551話 「とんちんかんタッグマッチ  その5『みんなの思想』」


「ウガアアアッ!」



 ドゴンッ!


 マサゴロウの拳が、傷を負ったJBに炸裂。



「ぬぐうっ…がはっ」



 痛みはないものの、それ以上の強烈な不快感が腹を襲う。


 同時に相手の黒い思想が自分の中に入り込み、全身がバラバラになりそうな衝撃を受ける。


 このことから黒い力には『人間特効』が付与されていると考えるべきだ。


 すべてを破壊する力とは、これほどまでに怖ろしいものなのだろうか。


 JBのネイジアへの思想も相当排他的だが、魔人の思想はあらゆるものを認めない。ただ破壊するだけだ。



 ドゴンッ! ドゴンッ!! ぐしゃっ!!



 殴られるたびに、自分から力が抜けていく。


 ネイジアの思想、理念、考える力が衰えていく。



(負ける…? ありえない! ネイジアの思想が負けるなどと!! いくらこの馬鹿に足を引っ張られているといっても、ネイジアなのだ!! 救済者の思想が負けるはずがない!!)



 アンシュラオンも初めて地上の人間と接触した際、人種よりも思想が重要だと知った。


 能力や遺伝因子という意味での人種は重要視されても、単純に肌の色がどうたらで物事が差別されることはあまりない。


 それよりは思想だ。考え方が大切だ。


 日本に住んでおり、日本のためにがんばるのならば、出自がどうあれ関係ないのと一緒である。


 大事なことは、同じ目的と理念を共有できるかどうかだ。



 JBにとっても、思想とは神に等しいものだ。



 ただの凡夫であった自分を救ってくれたネイジアの思想。


 東大陸の荒れ果てた大地を、再び人が住める大地にするための思想。


 混沌としたものを秩序あるものに統制し、安定して人々が暮らせるようにする思想。


 そのためのメイジャ〈救徒〉。


 ネイジアの手足となって、邪悪なる者と戦うからこそ、自分は崇高な存在になれるのだ。



(それが、それが…なぜだ!! エバーマインド! なぜあなたは、ネイジアに力を貸さない!? このまま負けてもいいというのか!?)



 何かが変だ。何かが変わってきている。


 今まではエバーマインドに疑念を感じたことはなかったし、性能には十分に満足してきた。


 それがこの都市に来てから、明らかにおかしくなった。


 その理由がわからず、JBは戦意を喪失する。


 防御することも忘れて、マサゴロウの攻撃を受け続ける。



 どがっ!! ぼしゅんっ!!



 殴られて、抉られる。


 少しずつJBの身体が失われていく。


 これが滅び。魔人の思想の力。邪魔なものを排除する非情で無情な力だ。



(こんなくだらない思想に敗れる…のか。私は…)



 JBの精神状態は、極めて不安定だった。


 狂信者というものは、それを信じている間は恐るべき集中力を発揮するが、自分が信じてきたものに揺らぎが生じたら、案外弱いものである。


 それだけ一点に集中しているからこそ、不意に訪れた緊急事態に呆然としてしまう。


 彼は今、自分自身を見失っていた。



 だが、何度も言うが、彼は独りで戦っているわけではない。




 この場には、もう一人の『相棒カッコワライ』がいる。




「うおおおおおおおお!!」



 ぴょんっ どこっ


 ビッグが跳躍し、マサゴロウに膝蹴りをくらわせる。


 その効果音からもわかるように、まったくもって効いていない。まさにカエルがジャンプして当たった程度のものだろう。


 しかしながら、ビッグはけっして戦いをやめない。



「おらおらおらっ!!」



 ザシュッ ザシュッ!!


