548話 「とんちんかんタッグマッチ  その2『非人間性への怒り』」


 ガリガリガリガリガリッ


 ガリガリガリガリガリッ


 ガリガリガリガリガリッ



 ムジナシは、ひたすらビッグを引っ張り、岩盤に叩きつけて削ってくる。



(やろう! まともに戦うつもりがねえのかよ!! だが、これを続けられると…ヤバイ!!)



 地味だがビッグからは何の抵抗もできないので、地中という土俵を生かした、かなり有効な手段だといえるだろう。



 彼がこの攻撃に終始するのは、これが『狩り』のやり方だからだ。



 この男は人間というより『半獣半人』に近い存在であり、ずっと地中で暮らしてきたため、人間の言葉もあまり理解していない可能性があるくらいだ。


 ムジナシが初めて人を殺したのは、たまたま餌として確保したのが人間だったからだ。


 それまでは手当たり次第に魔獣や動物、虫などを食していたが、その日に人間を初めて「食った」。


 それに対しては特段、何も感じることはなかった。


 少し肉が少ないだけで、普通の魔獣と大差はなかったからだ。



 彼が変わったきっかけは、誰かが自分に暗殺の依頼を始めたことだった。



 対象者が持つ所有物から匂いを特定し、依頼人がおびき出した相手を襲わせるという手法で、彼は暗殺者としての仕事を得ていった。


 最初の頃は誤って依頼人を殺してしまう等の事故もあったが、それが逆に強さの宣伝となり、依頼する者も少しずつ増えていく。


 ムジナシにとっても、人を殺せば褒められ、さらには普段は食べられない食材などの提供も受けたので、暗殺者稼業を続けていくことにした。


 その後、さまざまなことがあってグラス・ギースにまで来たのだが、そこは割愛しよう。


 一応は人間であっても、こんな異形な存在だ。


 まともな人生は送れないし、殺された者たちの遺族によって逆に殺し屋を派遣され、殺されそうになったことも何度もある。


 厳密な意味での戦罪者ではなく、単に流れてやってきただけの暗殺者といえるだろう。



 そんなムジナシが、こうしてアンシュラオンの言うことを聞くのは、【怖い】からだ。



 彼が改めてアンシュラオンと対峙した時、心底震えた。



 殺処分前の犬のように、怯えて失禁して悲鳴を上げて逃げ惑った。


 言葉ではなく感覚や本能で、魔人という存在を理解したのだ。これは逆らってはいけない。服従することが生き残る唯一の道だと悟った。


 アンシュラオンも動物をしつけるかのごとく、ムジナシに穴掘りや役割を教え込むことで、地中で仕事をさせていたというわけだ。


 秘匿されてきた彼が参戦しているという事実が、この戦いがホワイト商会にとって最終決戦であることを如実に示してもいた。




「んなろおおおお! 調子に乗るなよ!!」



 ボオオオッ ドーーーンッ!



 ビッグが引きずられながらも、強引に裂火掌を放った。



 ドン ドン ドーーーンッ!!



