546話 「ハンベエの死  その2『死してなお、毒』」


 ハンベエが、死んだ。


 人形の銃撃に遭い蜂の巣にされ、ドクリンによって刺し殺された。



「はぁはぁ! はぁはぁ!!」



 すぶぅうう


 ようやく満足したのか、ドクリンがナイフを抜く。


 だが、まだ安心はしない。


 ナイフを抜くや否や、立ち上がって後退し、再度構える。


 その両脇には人形を立たせて、万一の場合にそなえて準備を怠らない。


 ここで安心して反撃に遭い、死んでいく者たちなど山ほどいるのだ。


 ドクリンも見た目は十代後半だが、実際は改造されてから八十年くらいは経っている。


 セイリュウたちによって戦闘技術も叩き込まれているので、やはり普通の人間とは言いがたいだろう。



「撃ちなさい」



 パパパンッ


 パパパパパパンッ


 バスバスバスバスッ



 倒れているハンベエに対して、人形に銃撃を命じる。


 さきほどの狂気と、この慎重さが妙にミスマッチだが、彼女は目的の遂行だけを考えているのだ。


 今度は絶対に失敗できない。


 その気持ちが彼女を慎重にさせるのだろう。




 反応は―――ない




「…死んでいるわ。間違いない」




 それからしばらく見ていたが、ハンベエが動き出す様子はなかった。


 ドクリンがカビを操作して、ハンベエの身体に付着させてみるが、そこでも生体反応を感じられなかった。



 動かない。


 体温が下がってきている。


 生体磁気が減少してきている(増えていない)


 心音がしない。



 これらの情報から考えるに―――死んでいる。




 ハンベエは、死んでいるのだ。




「ふぅうう…はぁはぁ。死んだ。シンダ、シンダ、シンダ!!! ざまぁみろ!! グマシカ様の邪魔をするからだ!! こいつ、こいつ、こいつめ!!」



 ガシガシガシッ


 ようやく死んだことを確信したドクリンは、ハンベエの死体を足蹴にして、多少の気晴らしをする。


 だがその直後―――



「ううううっ…なんでこんな…!! うわぁああ!! グマシカ様あぁああ! うう、失敗した…失敗して……!! あなたの意思に背いてしまった! うわぁああああああーーーんっ!! ごめんなさああああああい!」



 突然泣き出す。


 まだ幼い多感な少女のように情緒不安定だ。


 どうやらドクリンの精神制御は、あまり上手くいっていないようである。


 やはり人間を改造することには相当なリスクが伴うのだろう。



「ドクリン、ご苦労様でした」



 泣きじゃくるドクリンのもとに、カラスがやってくる。


 すでに大部分の毒素を吸収し、周囲はかなり安全になっていた。



「わ、わたしは…ぐ、グマシカ様の期待に応えられずに…」


「大丈夫です。あの御方は、いつだってあなたを愛しておられますよ。さぁ、思い出しなさい。グマシカ様のお優しさを。あなたの罪をすべてお赦しになられた、神の愛を」


「はっ、はっ、はっ…!! わ、私…は!! はぁはぁ!! はい!! そ、そうです。そうだわ。わ、わわわ、私は…大丈夫。もうユルサレタのだから…ふふふ、はははは!! グマシカ様がおられれば、私は大丈夫!!!」


「ええ、あなたが生きていられるのも、神の仕事に従事しているからです。ご安心なさい。セイリュウ様の代理として、私があなたを認めます」


「はぁはぁはぁ…はぁはぁ…はい。ありがとう…ございます」



(やはり戦闘に出すのは危険ですね。ドクリンは所詮、毒処理班ですからね。今回のデータはまたセイリュウ様に送っておきましょう)



 カラスは、情緒が安定してきたドクリンを観察する。


 彼がセイリュウに副隊長を任されているのは、隊員の様子を監視させるためである。


 ドクリンたちに施された精神制御は、スレイブ・ギアスよりも強固なものなので、よりリスクが高くなる傾向にある。


 裏切りという面での心配はないものの、突然発狂したり自害する危険性があるので、こういう監視役が必要となるわけだ。



(こういった不安定なものに頼るのは嫌ですが、それも仕方ありません。我らマングラスこそが、都市の守護者なのです。真実を知らない他派閥の人間では、到底守ってはいけないでしょう。すべてはこの荒野で、人が生きるために必要な措置なのですから)



