547話 「とんちんかんタッグマッチ  その1『地中に潜む者』」


 ドクリンが死んだ。


 お風呂場で心筋梗塞が起き、突然の別れが訪れるように、こうした死で格好良い遺言を残すなんて所詮は夢物語である。


 現実は、いつだって厳しい。


 人は簡単に死ぬのだ。


 しかし、あらかじめ死がわかっていれば、そこにメッセージを残すこともできる。


 自分の死を、意味ある死にすることもできる。



「しまった! 最初から狙いはドクリンだったのですか…!!」



 ここでカラスは、自分たちの失態に気付いた。


 ハンベエの自爆は、針を飛ばすことにあったのではない。


 それ自体にも毒は塗られていたが、カビ程度でも防げるようなものだった。


 ゆえに、針はあくまで相手を油断させるものでしかない。



 本命は、風に乗って広まった【無色透明の毒】だ。



 アンシュラオンと契約を果たした時から、彼はこうして死ぬことが決められていた。


 毒だけが取り柄なのだ。死して毒になるしか価値はないだろう。


 それからというもの彼は、ずっとずっと身体の中で、濃い、とても濃い毒素をひたすら精製していた。


 簡単に解毒できないように。仮に自分の天敵が現れても殺せるように。


 こちらの情報が知れ渡っているのならば、相手は必ず毒に特化した武人を用意すると想像するのは、そう難しいことではない。


 だからこそ第一警備商隊との戦いのような、大怪我をする可能性がある作戦には参加しなかったのだ。


 彼はこの時のために生きていたのだから。



 ドクリンこそ―――狙われていた



 これこそが真実である。



(彼女がいない今、もはや毒を中和できる者はいない。予備の複製体を呼び寄せるまで、いったいどれだけの被害が出るのか…。致し方ありませんね。わが身を犠牲にするしかありません)



 カラスが両手を広げて、周囲の空気を一気に吸い込む。



 ズオオオオオオオッ ズズズズッ



 目には見えない巨大な大気の渦が生まれ、ばら撒かれた毒素を吸収していく。


 大気に混ざってしまえば判別不可能なので、手当たり次第に吸収するしかないのだ。



「ぬううううっ!! 換気が…間に合いませんか…ぐふっ」



 カラスが毒の影響を受け、吐血。


 彼の両手は、グリモフスキーの腕に付けられた人形のものと同系統にあるものだ。


 あちらのように空気弾を放射することもできるが、こちらは吸引を重視した造りとなっている。


 たとえばこれで相手が放った火や水を吸収し、無力化させることができるのだ。


 内部には換気及び濾過ろか装置が内蔵されているので、普通の毒素くらいならば問題なく浄化できる。


 だが、ハンベエの毒素は普通の毒ではない。


 やはりドクリンがいなければ対処は難しい。カラスが吐血するのも無理はないだろう。



 しかし、被害はそれだけにとどまらなかった。



 ガチャンッ ガタンッ



 二体の人形が、いきなり膝をつく。


 何事かと思って目を向けると―――



「馬鹿な…金属が……溶けている?」



 ジュウウウッ ボロボロ


 人形の人工皮膚が溶けたのはまだいいとしても、その内部の金属の身体さえ溶け始めていた。


 普通、毒は生物にだけ効くものと認識されている。蛇毒であれサソリ毒であれ、それで機械が溶けることはありえないだろう。




 だがしかし―――これは【魔人の毒】だ。




 ハンベエは、ヤキチやマサゴロウたちと比べて、命気を受けた回数と量が少なかったせいだろうか。彼らのように凶悪な魔人の気配を放つことはなかった。


 だが、それでも魔人の道具であることには変わりない。


 幹部クラスの人間の中には、すでに魔人の思想が入り込んでいるのだ。


 魔人は、自分の敵をけっして許さない。逆らう存在を認めない。


 それが生物であろうと機械であろうと、まったくもって関係がない。




 魔人の毒が―――偽りのものを否定する。




 マングラスによって造られた哀れな人形たちを否定する。


 と、多少誇張してしまったが、これは単純にハンベエが毒に特殊な酵素を加えた結果によるものでもある。


 本来の目的は、完全重武装している相手でも毒が浸透するように、金属にも対応した毒を精製していたというわけだ。


 少しでも吸えばいいので、軽く穴をあけるくらいを想定していたわけだが、カラスが激しく換気をしたことで、浄化しきれなかった毒素を集中的に浴びてしまったのだ。


 クーラーがフル稼働している外では、室外機が温風を吐き出している光景に似ているだろうか。


 近くにいた人形は哀れである。



 ドロッ ジュウウウ



 当然、毒素を吸引したカラスも溶ける。



「私の腕まで…溶ける!! やつらを甘く見ていたとでもいうのか!! だが、私とて…グマシカ様の…道具!! 偉大なるマングラス様に仕える者!! けっして退きはしない!!」