 さらに連続して放ったことで、急速に軌道が変わり―――



 ずるるっ どさっ



 また違う部屋に出る。


 今度は最初から炎気を放出していたので、すぐに部屋の中が見えた。


 しかし、ようやく抜け出せたと思ったのも束の間。



「うっ、くせえぇ!」



 最初に感じたのが、強烈な腐臭であった。


 どうやらここはムジナシが根城にしていた部屋のようで、その中でも不要になったものを投げ入れる、ゴミ捨て場やトイレのような場所であった。


 そんな場所に飛び込んでしまうあたり、さすがはビッグさん。


 持っている【ウン】が違う。


 が、そこはある意味において本当に『地獄』でもあった。



「なんだ…こりゃ……」



 ビッグがそこで見たものは―――




 大量の



 大量の



 大量の





―――【死骸】





 普通、人間の死んだ肉体は『死体』と呼ばれることが多いが、ここでは『死骸』のほうがより適切な表現だと思われる。



 なぜならば、ここにあるのは―――【食べかす】



 彼に殺された者たちの【残骸】であった。



 ずるる ごとっ



「ふしゅーーー、ふーー、ふーー」



 ムジナシも穴にやってきた。


 彼の鼻は磨り減ってほとんど無いが、一応嗅覚は残っているらしく、ここに来たことへの不快感が見て取れる。


 だがそれは、あくまで「くさい」ことへの不快感であって、殺して食ったことへの後悔や懺悔の気持ちではない。


 彼はアンシュラオンの下僕となってからも、依然として地中で暮らしていた。


 食糧は与えられていたが、狩りの習性だけは簡単に消せるものではない。



 時折人をさらって、食っていたのだ。



 グリモフスキーも言っていたが、グラス・ギースにおいて人が消えることは、そう珍しいことではない。


 内外の出入りが多いため、翌日に労働者の数十人くらいが突然消えても、誰も何も思わないものだ。


 それが移民や貧困層の人間ならば、なおさらである。



「…あっ」



 ごとっ ごろごろ



 動揺したビッグが近くにあったものに当たり、落としてしまう。



「っ…!」



 見たくなかった。だが見てしまった。


 見えてしまうのだから仕方ない。



 それは―――首



 殺されて切断され、食われ、半分頭蓋骨が見えている女性の腐敗した頭部であった。


 彼女は、たまたま歩いているところを連れ去られ、食われただけ。


 彼女に非はないが、弱かったから食われるのは仕方がない。


 捕食は自然界ではよくあることであり、当然のことである。



「はぁ…はっーー! はーーーーー!!! てめぇ…!! てめぇええええ!!!」



 だがしかし、ここは人間が暮らす都市であり、社会において最低限の人間性が必要とされることは言うまでもない。


 社会とは、誰もが安心して暮らすことを、最低かつ最終目標とするものだ。


 そんな中に、こんな危険な生命体が存在することに、驚きと恐怖と同時に、激しい怒りを感じざるをえない。


 特にビッグはリンダという婚約者がおり、アンシュラオンに人質にされたトラウマがある。



 それゆえに―――激怒




「てめぇえええええはああああああああ!! 人間じゃねええええええええ!!」




 ボオオオオオオオオオ!!


 豚も怒れば、激しく燃え盛る。


 激情したことで炎気が爆発的に燃え上がり、周囲の死骸も燃えていく。


 それがせめてもの弔いだと言わんばかりに、ビッグの炎気が燃えていく。



「俺がてめぇを殺してやるううう!! この人たちの無念を晴らしてやるううううううう!!」


「…?」


「何を言ってるのか、わからねぇのか? 理解できねぇのか!? そうだろうな!! そうだよ!! てめぇみたいなやつにわかるわけがねぇ!!! だったら、さっさと死ねや!!」



 ビッグがムジナシに飛びかかる。


 激情によって燃えた戦気が彼に力を与え、加速力も相当向上している。


 ここがもし地上ならば、この突進も脅威に映っただろう。


 だがここは、地中である。



 ずるるるっ スカッ



 ビッグの攻撃は、またもや土の中に逃げたムジナシによって回避される。



「逃げるんじゃねええ! 出てこいやぁああ!!」



 ドンドンッ


 土壁を叩くが、ムジナシは出てこない。



 それどころか―――



 ぎしぎしぎしっ ドボンッ


 ドサササササササッ!!



「ぶわっ!!」



 土を固めて作った部屋が、崩れる。


 ビッグの攻撃によって弱ったこともあるが、これはムジナシが土を操作して自ら壊したのだ。


 そうして土に埋まったところに、ムジナシが土に紛れて近寄ってきた。



 ズバッ!



「いつっ!」



 今度は足を掴まえて引っ張るのではなく、爪で直接切り裂いてきた。


 頑強な爪は強力で、ビッグの戦気を貫通するだけの威力があった。


 彼は野生で生まれた武人であり、戦気の扱い方も完全に我流なので、ビッグとは正反対の存在といえる。



 だが、野生や自然によって鍛えられたものは、極めて強い。



 常に危険な生存競争の中で暮らしてきたので、ムジナシの戦闘力はヤキチたちと同等と考えていいだろう。


 それに加えて彼のホームである地中ならば、彼らより上であるのは間違いない。



 ズバッ! ぶしゅっ


 ズバッ! ぶしゅっ


 ズバッ! ぶしゅっ



 土に圧迫され、身動きが取れないところを攻撃される。


 ムジナシがビッグをどう見ているかはわからないが、少なくともアンシュラオンの命令通り、今現在地上にいるホワイト商会の関係者以外は、すべて殺すべき対象だと認識しているだろう。


 殺してもいいし、食ってもいい。


 たまたま食欲が満たされていたので、今回は殺すことにしただけである。



 そんな感情が伝わってきて―――さらに激怒!!




「くおおおおおおおおお!! ふざけるなああああ!」




 ボオーーーーンッ!


 戦気の爆発で土を吹き飛ばす。



「…じっ」



 そのおかげでムジナシの姿が少し見えたが、彼もまたこちらを見ていた。


 獲物の弱り具合を観察するような視線が、サナと重なって―――またまた激怒。



「てめぇええええ!! 殺すウウウウウウウウ!!」



 ボオオオオオッ!!