 この大地は、人が生きるには厳しすぎる。


 それが【人への罰】によって発生したことであっても、人間は生き続けねばならない。


 『賢人の遺産』は、そんな彼らにとっては希望なのである。




「この死体は、どういたしますか?」


「切断して晒し首にします。それがマングラスに逆らった者の末路だと示さねばなりません」


「では、仮面を取りましょう」


「ええ、お願いいたしますよ」



 青劉隊は粛清実行部隊であり、仕事は相手を殺すだけにとどまらない。


 その死体を見た人間が「こんな死に方だけは絶対御免だ」と恐怖を抱き、同じ過ちを繰り返さないように見せしめにすることに意味がある。


 首を切り落とし、晒し首にする。


 身体は切り刻み、おそらく陰部などもかなり悲惨なことになるだろう。


 本当は生きている時に切り刻んでこそ見せしめになるのだが、彼らは裏側の人間なので、晒すことで周囲に存在と力を示すのだ。



「馬鹿な男。グマシカ様に…神に逆らうからよ」



 ぐっ



 ドクリンがハンベエの仮面に手をかけ―――



 ずるっ



 大きく引っ張り、彼の鼻が見えてきた時であった。



 チッ チッ チッ チッ



「…?」



 何かの音に気付く。


 規則的に動くメトロノームのような、時計の針の音のような、とてもとても小さな音が聴こえた。



「…何の音?」


「っ…!! ドクリン、下がりなさい!」


「…えっ?」




 チッ チッ チッ





―――カチッ





 ドーーーーーーーーーーーーンッ!!!





―――爆発




 ハンベエの頭が、爆発した。


 死んだ時のことを考えてか、あるいは自爆用なのか、彼はヘルメットに大納魔射津を仕込んでいたようだ。



 バーーーンッ ババーーーーンッ



 一発ではない。


 五発の大納魔射津が爆発。


 彼の頭部だけでなく、その身体の半分以上が爆発によって吹き飛ぶ。


 精神が伴わない肉体は、単なる肉の塊。


 武人の身体は、強固な精神力を持つ魂が使わねば、結局は宝の持ち腐れであることを証明する。



 さらに、仕掛けられていたのは爆弾だけではない。



 シュシュシュッ ブスブスッ



「―――つ!!」



 爆弾には、【針】が仕込まれていた。


 普通の爆風だけでは効果が薄いので、その中に鉄釘などを仕込むのは、一般的なテロでも使われる手法だ。


 手榴弾も、爆発ではなく飛ばした破片によってダメージを与えるものであるため、この使い方が本来の正しい使用法なのかもしれない。



「ドクリン、無事ですか!!」


「は、はい。大丈夫です。針が何本か刺さったくらいですが、これくらいならば中和可能です」



 カラスの叫びで飛び退いたおかげか、爆発自体でダメージは受けていない。


 多少針が刺さったが、それも特に問題はないようだ。



「そうですか…。それは幸いですが…最後の最後まで邪魔をしてくれますね。これでは晒し首にはできません。まったく…とんだ迷惑な輩ですよ。まあ、戦罪者に礼節を求めること自体が愚かなのでしょうがね」



 頭部は完全に砕け散っていて、もう何も残っていない。


 身体も晒すには損傷が酷くてよくわからない。


 青劉隊の怖ろしさが広まるにつれて、晒し首になるのを怖れた者たちが、たまにこういった死に方をするが、死体を晒す必要のある青劉隊にとっては一番最悪な状態であろう。


 カラスが侮蔑感を隠さないのも当然だ。



 しかし、仕留めたのは事実。



 ハンベエが死んだことは、紛れもない事実だ。



「これだけの被害が出たのです。介入しても文句は言われないと思いますが…我々はあまり表に出ないほうがよいでしょう。一度下がりますよ」


「はい」



 カラスが、ドクリンと人形を連れて下がる。


 あくまでラングラスが主体なので、マングラスの自分たちが表に出ているのは得策ではない。


 しかしながらこの結果を見れば、さすが青劉隊といわざるをえない。


 もしハンベエがアンシュラオンという存在の支配下にいなければ、普通の戦罪者など彼らの相手ではないのだ。


 今回はあの男、白き魔人のせいで事態が大きくなってしまったにすぎない。



(水で洗わないと…。カビ臭くなっちゃうから。グマシカ様は何も言わないだろうけど、臭いのは嫌だな)



 ドクリンは歩きながら、そんなことを考えていた。


 長く生きていても姿が少女であれば、気持ちも若いままなのであろう。


 自分に虐待をしていた父親を殺したことで収監された彼女は、マングラスに救われたあとも少女らしい経験をしないまま過ごしていた。


 そのような環境下では、グマシカとの触れ合いだけが彼女の生き甲斐であり、癒しなのだ。


 といっても、グマシカ当人は滅多に青劉隊の前に出ることはないので、彼女は記憶の中で何度もグマシカとの出会いを再現し、悦に浸るのが現実だ。


 つまりは自宅で恋愛妄想をしている中学生と、なんら変わらない惨めな姿といえる。


 だが、当人はそれで満足なのだ。そうすることで制御が可能ならば、誰も何も咎めることはないのである。



(カビを…落とさなくちゃ…。カビを…)



