった頃は、多くの悩みを持っていた。だが、けっして悪には走らなかった。悪事はしなかった。そこは自分で選択するものなのだ!! 貴様も今、こうして自分の意思で立ち向かっているだろう!」


「お、おう!」


「悪に染まる者は、自らの意思でそうなったにすぎん! その心根に弱い部分があるからだ! ゆえに同情などいらぬ!!」


「そ、それは…たしかに。って、あああああ! 後ろ! 後ろ!!!」



 ビッグが、JBの背後を指さす。


 デジャブだろうか。ついさっきも似たような光景を見たような気がする。



 背後には、マサゴロウ。



 前回と同じように手を伸ばして、JBを捕まえようとしている。


 だが、今のJBに怖れるものなどは、無い!



「笑止!! 正しき心は悪には負けぬ!!」



 しゅるるっ ぐぐっ


 JBは黒紐を操作して姿勢制御を行うと、その手を華麗にかわす。


 そこからの上段蹴り。


 しゅっ


 なんてことはない蹴りだ。技でもなんでもない普通の蹴りである。


 しかし、何度も何度も反復してきた蹴りは、美しい軌跡を描き、マサゴロウの胸元を―――



 打ち貫く!!!



 ドゴッ!! ボキイイイイッ!!




「ブッ―――ハッ!!?」




 黒い戦気を貫通し、ダメージは内部にまで浸透。


 ごぼごぼっ


 それによって吐血。これまた真っ黒な血を吐き出す。



「見ろ、この穢れた黒い血を。自らの意思で魔なる存在に組みした者の末路よ。因子すら侵されているのだ。この力は偽りのものと知れ!!」



 魔人の力に侵食された因子情報は、強制的に書き換えられる。


 自らの道具に相応しいようにデータの改ざんが行われる。


 それによって従来の因子データは【破損】し、二度と戻らず死に至る。


 そう考えると、まさにこれは【毒】。


 使えば絶対に死に至ることが確定しているドーピング薬でもあるのだ。



「魔なる者にとって、人間など道具にすぎぬ。それは我々とは対極の思想よ。そうであろう? ソイドビッグ、貴様の思想とも相容れまい?」


「あ、ああ、そうだ! 俺はあいつを認めない! 認めてたまるかよ!!」



 キラキラッ ボッ


 火の燐粉、その一つ一つに宿った応援の気持ちが、ビッグの力になっていく。


 その真上で、エバーマインドの残滓が微笑んでいた。


 それを見たJBは、深く頷く。



「お前がその思想を抱き続ける限り、エバーマインドは力を貸すだろう。いいか、忘れるな。お前は独りでは何もできない男だ。誰かの助けを得なければ、ただのでくの坊だということを心に刻め!」


「お、おう! 改めて言われると複雑な気持ちだが…」


「だが、慢心するな!! お前には足りないものがある!!! 足りないものばかりだ!!」


「うおっ! な、なんだよ、いきなり!!」


「そこで見ていろ。今から足りないものを教えてやる」


「お、おい…! また独りでやるのかよ!?」


「ふん、無駄口を叩くな! 見ることに集中しろ!」


「お、おう!」



(なんだか…変わったか? こんなやつだったっけ?)



 今朝出会った時とは、まったく違う印象を受ける。


 しかし、長らく変わらないのも人間なれば、たった一つの気付きで人生が変わるのも人間。


 JBも一つの発見によって、新しい何かを得たのだ。




 すたすたすた



 JBが静かな足取りで、マサゴロウに近寄る。



「ヨクモ…ヤッタナ!!」


「私は貴様に同情などはせぬ。醜き思想に囚われたのは貴様自身の責任だ。『人を守る思想』が、『人を殺す思想』の存在を許すわけにはいかぬ」


「オマエモ…シネ!!」


「稚児では、私に勝てぬ」



 マサゴロウの手が迫るが、JBは冷静に見極めると、カウンターの脚一閃。


 バギンッ ミシィイイッ


 再びマサゴロウの肘関節を的確に攻撃する。



「ヌグウウッ!」



 今回の一撃も、黒い戦気の防御を貫いた。


 今のJBは両腕がないので、蹴ることしかできない。


 本来、蹴りとはバランスを崩す行為であり、両腕でバランスを取ることで、かろうじて成立する攻撃手段だ。



 それをJBは、紐の【補助輪】なしに行う。



 弧を描いた脚が、マサゴロウの膝に命中。


 ブーーンッ バキンッ



 中段に突き出された脚が、マサゴロウの腹に命中。


 ブンッ ドゴッ



 再び上段に動いた足が、マサゴロウの側頭部に命中。


 ドグシャッ!