「………」



 ずるるるるっ


 ビッグが戦気を燃やしたのを見て、ムジナシは再び地中に隠れる。



「どこにいった、このやろう!! 出てこいやあああ!! うおおおおお!」



 ドガンドガンッ ドンドンッ


 手当たり次第にビッグが攻撃を仕掛けるが、ムジナシはまったく出てこない。



 ずるるっ



「そこかっ!!」



 ドーーーンッ


 一瞬だけ土が盛り上がったのを見たビッグが、裂火掌を叩き込む。


 土埃が舞い、鼻や口に不快な粉塵が舞い込むが、そんなことはまったく気にしない。


 今の彼は、ムジナシへの怒りに満ちていた。



 だが、これは―――フェイク



 少しだけ出た膨らみは、ムジナシに食われた誰かの頭部であった。


 それが裂火掌を受けて粉々に吹き飛んだだけである。


 では、肝心のムジナシはどこにいったのかといえば―――



 ぼごんっ



 ビッグの頭上に出現した。


 今下にいたのに、あっという間に真上にいる。


 彼の地中での移動能力は驚くべきものであった。これが適性というものである。



「なっ…!!」



 その気配に気付いた時には、時すでに遅し。


 技を放った直後なので、完全に無防備な状態を晒してしまっていた。



「グゲゲッ!」



 ムジナシが、笑った。


 勝利を確信したかのように、顔のない顔で笑みを浮かべたのだ。



 なぜ、いつも悪が勝つのだろうか。


 なぜ、いつも悪いやつが力を持つのだろうか。


 アンシュラオンという存在は、どうしてここまで邪魔をするのか。




「ちくしょううううううう!」




 ビッグには叫ぶことしかできなかった。


 その間にも、ムジナシの爪は迫る。



 そして、ついにビッグの頭部を抉ろうとした瞬間である。




 ボンッ しゅるるるるっ がしっ




 突如、土壁を破壊して出現した『細長い何か』が、ビッグの身体を掴んで―――引っ張る。



 ぐいいいいいいいいいっ! ぼごんっ



「ぐえっ!!」



 首を絞められたニワトリのような声を発し―――



 ぼごんっ ごりごりごりごりごりごりっ!!



「いてててててっ!!」



 物凄い力で引っ張られ、一気に浮上していく。


 ムジナシが作った通路ではない場所を強引に引き上げているので、それはもう痛いのなんの。


 ビッグ自身が削岩機になり、土木工事をしているようなものだ。




 ごりごりごりごりごりごりっ!!


 ごりごりごりごりごりごりっ!!


 ごりごりごりごりごりごりっ!!




 ボゴーーーーーンッ



 そしてついに、地上にまで引っ張り出される。


 そこでようやく解放。


 ぽいっ ごん



「うげぇえ…」



 頭から地面に落ちた姿は、なさけないの一言だ。




 そんなビッグに対して、侮蔑の視線を向ける者がいた。




「馬鹿が。何をやっている。手間をかけさせるな!」




 しゅるるる


 JBが、ビッグを助けた黒紐を収納する。



 そう、ソイドビッグを助けたのは、JB・ゴーンだった。



 彼の黒紐が地中に伸びてビッグを掴まえ、地上にまで引っ張ってきたのだ。


 かなり深い場所まで引きずり込まれたはずだが、彼の紐は『思想で出来ている』ので、力を出した分だけ伸びるのかもしれない。


 便利な紐だ。一家に一本は欲しいところである。



「あ、あえ? な、何がどうなったんだ…?」


「実力もないくせに突っ込むな。死にたいのか?」


「あ、あんたが助けてくれたのか?」


「…助けた? くっ、不快だな。どうして助けてしまうのか、私にも理解はできん。やはりエバーマインドがそうさせるのか…」


「な、なにはともあれ助かったぜ!! ありがとうな!!」


「油断するな! 上もお前にとっては地獄だぞ」


「…え?」



 ビッグがJBの視線を追うと、そこには真っ黒な戦気を発したマサゴロウが構えていた。


 そこから―――戦気掌


 手から放射された黒い戦気が、ビッグの視界を覆った。



「よけろ!!」


「…あ?」


「くっ!! 反応が遅い!! この愚図が!」



 しゅるるるっ


 再びJBが黒紐を出し、ビッグを抱えると空中に放り投げた。



「うわおおおおおっ!」



 同時にJBも跳躍。


 次の瞬間、彼らがいた場所を戦気の波動が通り過ぎる。



 バシュウウウウンッ



 黒い戦気は空間そのものを焼き焦がし、地面が黒く染まる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー