552話 「とんちんかんタッグマッチ  その6『エバーマインドの意思』」


 ビッグの拳が、マサゴロウに突き刺さる。


 今まで何度殴っても変化がなかったが、なぜか今回はぐらつく。


 それは、たった一人の少女の応援があったから。


 あんな恥ずかしそうな小さな声援でも、この場ではこれだけの力を持つのだ。


 だが、それだけでは勝てない。



「もっとだ!! もっと力をくれ!!! 俺だけじゃ勝てない!! 応援をくれよ!!」



 ビッグが腕を突き上げる!!


 ボクシングの試合で観客に対してアピールするように、ぐっと天に向ける。


 多くの人々は、それが何を意味するのかわからなかったが、代弁者としてソブカが旗を振る。




「さあ、彼を応援しよう。ああ見えてもラングラスの本家筋だ。彼が君たちの代わりに戦ってくれているのだ。彼に戦う力を与えてやってくれ!!」




 ブンブンブンッ



 かなり大きな旗だが、彼も武人なので大きく振り回すことができる。



 それはまるで―――応援旗



 プロ野球でもよく見られる応援団が振る大旗を彷彿とさせる。


 もしくは学ランを着た高校野球を思い出すかもしれない。


 旗とは象徴だ。人々の意思を一つにする目印なのだ。



「応援って…どうすりゃいいんだ? 声を出すのか?」


「なんかパッとしないな。大の大人が叫ぶってのも…」


「だらしないね、あんたら! それでも男かい!! 尻の穴を締めるんだよ!」



 バンッ



「うひっ!」



 ベ・ヴェルが男の尻を叩く。



「乙女じゃないんだ。とりあえず大声を出せばいいのさ!! ウオオオオオオオオオオ!!」


「うわっ!! びっくりした!」


「な、簡単だろう? 私が生まれた集落じゃ、こうやって狩りの成功を祈るのさ。あんたらもやってみな!」


「た、たしかに…叫ぶだけならいいかもな」


「お、おお。女だってできるんだもんな。男の俺たちが尻込みしてちゃ、さまにならねぇよ!」


「よ、よし! いくぞおおおお! うおおおおおおお!」


「オオオオオオオッ!!」



 「がんばれー」と応援するのは、思えば敷居が高いものであるが、叫ぶだけならば案外簡単だ。


 実際のところ、言葉はなんでもよいのだ。


 この世界の物的なものは、すべて魂や精神といった内面の表現媒体にすぎない。


 一番大切なことは内面。気持ち。本当の心。


 その中に『本心』が宿っていれば伝わるものである。




「がんばってーー!」


「負けるなーー、ハゲーーー!」


「気合を入れろーーー!」


「豚さん、がんばれーーーー!」




 応援の仕方も、それぞれでいい。


 中には若干誹謗も交じっている気がしないでもないが、そこは愛嬌というものだ。


 たとえばリアクション芸人のように、人々から愛される人間には声をかけやすいだろう。


 こういった暴言にも親しみと愛情が込められているからこそ、笑い話で済むのだ。



 ビッグには才能がない?



 そんなことはない。


 ほぼ初対面の人間に対して、こんな応援の仕方はできない。


 これも立派な才能である。



 人々の声が、想いが、応援が集まっていく。



 大きな力となった声援は不死鳥の炎によって運ばれ、彼に注がれていく。



「うおおおお! キタキタキターーー!! なんかよ、背中が熱いのさ!! 誰かに支えられているような気がして、燃え上がってくるぜええええええ!」



 ボオオオオオオッ


 ビッグの炎気が燃え上がると、再び炎虎の姿を取り始めた。


 単独では虎になることはできないが、みんなの力を借りられれば話は違う。



「おらっよ!!」



 ドゴンッ


 その力を借りて、マサゴロウに拳を叩き込む。



「ヌグッ…!」



 再びマサゴロウが圧される。


 ビッグの拳には何人もの気持ちが宿っているのだ。


 だから圧せる。



「いける! いけるぞおおお! うおおおおおおおおお!!」



 拳のラッシュ。



 ドゴドゴドゴドゴッ!! ガスッ! メキョッ!



 耐久力の高いマサゴロウの身体に拳が突き刺さり、確実にダメージを与えていく。


 魔人の思想によって強化されている彼に対して、非常に効果的な攻撃となっているようだ。


 圧す、圧す、圧す!!



「うおおおおおおおおおおおおお!!」



 ドドドドドドドッ!!!


 ドドドドドドドッ!!!


 ドドドドドドドッ!!!



 ひたすら拳を叩き込む。



「ヌグウウウッ!!」



 マサゴロウは腕を伸ばすが、それを押さえ込むようにさらに叩き込む。


 独りでは絶対にできないこと。ありえないこと。


 愉快なソイドビッグでは、どうあがいても不可能なことだ。


 だが、みんなの力があれば、想いがあれば、思想があれば出来ることを証明している。





(これは…なんだ? どうなっているのだ?)



 JBは、その光景に呆然としていた。


 自分でも満足にダメージが与えられない相手に対して、ビッグの攻撃は効いている。


 実力では圧倒的に自分が勝っているのに、なぜかビッグのほうが善戦しているのだ。


 その理由は、すでにわかっている。




 『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』が力を貸している。




 これもすでに述べた通りだ。


 この一帯には、すでに『領域』という特殊な精神フィールドが形成されており、より心の力が具象化しやすい空間が生まれている。


 それを後押ししているのが、エバーマインド。


 ソブカたち単体でも『領域』を生み出すことは不可能ではないが、超一流の武人とて簡単に生み出すことはできないものである。


 特殊な力を持った『石』でもなければ、可能性としてはかなり低いものであろう。


 JB自身も、心に違和感を感じている。


 彼からエバーマインドの力の波動が流れ出て、ビッグに傾いているのだ。


 自身が力を失った一つの要因であり、ビッグが想いを力に変えている根拠となるものである。



(なぜ、こんなことが起きる? エバーマインドは何を考えているのだ?)