 鉤爪でマサゴロウの身体を切り裂く。


 その傷も微々たるもので、鉄にコインをこすり付けているくらいの摩擦しか発生させていない。


 なんとも無意味。無駄。無価値。


 だが、やめない。



「んなろおおおおおお!! こうなったら必殺技だぁあああ!」



 ボオオオオッ


 ビッグが炎気を拳に集め、放つ。



 ドーーーン プスプスプスッ



 が、不発。



「あ、あれ? なんか上手く出なかったぞ? どうなってんだ!?」



 どうやら当人は炎竜拳を放とうとしたらしいが、炎気の扱いが未熟で上手く技を出せなかったらしい。


 改めて指摘させてもらえば、ビッグに必殺技と認識されている炎竜拳が哀れである。


 炎竜拳に罪はない。けっして技を蔑まないでほしい。


 扱う者がダメだと技にまでレッテルが貼られてしまう良い事例だろう。



「なにを…している?」



 その光景にJBは愕然とする。


 どうしてそこまで戦うのか理解できないからだ。



「何度も言わせるなよ! 俺は戦いをやめない!!」


「お前にそれを言う資格があるのか…! 貴様のせいだろうが…! 邪魔をするからこうなった!」


「ああ、そんなことはわかってる! わかってるんだよ!!」



 まったくもって、JBのおっしゃる通り。


 この事態を招いたのはソイドビッグのせいだ。彼がいなければ、JBはマサゴロウたちを倒していただろう。


 だが、それを知りながらも彼は戦いをやめない。



「俺はいつだって他人に迷惑をかけてきた!! 生きていること自体が悪いんだって思うことだってあったさ! いつだって自信がなかった!! 今だって、あんたの邪魔ばかりしている!!」


「それがわかっていて…なぜ!! なぜ貴様は…!!」


「もし俺が独りだったなら、とっくに諦めちまっていたさ! だがよ、俺は独りじゃねえ!! 独りじゃねえんだよ!! ラングラスの旗がある!! ファミリーがある!! それだけじゃない!! みんな一緒に戦ってるんだよ!!」


「みんな……だと?」


「そうだ。あの旗だ」



 ラングラスの御旗を見る。



 不死鳥は―――いまだ健在。



 その雄大な翼を広げ、多くの人々を保護している。



「ソブカはでっけぇなぁ。あんなに多くの人を身内に入れてもよ、全然動じてもいねぇ。いや、もしかしたら、あいつも悩んでいることがあるのかもしれねえな。同じ人間だからよ。そんなことだってあるだろうさ。…そうだ。みんな同じ人間だ。俺はよ、あそこに人がいる限り、助けを求める連中がいる限り、絶対に諦めたらいけないんだよ。俺を見ている人がいるならよ、逃げ出すわけにはいかねえんだ!!」



 ふと、視線を感じる。


 ラングラスの鳳旗ほうきに集まった人々が、ビッグを見ているのだ。



 旗を持ったソブカが―――見ているから。



 旗印となったソブカは、ビッグの戦いを見ている。


 その視線を感じた人々も、導かれるようにビッグを見ていた。



 なぜ、人が集まることに意味があるのだろう。


 世の中には『烏合の衆』やら『有象無象の輩』等々、群衆を卑下する言葉などいくらでもある。


 その一方で、人々や民草という存在は一番大事とされてきた。民主主義の主権は国民にあるというように、烏合の衆も大切にされている。


 もちろん人間それぞれに価値があり、各々の人権を保護するという目的があるのは当然だ。


 しかしながら、それ以外にも人々という存在には重要な役割がある。


 特に『思想』という側面においては、数の力は偉大であった。




「心に火を灯せ!! 火は魂の源!! 意思の力なり!! 魂の火を翼にして羽ばたけ! 我らはけっして負けない! 火はけっして消えることなかれ!!」




 ドンッ!!



