549話 「とんちんかんタッグマッチ  その3『魔人の道具の力』」


 マサゴロウの戦気掌が通り過ぎる。


 彼はこの技で、ソイドファミリーの構成員を三人ほど殺しているので、もともと威力はそれなりに強い。


 だが、普段は相手の攻撃に対してまったく動じないJBが、慌てて回避したことには意味があった。



 ブジュウウウウッ



 戦気掌が触れた場所は、完全に黒く変色しており、存在そのものが消え去っていた。


 今までのマサゴロウの攻撃とは、明らかに質が違う。



「ぬんっ!」



 JBが黒紐を使って、空中で姿勢制御。


 マキとの戦いでもやったように、紐の反動を利用してマサゴロウに向かっていく。


 彼の紐は攻撃だけに使われるわけではない。自在に操ることで、空中でも高い運動性を実現できるのが強みだ。


 その速度と角度にはマサゴロウも対応できず、急接近を許す。



 そこにJBの回し蹴り。



 ぶーーーんっ バギャッ!



 ゴギンッ



 強烈な蹴りによって、マサゴロウの首がへし折れる。


 彼の強靭な肉体を考えれば、この蹴りがどれだけの威力があるかがわかるだろう。


 JBは本気でマサゴロウを殺すつもりで蹴っていた。


 もしマサゴロウが従来のままだったならば、そのまま大ダメージを負っていたはずだ。



 が―――



 がしっ



 マサゴロウは首が折れたままJBの足を掴むと、地面に叩きつける!!