 ボオオオオオッ ふわり



 ビッグの炎気の上に、慈愛の表情を浮かべた女性が見えた。


 清らかなローブを身にまとい、ビッグを抱きしめるように両手を広げている清楚な若い女性だ。


 彼女からこぼれる光は、想いの輝き。


 人々の想いを受け取り、力に変換しているのだ。



 これはJBもたびたび見る『エバーマインドの残滓ざんし』である。



 生身のような実体ではないので、あれは幻だ。実際に触れられるものではない。


 だが、確実に存在している精神エネルギーであり、石そのものといえるだろう。



「エバーマインドよ!! 教えてくれ!! なぜその者を選ぶ!! あなたは何を基準に選んでいるのだ! 想いの強さこそが、もっとも重要ではないのか!!」



 JBは、思想の偉大さと強さこそが、エバーマインドの求めるものだと思っていた。


 事実、今までは自分以上の思想の持ち主はおらず、だからこそネイジア・ファルネシオも『この石』を託したのだと思っていた。


 それは間違っていない。


 たしかにJBの狂信性は他者と比べて強く、組織の中ではもっとも適任者であったのだろう。


 しかしながら、それ以外の選択肢がないとは限らない。



「みんなの力を貸してくれ!! もっともっと俺は大きくなりたいんだよおおおおおおおおお!」



 キラキラ ボオオオオッ


 さらなる応援を受けて、ビッグの炎気が燃え上がっていく。


 自分独りでは不可能でも、他者から借りることができれば、結果的に独りよりも大きな力を得ることができる。


 にこり


 エバーマインドは、笑う。


 慈愛の表情を浮かべて、ビッグに力を貸す。



「馬鹿な!! 惰弱だ!! それは弱い力だ!!! 軟弱ではないのか!!」



 他者に頼ることは、弱さの象徴。


 強い人間だからこそ、そう思うのは自然なことだ。


 今までそうやって生きてきた。強くなってきた。




 だが―――





―――〈愛しいわが子らよ、力を合わせなさい〉




―――〈より大きな想いを紡ぎなさい〉




―――〈すべての想いを七色にして輝かせなさい〉






「―――っ!」




 長くエバーマインドと接してきたおかげだろうか。



 その声は、JBだけが聴くことができた。



 『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』という―――




―――【賢者の石】




 の声を。



 当人から発せられた以上、それこそが事実であり真実。


 エバーマインドの真実なのだ。


 そして、がっくりとうな垂れる。



「同じ…なのか。私と…やつが……同じ…なのか」



 デキる男だからこそ仕事は早いが、凡夫百人集めて同じ速度ならば、結果的には同じことである。


 JB独りの思想がいくら強くても、それが単独のものである以上、そこから先には到達できないのだ。


 それならば凡夫を千人集めて、より強大な思想としたほうが強いのである。


 人間の霊魂が同じ要素によって構成されている以上、あとは程度の問題でしかない。


 その程度があまりにかけ離れているのならばまだしも、この程度の差ならば数を集めたほうが手っ取り早い。


 そもそもネイジアの思想は、ファルネシオたちの思想。


 JB自らが生み出したものではないし、大きく自己流に歪めてしまっているために本来の弾力性を失っていた。



 思想の【硬直化】と呼ばれる現象である。



 それぞれに思想がある以上、思想にも強弱や硬軟が存在してしかるべきだ。


 たとえば鬱屈した感情に汚染された思想、主にテロなどに使用される思想は、極めて硬く、脆い。


 思想は人が生み出す以上、【生き物】なのだ。


 水やりや世話を忘れれば乾燥し、潤いを失い、弾力性が失われていく。それでは実りを得られるわけがない。



 エバーマインドは、【七色なないろ】を求めた。



 多様な人々が集まり、それを一つに集約することを欲した。


 それぞれが違う存在でありながらも、一つの思想に向かっていくことを是とした。


 そこには発展性と柔軟性、張りと弾力があり、潤いがある。



 何よりも―――【愛嬌】がある。



 愛があった。それは愛なのだ。


 賢者の石が愛から生まれているように、すべては愛に帰結する。



 JBはこの瞬間、この真実に気づいた。



「認めるしか…ないのか。そうか…あなたにとってみれば、我々はすべて同じだということなのですね…【母】よ」



 ぽとっ ぽとっ


 フードの下に隠れた瞳から、涙がこぼれ落ちる。



「偉大なる母の愛が、自分独りだけに収まると思い込んでいたことこそ…傲慢なり。では、私はどうすればよいのでしょう。母よ、母なる神よ、どうか道を示したまえ。この愚かで哀れな私に、歩むべき道をお示しください!」



 JBは、祈った。


 心の底から、祈った。


 祈りとは、魂の進化を求める純粋なエネルギーである。


 やむにやまれぬ爆発的な感情であり、強力な螺旋のエネルギーを運ぶ鍵だ。




―――〈わが子たちを一つに、あなたの紐で結び付けなさい。より強靭に、より強く〉




 母は、ただただ自らの子を愛する。




 無償の愛、無限の愛が示すは―――





「これはてめぇらに殺された人たちの分だぁあああああ!」



 クリ○ンのことかああああああああああああ!


 とでも言いたげな口調で、マサゴロウに思いの丈をぶつけるビッグ。


 ドゴンッ!!


 独りで押しても駄目ならば、みんなで押せばいい。


 彼の拳に宿った他人の力が後押しになって―――マサゴロウを圧す。



「いいぜ、いいぜ! ノッてきたぁああああ! 俺ってやっぱり、イケてるんじゃね!?」



 門のところでJBと戦った時もそうだったが、この男は調子に乗る癖があるようだ。


 豚もおだてりゃ木に登る、とも言う。


 勘違いも甚だしいが、それによって実力以上の結果が出るならば言うことはない。


 ただし、人生はそう甘くない。



「オレハ…カツ!」



 がしっ!


 マサゴロウが圧力に負けじと前に出て、ビッグを掴む。



「へへ! そんなもん、もう効くかよ! 俺にはみんなの力があるんだぜ!!」


「オヤジノ…チカラヲ……アナドルナ」



 ズオオオオオオッ


 マサゴロウから、今まで以上の黒い戦気が噴き上がる。


 彼もまた必死に戦っている。命を賭して戦っている。


 これはアンシュラオンのためだけの戦いではない。彼らが彼らであるための戦いでもあるのだ。



 チカラが―――こもる。



 ぎゅううううっ!!



「そんなもん…き、効かな…効かな……うおおおおおっ!! いってええええええええ!!」


「カアチャンノ…テヲ……ツブシタ!! オレハ…!!! ミトメラレル!! セカイカラ!」


「ぐおおおおっ! は、放せ!! このおおおっ!」



 ドンドンドンッ!


 叩く、叩く、叩く。


 マサゴロウの手から逃れようと殴りつけるが、手は一向に離れない。



「必殺技をくらええええええ!」



 ドンッ!! ブシューーー


 必殺技である炎竜拳を叩き込むが、どうにも締まりが悪くて技が成立しない。


 皆の思想の力があるので威力は出るのだが、本来の技にはなっていないため決定打にはならない。



「あれぇ? なんで駄目なんだ―――って、いたたた!! 潰れる、潰れるからあああああ! ほんとに痛いって!!」



 その間にも、マサゴロウの手はビッグの肩を引きちぎろうとする。


 身体割りのマサゴロウの真骨頂だ。


 さらに右手が、ビッグの首を掴む。



「ぐえっ! ぐうううっ!!」



 ぎゅうううう


 凄まじい力で首が絞められる。


 必死に手で引き離そうとするが、今度はどうやっても離れなかった。



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