 ソブカが鳳旗を地面に押し付け、叫ぶ。


 【英雄】の力ある言葉が、その場にいた一人ひとりに伝播していく。感染していく。


 その声を聴くと、心に勇気が宿ってくる。恐怖が消えていく。


 ソブカの火が翼となって、人々を『ヒナ』のように守るからこそ、彼らは生き延びることができたのだ。


 そしてヒナも、いつまでもヒナのままいるわけではない。



 シュボッ ジュボボボッ



 人々の中に、何か熱いものが込み上げてきた。


 言葉にはできない、とてもとても熱いものだ。



 ふらふら



「はぁはぁ…熱い……どうなったの…? わたし…病気…なの?」



 一人の小さな少女が、ソブカの近くにやってきた。


 理由がわからず困惑した顔で、胸を押さえて苦しそうにしている。


 ソブカに近づいたことで、ファレアスティが少女をどかそうとするが、その前にソブカが少女を抱き上げた。



「あっ…」


「君の心に何が宿っているのか、私に聞かせてくれないか?」


「あっ、えと…わ、わたし……」


「怖がらなくていい。素直な気持ちを聞かせてほしいのだ」


「………」



 少女は、しばしソブカの顔をじっと見ていた。


 その顔は、少し赤らんでいた。


 まだ十歳にも満たないくらいなので、大人の男性、それもイケメンの若い男に抱かれたら、そうなっても仕方ないだろう。


 だが、彼女の頬が赤いのは、それだけが原因ではない。



「ここが…熱くて…怖い。びょうき…かな?」


「いいや、違うよ。それは君の心が燃えているんだ」


「心が…燃えるの?」


「そうだ。人は本当に感動すると心に炎を宿す。武人でなくても同じことだ。ほら、見てみなさい。あれを見て、君は何を思う?」



 ソブカが指差す方向では、ビッグが戦っていた。


 マサゴロウ相手に鉤爪を振るう姿は、子犬が巨大熊に挑むような絶望的な光景でしかない。


 子供から見ても、まったく勝ち目がない戦いに映った。



「かっこわる……がんばってる」



 最初に格好悪いと言いそうになった少女は、実に正直だ。


 なんとも無様だ。なさけない。愚かだ。


 それは誰もが認めるところだろう。ソブカも、それが事実だと頷く。



「たしかに彼は無様だ。私も子供の頃から知っているが、人を導くような器ではないことは周知の事実だ。だがね、どことなく応援したいと思わないかね?」


「う、うん。なんか…むずかゆい。くすぐったい。もっとこう動けばいいのにって…なんか思う」


「ならば、応援してあげてくれないか?」


「応援…?」


「そうだよ。声には力が宿っているのだ。君も誰かを応援するなら、声を出すだろう? 祈ってもいいが、やはり声に出すことは力になる」


「声を出して応援したら…勝つ? 絶対?」


「さて、どうだろう。それはわからない。応援だけで勝てるのならば、誰もが苦労しないだろうからね。ただ、一つだけ確実なことは、彼は…私の『友』は、君たちのために戦っているのだ」


「お兄ちゃんの…友達?」


「ああ、彼はラングラスの火を体現できる男だ。だが、独りでは勝てない。ラングラスの火は、みんなで作るものだからだ。この不死鳥とて、翼の羽一本一本は、君たちの心で生まれている。だから強いのだ。わかるかな?」