「ふん、甘いな」



 だが、JBもそのままやられるはずがない。


 背中から紐を生み出し、クッションとして利用して衝撃を吸収する。



 ぎゅるるるっ ばちんっ



 そして身体を急速回転させて、マサゴロウの手から脱出。


 そのままの勢いで回転蹴りを放つ。



 どごんっ メキィイッ



 折れた首にさらにもう一撃加えたあと、再び跳躍して距離を取る。


 これによってマサゴロウの首は、完全に九十度以上曲がってしまった。




「や、やった…のか?」



 ビッグも戸惑うような凄まじい攻防であった。


 本気になったJBの強さを改めて思い知る。


 だが、着地したJBは、まったく警戒を緩めなかった。



「油断するなと言ったぞ。こんなものでは死なん」


「だ、だってよ、首が折れてんだぞ!? 普通死ぬぞ!?」


「それで死ぬ程度の相手ならば、最初から手間取ってはいない。よく見ていろ」



 ぐぐぐ ガギンッ


 マサゴロウが、自らの手を使って首を元の位置に戻す。


 じゅうううう


 それと同時に傷の修復が行われていき、骨がくっついていく。


 実はこれ、アンシュラオンが仕込んだ命気が発動しているのである。


 彼に従う戦罪者が死を受け入れた際、とことん周囲を破壊し尽くす殺戮マシーンになるための『燃料』を与えているのだ。



 発動条件は今述べたように、【死を受け入れる】こと。



 覚悟ではない。


 完全に受け入れ、死ぬことが決まっている者にだけ力を貸す条件にしてある。


 アンシュラオンの遠隔操作能力は極めて優秀で、最高五百個程度までなら同時発動が可能である。


 サナにも常時付けているくらいだ。他の戦罪者に付けることも難しいことではない。


 ただし現状を見る限り、アンシュラオンが思っていたより怖ろしいことが起きているようだ。



「なんだよ…あいつ!! ば、化け物か!?」


「その通りだ。あれはもう人ではない。お前にも見えるであろう。やつの背後にある【思想】がな。あれが力を与えているのだ。油断すると、お前もこうなるぞ」


「っ…! あ、あんた! 腕が…! いったいどうしたんだ!?」


「様子見で攻撃を受けたのがまずかった。これは…やつに【喰われた】のだ」




 そこで気付く。



 JBの左腕が―――無いことに。



 肘から先が存在せず、傷口も炭化したように真っ黒に変色している。


 黒い外套を羽織っていたので気付かなかったが、やはり腕がない。



「な、治るんだろう? だってよ、あんたはすごい回復力があるって聞いたぜ。そういや門のところでも、治っていたって聞いたしよ」



 ビッグが駆けつけた時にはJBは裸の状態だったため、足一本から再生したことは知らない。


 その後、マキとの戦いを見ていた見物客から詳細を聞いたが、「ははは、冗談だろう?」くらいで流していた。


 とりあえずアンシュラオンの命気を知っているので、「ちょっとした欠損くらいなら治せる」という認識でいるらしい。


 たしかにJBならば、思想の力を使って全身の再生すら可能だ。


 だからこそ最初は、たかが腕一本と思っていたのだが―――



「腕は戻らん」


「…え? 戻らないって…どういうこと?」


「同じことを言わせるな。戻せるものならば、すでにやっている。やつの思想が強すぎるのだ。あの禍々しい波動は、ネイジアの思想とは対極にある『破壊の思想』だ。一時的とはいえ私の再生能力すら封じてしまうらしい。お前の言った通り【化け物】だ」



 マサゴロウは、黒いオーラを放っていた。


 人殺しを日常的に行っている戦罪者が放つ戦気は、基本的に薄暗く、くすんでいることが多い。


 マサゴロウの戦気も、煤けた色合いをしていたものである。


 だが今の戦気は、完全なる黒に近い色合いだった。




 これは―――【魔人の思想】によるもの。




 覚えているだろうか。


 ミャンメイが地下遺跡の巨大な空間で見た映像を。


 そこには『黒い人』が機械人形相手に戦っており、圧倒的な力を放っていた。


 彼らは、人を罰するために生み出された【兵器】だ。


 魔人思想に囚われ、魔人の道具となった者たちは、存在そのものが造りかえられる。


 もっと身近な例でいえば、『黒雷狼』もそうだ。


 アンシュラオンの魔人の力を具現化すると、これほどまでに怖ろしい力が解放されるのだ。


 もっと怖ろしいのは、これが「単なるこぼれ落ちた力」であることだ。本体の力は、これの比ではない。



 どんなに封じようとしても、人が人である限り、魔人という存在からは逃れることはできない。



 むしろ、あらがうことが罪。



 彼らの目的は、ただただ相手を滅することだけだ。




「ウウウウッ、オオオオオオッ!!」




 マサゴロウが咆える。


 そのたびに身体中が黒に染まり、激しい破壊衝動が吐き出される。


 瞳は白目の部分まで真っ黒に染まり、もはや人間とは思えない顔色になっている。


 死を受け入れた段階で、彼には正常な人間としての意識は残っていない。




 事実マサゴロウは―――もう死んでいる。




 その意思を、最後の力を魔人に利用されているにすぎない。



 どっどっ ドドドドドドドッ



 マサゴロウが駆けてくる。


 目の前にいる生物すべてを破壊するために走ってくる。



「うっ、うおおおお! あわわわっ!」


「よけろと言っただろう!!」



 どがっ!