 ゴボゴボと血を吐きながらも、カラスは毒を吸収することをやめなかった。



 彼はその後、気を失うまで毒を吸収し続けたという。


 両腕が溶け、身体の大半も使い物にならないほど酷い状態だったそうだが、幸いにも一命を取り留めることに成功した。


 ドクリンのカビが毒の威力を抑えてくれたことも助かった要因だろう。


 彼女が納得するかはともかく、その死は無駄ではなかったのだ。


 しかし、予備のアンチポイズンが来るまで時間が相当経っており、マングラス側にいた人間に数多くの死者が出た。


 これによって、いかにホワイト商会が怖ろしい相手であったか、今後も語り継がれることであろう。




 まず一人目の死は、ハンベエ。




 彼らの死は、すでに決定付けられていることだった。


 アンシュラオンは、彼らに死に場所を与えると言ったが、まさに有限実行したといえる。



 では、次は誰が死ぬのだろう。




 次は―――





「うわああああああああああああ!!」




 ずるずるずるずるずるっ!!



 ソイドビッグが、滑るように地中に吸い込まれていく。


 その速度は、まるで落下に近い。


 だが、自由落下しているのではない。



 足に―――感触。



(落ち着け! 思考を捨てるな!! 考えるんだ!! この感じは…誰かに掴まれている!!)



 足に何かが張り付いているのがわかった。


 神経を集中させると、それは間違いなく『手』の形をしている。


 表面はやたらゴツゴツしており、指も一般的なものよりも長く、爪も頑強だ。


 恐慌状態に陥っていれば、魔獣か何かと勘違いしそうだが、感覚を鋭敏にして探れば『人の手』であることがわかるだろう。


 これは【人為的】なものなのだ。



「そうとわかれば、怖がることはねえ!! のやろうおおおお―――って、どわあああ!」



 自分の右足を掴んでいる手を、左足で蹴ろうとするが、凄まじい勢いで吸い込まれているので上手く蹴れない。


 何よりこの地中の通路は狭く、一人が通るくらいで精一杯の大きさなので、ビッグほど身体が大きい男だと土や石を抉りながら引きずられることになる。


 たかが土とはいえ、これだけ高速で引きずられたら立派な凶器になる。


 もしビッグが戦気を放出していなければ、擦り傷どころでは済まなかったはずだ。




 ずるずるずるずるずるっ!!


 ずるずるずるずるずるっ!!


 ずるずるずるずるずるっ!!




 結局そのまま、地中百メートルまで一気に引きずり込まれる。



 ずぽっ ドサッ



 すると、大きな空間に出たのか、ビッグが放り出された。



「ちっ! ぺぺっ! なんなんだ―――っ!!」



 身体中が土塗れになって、思わず唾を吐き出すが、そんな余裕もなかった。


 ビッグに何かが迫る。


 土の中なので完全に暗闇であり、常人では十センチ先も見通すことは難しいだろう。


 武人のビッグとて、とりわけ視力が良いわけではないので、それは同じだ。


 ただ、すでに戦闘態勢だったことが幸いして、かろうじてよけることに成功。


 ブスッ!!