「…うん。みんなでやったほうが、大きなことができるって…こと?」


「その通りだ。私や彼は、その媒体でしかないのだ。さあ、彼を見てほしい。独りで背負っている彼を見て、君はどうしたい?」


「………」



 少女が、じっとビッグを見る。


 ちまちました攻撃が気に障ったのか、マサゴロウがビッグに対して攻撃を仕掛けるようになっていた。


 ビッグは、到底格好良いとは言えない無様な姿で必死によける。


 よけるが、逃げない。


 諦めることもないし、どんなに傷ついても立ち向かう。




 なぜならば―――【旗】があるから。




 そこに集まった―――【人々】がいるからだ。




 少女は試しに少しだけ声を出してみる。



「…ばれ……んばれ」


「彼はあまり頭が良くないんだ。もっと大きな声を出してくれると嬉しい」


「う、うん」



 頭が良くないことと聴力に関係性はないと思われるが、正直者の少女は頷く。


 最初は恥ずかしがってしまったが、彼女の心の中の火は、どんどん膨れ上がっていた。



 うずうず、する。


 むずむず、する。



 火が溜まって、うねって、絡み合って、少しずつ大きくなっていく。


 何か欲しいものがある時の感情に近いといえば、わかりやすいだろうか。


 どうしても気になって、ショッピングサイトを何度も何度も見てしまう感覚に似ている。


 その欲求がどんどん重なることで、いずれ抑えきれない激情となって行動に移ってしまう。


 それと同じように、少女の中にも何か言いようの知れない炎が宿っていた。



「はぁ…はぁ……あつい……でも、あのおじちゃんは、もっとつらいんだ。がんばっているんだ」



※おじちゃん=ソイドビッグ



「ばれっ……がんばれ……がんばれっ!」



 恥ずかしい感情よりも、もっともっと強い何かが押し寄せてくる。


 波となって、渦となって、激流となって、少女の感情を押し上げる。




 そして―――放つ





「おじちゃん!! がんばってーーーーー!!」





 少女は、精一杯に叫ぶ。


 所詮は少女の声量。離れた場所で戦っているビッグに届くわけがない。



 だがしかし、ここは心が支配する【領域】。



「その想い、私が届けよう」



 ブワーーーッ バッサバッサッ



 ソブカの不死鳥が大きく羽ばたき、それによって生まれた火の鱗粉が風に乗って運ばれていく。


 そして舞い落ち、彼の肩に触れる。


 ほんの小さな、ちょっとした粉粒一つ。


 だが、そこには少女の応援の心が宿っていた。


 たった一人、たった一つの気持ちでしかないものだが、確実に存在している思念だ。



 びくんっ



 声が聴こえていないであろうソイドビッグが、少しだけ反応した。


 この距離では聴き取れない。何を言っているのかわからない。



 それでも―――




「ああ、ありがとうよ。これでまたがんばれる」




 彼の唇は、そう動いたように見えた。



「ウオオオオ! シ…ネ!!」



 今度こそ仕留めようと、マサゴロウがビッグに襲いかかる。


 普通ならば、どうやっても魔人の道具となったマサゴロウには勝てない。



 がしっ!!



 大きな手が―――ビッグを掴む。



 最初にも掴まれて、腕を折られそうになった。


 今は黒い力が発動しているので、触れられただけでも腕が消滅しかねない。


 ぐぐぐぐ じゅううううっ


 腕が黒に染まる。


 染まる。染まる。染まる。



 染まるが―――侵食は起こらない



 ボオオオオッ


 よくよく見ると、ビッグの肌に展開された炎気が、黒の力を必死に防いでいた。


 黒に染まった場所を自身で焼きながらも、同時に再生もさせている。


 まるで不死鳥のように、何度でも蘇る。



「俺は絶対に負けねぇ! 負けねぇ! 負けねぇ! 負けねぇ!!!」



 念仏のように繰り返す。思い込ませる。


 馬鹿は馬鹿ゆえに、自分自身にそう思い込ませれば、あっという間に【勘違い】が起こる。


 だが、勘違いが続けば、それは一つの感情となり想いとなり、思想となる。





「俺は―――負けねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」





 ボオオオオオオオオッ!!



 ビッグの炎気が燃え上がり、マサゴロウを真っ赤に包み込む。



「ぬぐううっ!!? ウウウウウウッ!」



 赤い力に触れたマサゴロウが、困惑したように思わず手を離してしまった。


 一度掴んだら自分の意思では絶対に離さない彼にしては、あまりにも珍しいことだった。





「わかるか? こんな小さな一粒にもな、大切な想いが宿ってんだよ!! こんな俺を応援してくれる気持ちがこもってんだよ!! それが、それが―――」





 ぐっ ぼおおおおおっ



 構えた拳に、真っ赤な感情が宿り―――






「お前に―――わかるかよおおおおおおおおおおお!!」






 マサゴロウに―――叩きつける!!




 ドゴオオオオオオオーーーーンッ!!




 型も何もない。ただただ思うがままに殴っただけだ。


 しかしながら、その一撃は―――



「グボオオオッ!!」



 マサゴロウの腹に突き刺さり、激震となって衝撃を与えた。


 ふらふら


 マサゴロウが、よろめく。



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