 圧力に負けて回避運動が取れなかったビッグを、JBが蹴り飛ばす。


 ブオオオンッ ボシュンッ


 直後、その場所にマサゴロウが突進してきて、大きな手を叩き付けていた。


 大地は黒い力によって抉られ、完全に消滅する。



「なんだよ…さっきとまるで違うぞ!! こんなやつ、どうすりゃいいんだ!」


「それもすでに言ったはずだ。死ぬまで殺しきるだけよ!」



 JBがマサゴロウに向かっていく。



「ふーーー、フーーーー!」



 マサゴロウは、手に黒い力を溜めて待ち受ける。


 おそらく再び戦気掌を放つつもりなのだろう。


 威力はすでに知っての通り。全身に直撃すれば、JBであってもどうなるかわからない。


 しかしながら、JBはまだ余裕を崩していない。



「馬鹿の一つ覚えだな。理性がない人間など、ただの生きる屍にすぎん。人は自ら思想を生み出すからこそ尊いのだ」



 しゅるるるっ がしっ


 JBがマサゴロウの足に黒紐を巻きつける。


 そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、マサゴロウが戦気掌を放とうとするが―――


 ぐいっ がくん


 放射の直前に足を引っ張ることでバランスを崩させ、戦気掌の角度が上にずれた。


 そこに身体を沈めたJBが迷わず突っ込み、下段蹴り。



 ブーーンッ バキィンッ



 関節を狙った一撃が、膝小僧を破壊する。


 自分より大きな相手に対して足元を狙うのは、戦いの基本である。


 JBでもそれを徹底するのだから、アンシュラオンが教えていることは正しいようだ。



「ウオオオオオオ!!」



 それでも強引にマサゴロウは攻撃を仕掛けてくる。


 その大きな手でJBを潰そうと迫る。



「やはりな。お前は破壊しか考えていない。だからこそ隙が生まれる」



 JBは、マサゴロウに巻きつけた紐を使って姿勢制御。手を掻い潜る。


 そこから片腕で自身を支えると、真上に蹴り。



 ドゴンッ バリバリバリッ



 蹴りは顎にヒット。


 顎が砕け、首の骨にも再び亀裂が入る。



「まだまだまだまだ!!」



 ズルルルルルッ


 JBの身体から黒紐が生まれると、マサゴロウの首と四肢に絡みつく。



「ウガアアアアアア!!」



 ブチンッ!!


 マサゴロウも最初とは違う。力づくで紐を引きちぎる。


 しかし、JBの紐は何度でも生まれては身体に巻きついていく。


 その間に立ち上がったJBは、自分の間合いを生み出して、構える。



「はぁああああ! ぬんっ!!」



 どどどっ バーーーーンッ



 JBが放ったのは六震圧硝ろくしんあっしょうではなく、三震孟圧さんしんもうあつのほうだった。


 その理由は、片手がないので半分の手数になっていることと、六発も打ち込む暇がないからだ。


 三発入れた直後には、マサゴロウから反撃が飛んでくる。


 ぐいっ ぐんっ


 JBはそれを紐を使って見事に回避し、そのまま攻撃に移る。



 どどどっ バーーーーンッ


 殴る。


 ぐいっ ぐんっ


 回避する。



 どどどっ バーーーーンッ


 殴る。


 ぐいっ ぐんっ


 回避する。



 どどどっ バーーーーンッ


 殴る。


 ぐいっ ぐんっ


 回避する。



 どどどっ バーーーーンッ

 ぐいっ ぐんっ


 どどどっ バーーーーンッ

 ぐいっ ぐんっ


 どどどっ バーーーーンッ

 ぐいっ ぐんっ



 どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ

 どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ

 どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ



 どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ どどどっ バーーーーンッ ぐいっ ぐんっ




 マサゴロウを滅多打ち。



 大きな身体のJBでは本来、細かい高速移動はなかなか難しい。


 直線に速く進む機動性はあるが、ちょこまか動く運動性は物足りないのだ。


 それを紐を使って完全にカバーし、高速の運動性を手に入れつつ、回避すると同時に攻撃にも転じている。


 一発でももらえば、JBもダメージを負うリスクがあると考えれば、その集中力は相当なものだろう。


 紙一重でかわしながらも重い攻撃を叩き込んでいるのだ。


 近接戦闘の技量の高さがうかがい知れる。



 が―――状況は好転しなかった。




(このままではまずいな。決め手がない)




 どどどっ バーーーーンッ



 JBが拳を叩き込んでも、マサゴロウは倒れない。


 耐久力の高い彼の能力が、『異常進化』によって何倍にもなっているのだ。


 放っておくとHPも回復していくので攻撃し続けるしかないが、これだけ打っても与えたダメージは微々たるものだ。


 ボクシングでも「殴り疲れる」という言葉があるように、攻撃に決め手がないままでいると、それだけで疲労してしまうものである。


 このままではJBのエネルギーのほうが枯渇する。



(門で戦った影響が多少出ているか。祈りにもエネルギーを使うからな)



 エバーマインドは、たしかに思想の力を具現化する。


 それだけ聞けば凄まじい能力であり、実際にすごいのだが、人間が生み出す精神エネルギーには限界がある。


 彼はすでに一度完全再生を行い、かなりの集中力を使ってしまっている。


 あれは何度も気軽にできるものではない。某ナ〇ック星人のように、再生すればそれだけ消耗するのだ。


 まったくもって不毛な原因ではあるものの、人間が常に正しい選択ができるわけでもないし、JBもこんなことが起きるとは考えていなかったので仕方がない。



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