「グッ!!」



 ぐらぐら がくっ


 マサゴロウが、ついに膝をついた。


 流れるような蹴りのコンビネーションは、すべて相手の急所を狙うものであった。


 すべての攻撃に意図があり、最後の側頭部への一撃に至るまでの計画があった。


 明確な意思と的確な攻撃箇所、それを可能とする技量の高さがあった。


 そしてそれは、一回では終わらない。



「そらそらそらそらそらっ!!」



 ドドドドドンッ!!


 バキン ドゴッ グシャッ!!


 次々とJBの蹴りがマサゴロウを破壊していく。彼の捻じ曲がった思想を壊していく。


 マサゴロウが反撃しようとしても、攻撃の上乗せによって妨害していく。


 どこかに力が加えられれば、必ずどこかが疎かになる。掴もうとすれば前屈みになり、足元が疎かになる。


 そこに蹴りが集中して叩き込まれるのだ。



「グウウウウッ!!」



 マサゴロウは何もできず、ただひたすらに攻撃される一方だ。




「す、すげぇ…」



 ビッグも、その光景に見惚れてしまった。


 JBは、特段変わったことをしているわけではない。ただ蹴りを放っているだけだ。


 されど、その蹴りには『深み』があった。


 初心者と同じ動きをしていながらも、どこか違う。何かが違う。


 何度も何度も繰り返すことで得られる到達点がある。道の段階がある。



 JBは―――山の中腹にいた。



 道は遠い。まだまだ頂上は先だ。


 富士山だって、五合目から先が本番である。


 それでも、そこに至るまでの鍛錬は嘘をつかない。



 なんと、美しい。



 アンシュラオンの技を見た者が、彼の人間性など忘れて技に惚れ惚れとするように、ビッグから見たJBの技も美しかった。


 むしろビッグ程度では、アンシュラオンのレベルは理解できないため、JBくらいのほうが綺麗に見えるのかもしれない。



「グウウッ! グァッ!」



 ドドーーーンッ



 そのJBの蹴りによって、ついにマサゴロウが倒れた。



「や、やった!! すげえぞ!!」


「わかるか? お前に足りないのは単純に経験だ。まったくといってよいほど、お前は基礎が出来ていない」


「うっ、それは…自分でも自覚しているぜ…」


「今それを言ったところで意味はない。だが、事態は急を要する。お前には今すぐに最低限度の基礎を学んでもらう」



 シュルルルッ ぎゅるるるっ


 JBが黒紐を出すと、ビッグの身体に巻きつける。



「うわっ! な、なんだぁ!!? 紐が俺の身体に!?」


「背筋が曲がっているぞ!!」


「うぎゅうっ!!」



 ぎゅっと紐が締め付けられ、ビッグの背筋が強制的に伸ばされる。


 それだけではない。身体中に巻きつけられた紐によって、首、肩、腕、腰、膝、足といった各パーツの角度が調整されていく。



「なんだこれ!? 何をしたんだ!?」


「お前には力がある。馬力がある。だが、基礎が出来ていないせいで無駄が多い。力とは、正しく伝えねば意味がない。それをこれから『ギプス』で教えてやる」



 ビッグに装着された紐は、各部位が連結しており、JBが意図したように動くようになっている。



 言ってしまえば―――養成ギプス!



 大○ーグ養成ギプスのように身体に密着して、正しいフォームを教えるためのものであった。(大リー○のほうは筋肉を鍛えるためのものだったようで、やるとかえって逆効果らしいが)


 ここでJBの心境に、大きな変化が生まれたことがわかるだろう。



(口惜しいが、エバーマインドはソイドビッグを選んだようだ。ならば、それでよい。私の目的はエバーマインドを支配し、占有することではない。ネイジアの思想…いや、人がこの大地で生きるために必要な思想の守り手になるだけよ)



 JBにもエバーマインドから力が与えられていた。


 ビッグが受けた応援の力を共有という形でもらっているから、黒い力を凌駕するだけのパワーを得られているのだ。


 それはJBが、ビッグを認めたからだ。



 この瞬間彼は、ソイドビッグを『相棒』と認めた。



 なぜ、勝てないのか。


 その理由は、片方が素人であることではない。


 片方を素人だと侮り、戦力として考えないから負けるのだ。


 それでは独りで戦うどころか、味方にも邪魔をされて「一対三」になるようなものだ。



「私は考え方を切り替える。思想とは、常に変化していくものであることを受け入れる!! だが、力の源が未熟では、勝てるものも勝てない。貴様にはこの戦いでさらに成長してもらう!!」



 JB先生による、ソイドビッグの指導が始まる!!



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