 ビッグの顔があった場所に、それは突き刺さった。やはり今のは攻撃だったようだ。


 殺意を感じたビッグは、反射的に反撃。



「おらっ!!」



 ドゴンッ


 感覚だけで敵の位置を探り当て、拳を放った。


 ぶよんっ


 妙に柔らかい感触がしたそれは、弾かれるように背後に下がった。


 しかしそれはダメージを受けたからではなく、今の攻撃でビッグが死ななかったことに対する警戒がそうさせたようだ。



 何かがいる。



 こちらを殺そうとしている誰かがいるのは間違いない。




「いつまでも隠れてるんじゃねええ!! 姿を見せやがれ!!」



 ブオオオオオッ


 ビッグが炎気をまとうと、その室内が一気に明るくなった。



「ぐげっ!!」



 いきなりの強い光に驚いたのか、それが手で顔を隠した。



「…なんだこいつ? 人間か?」



 ビッグは警戒中にもかかわらず、その者の姿を凝視してしまう。


 なぜならば一瞬見えた姿が、あまりにも人間離れしていたからだ。


 長年地中で暮らしているせいか、顔は磨り減っており、強く丸めた和紙を伸ばしたかのように、皮膚もぐちゃぐちゃになっている。



 唯一わかるのは、目。



 唇さえもなくなった顔には、しっかりとした二つの目だけが光っていた。


 それがあるからこそ人間だとわかるのだが、身体の様子もかなり異様だ。


 腕の筋肉が妙に発達しており、胴体と同じくらい太くありながらも、手は細長い。


 指の先には鋭い爪もあり、指の隙間には「水かき」がある。


 爪で土を掘り起こし、水かきでかいて進むためのものだろうと思われる。



(なんでこいつ…全裸なんだ?)



 しかもビッグが呆然としたように、その男は裸だった。


 仮に服を着ていたとしても、今のように土の中を移動すれば、すぐに擦り切れてしまうので意味はないだろう。


 それならば最初から着ないほうがいいし、土の中は暖かいので、衛生面で問題がなければ裸でも大丈夫だ。


 ただ、そもそもの問題として、この男に服を着るという習慣はない。




 この男の名前は―――『土潜りのムジナシ』




 覚えているだろうか?


 アンシュラオンが戦罪者のテストをした時に、地中に紛れ込んでいた暗殺者である。


 実際のところ彼を覚えている者は、あまりいないと思う。


 それも当然。



 アンシュラオンが【意図的に存在を隠していた】からだ。



 今までの作戦において、彼を使ったことは一度たりともない。表に出したこともない。


 地中を移動できるという利点を最大限に活用するためだ。


 その甲斐もあってか彼の能力は、この戦いでも非常に重要なものとなっていた。



(こいつが何者か知らねぇが…そうか。そういうことか。全部、こいつがやったのか!!)



 これを見れば、さすがのビッグもカラクリがわかる。


 監視された状態で地雷を埋められたのは、彼の能力があってこそだ。


 ムジナシは、ただ潜るだけではない。【土を操る能力者】だ。


 深く掘った場所から地雷を土の力だけで配置できる。そうすると生体磁気だけを監視する波動円では探知が不可能だ。


 また、一度調べた場所に何もなければ、わざわざ地中に気を張っている者も少ないだろう。


 戦罪者は館にいるのだ。そちらを見張るほうに注力するに違いない。



「種明かしされたら、たいしたことはねぇな! 今度はモグラ退治になるだけだぜ!!」



 ビッグが突進。


 相手が何であろうが、ホワイト商会に組する者ならば倒すだけだ。


 だが、こうして無闇やたらに突っ込むのが、彼の最大の悪癖である。



 ズルルルルッ



 ムジナシが、消える。



「えっ…!」



 ドンッ!!


 ビッグが叩いたのは、背後にあった土壁だけだった。


 直後、地面から手が伸びてきて足を掴まれる。



 ずるるるるっ ズボンッ



「どわわあああ!!」



 そしてまた再び地中に引きずり込まれた。


 ここはすでに地中なので、さらに下に引っ張られたというわけだ。



 ガリガリガリガリガリッ



「ぐえええええ!」



 ビッグが頑丈だとわかったのか、今度はかなり深い場所まで引きずり込まれ、やたら硬い地盤と接触。


 そこでガリガリと身体を削られる。


 どうやら深く潜りすぎて、地下遺跡上層部の屋根部分に接触しているようだ。


 簡単に壊れるような素材ではないので、こうして擦り付けられとけっこう痛い。


 自分も戦気を出しているが、相手も武人である。あの腕を見ればわかるが、腕力はビッグ以上であった。




 ガリガリガリガリガリッ


 ガリガリガリガリガリッ


 ガリガリガリガリガリッ



 土の中は、まるで深海のようだった。


 気圧の影響もあるし、何よりも身動きが取れないのが一番困る。



(やべえ!! どうすりゃいいんだ!? うぐっ!! つ、土が口に入る!? 鼻に入るよおおおおおおお!)



 普通の土程度ならば、戦気を展開していれば何とか防げるが、ムジナシの能力によって周辺の土が固まり、さらに圧迫してくる。


 それらが顔にまで押し寄せるので、長時間このままだと、武人でも窒息死する可能性は否めない。



 ここは―――彼の領域



 彼のホームであり、ビッグにとっては完全アウェーであった。



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