 ボトッ



 カビが、落ちた。


 彼女が全身にまとっていたカビの一部だろう。


 役割を終えたカビは、こうして「カサブタ」のように身体から剥がれるのだ。



 ボトッ ボトッ



 またカビが落ちていった。


 このカビもまた、人間に利用されるために調整されたものだ。


 その意味においては、ドクリンとまったく同じ存在なのかもしれない。


 利用され、酷使され、最後は死ぬだけの存在。


 その人生に意味があったのかは、誰にもわからない。



 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ



 カビが、落ちる。



 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ



 カビが、落ちる。


 カビが、落ちる。



 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ


 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ

 ボトッ ボトッ



 次々とカビが落ちていく。



(私は、愛されている。愛されているから、生きていける。赦されているから、私は…生きていけ……)



「………」


「…?」



 ふと視線を感じて顔を上げると、なぜかカラスがこちらを見ていた。


 彼は鳥のような仮面を被っているので、その表情は見えない。


 見えないのだが、なぜかひどく驚いているように思えた。


 事実、彼は驚いていたのだ。



「ドクリン…【その顔】は……いったい……」


「…え?」



 カビの増殖は自分の肌を媒介にするため、カビが落ちると新しく再生された『赤っぽい肌』になっている。


 それが自分はあまり好きではないので、カラスの言葉に若干の不快感を覚えた。


 だが、彼の様子がおかしい。


 自分の顔をあまりに凝視している。


 カラスには一般的な改造人間がそうであるように、性欲や自己顕示欲というものがないし、与えられた職務を果たすこと以外に生きる目的がないので、必要以上に隊員に関与することはない。


 その彼が凝視するのだから、何かが起こっているのだ。


 ドクリンは、咄嗟に自分の顔に手を当てる。



 いつもなら、生まれたての肌、ぷにぷにした少し弱々しい感触があるのだが―――



 ぐちゃあっ



 その指に訪れた感触は、あまりに生々しいものだった。


 ふと指を戻してみると、つぅーと糸を引いている。


 それに気付いてからは、すべてが早送りのようだった。




「…え? …ええ?」




 ぼちゃ ぼちゃちゃ


 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ


 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ

 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ


 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ

 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ

 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ



 ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ ぼちゃぼちゃっ




 落ちる。


 落ちる。落ちる。落ちる。


 彼女の身体から、皮膚がずり落ちて、溶け出した肉が、ずり落ちてくる。



「はっ、はっ、はっ!!! な、何が!! これはいったい…なに!!!!?」


「ドクリン! さっきの針は!?」


「は、針は…中和……した…! 中和して…うぐうううっ…げぼおおっ」



 どばちゃっ


 ドクリンが吐き出した吐瀉物すべてが血に染まっている。


 その中には、食道や胃の一部だったものすら含まれている。


 彼女の身体が、溶け出しているのだ。


 それと同時に、急速に身体がやつれて細くなり、髪の毛の色が白くなっていく。



「これは…老化!? ドクリン、あなた、どうしてしまったのですか!?」


「わ、わからない…わ、わからない…!! 針は…大丈夫だったのに…何が…あああ、肌が…肌が……無いぃいい!! わ、私の…肌!!! グマシカ様に……もらった……身体が……身体があぁあああああああ!! あーーー! あーーーーーー!!!」


「落ち着きなさい、ドクリン!!」


「私のカビがぁあああああああああああああああああああ! げほっごぼっ!!」



 彼女が叫ぶたびに、身体が崩れていく。


 その段階で、もはや手の施しようがない状態にまで悪化していた。


 これは異常。明らかに異質だ。




(これは間違いない―――【毒】です!!)




 カラスは、これが毒によるものだと確信した。


 ハンベエが爆発した際、何かをやったのだ。


 だが、ドクリンは毒は中和したと言っているし、目に見えるような色のある毒素はまったく見られない。


 ただし、毒に色が付いているというのは錯覚だ。


 たとえばヒ素などは、そもそもが無色透明である。蛇の毒も、牙からしたたり出るものを見れば、透明であることも多いだろう。


 ハンベエが毒煙玉に色を付けていたのは、味方に損害を出さないようにとの配慮である。


 彼が本気で毒を出そうと思えば、初めてアンシュラオンと出会った時のように、誰にも気付かれずに無色透明の毒素を排出することができる。



 実はこの毒素は、ドクリンを見た時から少しずつ出されていたものだ。



 微量に、とても微量に、相手に気付かれないように少しずつ。


 その一方で、相手にわかりやすいように色を付けた毒素の噴出も行う。


 こちらは相手に気付かせるのが目的のものであり、彼は今までアンシュラオン以外の人間に無色の毒を見せたことはないため、相手に気付かれることはなかった。


 カビは、より濃度の高い毒から吸着を開始する性質があることを、最初の中和で見抜いていたのである。


 そして、毒の発生源がハンベエである以上、その一番近くにいた彼女は、いくらカビの防護を受けていたとはいえ―――





「うげえええええ! ごばっ―――!!! う、うそ……わ、わたし…ししし、シヌシヌシヌシヌ……死ぬ……の?」





 ぶばっ どさっ




 最後に大きく血を吐き出したドクリンが、倒れ―――




 死んだ。




 なんともあっけなく、人は死ぬ。


 遺言を残す暇さえもない。許容量を超えた段階で、あっさりと死ぬのだ。



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